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かわいいの王国ーThe Kingdom of Kawaiiー  作者: 浜太郎
第1部 1章 C・C・C
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第1部 市民サークル「猫地獄」 第1章 C・C・C(1)前編

 午後8時、カフェの営業が終わった。トモヤはいつものように入口の扉に鍵をかけて、営業中を表すドアプレートを裏返し、外灯を消す。洗い物は終わっているので、店内の明かりを消し、暗くなった店内から隣りの保護ネコスペースに視線を送る。


ー今日はあの人、来ないのだろうか…今にも倒れそうな疲れた顔でじっと猫たちを見つめるあの人。10分以上もぼぉっと立ったまま保護ネコたちを見つめている。ミワさんからは「表にいる人には声をかけてはいけない」と言われているので、一度も話しかけたことはないが、カフェに来る人たちとは顔つきが違う。目が猫を追っているようで、でも、何も見ていない。去り(ぎわ)に少しだけ表情がなごむのだけど、猫たちに手を振ったり笑ったりしない。気になるし、心配だー


 彼は、カフェの閉店後に時々ガラス張りの保護ネコスペースの前で猫を見つめる女性のことを考えていた。「トモヤくん、お疲れ様」というミワの声で意識をその女性から戻し「お疲れ様です。片付け、戸締り、オッケーです」と返して、帰り支度を始めた…



 202×年、沖縄県宜野湾市、とある平日の午後8時過ぎ。

 数人の乗客が国道58号線沿いのバス停で降りた。そのほとんどが国道から中に入った住宅地に向かって歩いていく中、一人の女性だけが国道を北に向かって歩き出した、ゆっくりと力なく。

 セミロングが肩より少し伸びた髪は首元でまとめられ、白い長袖のシャツに濃い色のパンツ、濃い色のスニーカー、右肩にはA3サイズまでの書類がすっぽり入りそうな大きめのトートバッグが食い込んでいる。後姿は学生っぽくも見えるが、若々しさはあまり感じられない歩き方をしている。


 大きな交差点を二つ通り過ぎたところで、彼女は左に向きを変え国道から中へ入る道を進む。通り沿いにはいくつかの飲食店や店舗、事務所が並んでいる。だが、開いているのは一軒だけでそのほとんどがシャッターが降りているか明かりは消えていた。通りは暗く、歩いている人もほとんどいなかった。


 最初の交差点を渡るとぼんやり灯りがともっている店舗がある。交差点の角にあるその店は側面がガラス張りで、店の奥から蛍光灯の白い光がうっすらともれている。ガラスの向こう側には20匹あまりのネコがいた。四畳半ほどのスペースに大小4つのキャットタワー、入口が開けられたケージと閉じられたケージが6個、2段にして置かれている。側面の大きなガラスは、はめ殺しで広めの額縁には小さな座布団のようなクッションが4つ置かれている。20匹あまりのネコは、それぞれが思い思いの場所でくつろいでいたり、毛づくろいしていたり、寝ていたり、身を固くしたままうずくまっていたり、ガラス越しに通りを見つめていたりした。


 その中の1匹のネコと目が合った彼女は吸い寄せられたように大きなガラス窓に近づいていった。彼女が近づくと、そばにいた何匹かが顔を上げ彼女を見たが、またすぐに顔を下ろして、それぞれの姿勢に戻っていった。


 彼女は向こう側のネコに手を振るのでもなくしばらく眺めていた。

「ふわふわで柔らかそうでなめらかだ」

 小さく(つぶや)いた後、少し肩からずれたバッグの持ち手を直して、歩き出した。

 正面の入口は明かりが消え、“閉店しました”という内容のプレートがガラス製の扉の中から吊り下げられていた。立ち止まり顔を上げて看板を確認すると「キャット・キャッスル・カフェ」という大きな文字と「Cat Castle Cafe」が小さくその下に、「保護ネコカフェ」が右上にネコの顔をかたどった枠の中に書いてあった。彼女はすぐに前を向いて数メートル先にある深夜近くまで開いているスーパーマーケットへと向かった。


 スーパーを出ると次の交差点で右に曲がり、さらに暗くなった道を歩いていく。両側には個人の住宅や低層階のアパートが建ち並んでいる。その中のひときわ古い建物が彼女の暮らしているアパートだった。40年近く()ったと思われるその建物は1階に4部屋、右手にある昔の作りのコンクリート製の階段を上って2階にも4部屋。その一番奥が彼女の部屋だった。灰色のペンキで塗装された古い鉄製の扉に古いタイプの鍵を差し入れ“ガチャリ”と回すと(じょう)が開き、古いステンレス製のドアノブを回すと“ギギッ”と重い音を出してゆっくりと扉は開いた。


