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この世に潜む亡霊たち④

 学園、とはスクールの総本山である。そもそも、メロウ湖といっても実のところメルカッタ中央に複数存在する巨大な湖群の総称である。なので正しくはメロウ湖群と呼ばれるが、メルカッタの人たちはひとまとめにメロウ湖と呼ぶ。

 その中で中央に島が存在する湖があり、そこに設置されたのが学園。であるのだ。


 奥に見えるその学園はそれらの一つ。というわけだ。


 ⦅なぁ、相棒よ⦆ストルムの念話が聞こえる。


 ⦅世の中には、笑える冗談と笑えない冗談の2つがあると思わないか?⦆


 (なんだ、お前は笑えないのか?)

 ⦅その時が来たら腹抱えて笑ってやる。だが、今じゃねぇよ⦆そういい、オーレリウスの視線を眼前の湖畔に向けさせる。


 ゆっくりと波打つ巨大な淡水の端。すっきりと澄んでいるその水はメルカッタに住まうすべての生物の命を育み続けていた。

 ドメロン山脈の雪解け水や、雪クジラが降らせた雪。烈魔が上空を通る際に降り注ぐ大量の雨水が湖に流れ、湖からメルカッタ各地へと血管のように川が張り巡らされることでこの大地は生きている。


 その視線の先に思うところがあるオーレリウスは、相棒に尋ねる。

 (てっきりお前は嫌がるかと思ったんだがな)

 ⦅そりゃぁ、自分から殺されに行くような提案をするバカを(おもんばか)ればだよ。それに、案外湖の底に沈んでいる可能性もなくはない⦆


 (相手は誰が「配達人」かも知らないわけだしな)


 ⦅そういえば、ウェンリーのやつ…依頼の詳細はどこまでお前に話したんだ?⦆

 (顔写真と依頼内容だけを告げて、自分の城から放り出しやがったのだ)


 ⦅仕事させる気あるのかよ⦆



 そぅ、ウェンリーは依頼の内容を必要最低限しか話していない。

 対象の来歴も、名前も。誰と契約をしているかさえも話さなかった。

 加えて、わざわざ人を急性アルコール中毒にしたうえストルムの介入を拒むように形成した魔法結界でガチガチに固めた城の中で部下に銃を向けさせる徹底ぶり。


 (…何かを、試されている。もしくは疑われている。と考えたほうがいいだろうな)

 ⦅案外、別の目的のためいいように使われてるだけかもな⦆


 あの人は、自分が必要とするのならどんな荒唐無稽な言動でさえ実践してくる。


 そしてそれは、大抵正しいのだ。あの男はそういう男なのだから。だからオーレリウスたちは皆あの人についていった。誰が何と言おうが、あの人は()()なのだ。

 相応の実力と実績、積み上げたコネがなければ昇り詰めることなんてできやしない。


 ⦅だからこそ、「だったら最初から言いやがれ!」って思うことも多いんだがな。あの人⦆


 (信頼の裏返しと捉えておこう)

 ⦅へいへい⦆


 オーレリウスは軽く体を伸ばすと、変異魔法を行使する。

 ―付与(イモータライシズ)(ギールス)


 首元に鰓が形成されたことを確認すると、そのままブーツを脱ぎ湖へと沈んでいく。

 

 そこに広がるは深い青の世界。生命の世界の一つがそこにあった。


 最大で全長1.6mにも達するといわれるメロウパイクが獲物を求めて優雅に身をくねらせる。

 小魚はそれを避けるように岩の影や水草の影に隠れている。


 ある程度泳ぎ続けると、燐光文字のような淡い青色の光が点在し始める。

 メロウクラゲが獲物を引き寄せるための光は、いい光源になる。


 ここのメロウ湖は最大深度502mであり、中央に存在する「礎の湖」と呼ばれるメロウ中央湖に至っては1300mを超える深さを有している。


 かつて帝国軍時代、潜水訓練として中央湖に装備一式分の重しをつけられて沈められたものだ。

 ⦅あの時お前はどこまで潜れたっけ?⦆

 (684mでダメだったな。今ならもっと潜れるはずだ)


 おおよそ人間の話ではない会話を続けていると、それが見えてくる。

 クラゲの光によって僅かに照らされた大地をオーレリウスは踏みしめる。全身をくまなく圧迫する水圧で目玉が飛び出しそうな感覚を覚えながら、その場所を目指し移動を始める。


 

 そこに存在したのは、洞窟であった。そこはメロウ湖を地下でつなぐ水中洞窟でありこのようなものがメロウ湖の湖底にいくつか存在する。その大きさから巨大生物のねぐらとしても機能しており、オーレリウスたちが探している者もここにいるはずなのだ。

