この世に潜む亡霊たち③
肉へ打ち込まれる拳の鈍い音が、廊下を木霊する。
ぐえぇ、と呆気ないほど素っ頓狂な悲鳴を上げながらウェンリーはその場にぐったりと崩れ落ちた。
「おいクソ准将、いったい何盛りやがった?たかだか酒とスイカの皮程度でアル中にできるワケねぇだろうがよ」
そういうオーレリウスの顔を、ペストマスクが見やる。
「いやぁ、その。ちょいとナイアレス草の生成物を…」
ウェンリーの言葉に納得した様子のオーレリウスは感謝を込めてウェンリーを蹴り飛ばす。
「トルバプタン(利尿効果を与える効果の中でも上位に来るほどの強力な薬)系列飲ませたってのかよ。殺す気か」
オーレリウスはもう一度ウェンリーを殴り飛ばそうとするが、周囲の人間たちに銃を構えられたのを確認するとその拳を一旦おろす。
立ち上がったウェンリーは存外大したダメージは受けていない様子で飄々とオーレリウスへ相対する。
「契約者がそう簡単に死ねないのはお前も知っての通りだろ?少なくとも急性アルコール中毒では死なんよ」
そういうウェンリーにオーレリウスはもう一度殴り掛かりたくなった。
確かに、死ぬときは死ぬにせよアルコールの分解速度や諸々の浄化作用などは人のそれよりはるかに高いため、死ぬほど苦しむことはあっても、あの世へ旅立つほどの威力にはまだ遠い。
「むしろ楽に死ねない分きついんだが?」
そういいながらも、これ以上の発言はすべてため息として流すことにした。
話が進まないからだ。文句はあるが、ウェンリー准将にとって一見滅茶苦茶な言動もすべて必要なことだからやったのだろう。
この男は、そういう男なのだから。
そんなかつての部下の心境を鑑みたのだろうか、ウェンリーはオーレリウスを案内しながら話を続ける。
「とりあえず、だ…すまなかった。我々が事実上の解体をされてから実に数百年は経過している。契約者にとってもこれは長い時間だ。相互の関係性を容易に変化させてしまう」
オーレリウスはその言葉に対し思案するが、ウェンリーは話を続ける。
「今の私は立場上、実に繊細な所に立っている。天秤の傾きを読み間違えるだけで、明日には秤の上に首がすげ置かれることだろう」
砂鼠商会は、ドロツゴから各地の七大連合直轄都市を結ぶメインルートでの運送を担ういわばドロツゴ一の大商会だ。当然、ドロツゴの上位階級の連中やスクールとの関わりも避けては通れない。
そういう立ち回りを見た場合、確かにかなり危うい立ち位置にいることは明白である。
オーレリウスなりに結論をつけ、なぜ自分なのかという答えを導く。
「確かに、ここにいるのが中尉殿なら今頃ドロツゴは叩き潰されたパンみたいになってしまうかもな」
その言葉をウェンリーが笑う。
「冗談にしてはきついな。その場合、私も生きているか怪しいな」
一拍あって
「だが、あの人ならそもそも一服盛ったところで急性アルコール中毒になるところが想像できないがね」
その言葉に「それは言えてる」と返すオーレリウス。
「とにかく、私としても今君がいる場所については可能な限り秘匿させてもらうためにこんなことをさせてもらった。それに君の場合、目隠しなどをさせてもらったところで相棒が使えるだろうからね」
准将が人差し指を、くるりと回すとその魔法障壁が姿を現す。
表す、というよりも一時的に隠匿していたものをオーレリウスに開示した。とも言える。
これにより、この空間、下手すればこの建物自体がドロツゴ自体から切り離されているような扱いになっているだろう。それは裏側の構造にも似ている。
自らの領域外からのあらゆる干渉を阻むその障壁は、第3階位以上の領域魔法の領分である。
解法者ルアロとその契約者トーマスが生み出した「領域魔法」だが、目の前の男、ウェンリーの手により構造の明確化、技術体系への組み込みと発展、応用。さらにはこれを竜魔法へと転用することで「第6階位」の魔法を発見することにも成功している。
応用と発展をさせたら右に出るものはいないともされたトーマスとは別の意味での天才である。この人の手にかかればどんな難しい学術論文も次の日には初等部の教科書で学ぶことができるだろう。
「魔法刻印じゃないほうの、隠滅は久しぶりに見ましたよ」
オーレリウスはウェンリーを見やる。
「君の性格を鑑みても、過剰であることはわかっている。だが念には念を、というやつだよ」
そういって、資料を並べる。
そのどれもが、いかにもといった風貌である。
心に傷を負ってそうな奴。
故郷を追われてそうな奴。
生活を奪われてそうな奴。
そのどれもが、いかにも「契約者」とピンとくる風貌である。
「……准将」オーレリウスが口を開こうとした瞬間。ウェンリーは手でそれを制止する。
「皆まで言うな。それが私が危うい理由だよ」
ウェンリーは足を組み、あの時のウェイトレスが持ってきた、グラスに入った水をオーレリウスへと渡す。
今度は、毒が入っているわけではないらしい。
一口飲むと、オーレリウスは言葉を紡ぐ。
「砂鼠商会事務長殿の私兵部隊というわけか」
その言葉に、ペストマスクの奥できっと苦笑いを浮かべているであろうウェンリー。
「私のビジネスには、時にこういう手合いが必要になるのだよ。例え魔法すらロクに使えぬような手合いであってもね」
メルカッタにとって、かつて契約者といえば竜騎兵を指していた。
だが、時代が進みにつれ
