この世界を巡る、マナというもの②
オーレリウスはレイジ・オブ・ハートを構えると、迷うことなく屍喰家へ12ケージFM弾を叩き込む。
びしゃり、と水が弾けるような音共に、屍喰家が怯む。
フォアエンドをスライドし、排莢ののちもう1発撃ち込む。
屍喰家の身体が洞窟の壁一面に飛び散る。
その隙にランタンを掴んだ少年を肩に担ぎなおし、来た道を駆け戻る。
その背後で、散った身体がまるで時間が巻き戻るかのように一つの躰へと収束を始めている。
屍喰家は名前とは裏腹に生物であれば基本何でも食べようとする粘性生物である。
何より恐ろしいのはその物理攻撃を無効化し、僅かな隙間をも通り抜けてしまう粘性の躰と、土属性以外への耐性である。その土属性も性質が物理属性であるため効果的なダメージソースとなりえることはない。
つまり
貴重なクォーツ貨を2枚分、逃げる隙を作るためにドブに撃ち込んでしまったのだ。
そうしてある場所まで走り抜けた後、-招土-を唱え、土壁を形成する。
「とんだ化け物に出くわしちまったな」そうぼやくオーレリウスの手を離れた少年はふらふらと洞窟の隅までやってくると、なにかをごぼごぼと吐き出すような音が暗闇の中で響き渡った。
警戒しながら、来た道を戻る。
少年は暗闇の奥でランタンを抱えたまま離すことなくオーレリウスの後ろをついていく。
「ところで」
そういい振り返るオーレリウスの顔を見るなり少年は小さく悲鳴を上げる。
まぁ、無理もない。こんな暗闇の中で仰々しい髑髏の仮面をつけた奴を信用しろというのが無茶な話である。
ため息をついたオーレリウスはそのまま歩き出す。
少年も、少なくとも屍喰家と比較した場合でこちらを選んだようで、その後ろをついて歩く。
ストルムを見るなり、もう一度この少年はビビる事になるのはこの後すぐの出来事であった。
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『で』
少年は少し離れた位置からこちらを伺うように覗き込んでいる。
未だランタンは離されることなく、少年の手の内だ。
その様子をみたストルムは、やや呆れたようにオーレリウスへ話しかける。
『あのガキ、あれってよ…』鼻を鳴らしながら語り掛けるのを、オーレリウスは頷いて肯定する。
「だが、まだわからん。証拠がない」
『そんなのお前、一発キめちまえばいいだろうが。誰が見ているわけでもねぇんだし、何も初めてではないだろう?』
そういいながら薪を追加しろと催促するストルムに促され、オーレリウスは金属の箱から燃料を火へと投げ入れる。
「お前にとっちゃ、あれも場末の水商売人もおんなじか」
『鼻が曲がりそうな臭いを、鎧と勘違いしているという意味では一緒かもな』
オーレリウスは煙草に火を点け、紫煙を吐く。
「なんにせよ、吹雪が止んだらとっととおさらばしたほうがいいかもな」
これ以上のトラブルは御免だ。という顔にストルムは頷き肯定する。
だが、そんな言葉とは裏腹に
吹雪はまだ、止みそうにはなかった。
洞窟に入って、初めての夜が来た。
昼間はぐっすりと眠っていたストルムに変わり、今はオーレリウスが眠りについている。
ごつごつとしたストルムの甲殻を纏った体に身を預け、毛布をくるまりながら眠りにつくのに、それなりに長い時間を要して慣れていったため、そんな状態でも眠りにつくことができる。
ストルムは、少年を
その奥の洞窟をじっと眺めている。
少年は未だランタンを抱えたまま、こちらをじっと見ていた。
ランタンはチロチロと灯りが下火になっている。
『おい』
ストルムは少年に声をかける。
驚いた少年は岩場の影に隠れるが、ゆっくりと再び顔だけひょっこりとだし、ストルムを見やる。
『お前がもってるそれ、そろそろ火が消えるぞ』
そういうと少年がようやっとランタンの存在に気が付き、その火が消えかかっていることに気が付いた様子であった。