 夜目(ナイト・ヴィジョン)の魔法を使用すれば、その洞窟内にて育まれている生命たちの活動を見やることができる。その奥に、それはいた。

 ストルムのような黒ではなく、藍色の鱗を持ち、水かきのついた腕や耳。水中での生活に特化させたその生物たちは皆その相貌を、オーレリウスへとむけている。

 全長にして20m程の巨躯を持つ竜種、深淵の蒼玉(ディープ・サファイア)種たちである。


 彼らは来訪者を警戒しているようではあったが、その時である。


 湖の底から響く地鳴りのような念話が彼らとオーレリウスへと轟いた。

 ⦅よい、彼らは私の客人だ⦆


 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 その声とともに、蒼玉種達はそれぞれのねぐらへと身を潜ませていく。


 奥からゆっくりとやってきたそれに、オーレリウスは念話を通し話し始める。


 (久しぶりだな。デュランデイール)

 ⦅長老たる我にその態度、変わらず礼儀を知らぬな。竜の契約者その一匹よ⦆


 この老齢の竜、デュランデイールは帝国建国以前よりメロウ湖を住処としている三つ眼の海竜である。

 ストルムのように契約を用いることで瞳を得た者は竜としては邪道な模索であり、この竜こそ正しく魔法を極め、裏側の世界を巡り3つ眼となった。オーレリウスたち帝国とはメロウ湖の占有権を巡り争った時期があるらしいがそれはオーレリウスが生まれるずっと昔、初代皇帝、竜騎王「ジョン・フォルクトス・アルバレスト」の時代である。

 オーレリウスは帝国時代、「イフリータスの人鹿」と呼ばれた禍つ獣との戦いの中で彼らと関わり、親睦があった。

 穏やかな老齢の竜とはいえ、その空色の瞳はいまだ褪せる様子もない。

 

 デュランデイールはその瞳をオーレリウスへと向け何かを懐かしむようにその姿を眺めていた。

 (元気していたか?)というオーレリウスの問いに、わざとらしく驚いた様子を見せるデュランデイール。

 ⦅お前が世間話を持ちかけるとは…人の社会を多少は知ったと見えるなぁ。まぁ、死なん程度には元気じゃよ?あの粗忽者(ストルム・ブリンガ)は今も変わらぬかね⦆

 (アイツはもう少し落ち着いてほしいがね)

 ⦅似た者同士がよく言うわい⦆


 (うるせぇ)

 そんなやり取りののち、デュランデイールが改めてオーレリウスを見やる。


 ⦅して、こんなところまで何のようだ?我らは人との関わりを絶ちて久しい。帝国もすでに滅び、奴らと志を共にしたわが子らも果てたというのに…お前でなければ無視するところであったわ⦆


 (野暮用だよ。ここ数日以内に湖に沈んできた人間はいなかったか?)

 

 ふむ、とデュランデイールが僅かに思案した様子を見せる。

 顎から伸びた髭が、揺蕩う水草のように水と踊っている。


 ⦅ここ数年で湖に沈んできた人間はお前だけだが、2,3日ほど前に畔を少し進んだところで誰かが小競り合いをしていたようではあったな。その前後に何が起こったかなぞ知る由もないし、知りたくもないわ⦆


 そうなると、例の保護対象はこの湖に沈んだわけではないらしい。


 収穫もあった。

 スクールとの接触は2,3日前。仮に逃げ続けている場合逃走手段も失われているためそう遠くへ行ってないはずだ。

 そしてもう一つの収穫を確認するオーレリウス。


 (ここしばらくは、随分と静かじゃねぇのか?)

 ⦅あぁ、この時期には島の上にある人の気配が少なくなって随分と過ごしやすい。夏の陰りとともに再びあの数の人と蛇共がせわしなく動き続ける日々に戻るは、些か億劫じゃのぅ⦆


 やっぱりだ。

 スクールに配属される「生徒」達には休暇の概念が存在しており、それは夏期と冬期の2回存在する。

 その時期は制服を着ていないスクールの雌鶏どもがあちこちに現れるためオーレリウスにとってはむしろ億劫な時期ではあるが、この状況においては望ましい。

 一つ懸念事項があるとすれば全くの無人ではないということ。

 当たり前ではある。禍つ獣に休暇なぞないわけで必然的に残るものが存在する。

 

 聞きたいことはある程度聞けた。と判断したオーレリウスはその場を後にするように泳ぎ始める。


 ⦅なんじゃ、もう行くのか?せわしなさも変わらずじゃな⦆

 (お前らより、人の傍にいる世界を選んだからな)