 玄関のたたきは狭く半畳もない。左脇にあるスイッチを押すと“チカッチカッ”、短い音をたてて冷たい白色蛍光灯がついた。重たいトートバッグを床に置くと、彼女は振り返り扉の錠をかけドアチェーンも入れた。それから後ずさりして床に腰を下ろし軽く鼻から息を抜くとスニーカーの靴ひもをほどいて、左、右と脱ぐ。靴箱は無いのでそのまま脇に寄せて立ち上がるとバッグの持ち手を(つか)んでキッチンの手前にある食事兼作業用のテーブルに向かう。彼女の部屋は全部で12畳ほどの広さしかないので、三歩でテーブルの前に来ると二脚置いてあるイスの一つにバッグを置き、中から先ほど買った豆腐と牛乳の紙パックを取り出しテーブルの上に置く。キッチンの右端にある水切りカゴの中からコップを手に取ると冷蔵庫の中からパックの水出し麦茶の入ったガラス製のボトルを取り出しコップの半分ほど()いで、ボトルは右手に持ったまま左手でコップを掴んでゴクゴクと飲み干す。「ふぅ~」と短く息を吐いて「疲れた…」と独り言を呟く。

 

 コップをテーブルに置くと麦茶のボトル、牛乳を冷蔵庫に入れ、代わりに輪ゴムで止めてある袋に半分残ったモヤシとラップに包まれた50gほどの豚コマ肉を取り出した。それらをキッチンの作業台の上に置き、テーブルの上の「水切り島トーフ」とラベリングされたプラスチックパックの豆腐を掴み、流しの中に置く。水切りカゴに立ててある包丁を握ると先端をパックフィルムの端に突き刺して三方を切っていく。まな板を出してからフィルムを()がして豆腐を取り出すと半分に切り分けてその上に置き、まな板の下に布巾をかませて傾斜をつくる。包丁を水洗いして、水切りカゴに戻すと豆腐の入っていたプラスチック容器を専用のゴミ袋に入れて手をふく。そして、シャツのボタンを外しながらテーブルの脇をまわり奥のベッドがあるスペースに向かう。


 シャツを脱ぐとパンツのボタンを外しファスナーを下ろす。ベッドに腰かけてパンツを脱ぐと消臭スプレーをかけてパンツ用のハンガーに()るす。再びベッドに腰かけて靴下を脱ぐと、シャツと一緒に朝脱いでベッドの上に置いた部屋着を掴んで下着姿で浴室に向かう。


 浴室は玄関のすぐ正面にある。扉を押して開けると洗濯かごとタオルが入れてある棚、そして洗面台がある。彼女はシャツと靴下を下段の洗濯かごに入れ、部屋着は中段に置いた。ブラジャーを外してその脇に置き、下着はかごに。全裸になった彼女はヘアゴムを外すと洗面台に付いている小さなラックに置いて、同じ場所に置いてあるヘアブラシで髪をとかす。鏡に映った顔に精気はあまりなく、目の下は薄く青ずんでいた。

 洗面台の左には洋式のトイレがあり、その奥にシャワーが付いたタイル製の浴槽がある。サイズは1メートル四方と小さく、彼女はこの浴槽にお湯を張ったことは無かった。浴槽に掛けてあったバスマットを下に広げ、またいで中に入ると濃い緑色のシャワーカーテンを引いて、それから水圧の弱いシャワーの赤いカランを回す。給湯は電気式なのですぐには熱いお湯は出てこない。1分ほどは冷たい水が流れる。彼女はその間少し冷たさをこらえながら髪に水を当てる。徐々に水が温かくなると青いカランを少しだけ回して温度の調節をする。彼女の疲れた体は熱く勢いのある水流が必要だったがこのシャワーからは細く弱々しい湯しか出てこない。


 15分ほどで入浴を済ませると髪を乾かし、再びキッチンに向かう。



今回は長いので前編・後編と2つに分けました。

1章第1話はかなり長い情景描写が続きます。主人公の状況を伝えるためにあえてセリフは無く

描写と独り言だけにしてあります。

後編は今週中にUPします。

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