表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/78

この世界を巡る、マナというもの⑫

 門の前で待っていた少女は、その光をじっと見ていた。

 夕焼けを眺めていた。まるでその場に立つ植物のように、じっと動かなかった。

 その瞳は沈みゆく太陽を眺めていた。


 その背後に、黒い影が舞い降りる。その4つの赤い光は、陰になった体とは相反するように怪しく輝いている。

 まるで、()()のように。

 

 その仮面の主は、自分へと語りかける。その声は、普段通りのはずなのにとても冷たく感じた。

 「行くぞ」

 そういい、自分の手を引く。


 「どこへ?」問いかけに対し

 「お前の依頼を果たす」とだけ返す。

 

 そんなやり取りを繰り返しているうちに、すっかりと太陽は山の奥へと歩みを進め、後を追うように暗い世界がやってくる。


 本当の闇ではない。うっすらと輝く月や星、町を照らす灯りは少女の目を引き寄せているが、手を引かれ阻まれる。


 門の前までやってくる。その門はとても大きく、重たく感じた。

 街に入る前にあの仮面を脱いだアイツが持つその紫の瞳が、その門を眺めていた。


 ぼそりと、「遅かったか」とだけ呟く。


 「遅かったの?」と自分が尋ねれば

 「あぁ」とだけ返す。


 そんなやり取りがあった。


 目の前に広がる輝かしい街の灯りは、自分にとってとても興味が引かれていた。

 背の高い子の灯りは何というのか

 頭の上で輝く星は、どうして光るのか。

 月も同じように光っているのか。

 

 口に臭いものをくわえたアイツはそれに光をともす。

 アレには興味はないが、光をともしたそれには興味が引かれ、おもむろに近づく。

 それをアイツは阻む。

 「子供が興味を持つものじゃない」と。


 …子供って、何だろう?


 オーレリウスは少女があちこちの灯りという灯りに興味を惹かれているその光景をただ静かに眺めていた。

 (最近のは、ああいうものに興味が引かれるものなのかね?)

 そういう漠然とした問いに、相棒が鼻で笑う。

 ⦅あれは、独特なんだろうさ⦆

 

 夜は更け、人々の歩みもまばらになり始めたころ。

 オーレリウスはゆっくりと立ち上がる。

 足元にはいくつものたばこの吸い殻が落ちていたがそれを足で散らし深く息を吐く。


 そんな彼らのもとへとやってくるものがいた。

 40代くらいの、女性である。


 その様子は穏やかであったが、オーレリウスは騙されなかった。

 「遅刻はしてないはずだぞ?」と女性へと言葉をかける。


 女性は笑みを浮かべ、返答する。

 「我々は、手助けができると判断しただけだ」と。


 オーレリウスはため息をつきながら少女の手を引き、女性へとついていく。


 そこは、女性の家であった。

 家の床をおもむろにはがした女性は、足元をランタンで照らすと。


 「なるほど、地下か」


 少女を抱え

 赫四眼(フォーレッドアイズ)髑髏面(ブラックデス)を装着する。

 そしてためらうことなく地下へと降りて行った。


 女性に案内されるままに地下を歩いていると、広大な草原が姿を現した。


 位置的に左側を明るい時に見ることができれば立派な偏闇マナクリスタルと偏氷マナクリスタルの巨大な柱を拝めることができただろう。


 「今、フューゲル洞窟の周辺はスクールが鎮圧活動を行っているため危険です。近づかないように。集合場所は、ニブロックス鉱山村」

 と女性、基グワナデルの百足が告げてくれた。


 「ニブロックス?…おあつらえ向きだな」


 ニブロックス鉱山村はここより南に約40km離れた廃村である。

 鉱山が廃棄された村であれば百足どもにとってもいい住みかとなっているだろう。


 オーレリウスは平野部に立ち、相棒とやり取りをしながらグワナデルの百足へと伝えた。

 「我々どもに伝えておけ。1時間で着く」


 次の瞬間、漆黒の甲殻を身に纏いしメロウの黒真珠種がその姿をあらわした。

 まるで水面より現れるように、ぬるりと現れてきたのだ。


 「…なるほど、3つ眼以上の竜とお見受けします。‐裏側渡り(サイド・ウォーク)‐ができるのですね」


 裏側渡りとは、乖離の魔法などで接触する漆黒の空間、「裏側」へ長時間の滞在ができる能力である。

 魔法の研鑽の果てに、裏側への順応性を高めることができた「3つ眼」以上の竜をはじめとした魔法を極めし者たちが体得できるものであり、これによりこちらの世界へ一切の干渉ができなくなる代わりに、こちら側の世界からの干渉を一切受け付けない状態になることができる。

