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defeated dragon rider -ある敗残兵の物語-  作者: 気分屋カラス
この世界を巡る、マナというもの
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この世界を巡る、マナというもの⑨

 夜のギルドは、男と女の喧騒により未だ陰りを見せることはない。

 その日、稼いだもの。

 その日、稼げなかった者。

 その日、命を落としたもの。

 いるにせよ、いないにせよ。

 ギルドの夜は、喧騒と音楽が流れる空間となる。

 

 そのテーブルの一つで、金貨袋にぎっしりとクォーツ貨を詰め込んだオーレリウスはその重みをうれしくなさそうに感じていた。

 何故かといえば、ギルドの今現在がオーレリウスにとって最も苦痛な時間に他ならなかったからである。


 喧しく、煩わしく、臭いのだ。


 音楽はいい。心地の良い曲は好きだ。だがそれ以外はすべて最悪であった。

 多種多様な煙草の臭いが混ざったスモックが立ち込め、酒と焼いた干し肉の匂いが混ざった香りに混ざって、遠くのトイレでゲロを吐いた奴がいるようだ。その臭いがこっちにまでくる。

 

 僅かに頭痛を覚えてきそうである。

 

 オーレリウスにとって頭痛の種はそれだけじゃない。

 今テーブルを囲んでいる他3人。

 猟銃を構えた男はその義足と足をテーブルに乗せ、飲んでいる。

 ピストルをもつ狼族の男は、煙草をふかしこちらを見る。

 そして鋼鉄の爪を持つ女はというと

 オーレリウスの後ろからその身を抱くように手を這わせ、耳元で囁いていた。

 

 ギルドの風習の一つで、昇格したパーティはその日皆で酒を酌み交わすことがある種の習わしとなっている。

 オーレリウスはそれが嫌でこれまで昇格任務を受けてこなかったのだ。


 理由としては、契約者(アグリメント)であることが露見するリスクを負いかねない。というのもあるが…。

 もっとシンプルに一人の時間を愛するがゆえ、こういう誰かと飲む時間というのが長ければ長いほど苦痛に感じてしまうのだ。


 大抵この世界の冒険者というものは、水の代わりに酒を飲むような連中が多い。

 それゆえにこの飲み会は長くなりがちになっている。

 

 少女はそんなオーレリウスの隣でミルクを飲んでいた。

 「ほらほらぁ。あんたは今日の稼ぎ頭なんだからもっと飲みなってぇ」

 そういって自分が持っていたグラスをオーレリウスへ近づけてくる。

 やんわりとそれを阻むと、女は不機嫌そうに酒を飲む。

 

 わざわざオーレリウスの耳元でその音を聞かせてくる。

 

 (勘弁してくれ)

 そう思うオーレリウス。

 この女の意図は大方見えている。

 一番の稼ぎ頭を酔い潰して()()()()()()()とかそういうところだろう。

 報酬を受け取り、分配が終わった後いの一番に飲もうと言い始めたのはこの女である。

 眼前の2名の男はそれを知ってか知らずか、オーレリウスに絡む女を止める事はしない。

 所詮今日だけの付き合いである。他人がどうなろうと知ったことではないし、それが稼ぎ頭ならどっかで死んでくれれば自分の取り分が増える。とでも考えているのだろう。


 ⦅お前もお前だ、さっさと抜け出せばいいだろうに⦆

 (なら、お開きの言葉にいいジョークを一つお伝え願えないか?習わしなら終わりまで付き合うもんだろ)

 ⦅変なところで真面目だな。お前も⦆


 ストルムと念話をしている時、それは訪れた。


 ミルクを手に取った少女が、うつら、うつらと首が揺れ始めたのだ。

 これ幸いと思ったオーレリウスは、首に絡みつく女の手を払う。

 あまりに女の扱いとは思えないそっけない態度に、女の表情が険しくなる。

 オーレリウスは、クォーツ貨を何枚かウェイトレスに渡す。


 「彼らに酒を、俺の奢りで…悪いが、連れが限界みたいでね。今日はここでお暇させてもらうよ。それじゃ、楽しんで」


 そういい、今日はギルドの宿へ泊まることにした。



 ギルドは大抵2階が宿泊可能な場所であり、宿屋としての機能も持っていることが多い。

 素泊まりで泊まった部屋には、ベッドが一つと、簡素な作業机が置いてあるだけの部屋へと通された。


 ベッドに敷かれたシーツはそこそこ質の良い布であり、さわり心地は悪くない。少なくとも相棒の甲殻を枕にするよりもいい夢が見れそうだ。

 瞼を擦る少女をベッドに寝かせ、宿に設置されているランタンに火をともす。

 

