この世界を巡る、マナというもの③
『で、どうすんだよ実際』
屍喰家のコアを粉砕したことを確認したストルムは、オーレリウスへと尋ねる。
実際のところ、ピンチなことは変わりない。と言わんがばかりに準備を進めるオーレリウス。
屍喰家はこの世界でいうところで「影の勢力」と呼ばれる分類の敵性勢力である。
それを説明するためには、まずこの世界の「影」というものについて説明する必要がある。
影、というのはこの世界における「根源3元素」の一つである「混沌」、そのものである。
「根源3元素」とは「雷」「マナ」「混沌」の3つの要素から組み上げられたこの世界の自然界における循環を表すものであり、その図は一つの円を描くように出来上がる。
「雷」とは烈魔を指す。大空を飛ぶ全長1kmにも及ぶこのエイは周囲に大嵐を巻き起こし、雷を振らせる。その一撃は大地を破壊する一方で、あまねく大地へと「雷」を降り注ぐ。「雷」が持つ性質は「増幅、加速」であり、あらゆる物質や属性を刺激し、その力を増幅させる事ができる。
「マナ」は「無、起点」という性質を持つ。なんの属性にも触れていないマナクリスタルが無色透明なのもマナそれ自体の性質が「無属性」であるからといわれている。
そして「影」。
「影」とはこの大地の奥深くに存在する巨大な粘性生物を指す。黒々としたコールタール上の身体はすべて「混沌」属性を持ち、常に大地を移動し続ける。
「混沌」が持つ性質は「浄化、生誕」であり、マナが使用された結果生まれた「瘴気」や「穢れ」を喰らう特性を持つ。もっと言えば生物は生まれながらにして体の中に「マナ」と「穢れ」を持つ。何故なら成長や老化を引き起こすたびにその躰には「穢れ」が蓄積されていくが故である。
影の勢力が生物を襲う理由もまた、ここにある。
そして、「影」は自らが取り込んだ「穢れ」を食らうことで浄化させ、マナを再び使用可能な状態へと戻すという自然界におけるスカベンジの役割を持つが、その一方でその「利用可能」なマナを再び自然に戻す方法というものが…
自らより新たな生命体を生み出す。というものだ。生み出される生物としてもっとも有名で驚異的なものの代表こそ「禍つ獣」と呼ばれる者たちである。
そしてそれらの生物を、「烈魔」がその強大な力で粉砕し、嵐で巻き上げて捕食する事で、この世界の「マナ」の量はおおよそ一定を保つように形作られている。
そして屍喰家はこの「影」の最も小型な端末の一つ。とされている。
つまり
「あの奥に、もっと強大な「影の勢力」か「禍つ獣」が既に生まれている可能性がある」
オーレリウスはため息をつきながらそう答えた。
「影の勢力」である場合はその末端として
「禍つ獣」である場合は大地に残った「穢れ」の残りかすを食べるために
屍喰家がいた。
そうなればこの吹雪。
まるで止むことがない吹雪。
これにも説明がつく。
『この洞窟、もしかしなくても…』
「魔窟、だな」
魔窟。それはこの世界において七大連合が定めた危険地域を示す名である。
「帝国」が廃棄したがいまだ稼働を続ける各工場や研究所。
「禍つ獣」が自らの特性に合わせ周囲の環境を変化させる。
上位の「影の勢力」が発生したことで「瘴気地帯」となり、周辺地域に対しあまりに異常な気象状態を獲得した場所。
これ等が七大連合もとい、ギルドにて認定された地域は「魔窟」と呼ばれ危険度、周囲への脅威度を鑑みられたうえで調査・討伐任務が発布される。
『やっぱりバケモンの口の中じゃねーかよ。だから俺は嫌だったんだ』
そういうストルムは先ほど傷ついた翼膜を恨めしめに睨んでいる。
オーレリウスは記憶をたどりながら何かを思い出そうとし、答えを出す。
「少なくとも、ここに帝国が何か施設を建てたという記憶はないな」
『言う必要がない立場だっただけじゃねぇのか?特務上等狙撃兵殿』
その言葉に思わず髑髏面の奥で眉根が険しくなる。
ストルムの言う通りで、オーレリウスの最終階級、特務上等狙撃兵は「新規兵器の実地試験等の特務任務を請け負う狙撃上等兵」というものであり、帝国軍の階級において
一番下の「兵卒(軍学校卒業して2年未満、もしくは帝国軍に加入して2年未満の者)」の一つ上。
つまりはそこら辺にいるある程度長生きしただけの一兵卒程度の階級であり、確かにそんな奴に工場は百歩譲ったとしても、帝国軍傘下の研究所の場所を教えるようなことはほとんどないだろう。
