この世界を巡る、マナというもの①
この世界は、マナで満ちている。
最初から何を言っているのかわからないだろうが、事実なのだから仕方がない。
この世界における構成要素の一つ。ありとあらゆるものに潜在的に宿っている。普通であれば、生まれた時から宿るマナの絶対量は決まっている。
通常の生物では発散することはあるが、吸収や生産、蓄積を行うことはできない。(人類や生物における「マナの発散・変換」は成長・老化現象として現れる)
大自然の中に特に多く存在しており、それらの多い場所にいることでリラックス効果を得られるのは、一時的にだが「マナが満たされた」状態になるからだといわれる。
また、このマナこそが「魔法」の行使と強くかかわってくる。
マナは生命力の表れでもあるが、そのマナを変換・発散することで様々な効果を発現することができる。これを技術体系としたものが「魔法」である。
炎や氷、雷などの物質・エネルギーへの変換から、対象の細胞や製造技術の補填など、様々なことに魔法——つまり、マナが用いられている。
マナは時間が経つにつれ劣化する。長い時間存在し続けたマナは「穢れ」と呼ばれるものに徐々に変質していく。穢れは一か所に固まりやすい習性を持ち、そこら一帯は瘴気に満ち、アンデットが闊歩する汚染された世界となる。動植物も影響を受け毒性を帯びたり腐食を起こしたりしてしまう。
穢れとなったマナは「影」に吸収・消化される事で浄化される。「影」の持つ穢れ浄化機能と、浄化されたマナを生物に変化させ放出する事で、マナは世界を循環するのだ。
また、マナはその密度によって形態を変化させる性質を持つ。おおまかな流れとして気体→固体→液体という流れを持つ。
そのためこの世界で使われるクォーツ貨も実は、このマナをクリスタル化させたものであり、有事の際はエネルギー資源としても用いられる。また、冒険者が使用する身体への負傷を治癒する目的で飲用するマナ・ポーションは液化させるまで圧縮させたマナを使用している。それゆえ少量であったとしても大抵の傷は癒えてしまう。
小難しい話はさておき、この世界はマナで満ちている。そういうものである。それを利用して発展した最たる例が「帝国」であった。
ということを抑えておけばいいだろう。
なぜ、いまこのような話をしているのかといえば。
オーレリウス・ベルベットと相棒の飛竜、ストルム・ブリンガの無意味な旅の中で、とある出来事があったからである。
それを、少し語ろうと思う。
それは、メルカッタの冬期であった。
その夜は、吹雪であった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
あてもない旅の中で、どこへともなく夜の闇の中を飛んでいた。
そんな折、吹雪に出くわしたのだ。
眼前を完全に白と黒が覆う。
灯りを付けたいところだが、いくら吹雪で紛れているとはいえ上空に灯りがあれば化け物か契約者という名の亡霊を疑われてしまうこんな世の中だ。
赫四眼の髑髏面が白い雪で覆い尽くされる中、オーレリウスは手で乱暴に拭い去る。
『なんも見えねぇな!このままじゃ遭難する羽目になるぞ!』
ストルムの怒号が頭の中を反響するように響き渡る。オーレリウスは髑髏面の奥で眉根を顰めながらその声に応える。
「黙って飛べ。少なくともここは平野部だ。隠れる場所がない」
であるのなら皮肉なことに、この吹雪の中を飛び続けたほうがまだ視認される可能性が少ない。
『クソッタレ!』
そう叫ぶストルムは翼を広げ、迫りくる風と雪を耐え忍ぶ。オーレリウスもまた姿勢を低くし、その背を白く染めていった。
魔法を使えればよいのだろうが、あまり派手に行使してしまえば飛竜兵たちの領域魔法に引っかかる可能性も否めない。
互いに目は見えないものの、魔法の感知はその限りではない。
であるのならばそれが「マナを持つ生物」とだけしかわからない竜魔法では些か分が悪い。
