オーレリウス・ベルベッドという敗残兵②
オーレリウスがフヒル村に向かう際、近隣でいくつかの薬草や生薬類を採集していくことにした。
魔女癒し。これは別に魔女の一撃専用というわけではなく、一般的な鎮痛薬の材料として用いられる上生息域が広いため常備薬として重宝される。
また、生薬のほか調味料としてもこの時期から需要が見込まれるジャージャーの走らず根。
走り根とよく似ており、その際は「引っこ抜こうとした際に走って逃げるか否か」という面白い見分け方が特徴である。
こいつは胃の消化を補助するだけでなく代謝向上も見込めるため寒くなる冬期において特にドメロン山脈近辺の町村落に売ることもできる。
ちなみに走る方は興奮剤の材料となる。
その他、止血剤としても機能できる「山蛭」。よく乾燥させれば着火剤として優秀な「衣松の樹皮」。
「おっと、こいつも」
雨に濡れた木の葉がやや隆起している場所を掘り返せば、オーレリウスの指につままれた黄白色の芋虫。
ニシオウベルトアースワームの幼虫だ。
こいつは…生でイケる。
近くの川で軽く洗い、うねうねと運命に抗うアースワームの幼虫をそのまま口の中に放り込む。
クリーミーな舌触りとプチプチとした食感が実に気持ち悪いが、この時期は冬眠と成虫への変態過程を経る前のため栄養価が高いのだ。
手持ちの食料がない今、現地で直に食せる食材の存在はありがたい。
蟲であることを除けばだが。
そして、それらをバックパックにそれぞれ梱包していく。
最後に、旅装を取り出し木陰で着替え始める。
今オーレリウスが来ているのは年代物の「帝国竜騎兵正式採用対環境制服」
というものだ。
全ての部位に「無属性型人工偏マナクリスタル」をはじめとした幾つかの偏マナクリスタルを繊維状に加工した特殊複合マナクリスタル合成繊維で編み込まれており、空気中のマナを吸収することで自動修復を行い耐熱・耐寒・対毒性能に優れた帝国竜騎兵を象徴する服である。
そんなものを着て村に向かおうものなら、おもてなしでギロチンを味わう羽目になるだろう。
そして、このマスクもである。
赫四眼の髑髏。これは帝国聡明期にメルカッタを蹂躙した禍つ獣。「イフリータスの人鹿」の頭蓋をそのまま利用している。
オーレリウスとストルム・ブリンガの邂逅。その時の成果として時の皇帝より賜ったものであり、彼の彼たる起源そのものでもある。
今はもう、ただの髑髏面であるのだが。
バックパックの底を触ると、上げ底になっており、本来の底へそれら衣類とマスクを丁寧に押し込む。
特に目立つロングコート以外の服は、旅装の内に着ることでごまかすことにした。
そして、左わき腹にあるホルスターより一丁の拳銃を抜き、簡単にだが動作チェックを行う。
帝国軍正式採用極地専用拳銃、EW-SC「ダンダリアン」。6発装填のダブルアクション採用型回転式拳銃でありグリップをはじめ、その彫刻には「偏マナクリスタル」により、安定性向上や反動軽減、剛性の補強、自己修復及び汚染の除去、必要に応じて消音効果を発生させる対携行兵装用魔法刻印が施されている。
この彫刻には様々な戦術的優位性があるのだ。
回転式弾倉を右手で左にスライドし露出させる。
この銃で使用される50口径MCHBは帝国崩壊と同時に失われた弾丸である。帝国で正式採用されていた通称、梱包式弾丸と呼ばれるもの。弾頭を火属性の偏マナクリスタルで包んだ上から、風属性の偏マナクリスタルで更に梱包した弾丸。
帝国による魔法科学の粋を集めて作られた弾丸であり、通常の薬莢式よりもコンパクトなサイズでありながら高い威力と貫通力を兼ね備えている。
「伝雷」と呼ばれる専用の魔法刻印が施された薬室内に入った弾丸は、引き金を引くことでこれが起動する。
するとまず上層の風属性の偏マナクリスタルが発動し弾丸周囲に高速の渦を生み出す、その後火属性の偏マナクリスタルが雷と風の力で強化された状態で薬室内で爆発を起こし、弾頭を射出する機構である。火は風を食らい、雷にて増幅される属性変換・強化の特性を効率よく使用している。