 布を敷き、その上にホルスターから抜いたダンダリアンを置く。

 慣れた手つきでダンダリアンを分解し、磨いていく。

 油を注していく中で、すっかりところどころ掠れてしまった魔法刻印を針先に込めた招風(サモン・ウィンド)招炎(サモン・フレイム)などを魔法刻印(エンチャント)の形で彫り込んでいく。本当は専門の職人にやってもらうほうが何倍もいいのだろうが、知り合いと呼べる職人にはもう長いことあっていない。


 「すっかり、お前もくたびれちまったな」

 そういい、手入れを終えた部品を組み上げていく。

 最後に軽く動作チェックを行い、ホルスターにしまう。

 

 金貨袋を取り出し、机の上に置く。


 今この中には1500クォーツ程が詰め込まれている。

 今晩の宿代で30クォーツ。

 酒代諸々の経費で25クォーツ。

 脳内で響く相棒が要望する食費で800クォーツは最低でもかかるだろうか。

 残り645クォーツのうち、ダンダリアンとレイジ・オブ・ハートへ使用する弾丸も想定するのなら、普段の仕事では精々2~300クォーツ程度と考えれば相当稼いだ。

 だが、今後の旅で使う必需品まで手を入れ始めたのなら、これでも足りるかどうか不安である。


 明日には、万年ペーパー等級とついにおさらばである。

 ブロンズ等級ともなれば、これまでのような「おひとり様(ワンサイドマン)」の依頼なぞどれほど受けれるものだろうか。


 だが、他のペーパー等級で受けれる依頼の中で一番「戦わずに済む」という意味ではこれを受けるほかなかったのだ。

 ペーパー等級の昇格試験として用いられる生物の多くは「極地環境適応生物」に分類されるものたちであり、氷纏魚(フロスト・フィッシュ)はその中でも比較的討伐(捕獲)しやすい部類であったのだ。

 赤目小鬼(ヴォガー・ゴブリン)や、荒くれ孤狼(ロンリー・ウルフ)などの生物のように「単純に殴って倒せる」ような生物ではなく、知識がものをいう生物の走り。ということになる。

 オーレリウス自身、実は過去に何度も氷纏魚に関しては捕獲をしていた。

 過去、とはいえ帝国がまだあった頃の話まで遡る。

 その時教えてもらった知恵である。ちなみにあの後、この街の風土記の中に記載があったことは確認している。

 なので年の功といえば聞こえはいいが、オーレリウスは()()をしていたのだ。

 そのことを明日突っ込まれなければいいのだが。


 そう思いながら、オーレリウスはランタンの火を消し、壁にもたれかかるようにして眠りについた。



 最初、ストルムの躰を枕にして寝た夜。その日は全身の激痛で目を覚ましたものだ。

 それほどではないが、慣れない材質に体を預けて寝ると思ったより身体は軋むらしくその固くなった体を(ほぐ)しながら朝日を浴びる。

 少女は、まだ眠っているようで朝日を浴びてなお穏やかな寝息を立てている。

 オーレリウスは静かにその場を離れると下の階でパンとミルクを買って戻ってくる。

 念話の奥では相棒のイビキがまだ頭を揺さぶる。

 今では慣れたものだ。

 

 少女の肩を揺らし、目を覚まさせる。

 まだ眠たげで瞼を擦る少女の傍にパンとミルクを置きそれを食べているよう伝える。

 オーレリウス自身はパンをむしり一口放り込むと、さっそく窓口へと戻っていった。


 あの時一緒に組んだ連中はどこにもいない。今なら気が付かれることもなくとっとと終わらせることができるだろう。

 窓口で簡単な申請を行い、ペーパー等級のランク・タグを渡す。そして新たに手渡されたブロンズ等級のランク・タグにはオーレリウスの嘘にまみれた基本情報が刻まれた2枚のタグとして戻ってきた。

 それを受け取ると、さっさと自室へと戻り残ったパンを口へと放り込みミルクで流し込む。

 ひとしきり準備を整えながら買い出しの計画を練っているところで、ドアを叩く音がする。

 ドアの向こうにいたのは、ギルドの受付嬢であった。


 「おはようございます。ライオネル・ステンバーさん」


 ライオネル・ステンバーとは冒険者登録しているオーレリウスの偽名である。

 「はい。どうしました?」

 そう返すオーレリウスの顔を見て、受付嬢の顔が少しひきつる。

 「ええっと、ですね。ギルド長がお呼びでして」

 何故ギルド長がここで出てくる?


