異世怪談
それは本当に起こったのだろうか、全ては幻想か
わからない。気づいたらここにいた。
とにかく真っ暗だ。赤レンガの壁がひらけた空間と長い狭い通路に連なっている。レンガ壁は薄汚れていて、どこもかしこも蔓が絡んでいる。レンガの壁は腰までの高さしかなく、その先に手を伸ばすと空間があるが、そこは我々がとても存在し得ないような空間に思えた。
上を見上げれば、星一つない真っ暗な空間がどこまでも続いている。空なのか天井なのか、果たしてわからない。風も吹かず、寒くもなく、暑くもない。明かりもないが、周囲2〜3メートル四方はぼんやりながらはっきりと見える。それより先は急に真っ暗で、何も見えない。ここがどこで、外なのかとてつもなく広大な建物の中なのか、てんで見当がつかない。ときどき浮かんでいるような奇妙な感覚に襲われるときがある。あまりにも暗いので、空間がすごく狭く感じる。
名前…名前という言葉すらすっかり忘れていた。そういえば、そんなものもあった気がする。自分に名前があったかどうかすらも覚えていないが、ここでの知り合いは何人か顔を思い出せる。一人は桜色の髪の女性で、髪は大きくうねるように太くまとまっていて、それがまた彼女を印象付けている。おそらくここにいる者の中では最も剣才に富み、その体つきを一目見れば、しなやかでよく鍛え上げられていることがわかる。(彼女のことはわかりやすくルイズとでも呼ぼう)
おせっかいだったり、我々をしばらく放置してみたり、どことなく不思議なミステリアスな雰囲気もあって、時々どこかにいなくなっては帰ってくる。どこに行っているのかわからない。今まで全く気にしたことすらなかったのに、いつも髪や身だしなみが崩れていないのがなぜか今日は不思議に思えた。
あとは時々陽気な剣士が、彼女の手伝いに来ることがある。彼のことは何となく苦手だ。あとはボロ衣を着たおっさんたちが数人。みんな無気力な顔をしている。大体は床に突っ伏していたり、膝を立てて座ってたりする。
時間というものもないから、どのくらい日が経ったかはかなりどうでもいい話だ。いつも大半はうとうとしていて、時々目を覚まして気づくとまたうとうとして、そういうのが長く続いているような気がする。それがわずか1秒あまりのことなのか、はたまた宇宙よりも遥かに長いのか、時間の概念すら持ち合わせないこの空間では意味のないことだ。この空間は基本的に安全だ、と思う。少なくとも彼女がいる時はトラブルは彼女が全て片付けてくれた。
ある時、彼女がいないときに空間が歪んで変な部屋に吸い込まれて体ごと転移させられた。元いた世界に少し似ていて、白を基調とした明るい部屋に真綺麗な学習机があって鍵のついた引き出しがあった。私はその鍵穴の中に吸い込まれるように、ねじれを伴いながら吸い込まれるように囚われ、部屋は意識を持つかのように赤いドレスを着た、流れるように長い黒髪の女の欲望によって変質し、死と同化した精神の苦しみを私に与えて、私が死に絶えてなお同じように苦しみを与えていたが、気づくとそれはすでに終わっていて、部屋と呼んでいいのかわからないこの空間にいつの間にかまたルイズが帰ってきていた。
ルイズは何も見ていないのか、あるいはそれが当たり前のことかのようにいつもと変わらぬ様子で、私の死の苦しみすらも気づいていないようだった。自分はまだ偶然にも己の意識のみがこの場に繋ぎ止められていることの怪異と死の苦しみに半ば発狂していたが、次はとうとう意識すらも抹消されるのではないかと怖気づいていた。