この一連の動作が非常に素早く、引き金を引いたのとほぼ同じタイミングですでに射出が行われているほどである。
長々説明したが要はこの拳銃はただの置物となっている。だが、手がないわけではない。
オーレリウスは腰に下げた袋より幾つかの「クォーツ貨」を取り出すと、それを左手で握りこむ。
そして、手の内で仄かに様々な色を発したかと思うと、その左手には宝石のような弾頭を持つずんぐりむっくりとした弾丸が存在していた。
それらを弾倉に装填していく。
閉鎖させたのち、安全装置の確認を行いホルスターへ再びしまう。
見るものが見ればこの拳銃も自らの身分証明となってしまうものの、アルハンブラの話を聞く限りあまり丸腰でいるわけにもいかない。
先のテントへはこれよりやばいものを置いてきている。
(なるべくなら人前であれは使いたくないな)
そう思いながら、再びバックパックを背負うのであった。
紫水晶のようなその瞳は、今は暗く鈍い光を持つだけだった。
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とりあえず、フヒル村の門番より通された。
木製の柵と獣避けの杭が差し込まれただけの簡素な防壁の内に、その村はあった。
オーレリウスは汗に交じり、しとしとと降る雨がその灰色と黒の混ざった髪を濡らしていく。
しばらく髭も剃っていないため蔦のように伸びた髭も何とかするべきだろうか。
そう考えながら、とりあえず村長の元へと向かう。
人伝いに村長の邸宅へと向かう。穏やかで温かみを感じる簡素な木造建築。
ドア代わりの暖簾をくぐりると、設置されていた鈴が小気味の良い音を鳴らし来客を告げる。
やって来た女はずぶ濡れの男を見て一瞬警戒したが、オーレリウスが見せた冒険者証を見せることでとりあえずは村長を呼んできてくれるようだ。
荷物を床に置き、タオルで顔を拭く。
そうこうしている間に、村長と思わしき初老の男性が現れる。
自分と同じくらい伸びた髭に妙な親近感を覚えつつ、繊維を編んで作った手製の髪留めで簡単に髪を結った。
村長は手で着席を促し、オーレリウスはそれに従う。
椅子に座り、僅かな静寂がこの部屋を包む。
ぱちぱちと、夕食を作るために竈にくべた薪が燃える音が鳴る中
ろうそくの火で蝋が溶け、滴り落ちる音が耳に届く中
村長はこちらを見ていた。
オーレリウスもまた、村長を見ていた。
眼で、呼気で、纏うもので
見えない腹の探り合いをする。
(なるほど、流石は『長』と呼ばれるだけのことはあるか)
アルハンブラが討伐した『ヒュンドラの蝙蝠』の被害にあってなお、竈に薪をくべ食事を行い、村落の人間が不審な男を『押し付ける』程度には積み上げた実績と信頼。
それらを支える実力を持つ男。
人を見る目は、オーレリウスより間違いなく上である。
村長が口を開いたのは、そんな時だった。
「まずは、ようこそお越しくださいました。冒険者様。しかしながらまことに手前都合であることは承知のうえでお伝えいたします…どうぞ、お引き取りを」
その言葉に、オーレリウスは思考を巡らせる。
「『ヒュンドラの蝙蝠』で相当ぼったくられたようだな」
村長の目がこちらをぎろり、と睨む。自分が子供だったらビビッてすくみ上っていたかもしれない。
しかし、それはすぐになりを潜めた。
「いいえ、ギルドの仲介がある手前双方とも『適性』な価格で取引をする必要がございますゆえ、ぼったぼられたなどという不遜な真似は出来ませぬよ。お互いね」
ただ、その中で一人だけ受け取りを拒否したため危うくギルドの査察騒ぎになるところでしたが。という付け加えられた話にオーレリウスは、うちの中尉が申し訳ないことをいたしました。と内心思うのだった。
「とはいえ、第二種殲滅目標であるヒュンドラの蝙蝠を倒すともなれば相応の腕利きが招集されますゆえに、相応のクォーツ貨は支払わせていただきましたが」
そういう村長の目は、自分の瞳を捉えていた。
(そういうことかよ。クソジジイ)