 思いつく限りの嫌な予感を想定しながら

 「分かりました。少ししたらお伺いいたします」

 とだけ答えドアを閉めた。

 

 もし、自身が契約者だと知れていた場合…最悪のケースを想定する必要がある。

 (ストルム。そろそろ目ぇ覚まししとけ。早朝から特急便が出るかもしれねぇ)

 ⦅…なら肉牛の1匹でも買っておいておくれ。バーベキューついでにこの街燃やしてやるからよ⦆

 (それまで俺が生きてればな)


 オーレリウスは一瞬迷ったが、結局は少女を引き連れてギルド長の部屋の前までやってきた。

 ホルスターの中で安全装置の外れたダンダリアンには既に6発全弾装填されている。

 対人想定として50口径BL(ブロンズ・ロータス)弾である。

 体内に食い込んだ際に花を咲かせるが如く弾頭が散乱することで身体へのダメージを増加させる対軟性生物特化、人間のような柔らかい肉を持つ生物に特に効果の大きな弾丸である。

 部屋に入る前にダンダリアンをハーフ・コックにすることで「隠滅(インヴィジブル)」の魔法刻印を起動する。

 そのままの状態で、ドアを叩く。


 奥から「どうぞ」という柔和な男の声が聞こえてくる。

 ドアを開けると、よく整えられた調度品と書類の数々。

 革製のソファは上質な設えでこちらを出迎えてくる。

 自らをランヴィムと名乗った男はこちらに座るよう促す。


 オーレリウスはソファを手で軽くなぞる。

 さわり心地の良い革がその手を出迎える中、少女がためらいなくソファへと腰掛けてしまったため、オーレリウスもそのままソファへと座る。

 この部屋のどこに検知器(マナ・ソナー)が仕込まれているかわからない。魔法刻印のようにごくわずかな反応であっても起動の瞬間に反応する可能性があるため、この部屋に入る前に起動しておいたのだ。


 「コーヒーは、いかがかな」

 小太りな男であるランヴィムは飲み物を進めてくるが、それを断る。

 ランヴィムの目の前にのみコーヒーが置かれ、向かい合うように座る。

 テーブルを間に挟むように、ランヴィムとオーレリウスが対峙する。

 

 登り行く朝日は、じりじりと熱を増していく。

 


話を切り出りだしたのは、ランヴィムの方からであった。


「まずは朝早くから、招集にお答えいただき申し訳ない」

オーレリウスはランヴィムに「それはいい」とだけ答える。

「こちらこそ、朝早くからこのようなサプライズを受けて驚いているよ」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()。という含みを持たせてオーレリウスが返答する。


「して?お話というのは」

オーレリウスが話を切り出すと、ランヴィムはふむ、といいある書類を見せる。


先の依頼、氷纏魚に関する記述内容である。


-これまでの依頼達成者が討伐した固体と比較してもその状態が良いものが多く、刀剣や銃器を用いない方法で狩ったとされている-


という記述に目が留まる。


 「氷纏魚は確かに刀剣や銃弾をものともしない…が奴らとて限度はある。それ故にこれまで我がギルドが回収した個体はすべて凄惨たる状態で持ってこられることが多くてねぇ。そんな折、君たちのパーティが非常に良い状態で納品したというのだから気になったのだよ」


 一体、どうやったのか…とね。


 その目の奥に、こちらを試す意図を垣間見たオーレリウスは鼻を鳴らし、人差し指と中指を並べて突き出す。


 「あんたもこの街の風土記は読まない口かい?俺は別件の依頼でそういう仕留め方がある。と教わったことがあるだけだよ」とオーレリウスは隠すこともなく氷纏魚をとった時の方法を説明する。

 そういうと、ランヴィムはコーヒーを一口すする。


 「なるほど…風下に回り匂いを感じ取らせる前に、鰓を一突きする事ができればよいのですか」

 そういい終えると、その場を立ちまた新たな書類を取り出す。


 それは「グワナデルの百足」に関する資料であった。


 「どういうことだ。こいつはシルバー等級以上のみが受けれるはずの依頼では?」

 そう答えるオーレリウスに再びソファに腰掛けるランヴィムが応える。

 「あなたは、この資料を見てどう思いますか?別にブロンズ等級であれば資料の閲覧のみであれば何の問題にもなりません」


 そういわれ、オーレリウスはその資料に目を通す。

 情報が脳内に流れ、既存の知識と結びつく。

 

 帝国崩壊以前より生きてきたオーレリウスの知識とそれは結びつき、時に破棄され、精査され口より答えが紡がれる。


 「…こいつ、()()()か」

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