この世界を巡る、マナというもの⑦
オーレリウスは、その後も少しの間タブレットをスクロールしながら手ごろな依頼を探していた。
レンディ・ハンティングによって討伐令が発表されたものの、これまでも何度もその包囲網を潜り抜け逃げおおせてきているオーレリウスにとって得た経験は、焦っても無駄。
というものだ。
この状態になると周辺のギルトが存在する場所では外様の存在、特に冒険者への疑心が加速する。
冒険者はその地に根差した自警団的側面を持つものと、よりよい報酬を求めて流れてくる流浪の者に大別される。
契約者として疑われるのはこのうち後者のものたちである。とはいえ、そういう冒険者たちはそういう扱いにも慣れている。ギルドへの尋問に対してもさっさと服を脱ぐ猛者もいるというほどだ。
オーレリウスはその左手に宿る、瞳のことを思い出す。この瞳は「竜眼」と呼ばれる。
「竜の魔法を操りたければ、瞳を奪え」という言葉がこの世界に存在する。
その言葉の通り、竜の瞳はマナを観測し干渉する力を持つ。
竜の体内に大量のマナがあるのも瞳を通しマナを喰らい、瞳を通して体内のマナを発揮する。
瞳は自身と世界を繋ぐ鍵である。と竜たちは信じておりこれを「瞳信仰」と人々は呼んでいる。竜種独自の信仰であり早い話が「竜眼」を多く持つ竜種はその分世界との繋がりを多く持ち、より上位の存在とされるものだ。
ただの目玉ではなく、竜眼と呼ばれる特殊な瞳がこれに該当し、千個の瞳を持っていようとも竜眼が一つしかない場合、そいつは「一つ眼」と呼ばれ子供扱いされる。
生まれた時、竜は瞳を持たない。そこにあるのは、空虚な穴だけであるという。
成長を通し、幼年期の内に一つ眼となりその後多くの個体は「二つ眼」までは獲得することができる。
最も、青のエメラルド種のように「竜眼」を持たずに繁殖している竜たちもおり、ストルムをはじめそのような竜は「蛇」と揶揄しているのだ。
オーレリウスとストルムは「三つ眼」の存在となる。
二つ眼からこれになるためには長い時間をかけて魔法の習熟と熟練したマナへの干渉能力を体得しなければならない。とされる。それはマナが持つ循環、特性をその頭ではなく身体と本能で理解できたときらしいが、オーレリウスはいつもその話を聞いても理解できたことはない。
その時師事していた者にいつも笑われていた。
「言葉で理解できる摂理ではない。なのでお前はいつも正しい」と。
そのたびに煽られているのかと思っていたのはいつの頃だったろうか。
そのようなこともあり、「三つ眼」以上の竜種は二つ眼までの個体の中からおおよそ3割しか至れない。竜たちの一つの関門となっている。
死ぬまで魔法の習熟を極め、追い求めた果てに死んだあと三つ眼となるものもいる。
そんな瞳が、オーレリウスの左手に埋め込まれている。
というより、ある日突然出来上がっていたというか生まれていた。
契約者は契約した対象とその躰はほぼ一つの存在となっている。そのために契約者が竜眼を得るとする場合、どっちに生まれるかはわからないという。
極めてめでたい事なのだろうが、当のオーレリウスからすれば隠蔽もままならないこいつのおかげで苦労した覚えがいくつもある。
どうしたものかと、上に掲げた左手が生む陰をまじまじと見つめていた。
そんな時だ。その陰が大きくなりオーレリウスの半身を包み込む。僅かにタバコの臭いが鼻孔を掠める。
「なぁ?兄ちゃん」
煙草を咥えた男がこちらを上から目線で睨んでくる。
「はい?」
オーレリウスが返答すると、さらに男は上から目線を落としてこっちを睨む。
その顔は一部が義体化されており、特にその瞳は暗視用義装「オウル・アイズ」の特徴的な瞳孔をしている。
「お前。この街に来たのはいつだ?」