 ただし、契約者に限った場合だが念話などのコミュニケーションを行うことができる。これは本質的には一つの躰として構成されている契約者の特殊な事情によるものである。


 これまでストルムはオーレリウスと裏側を経由して会話をしていたというわけだ。

 

 オーレリウスは少女とともにストルムへと跨ると、靴で鞍を叩く。

 それに反応した鞍が僅かに光ると、オーレリウスの内股を固定する。

 手綱がなくとも、この魔法刻印でどれだけ乱暴に飛び回っても振り落とされないのだが、これはこれでいろいろと不便も感じてきた。


 オーレリウスは左手で燐光文字を宙に描き、魔法を構築していく。

 ストルムの翼膜内に風ととどめ、浮力を与える。

 そして、ストルムはその場で軽く跳び、翼をはためかせると


 まるで蝶が飛び上がるように、ふわりと黒い大空へと溶けていった。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 オーレリウスたちが先の廃村へと降り立った時、そこにはすでに何名…何匹かのグワナデルの百足たちがすでに待機していた。


 案内されるままに、既に役目を終えた鉱山の洞窟へと歩みを進めていく。

 オーレリウスにとってその穴は実に空虚で、親近感が湧くような寒さがあった。

 

 メルカッタの冬期は、まだ終わりを見せない。いつの間にか上空を覆っていた黒く厚い雲から行くが降り始めていた。



 しばらく歩くと、それが広がっていた。


 まるで操り人形のようにふらふらと動くポスト・グリエラの紋章が施された最新式の強化外骨格を身に着けた者たち。

 その肺の中には、新たなグワナデルの百足が既に宿っているのだろう。


 そしてそこが鉱山の最奥であることに気が付いたとき、オーレリウス再びそれを見た。

 無色に輝く、僅かに粘度を持つ液体。


 マナ・プールがいくつも広がっていた。


 そして


 その奥からゆっくりとやってきた一人の女性。その顔は自身の両手で覆うようにしてこちらへと近づいてくる。

 

 服装からして、南方民族の出身を思わせるような服装である。

 今オーレリウスが手を握る少女と同じような肌や髪色であることから、なるほど確かに彼女はこの子の母親であるといわれても納得はできる。


 オーレリウスは少女の手を放し、ゆっくりと前へと押してやる。


 少女は不安げにオーレリウスを見る。

 その様子を知ってか知らずかオーレリウスは淡泊に答える。


 「お前の依頼、確かに果たしたぞ」と。


 言葉の意味が分からなかったのか、小首をかしげた少女。

 頭を掻くようにして、オーレリウスは再び声をかける。

 今度は言葉を選んで。


 「お前の母親は、アイツだ」

 と指をさす。

 今もずっと、顔を隠したままこちらを見やるその女性を。


 少女は、その言葉を聞くと、眼前にて立つ女性を見やる。

 「……おかあ、さん?」



 少女はたどたどしく、その言葉を紡ぐ。

 証拠もない、自分の名前もない。

 そんな彼女の言葉は、それでも素直なものであった。


 顔を隠したまま、女性は頷く。

 何度も、何度も頷く。


 そして女性はそのままその場にしゃがむ。


 少女は、ゆっくり、ゆっくりとその歩みを進める。

 自分のことを何も知らない

 名前も思い出せない

 どこから来たのか、故郷の風景すらも白紙の


 そんな少女に、現れたその「(しるべ)」を

 確かめるように

 疑問を振り払うように

 かみしめるように


 一歩、歩みを進める

 一歩、また一歩と。


 お母さんのもとへと歩みを進めていく。


 周囲のグワナデルの百足がその光景を眺めていた。何かをする様子もない。

 僅かに、声がする。

 その声は、嗚咽していた。

 泣いていたのだ。獣が。


 オーレリウスはその光景をただ眺めていた。

 

 周囲を赤く染める仮面の内側で、一度、瞳を閉じる。


 赤々と燃え上がるその光景の奥で

 自分は涙を流していた。

 今でも体を蝕む熱さを忘れられない、その光景の奥で


 倒れる人々。

 赤く染まり、崩れ落ちている人々。

 