であるがゆえに、夜の闇と吹雪が隠れ蓑になってくれることを祈りながら、飛び続けることに賭けるしかなかった。
そのようなことが、あった。
日が昇り、周囲が明るく照らし出されてなお吹雪はやむ気配もなく、轟々と逆巻いている。
いよいよ体力も限界に近付いてきたところで、オーレリウスのスコープのように変異した瞳が空洞を捉えた。
かなり大きな洞窟だった。
『あのサイズの洞窟、ふつうあるか!?嫌だぜ入った瞬間口を閉じられるようなことはよ!』
「だったらこのまま二人そろって冬眠してみるか?それなら化け物の腹の肉でも喰ってから死んでやるさ」
そのまま、洞窟の中へと飛び込むようにストルムは着陸を行った。
洞窟の中は入口は雪で覆われていたものの、ある程度奥に入れば雪をほぼ完全に遮断しており、ストルムが中に入っても問題ないほど広いものであった。
オーレリウスはストルムにマウントしてある装備の中から金属の箱を一つ取り出す。
中に入っていたウエハース状の物体を山を作るように重ね合わせ、魔法を使用する。
-招炎-
僅かに灯された小さな火種はウエハース状の物体こと、固形式着火燃料に引火し焚火を起こした。
「着火燃料は湿気ってはいないようだな」
これは昨今の冒険者が使用する薪代わりの代物である。
燃料となる物質へ着火剤と偏風マナクリスタルの粉末と共に練り合わせ、火が付きやすい上に長時間燃えてくれるという便利な代物である。
マナクリスタルは言ってしまえば、様々な属性となったマナそのものを結晶させた結果「無」ないし「雷」属性に変質した状態ともいえる。この時特定の属性をもつマナに
偏らせた状態で固形化させることで「特定の属性のみを持つマナクリスタル」として生み出されることとなる。これを「偏マナクリスタル」と呼び、これらのマナクリスタルが
生まれるためには火ならば溶岩地帯、水ならば海中ないし氷中等特定のマナのみが存在する環境であることが必須条件となる。
風の偏マナクリスタルの場合は、断崖の間など強風が通り抜ける場所へそれらを縫うように生成される。
これ等はオーレリウスが使う小型着火機や弾頭に使用することもある。
ストルムの体に積もった雪を払いのけ、火の傍に寄せる。
この図体が温まるのは時間がかかるだろうが、何もしないよりはましだ。
その間、オーレリウスはランタンを取り出す。
持ち手がなく、上部に何かを包み込むように球体状になった金属パーツが付けられたランタンである。
ランタンオイルを注ぎ、小型着火機で火を点ける。
ほんのりと橙色の明かりが灯ると同時に、球体状のパーツが展開されそれは翼のように広がる。そのままふわりと浮かび上がるとオーレリウスの傍を浮遊し始めた。
低級遺物「自動追尾型浮遊式角灯」と呼ばれる代物である。
オーレリウスはストルムにマウントされていたレイジ・オブ・ハートを手に取り、軽い点検を行ったのち、安全装置を外す。
「お前は少し休んでろ。俺は化け物の胃袋でも見つけてくる」
そういい、洞窟の奥へと歩みを進めていった。
2枚のクォーツ貨を握り、12ゲージFM弾をレイジ・オブ・ハート迎撃形態へ装填する。
本当はもっと装填したいところだが、これ以上使うといよいよ手持ちのクォーツ貨が底を尽きてしまう。
頭の中でクォーツの残りを数え、ランタンの光が灯る中で金貨袋へと余った手を突っ込み1枚1枚音を鳴らし数えてみる。
当然、叩いたところで2枚に増えることもなく、10枚程のクォーツ貨がオーレリウスの指で弄ばれながら軽快な音を無慈悲に立てるのみとなっていた。
ちなみに、宿屋で飲む酒1杯が平均2クォーツ。綺麗なベッドで寝たければ素泊まりで最低30クォーツ必要となってくる。
つまり、まともな飯を食う金もない。
次の街で依頼を依頼をこなして路銀を稼ぐ計画だったが、吹雪のおかげで台無しである。
洞窟の内部は静かで、それでいて生気に欠いていた。