男はオーレリウスに質問する。
「さぁね。流れ流されて来たものでね」
そう返すオーレリウスへ男は嗤う。
今もその顔は近くにある。
「なら親切な俺が教えてやる。今朝この街の門をくぐった流れの冒険者さんよ?」
「みてたのか?いい趣味してやがるな」
「忘れられなくてなぁ。その特徴的な火傷面は特によぉ」
気が付くと、周囲を囲まれている。
オーレリウスは少女を見る。
この光景に、気圧されている様子であった。隅っこで震えている。
いよいよ小動物に見えてきたオーレリウスだったが、今はこの眼前に広がる男の対応が先だ。
「悪いが、一緒に来てくれや。なぁにちょっとギルドへ面接しに行こうや」
男がオーレリウスの肩をむんずとつかむ。
その握力は相当なものであるが、オーレリウスはその腕に走る筋を見逃さなかった。
男の太く逞しい腕に手を添わせ、にっこりと笑みを浮かべる。
その後、オーレリウスは男のてから何かを抜く。
その瞬間、男の手は突然跳ねるように暴れ出し、男の肘からは大きなバネが弾き跳ぶ。
慌てふためく男の様子を尻目にオーレリウスは椅子から立ち上がる。
「質の悪い調整屋に頼んだもんだな。まさかピン止めでそいつを固定しているとはな」
男が使用していたのは、ダガーを射出するタイプの「イントゥ・ガン」という義装である。
前腕部を改造し、内部よりガス圧でダガー手首から射出する内蔵武器の一つであるが、その射出と装填の際に機能するバネを外部から金具でピンを指すように固定しているものは初めて見た。
おかげで緊張を解かれたバネがはじき出され、男の肘を破壊して突き出したのだ。
「てめぇ…⁉」
右腕のネタバレをされた男は憤慨し、もう一度オーレリウスへと近づいてく。
立ち上がったオーレリウスは興味なさげに立ち去ろうとし、背を向ける。
それがなおのこと男を憤慨させる。
いくら射出機能を潰されたとはいえ、右腕そもそもの機能が失われたわけではない。
男はオーレリウスへ拳をぶつけようとしたとき、仲間が制止した。
ギルド内では、喧嘩はご法度なのだ。
「いい仲間をもったな」
オーレリウスはそういい、少女の手を引きこの店を去ろうとする。
「テメェ!」
と男が制止する。
「俺はブロンズランクのバロウズ!ダガーファイターのバロウズといえば俺のことだ!名乗りやがれ!」
その問いをオーレリウスは返す。
「あんたほどの男が覚える必要もない、しがないペーパーランクの「おひとり様」さ」
その言葉に、男が眉根を寄せる。
「お前が?あの、「おひとり様」なのか」そういうバロウズの瞳は疑念が拭えてはいない様子だった。
そんなことなどお構いなしに、オーレリウスはギルドを後にしたのだった。
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夜になった。
街から離れ、少女と共に闇を歩く。
少女はランタンを両手でつかむように持ち、夜闇を照らしながら移動し続ける。
オーレリウスは念話でストルムと会話を行う。
⦅にしても何度目だよ。第一種殲滅目標討伐令出されんの⦆
(さぁ?ここしばらく出てないものだから油断したな)
上を見上げれば、僅かばかりの月夜の奥に星が瞬いている。
冬期はこれがあるからオーレリウスは嫌いにはなれなかった。
(しばらくは徒歩移動が基本になるな。というより、飯どうすっかな)
⦅俺は嫌だぞ。ニシオウベルトアースワーム喰うくらいなら餓死してやる⦆
(また始まった)
ストルムは竜の誇りがどうのといって昆虫食を好まない。
毒がないなら味なぞ気にしている場合かとオーレリウスは思うがストルムの中では、それはそれというやつらしい。
⦅何年か籠るにしても、この平野じゃなぁ。獲物も少ないしどうしたもんか⦆