紫水晶の瞳、それは『渡り人』と呼ばれる種族の特徴である。
古来、黒羊海よりメルカッタに渡来したとされる種族であり帝国ではその多くのものがこの『渡り人』で構成されていたのだ。
故に今でも、紫水晶の瞳を持つものは帝国の子孫とみなされ、差別するものもいまだにいる。
目の前の老人のように。
自分はにやりと笑う。
「帝国の子供たちには払う金はないと?」
老人は鼻で笑う。だがその目は、笑っていない。
「いえいえ、そういうわけではございませぬよ冒険者様。ただ、今は払う手持ちが心もとない。というだけでございます」
嘘か誠かはさておき、実際ヒュンドラの蝙蝠を討伐する冒険者を雇うために相応の支払いはしてるはずだ。いくらこの老人が仮に帝国差別をしてたとしても「ギルド」を敵に回すのは別問題であるはずだ。
「労働の対価を払えぬ故、誠に勝手ながら仕事をしていただくわけにはいかないのですよ」
払う金がないから、出ていけ。というのがこの村長の言い分だ。
なら、今度はこっちがカードを切る番だ。
だらしなく伸びた顎髭を手でなぞりながら、オーレリウスは口を開く。
「それでは、哀れな渡り人から一つご提案をさせてもらおうか。かわりのものを頂く」
老人がこちらを睨む。だが、話の続きを無言で促す。
「安心しなよ。女子供、作物を貰おうってわけじゃない。第一、獣が齧ったような作物を仕事をした冒険者様に報酬代わりに渡そうものなら、どうなるだろうな?」
鼻で笑い返すオーレリウスの言動に、僅かに怒りの色を浮かべる村長。だが、その口調はいまだ穏やかだ。
「では、なにを私たちは差し上げればよろしいのかと」
その言葉に、オーレリウスはにやりと笑う。
「仕事をする間、外れの森に住むこと。そしてイノシシ狩りを許可すること。これを飲んでくれればそれを対価として仕事を行う」
どうだ?というオーレリウスの眼を、村長は睨む。腹の痛いところを掴まれたように小さく呻く。
村長としては、これは飲むことは非常に難しい。イノシシ狩りはその方法さえ決めてしまえば後は好きにすればいい。なんなら願ってもないことだ。だが、問題は「外れの森へ住むこと」である。遠回しに何か危険なことをするのではないか。そもそも危険な男ではないかという疑念が生まれる。人里に住まわないということは人に言えない何かを抱えている。ということになるからだ。
自分が見えない闇の中でもし村民に何かあれば自分の責任問題となる。これを飲むということは、即ちそういうことでもある。
唸る村長を見るオーレリウスの瞳はまるで相手を試すような、嘲笑うような鈍く、暗い色をしている。その口は、三日月のような笑みを浮かべながら。
だが、ついにその三日月は、半月となる。
けらけらと笑うオーレリウスに、ついに村長が声を上げた。
「何がおかしい!」と、その場に立ち上がる。
ひとしきり笑った後、オーレリウスは口を開く。
「いやいや、村長さんよ。あんたいい人だなってさ」
その言葉に、未だ怒りを隠しきれない村長をオーレリウスは着席を促した。
「俺を怪しいものだと思うのは当然だ。金は要らないから森の中に住まわせろってよ。誘拐に殺人。何されるかわかんねぇもな。ただ、その顔は相当イノシシ共に腸を貪られているって顔に出てきてるぜ」
村長は沈黙した。肯定の沈黙であった。
「だからお前さんは迷ったんだろ?闇夜に潜まんとする怪物に、首輪につながれてない怪物にイノシシ退治を任せてもいいのかってよ。今この村じゃ、ある意味薪割りより火急の事案だろうしな」
そしてオーレリウスは、頭を下げた。
「まずは、先ほどまでの非礼を詫びたい。これであなたの疑念が晴れるとは到底思えないが、こっちも食うためには働かなくてはならない。逆にいえば食い扶持さえ確保できれば金に執着するつもりはない」
オーレリウスは、改めて提案した。
期限は、1週間後の夕暮れまで。
その間に、定められた薪を作り。間の時間で可能な限りイノシシ狩りを行う。
村長は、深く腹を痛めたような顔でその提案を飲むことにしたのだった。