禍つ獣が世にはびこり始めるにつれ
それら獣と契約を行う者が増え始めている。
七大連合としては、どちらにせよ契約者である以上、彼らはこの土地から排除する。
それこそ、七大連合足りえる存在理由の大きなウェイトを占める。
だが、ウェンリーのようにそれら契約者を「有効利用」しようとする動きがあることもまた事実である。
例え魔法が使えずとも、その比べざる身体能力と獣に由来する能力は下手な人間に銃を持たせるよりも有効なことも多い。
特にドロツゴは、その傾向が強い。と風の噂にはオーレリウスも聞いていた。
「准将は、契約者を集めて新たな大隊でも作り上げるつもりか?」
そういわれたウェンリーの声色は、どこかさみしげであった。
「そういうわけじゃない。確かに我々は人ならざる、というよりも人の道を外れた外道そのものだろう。怪物であること否定はしない。だが…」
そういい、ペストマスクを脱いだウェンリーの紫の瞳はどこか愁いを帯びている。
「怪物にも、日のあたる世界にいてもいい者がいる。そうは思わないか?特務上等狙撃兵」
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ヘルウェスの砂漠を後にしたオーレリウスはストルムの背に乗り、目的の街へと向かっていた。
『で?あれから何があった。気が付いたらお前ドロツゴの門の前で突っ立てやがってよ』
オーレリウスはその時の様子を思い出していた。
とはいえ、「3秒目を閉じろ」と言われた直後に、気が付いたらすでに門の外で突っ立ていたのだからそれ以上のことを思い出せと言われても碌なことは思い出せない。
「准将に右で腹パンかましたくらいじゃねぇか?」
『そりゃぁいい。今なら軍法会議にかけられる心配もないしな』
砂漠を背に、大空を飛ぶオーレリウスはウェンリー准将の依頼を受けることにした。
依頼内容は、スクールに追われている契約者の保護とドロツゴへの移送。
もっと言えば、ウェンリー准将の指定した場所まで、である。ドロツゴも形式上は契約者を排除する必要がある上、スクールとは連携を余儀なくされる。
「とりあえず、連中がおとなしく隠れていてくれればいいんだが。」
『まぁ、無理だろ。相手は腐ってもスクールの雌鶏共だ。第一階位程度とはいえ領域魔法が使えるんだ。准将レベルの領域魔法使いならまだしも、基本何の手立てもないはずだ』
「つまり、お前がどれだけかっ飛ばせるかの勝負ということだ」
『おぅおぅ、うれしいこと言ってくれるじゃねぇかよ』
そういう割に辟易とした様子のストルムをよそに、オーレリウスはレイジ・オブ・ハートのフォアエンドをスライドする。
飛び出したワスプ・バイド弾が宙を舞う。
それをキャッチすると、手で弄ぶ。
しばらくしたのち、それを胸ポケットへと押し込むとコンパスを取り出す。
マスク内に表示されたマップ映像と比較し、ストルムへ方角の修正を指示する。
ストルムがわずかに身を曲げれば、その方向へと進路が変わる。
『で?先方には俺たちがくるって伝わってんのか?』
「どうだろうな。スクールに追われているということは、足音すら立てたくないはずだ」
『雌鶏どもは耳がいいからな』
ウェンリーの話でいえば、ドロツゴより北東70km付近で連絡が途絶えたらしい。
『ドロツゴの北東70kmって、スクールの総本山が見える場所じゃねぇかよ!バカじゃねぇかソイツら…オーレリウス』
「なんだ?」
『俺たちが到着した地点で燃えカスになってることに30』
「何を30賭けるんだよ…まぁ、そうだな。俺はメロウ湖に沈められているに40」
『おいおい、お前が生きてるほうに掛けなきゃそもそも成立しねぇだろうが』
「アホ抜かしてねぇで飛ばせ」
刹那、ストルムは風になった。
文字通り、風となった。
―招風:四重加速―
竜の周囲に風の針を生み出し、背後から何重にも加速させることで高速移動を可能にするがその分、契約者たちへの負荷が大きい。
それ故双方一言も発することなく、ただ風になった。
そして、その果てにオーレリウスは見つけた。見つけてしまった。
現実を
「…クソッ!」
魔法を解除し、その場へと近づくオーレリウスとストルム。
そこにあったものは、横転したヴィークルであった。
派手に転がったらしく、ガラスは割れボディにはあちこち穴が当ていたり、へこみが生じていた。
『これが例の連中のヴィークル?旧型の自動車じゃねぇか。それも戦時中車両かよ』
「逃亡者が未舗装の平原、そのド真ん中で高級車乗り回すと思うか?」そういって車のそばまで近づいて中を確認する。
そうしてそれを見つける。それは地図であった。
『紙の地図とか久しぶりに見たな』
「みろよ相棒。ドロツゴに印が付いてる」
オーレリウスが思い付く限りの範囲で、ドロツゴに用がある連中の中で車両を横転させるようなトラブルに見舞われそうなのといえば。
「保護対象がここでスクールに襲われた可能性が高いな」
それを聞いたストルムが即座に裏側へと移動する。既に遅いかもしれないが、やらないよりはましだ。
⦅で?どう探す⦆
(そうだな…)
オーレリウスは周囲を見やる。
そして、ある場所にあたりをつける。
(あそこなんてどうだ?)
オーレリウスが指さした先に広がる、メロウ湖。
その中央に存在する孤島の上に、それがあった。
スクールの総本山、学園が。