 そういって再び泳ぎ始めるオーレリウスへデュランデイールが声をかけた。


 ⦅あの粗忽者によろしく言っておいてくれ…それと⦆


 一拍あり


 ⦅メロウパイクを一匹捕まえていくといい。老人の言葉は聞いておいたほうが良いぞ?⦆


 ということであった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 だんだんと青い世界へと光が届く。

 その光が青を透明に変化させていく。

 湖面へと顔を出すと、照りつけるような陽光が芯まで冷えた体へと当てられる。

 その手には、鰓を握られているメロウパイクがぐったりと握られていた。


 数十分程、その場でじっと息を潜めていた。

 まるでそこらへんで揺蕩う水草のごとく、眠っているかのように何もしない。

 周囲を小魚が泳ぎ始めてきたところで、それを狙ってやってきたメロウパイクを捕まえたのだ。環境に気配を溶け込ませれば、あとは時間の問題で素手でも魚を捉えることができる。


 砂漠にいる時間が長かったので、オーレリウスは気が付かなかったがメルカッタは、夏期を迎えていた。


 

 畔を目指して泳いでいたオーレリウスはそこに人影を見た。

 咄嗟に付与:鰓と夜目を解除する。

 そのまま何食わぬ顔で大地を再び踏みしめる。


 青い制服に赤いラインが引かれている。白いズボンとでまるで鼓笛隊だ。

 スクールの雌鶏どもが、そこにはいた。


 数は2人。

 

 そのうちの一人が声をかける。

 「失礼、ここはスクール直轄区域に該当しており安全確保の一環として立ち入りの制限を行っております。至急この地域より離れてください…何をされておりましたか?」


 その問いに、オーレリウスはデュランデイールへ感謝をしながら手に持ったメロウパイクを見せる。


 「私はただのしがない旅人です。ノース・クォリアよりドメロン山脈を迂回しながらドロツゴより入国しました。今は今晩の食事をとってきたところです」


 その手を鰓に突っ込まれているメロウパイクはそれこそ物証のようにスクールの雌鶏、こと生徒である少女兵たちに向けられていた。


 「なるほど、では」


 そういうと、少女兵は杖を一振りする。

 瞬間、オーレリウスの両手首に岩の塊でできた手錠が生み出される。

 

 「メルカッタ狩猟法に基づき、許可のない個人・業者におけるメロウ湖での狩猟行為の現行犯として身柄を確保させていただきます。罰則規定として480クォーツの支払いもしくは、2週間の拘留施設での強制労働が課せられます。不服を申し立てる際は七大連合裁判規定に基づき認定弁護人を申し立てることができます。これ以上のお話は学園内にて伺います」


 そういいながら、少女兵に連れられる全身水浸しの自称旅人は学園の門戸をくぐることになったのだった。

 移動には専用のボートが使用される。


 連れられるオーレリウスをよそに、ストルムは念話で話しかける。


 ⦅あのジジィ、助けてくれたってことでいいんだよな?⦆

 (リスクはあるが、夜間に忍び込むにしても建物の構造を知らない場所におっかなびっくり入っていくよりも、理由はどうあれ堂々と正面から入っていけるのは悪いことじゃねぇよ)


 ⦅それはそうだが、一瞬でも領域魔法を切られたらその地点で破綻しねぇか?この計画⦆

 (そうかもな)

 ⦅簡単に言ってくれるじゃねぇかよ。こんなところで死ぬのはごめんだぞ⦆


 そうこうしているうちに、ボートが停泊所へと到着する。

 オーレリウスが歩みを進める中、ふとある場所でそれが止まる。


 「どうした?」と少女兵の一人が声をかける。


 「いやぁ、大きなもんですねぇ。スクールの少女兵が在籍する学園ってのはどこもこのくらい大きんですかねぇ」


 オーレリウスの眼前に広がるのは、城を思わせるいで立ちの石造りの建造物であった。

 周囲を囲むように魔法障壁で強化されているであろう城壁が重厚な存在感を放っていた。これから向かう門の大きさも、小さな巨人程度のサイズであれば頭をぶつけることはないだろう。


 「お前には関係ないことだろう。早くいけ」


 少女兵はその外見に似合わない威圧をするも、オーレリウスからすれば猫の威嚇もかくやな程度でしかない。


 (ストルム)念話でオーレリウスは相棒へと合図する。

 ⦅いつでも⦆


 オーレリウスはゆっくりと深呼吸をしたのち、その歩みを一歩だけ進めようと足を上げた時だ。


 湖から大きな水音が放たれる。


 全員がその方角を向いた。それはメロウパイクを口に咥え水上へと躍り出たマギプティス(ヒグマほどの体格を持つ大型のカモノハシ)であった。


 全員が今起こった現象を確認したのち、それがまるで日常の風景であったかのようにすぐに視線を戻した時、オーレリウスは既に何歩か歩いた先にいた。


 「さっさと、行きますか」


 少女兵に向かって、そう言い放つのだった。

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