(まったくだ。もっと南へ行っとくべきだったな)
⦅導霊国の方に行けば、森人がうるせぇことを除けば隠れるにはいい場所なんだがな⦆
(とにかく、だ)
オーレリウスは頭の中でメルカッタの地図を思い起こす。
(プランは大きく分けて3つ。一つはこのまま北上し、ポスト・グリエラを目指す)
⦅大昔にもそれ使ったなそれ。あの時はひどい目にあった⦆
(二つ、スクールにバレることを覚悟のうえで平野部を一気に南下しドメロン山脈南端にある断崖地帯、「ファフニールの聖域」に隠れるか)
⦅それはいいな。寒くて冬眠しそうになることを除けばいい場所だ。あとはお客さんが氷漬けにされなければなおいい⦆
(あのガキのことか)
⦅厄介な荷物だな?それはそれとして3つ目当ててやろうか⦆
(どうぞ)
⦅今すぐ回れ右して、あの都市を焼き尽くす⦆
(…流石に冗談で言ってるよな、笑えない冗談ってものがこの世にあるのをご存知か?相棒)
⦅お前は笑えないのか?相棒⦆
(その時が来たら腹抱えて笑ってやるさ)そういい、オーレリウスはランタンを掴みながら空の星を見ている少女を見る。
⦅いよいよ、厄介な荷物になってきたな⦆
ストルムが、ぼやくように念話の中でため息をつく。
流石に、子供を見捨てる。という冗談は両方にとって「笑えない」らしい。
⦅で?実際のところ、3つ目ってなんだよ⦆
そうストルムに問われたオーレリウスはふと後ろの方を向く。
(いやなに、小生意気にも光学迷彩なんぞ使用している連中をどうにかしてから考えるかって話さ)
⦅なんだ、そんなことかよ。たかだか5人くらい…⦆
(忘れたか、相棒。髑髏面の契約者は今絶賛指名手配中なんだぜ?)
そういい、再び歩き始める。
その刹那であった。
カチリ
僅かな機械音を、オーレリウスは見逃さなかった。
何もない方向へと蹴りを放つオーレリウス。そのブーツで弾かれたのは、ダガーであった。
再び放たれたダガーを今度は身をひるがえらせて避ける。
「クソが!」
そういい、光学迷彩を解除した男がいる。
確か、バロウズ。といっただろうか。
もう一度放たれたダガー。
月夜に照らされた中でそのダガーの刃先が少女へとむけられたことを察知したオーレリウスは
その手でダガーを挟むように掴む。
円を描くように身体を回し、ダガーを投げて返して見せる。
それはバロウズの左目を抉り、くるくると宙を舞った。
その場に崩れるバロウズの耳を掠めるように地面に突き刺さるダガー。
起き上がろうとしたバロウズの、ナイト・オウルが捉えたのは瞳だった。
闇夜の奥で紫水晶の瞳がそこにはあった。
まるで空っぽのようなきらめきの奥で、バロウズは怯える。
あの時、酒場で出会った時とは何かが違う。
その瞳の奥で、何かがこちらを捉えていた。
バロウズはそれに覚え、明かりがともる街へと走って逃げていくのだった。
「先に手、出したのはそっちだからな?」
オーレリウスはバロウズと、いまだ隠れている連中へと釘を刺しておく。
少女は、ふと、何かを思い出したかのように足を止める。
ランタンの明かりが進まないことで、オーレリウスは少女の動向を知り、同じく足を止める。
「どうした?」
オーレリウスは少女の方を向きながら声をかける。
少女は、疑問を口にする。
「あなたたちは、冒険者なの?」
その問いに、明後日の方を向いてしまうオーレリウス。
「一応な」と返す。
その答えに、少女は確信づいた瞳で、オーレリウスを見る。
「なら、依頼。受けてくれるの?」
「…内容にもよる」
その星のもと、煌めく闇の中で少女の瞳に輝きがともる。
「なら、お願いしたい」
一瞬の間が開く。
「お母さんを、助けてほしい」
少女は、オーレリウスにそう伝えた。