『……こっちにもってこい』
ストルムがそういっても少年はランタンを手放そうとしなかったため、ストルムはむっとした表情をする。
そして眼前に幾つかの燐光文字が浮かんだかと思うと
ランタンが浮かんだ。
少年の手を離れ、ふわりと離れたランタンが川を流れるかのように上下に寄れながらストルムの元へとやってくる。
突然のことに目を白黒させながらランタンを捕まえようと岩場から飛び出し、何度も飛び跳ねながら追いかける。
そうこうしているうちに、ストルムの眼前までやってくる。
とはいえ、意識が完全にランタンに向いているためか、ストルムのことなぞ意に介していない様子ではあるが。
そうやって、跳んでいる様を見ていたストルムはあることに気が付く。
『お前…メスか』
目が覚めたオーレリウスの眼前に、シャツだけを着た例の少年(あとでストルムにそれを聞かされたが時に気にすることもなかった)もとい、少女。
灯りが再び活気を取り戻したランタンの光で目を覚ました。
赫四眼の髑髏面をつけたまま寝たためか内側の顔が湿気のこもった状態となり非常に気持ち悪い。
それを外し、外の風に顔を当てる。
服の裾で中の湿り気を拭うと再び髑髏面を被りなおす。いくらかはましになった。
吹雪は止むことなく、未だ吹きすさび続けていた。
ストルムはオーレリウスから煙草を貰うと、一気に紫煙を吸い込む。
舞い上がる埃の方な煙を吐き出すと外の様子を見やり、げんなりとした顔になる。
「もう数日は収まらないかもな」
そういうオーレリウスは髑髏面をずらしカップに入れたお湯を飲んでいる。
酒はおろかコーヒーだってしばらくは飲んでいない。
目覚めに濃い目のコーヒーを飲めばもうちょっと働くであろう頭を熱いお湯でごまかす。
そして、ストルムとオーレリウス。
二人揃って大きな欠伸をするのであった。
その時だ
音が、する。
ぞるり
ずるり
ごぼり
ごぼり
音が、した。
髑髏面をかぶり直し、3枚のクォーツ貨を取り出す。
それを拳で握り生み出した弾丸をレイジ・オブ・ハートに装填する。
フォアエンドをスライドさせ、薬室へと送り込む。
そのうち、最初に装填した1発の弾丸は12ケージのように無数の球体が入っているものではなく、魔術刻印が刻まれた大きな球体が一つあるだけの弾丸、スラッグ弾である。
チューブ方式の装填を行う場合においてフォアエンドをスライドさせることで排莢を行うのだが、この時前から後ろへ押し出すように次弾が薬室へと送り込まれる。
つまりこの最初に装填したスラッグ弾は最後に発射される弾丸ということになる。
その他の2発は、透明な12ケージ用に加工された偏氷マナクリスタルを使用した
12ケージIS弾である。これは発射すると無数の尖柱状になった氷となって相手に突き刺され、場合によってはそのまま凍らせることのできる弾薬である。
『なるほど、そいつはいけそうだな』
「2発いると思うか?」そう問うオーレリウス
『2発で行けると思うか?』そう問うストルム
「街の宿でホットビール片手に乾杯したきゃ…やるしかねぇよ」
『そりゃいいな。宿の看板にあの世って書いてなければ泣いて喜んでやるぜ』
自分たちの頭上を飛竜兵が飛んでいるかもしれないと思うと、必要以上に魔法は使えない。
その状況下で、残り10枚程のクォーツ貨が今のオーレリウス達の命の装弾数となる。
うち、3発をこれからやってくるであろう怪物退治に使用する。
逆にいえば、3発で仕留める必要があるのだ。
その怪物、屍喰家がゆっくりと洞窟より這い出でてくる。
うねるように、もがくようにこちらへと近づいてくる。
オーレリウス達のプランはこうだ。
粘性生物を相手にする場合、以下2つの方法がメジャー・プランとなる。
1つは大火力の火属性魔法及び大型焼夷弾を使用し一気に「蒸発」させること。
そしてもう一つが、氷属性魔法及び氷属性弾で相手を氷結させ、粉砕ののち「コア」を攻撃するというもの。