 父が、死んでいた。体中に穴が開いている。

 母が、死んでいた。赤い水の中に沈んでいる。

 姉が、死んでいた。その衣服が無残に引きちぎられている。

 

 それらが、炎で包まれていく。

 赤い舌が、死体を舐めとっていく。



 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 オーレリウスは、ゆっくりと瞳を開ける。

 その紫の瞳は、赤い空間の中で氷のように輝いていた。


 少女が、また一歩、歩みを進める。その眼前には、母親がいた。

 「おかあ、さん…」

 一歩、進む。


 「おか…あさん」


 もう一歩、進む。


 「おかあさん…おかあぁん」


 その瞳に、じわじわと涙が浮かんでいた。

 もう少しで、もう少し


 その先に、母親がいる。

 そういう、時だった。

 

 

 バン



 

 そういう音が、少女の耳に届いた。それだけだった。

 

 前に吹き飛ばされるような衝撃とともに足が、進まなかった。

 まるで、自分のものでなくなったかのようにおぼつかなくなっていく。

 次に、ドボンという音が聞こえた。


 母親がその手を伸ばす。

 しかし、少女はそれがわからなかった。


 既に、少女の視界は赤と黒の中にあった。


 少女はそれ以上、何も考えることができなかった。

 それが、少女の最期であった。



 周囲のグワナデルの百足たちがその音がした方向を見やる。

 

 白煙を立ち昇らせるダンダリアンの銃口は、まっすぐ少女の方へとむけられていた。

 

 母親は、手を伸ばしたまま動かなかった。

 その体は少女の血と肉片と、「卵」によってべったりと染めあげられていた。


 頭が半分吹き飛んだ少女の体が、マナ・プールの中に浮かんでいる。

 その体は、ゆっくりと変化を始めていた。


 マナ・プールは少量であれば体の傷を瞬時に治癒する効能があり、治療薬としてこの世界では重宝されるほか、スクールの扱う魔法の触媒としても利用される。

 だが、それらには厳重な管理が要求される。なぜならば。

 大量のマナ・プールへ一度に接触した生物は、その影響を受けてしまうからである。

 生物にとって、最もマナが体に満ちた瞬間。それは「胎児」の状態を指す。

 体へ急速に「補充」されたマナにより体が時間を巻き戻されるかのように変化してしまうのだ。

 これの影響を受けない虚無の生物以外は、皆そうなってしまう。

 たとえ死体であったとしても。


 少女の体が見る見るうちに小さくなっていく。

 その腹にはへその緒が生え始め、周囲へと黒い「虚無」が垂れ流されていく。

 その体から血と骨と、小さな白い「卵」が霧散し、消滅していく。


 卵の内側にうごめいていた小さな百足たちがマナ・プールよりはい出ようと藻掻くが、瞬時にマナ・プールへと消えてしまう。

 

 そして、少女は「胎児」になった。

 

 黒い、卵へとなった。

 だがその卵は、もう孵ることはないだろう。

 もはやそれは、ただの「卵」へとなってしまったのだから。


 マナ・プールが溢れ、周囲へ新たな溜まりと偏闇マナクリスタルを生み出す。  


 オーレリウスは、わかっていた。ストルムも、わかっていた。


 その事実を。だが、オーレリウスは可能な限りそれを否定する何かを求めていた。

 その果てに、結局こうすることしかできない帝国軍人が、そこにいただけだった。


 少女こそが「菌床」だった。


 次世代の、菌床だった。



 ⦅グッド、キル。相棒⦆


 そう声をかけたストルムも、どこか悲哀に満ちたものであった。


 誰かが、叫んだ。


 先ほどまで両手で顔を覆っていた女性が叫んだ。

 その空洞となった顔の奥、みっちりと卵で覆われていた女性が声のない叫び声をあげた。


 周囲のグワナデルの百足たちも叫んだ。

 

 その叫びは慟哭だった。

 だが次の瞬間には憤怒に変わった。


 我々の未来を奪ったこの男を、契約者(アグリメント)を。

 殺してやる。

 殺してやる。

 殺してやる!


 反響し、連鎖するその殺意の叫びを一身に浴びるオーレリウスはダンダリアンを構えなおす。

 

 引き金を引く。最初から分かっていた、こうなると。


 「だから、帝国流(みなごろし)で行く」


 再度ダンダリアンより、閃光が放たれた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