仮にこの奥に何らかの生物がいたとした場合、冬期という特性上多くの生物は冬眠をする時期になる。その場合それらの体の中に存在するマナも希薄なものとなるためこれ自体は何ら不思議なことではない。
なので疑うこともなく、オーレリウスは洞窟の奥へ奥へと進むこととした。
洞窟入り組んでいる様子ではなくむしろ何らかの意思をもって拡張されていったような構造をしていた。
それは自然発生的に生まれたうねりを伴う通路ではなく、まっすぐ整った道を見れば考慮の一つには入ってくる。
「綺麗すぎるな」
思わず言葉が漏れる。
『なんだ、美人の壁画でもあったのか?』と茶化してくるストルムの声は何処かまどろみを帯びている。
「悪いが数千年前の美的センスは持ち合わせていねぇよ。とっとと寝ろ」
相棒の欠伸を聞くと、思わず自分も小さく欠伸をする。
欠伸は感染症である。それは人から人へ睡魔を誘う。
仮にそれは竜から人であったとしても、しっかり感染する様だ。
最も契約者という都合、ほとんど一つの身体であるともいえるので片方が欠伸をすれば自分も欠伸が出るのは当たり前のことなのかもしれない。
などと考えるオーレリウスはきっと自分も疲れているのだろう。と思った。
さらに奥へと進む。
その道は退屈なほど平坦であり、その実不気味なほど静かであった。
その先についたとき、オーレリウスは息をのんだ。
無数のテント。
箱に入れられた採掘道具。
埃をかぶったテーブルとジョッキ。
明らかな人の痕跡が、そこにはあった。
オーレリウスが急いでストルムへ声をかけるものの、返ってきたのは暢気なイビキであったのでこれ以上は諦め、ランタンの光を頼りに周囲を調べ始める。
テントの中に人はおらず、もぬけの殻となっていた。
採掘道具を見るに、鉱山もしくは何かを調査しに来た集団。と見ることができる。
これまで妙に整った道も、何かを目的としてここまで掘り進めていた者たちがいるというのなら納得である。
これ等のキャンプの奥に、さらに道は続いていた。
きっとこの先に、何かある。
オーレリウスはレイジ・オブ・ハートを握る右手に魔法を施す。
-付与:腕-
生えてきた新たな漆黒の腕がレイジ・オブ・ハートを支える。
ここからは、光源も危ない可能性を鑑みたオーレリウスは-夜目-の魔法を自身に掛けた後、ランタンは目印代わりにここに置いていくこととした。
漆黒の闇の中、オーレリウスは歩み続けた。
そんな折だ。僅かに臭いを感じた。
たどっていくと、そこには…
「…人?」
人が着るような衣類の中で、僅かに体温を感じる物体がある。
ゆっくり近づき、レイジ・オブ・ハートの銃口で突く。
途端
「うわああああああああああ!?」
その物体が大きく跳びのき、洞窟の壁に頭をぶつけた。
相手からこっちの姿は見えていないだろうが、オーレリウスからはその姿をはっきりと視認していた。
「どういう理由かは知らねぇが、どうしてこんなところに子供が居やがる」
オーレリウスの眼前にいた、ぶかぶかのシャツを入っただけの少年が闇の中で怯えていたのだ。
「え?え、え…」
相手からすれば、きっとこっちは怪物のように感じるだろう。なんせ闇の奥から声がするこの状況は子供であれば漏らしても許される。
だが、その声を聞きつけたのか別の声が聞こえる。
そして別の嗅ぎなれた臭いがオーレリウスの鼻孔を掠める。
次の瞬間
オーレリウスはその子供を小脇に抱えて走りだした。
前言撤回。今漏らすことは絶対に許さない。
疾風の魔法にてまるで氷の上を滑るようにテントがある場所まで撤退したオーレリウスはその襲来したものたちを見やる。
少年はそこにおいてあった奇妙なランタンを掴み、そこを照らした。
這い出るもの
蠢くもの
黒く、どろりとしたもの。
波打つような歯が並ぶ、粘性のそれは強烈な腐敗臭を帯びていた。
「屍食家か!」
オーレリウスの声に応えるかのように屍食家がその声を上げた。
泡を吐きながら人が溺れるような、凄惨な音を。