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翌日の正午過ぎ、キャンプ『ヤマネコ』に間借りしているテントでハヤミは小型無線機を手に取った。着信周波数を見なくとも相手が誰か分かる。もう少し、ヨシノが葉巻片手に語る『留守中に私が撃ち殺した成り損ないがルブタン履いて手首にリシャール付けてた話、興味ない?』の続きに合いの手を入れたかったが、出るだけであの録音記録を破棄すると言われた以上、無視はできない。
「ごめんヨシノ。ちょっと待ってて、その葉巻以外にも手に入りそうなモノがあるの」
「えー。ヤダそれマジで怖い。このあと私誰かに殺されたりするの? カラキ直伝のアイスピック使った『見えない眼科検診』をおさらいしなきゃね」
ハヤミはご機嫌なヨシノに「そこのキャビネットに入ってるわ。使ったら戻してね」と曖昧な笑いを返し、テントの外に出た。
「ハヤミだよ。そっちは?」
「ラジオ『シンキングホイールマン』のユズリだ。良い報せとエモい与太話があ――」
ハヤミは無線を切った。
これで録音記録の破棄は成立だ。今はロクでもない依頼話を聞くよりもヨシノとくだらない話をしていたい。彼女がご機嫌ならバイクも後回しでいい。しかしユズリは空気を読まず、すぐさま再呼び出しを掛けてきた。ハヤミは舌打ちする。
「なぁ、もう少し付き合えハヤミ。約束通りさっきので録音記録は消すよう指示した。今後その話はクスリを決めても酒に溺れても出ることはない。……返事なしか。ならコイツを切られる前に先手だ。バイクをくれてやる。鍵付きメンテ付きの燃料満タン。無条件だ。今から取りに来い」
まさに切りかけていた無線から聞き捨てならない情報があった気がする。ハヤミはもう一度耳を当てた。
「ただし、バイクはゴトーのじゃねえ。フジマのだ。昨日、お前の見張りをしていたアル中いただろ。スカしたくせに銃は一発も撃てねえが、持ってたバイクは最高だ。昨晩にホイールマンを抜けてな、バイクはお前にやるそうだ」
そう言えばフジマは言っていた。昨晩の依頼を終えたら自己満足するだけの金が溜まり、それで物資を買い込んで市外に暮らす妻子の元に向かうと。どうやら早々に実行したらしい。その前に聞いておきたい話と殴っておきたい顔があったが、この際これで手打ちとする。
「分かったよ。今からいく。それで、エモい与太話ってのは? サービスで泣いてやる」
「ああ、それでフジマの野郎だが、昨晩遅くにテントでテメェの頭を吹っ飛ばしやがった。お陰で相部屋のナギは吐き通しだ。まぁ、もともとフジマは病んでやがったし、いつキてもおかしくはなかった。確か、そう。随分前に娘が自殺したとか、嫁がそれに錯乱してフジマともみ合いになって事故死したとか、そんな話を聞いたことがある。長いこと酒にイカれて忘れてやがったんだがな。とうとう迎えにイっちまった……ああ、そういや。フジマが何か探してやがったな。写真がどうとか、お前何か知らないか?」
「……いいや」
「そうか。ま、それでアイツに払うはずだった報酬が浮いてな、テントの清掃とバイクの手入れを補ったわけだ。だがもし、もう一台バイクが要るなら昨日の依頼はまだ有効だぜ。ゴトーのバイクだ。とりあえずガレージへ寄るついでに顔を出してくれ。俺からの話は以上だ。じゃ、後でな」
「ああ、フジマの墓碑銘が浮かんだら、そのとき伝えるよ」
無線を切るとハヤミは天を仰いだ。空は相変わらずの鉛色で、分厚い雲が一面を覆っている。今にも泣き出しそうなくせに、雨は一滴も振らなかった。
第一部終了。続きは前日譚です。近々投稿します
続きは以下です。
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