さらにオーレリウスは契約者であるため前線に送られることが多く猶更知る機会などなかった。
「痛いところを突くな」
『それなら俺の心臓も今事痛みを訴えてるはずだぞ』
そういわれたオーレリウスの眉根は険しさを失った。いうだけ無駄だと判断したからである。
ゲラゲラと嗤う忌まわしき相棒の声を聞きながら、準備を進める。
少女はいまだランタンを抱きかかえながらその様子をじぃっと見ていた。
オーレリウスは意を決して、クォーツ貨を全て取り出す。
そしてそれを、全て弾丸に変化させた。
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レイジ・オブ・ハートへそれぞれの弾丸を装填し、ダンダリアンを抜く。
安全装置を外し、1発だけ装填する。
虚空に向かって、構える。
数秒ののち安全装置を掛けなおした後ホルスターへとしまい、レイジ・オブ・ハートを手に洞窟へと進み始める。
「ちょっくら、化け物の腹肉を削ぎ落してくる」とストルムに伝え、闇の中へ消えていった。
オーレリウスが選んだのは、以下のとおりである。
12ケージIS弾:2発
スラッグQB弾:2発。だがそのうち1発は予備携行としてあえて装填せずにポケットへしまい込んでいる。
7.62×55mmMCRB/P弾:2発
高速貫通弾であるこの弾丸で最悪「コア」のみを狙い撃ちすることができれば、動きを鈍らせることや最悪そのまま倒すこともできるだろう。
だが、これで相手できるのは精々屍喰家1匹、よくて3匹が限界である。
可能な限り、戦闘は避けなければいけない。
この場所が魔窟であるのならなおのことである。
恐らくこの洞窟の影響外から見れば、洞窟周囲のみ異様な吹雪が発生しているはずである。
それを見逃すギルドではない。
すぐさまにスクールや各種機関に報告が入るか、自分たちが知らないだけですでに入っている可能性もある。
そうなれば、調査隊が編成されこの場に送り込まれることだろう。
既に見つかっている場合でも動向調査で定期的に調査隊が送り込まれていると考えるとそれがいつ来るかもわからない。
オーレリウスだけであれば問題はないだろう。服装と髑髏面さえ隠し通せば案が何とかなるものだ。
だが、ストルムと一緒となるとあいさつ代わりに鉛弾が飛んでくることは避けられない。
とっとと出ていくことも考えたが、オーレリウスは領域魔法を使えない。故に方向感覚を狂わされて出ることができなかった。
現にここへ来る前もまっすぐ進んでいたはずだった。だが案外ここへ来るように誘導をされていた可能性がある。吹雪で視界を奪い、感覚を奪い、体力の尽きた対象は休息をとるために洞窟へとやってくる。そこを襲えば食料を容易に確保できるだろう。
それを回避するためにもそれらの影響に強い領域を張ることができる領域魔法というものの有効性を時折嫌というほど感じることが多くなった。
「全く、厄介な化け物だな」
そうぼやきながら洞窟を進む。
その後ろを、何かが追いかける。その手の内には明かりがともっていた。
「‥‥‥ストルム?」
『悪い、寝てた』
振り返ると、そこには少女が立っていた。
手にはランタンが未だ灯っている。
夜目が発動しているためランタンの明かりでも少しまぶしく感じる。
「なんで戻ってきた」そう尋ねたオーレリウスに、少女は返す。
「わからない」と。
「喋れたんだな」
そういうと左手で握っていたダンダリアンから手を放し、それを無視して歩き出す。
「うん」
と答えただけの少女はランタンから手を放さずにその後をついていく。
洞窟を進む中、オーレリウスは少女とほとんど会話をしなかった。
その一方、少女はオーレリウスへ質問をする。
「どこから来たの?」
「空の果てから」
「これからどうするの?」
「仕事をする」
「名前は?」
「オーレリウス・ベルベット」
「私どうしたらいい?」
「喋るな」
ちなみにこの後の少女はオーレリウスへ問いかけ続ける。
その様子を見たストルムからも
『人間の会話じゃねぇな』と笑われたが当のオーレリウス本人はなるべく喋りたくない理由があった。
オーレリウスは-感応-をしていたのである。
周囲のマナを知覚するこの魔法は慣れないうちは目がつぶれるほどの「マナ」の光に襲われる。