閉所の場合は魔法であれ何であれ火を使う方法では自分たちにも被害が出るため、氷結させるプランをとったというのだ。
だが、コアを攻撃するためには確実かつ完全に氷結させる必要がある。
それを2発で出来るのか、ということをストルムとオーレリウスは話していたのだ。
その結果、「やるしかない」というなんともお粗末な答えに至ったわけなのだが。
ランタンを握った少女をストルムの方へ向かわせる。
未だその手からランタンを手放すことはなく、少女がストルムの翼の内に包まれるようにして守られた。
『ここまでやる必要は?』
「人道支援に貴賎なしだろ?」
そういうオーレリウスを鼻で笑い飛ばすストルム。
屍喰家の前へと進むオーレリウス。-付与:腕-の効果時間はとっくに終了しているため、左腕でレイジ・オブ・ハートのフォアエンドをしっかりとつかむ。
一瞬の、間が開いた。
外に舞う雪が荒れ狂う音だけが、耳に届いた。それはこれから起こる戦いを急かすように雄たけびを上げているようにもオーレリウスには感じていた。
先に動いたのは、オーレリウスだった。
低く身を構え、接近する。
12ケージIS弾の有効射程距離は実に6m。また相手を確実に氷結させるためにはある程度拡散させた状態の弾を当てる必要があるためゼロ距離でも効果が薄くなるというマナクリスタル採用弾頭の中で最もピーキーな特性を持つためである。
相手の息遣いが聞こえかねない位置まで接近しなければ、相手を氷結させるには遠い。
逆に、はっきりと相手の息遣いが聞こえる位置からでは最大の効果を得ることはできない。
帝国軍人なら躰にその距離感を叩き込まれる。
問題は、屍喰家の動きだ。
ごぼごぼと身体を揺り動かしたかと思えば、粘性の身体を一部をこちらへと飛ばしてくる。
オーレリウスはそれを避ける。だが少女をかばうストルムの翼には容赦なく直撃する。
刹那、しゅうしゅうと音を立てストルムの翼膜が蒸気を発する。
『…ぐぅ』
声を殺して耐える相棒を背に、オーレリウスはレイジ・オブ・ハートを構える。
極限まで集中したオーレリウスの精神は、周囲の情景がスローモーションのように流れている。
祈らず、されど奢ることなく。
引き金を絞る。
発射された偏氷マナクリスタルがまるで氷の針のように研ぎ澄まされ、屍喰家へと突き刺さっていく。
その周囲から音を立てて氷結を始めるその躰を思いきり震わせて針を抜こうと足掻き始める。
オーレリウスはレイジ・オブ・ハートのフォアエンドをスライドし、排莢を完了しながら再度接近する。
まるで待っていたといわんがばかりに、屍喰家はオーレリウスへゲロを吐くように自分の体をオーレリウスへと吹きかける。
だがそこに、オーレリウスの姿はすでになかった。彼は跳んでいた。
俊走などなくても契約者の身体能力は人のそれとは比べるべくもない。
相手の行動を予測し、次の攻撃の一手として既に跳び上がっていたオーレリウスは、屍喰家の背後へと回る。
そして、再度引き金を絞る。
両面にびっしりと氷の張りが突き立てられた屍喰家の躰は見る見るうちに氷結していく。
オーレリウスが排莢を済ませたころには、一つの氷像がそこには出来上がっていた。
最後の1発を薬室へと送り込む。
しっかりと構え、引き金を絞る。
刹那発せられた轟音はこれまでの比ではなく、まるで洞窟全体を揺さぶるような衝撃音を発していた。
スラッグQB弾。
接触した対象を瞬間的に高速振動させ、破壊する特殊弾。
硬質構造物を破壊する際に使用する弾丸で、生物であれば人間のようにある程度やわらかい肉質を持つ相手よりも、硬い甲殻や外皮を持つ相手などを破壊することに適している。
そしてそれは、氷結した相手にも有効ということだ。
物体が炸裂するような音を放ち、氷像が崩壊する。
白い蒸気を発する球体状の物質が、コロコロと転がっている。
オーレリウスは、それを迷うことなく踏みつぶした。