何故なら「マナ」は空気中をはじめ生物、非生物を問わずこの世界を構成するありとあらゆるものに宿っているためである。
故に意識を集中させ、見たい「マナ」の光のみを絞り込む必要がある。これが慣れていたとしても相当な集中力を必要とする作業である。
本当であるのなら魔法はなるべく使いたくはない。が、そうも言ってはいられない。
どうせ来るのならなるべく素早くこの魔窟から脱出する。そのためには魔法の仕様を絞りすぎるのも時間対効果を考えるのなら問題となる。
知覚されやすいマナ、それの規模は招炎など攻撃系は大きくなり発見されやすくなる。
一方で変異魔法や知覚など非攻撃系自身のマナを外に発揮しない魔法では比較的知覚されにくい。
とはいえ、自身の体の中をマナが過剰に流動するという違和感を見抜ける技量を持つ飛竜兵のようなマナ検知に優れた集団相手では却ってリスクが伴う。
だがそれほどの技量を持つ飛竜兵はそうそういるものでもない。オーレリウスはそこの可能性に賭けた。
そうこうしているうちに、自身が塞いだ石壁のところまで到着した。
オーレリウスは少女へ「すっこんでろ」と告げる。
その左手を振りかぶり、石壁を殴りつける。
轟音と共に吹き飛ぶ石壁。そして再びオーレリウスは少女を無視して歩き出した。
『そっちの様子はどうだ?』
「最初に潜ったところまでは戻ってきた。こっから先は未知の領域だ」
『ならそろそろ胃袋が見えてくるころか?』
「なんにせよ、すぐ動けるように準備はしておいてくれ」
『片付けは俺の役目かよ。たまにはお前がやってくれ』
「かわりにいい肉を持っていくさ」
『楽しみだ。今のところこっちは何も引っかかってねぇし、存分に化け物の胃を荒らすのは今がチャンスかもな』
ストルムもまた-感応-にて周囲のマナの動きを見ていてくれる。
オーレリウスよりも優れた魔法操作を行えるストルムであれば、より詳細に知ることもできるだろう。
オーレリウスはさらに、脚を進めた。
少し、脚を進めたところでオーレリウスは止まる。
開けた空間の奥で、屍喰家がいる。予想通り1匹2匹どころではない。
蠢くようにあちらこちらに張り付き、何かを啜っている。
それは、人の死体であった。
人の骨であった。
人だった、ものであった。
少女はその様子を見る前にオーレリウスに抱えあげられた。
ランタンの火を消すと、少女の視界は闇に閉ざされる。
思わず泣き叫びそうになる少女の口をオーレリウスは塞ぐと声をかける。
「暗いところが怖いと思うのは、しょうがないが、今は静かにしてくれ」
そのままオーレリウスはゆっくりと歩きだす。
髑髏面の奥で、自分の呼気が荒れているのが解る。
ある程度、それこそ夜目にてオーレリウスにだけわかるが、足元に骨にむしゃぶりつく屍喰家の身体が振れるかどうかの僅かな合間を通っていた。
耳をの奥までかきむしられそうになる粘性生物の蠢く音を聴きながら歩みを進めていく。
もう少しで、洞窟のより奥へと進める。
その時、オーレリウスの眼前に、黒い何かがぼとりと落下してくる。
それが、オーレリウスの脚を腕、そして少女へと触れた際
少女は、恐怖でついに声を上げてしまう。
-酷似五体:飛竜-
オーレリウスの背中に生えた疑似翼が、幾つかの屍喰家を弾き飛ばす。
そのまま変異し、ストルムのそれに酷似した二本の脚で大地を蹴り、闇を駆ける。
そこからはまるで、異常な光景が広がっていた。
屍喰家たちが群がる。
一匹、また一匹と群がる。
それがだんだんと量と質を増していく。
洞窟を下り、跳び、飛ぶ。時々壁に体をぶつけ、擦り傷を負っても止まることはなかった。
なぜならその背後より迫る、屍喰家の濁流とも呼べるそれがこの小さな2つの命を喰らわんと、飲み込まんと迫りくるからである。
「ストルム…腹ぁ括れ!」
少女を宙に放り投げ、オーレリウスは叫ぶ。
左腕に2つの魔法陣が展開される。それと同時に、周囲に雷光と雷鳴が迸る。
屍喰家をはじめ、この世界の存在するありとあらゆる生物は「雷」に弱い。とされている。
「増幅、加速」された性質はその消滅を速めてしまう。もしくはそれ自体が持つ膨大な威力に耐えられない。
それゆえに、発揮されるエネルギーは膨大なものとなる。
-招雷-
屍喰家に拳が飲み込まれた。
刹那、肘側の魔法陣が手首側の魔法陣へとぶつかる。
放たれた雷の杭は、屍喰家たちを駆け巡り…自壊させていった。