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汚れ泣きこの世界で  作者: 大文海月
汚れ泣きこの世界で
4/7

1-4

 薄暗い黄昏を迎えた頃、二人はとある廃寺の南大門跡で息を潜めていた。

 苔むした土塀の影から境内の様子を伺えば、幸か不幸かフジマの読みは的中(あた)ったらしい。仁王門には阿吽像に成り代わるよう、野盗の見張りと思しき二人が雑談に興じていた。

 武装の程度を見極めようと、ハヤミは目を凝らして様子を伺う。

 銃は見当たらない。

 門柱に寝かせた粗末な鈍器が見えるが、それだけと判断するのは早計だ。


「ゴトーがここにいなかったら、どっちの手首を代わりにもらって帰ろうか?」


「もちろん毛深い方だな。ボスに『アイツ剃毛にハマってて』とか言いたくない」


 くだらないジョークで笑いそうになったハヤミは隣のフジマを肘で打った。

 ハヤミとフジマが降車したのはここセンガンジという廃寺から、数百メートル程手前にある古民家の庭だった。荒れ放題の庭には背の高い草が茂っていたので、それを隠れ蓑と頼んで車を乗り入れたのだ。手近な庭木をへし折ってボンネットを覆い、気休めとしたが、なにせリフトアップされた銃座付の4WDである。思い返せば徒労だったと、ハヤミは首をかく。

 思考を切り替えるよう、ハヤミはゴトーのSVDライフルを背負い直す。巻かれたカラフルなテーピングは狙撃手として論外な造りで、センスも悪い。ハヤミは無性に剥がしてやりたい衝動にかられる。


「ねぇ、ここへのアタリはどうやって付けたの?」


「ゴトーの小型無線機だ。連れ曰く、発信位置がこの付近で消えたってさ。根拠はそれだけだよ」


「なるほど。いたら良いね」


「ああ、いない方が楽だが」


 もしも外れだった場合はゴトーの再探索はしない。適当な証拠、例えばあの野盗の手首など持ち帰って『手酷く殺されていた』と二人で口裏を合わせることにしている。今回の依頼でホイールマンを抜ける算段のフジマだからこそ、ハヤミが持ちかけた保険だった。

 ハヤミはフジマを振り返る。


「本当にアンタが囮でいいの? 考え直す?」


「バイカーに隠密行動しろって? 笑えば良いのかそれ?」


 フジマはホルスターに挿していたニューナンブM60リボルバーを抜き、仁王の阿像前に腰を下ろした方に狙いを定めた。

 撃鉄を起こして息を鎮める。


「それじゃ予定通り頼む」


 ここからの距離は20m程度。マイタニ警察署の遺体から洒落で持ち帰った一丁を、本気で使うときが来たかとフジマは喉をならす。冷静になれと言い聞かせる。目的は殺害ではなく手負いだ。腹に穴を空けて叫ばせたい。


「……じゃあ、最後のおさらいだ。俺が騒ぎを起こして野盗共の注意を引きつける。お前は裏門から境内に入る。もし中でゴトーがピンピンしてたら連れてくる。いなければ諦めて手首拾い。後は、何があってもここに戻ってきて俺の離脱を助ける。いいな?」


「大筋で了解。でも命が惜しくなったら逃げるかもね。その時に備えて、銃には自殺用の一発を残しておいたほうがいいよ」


 ハヤミが茂みに消える。数秒、フジマは意を決して重い引金を絞った。

 明滅、破裂音を伴って跳ね上がる銃口。

 硝煙に揺らぐ視界の向こうで、見張りの脇腹からダウンの羽毛が弾けるのが見えた。野盗は銃痕を抱くよう前のめりになり、ごろりと転げる。

 真っ白な頭で撃鉄を起こし、もう一人に照準を合わせるが、境内に退避する足が一瞬見えた程度だった。乾いた喉を鳴らす。焦ってはならない。自身の鼓動を聞きながら精神を研ぎ澄まし、門に狙いを付け続ける。目端に写る見張りが血溜まりを広げ始めた。低い呻き声が聞こえたとき、フジマは怖気にかられて一度瓦礫に身を隠し、手汗を太腿になすって呼吸を落ち着ける。


 ――初めて、人を撃った。


 その事実が想像より重かったのだ。余分な考えを振り落とそうと頭を振った時、境内で喚き声が聞こえ始めた。少し目を閉じる。パニックになってはいけない。これで順調なのだ。

 改めて仁王門の方を覗き込むが、人影は出てこない。さきの野盗は血溜まりの中で丸まっているが、石畳に放っておかれたままだ。助ける気は微塵もないらしい。

 フジマは震える手で銃把を握りしめる。

 つぎ撃てばほぼ間違いなく位置を知られるだろう。その単純な結論を思うほど手が震えて、2射目になかなか踏み切れなかった。フジマは長い息を吐く。


「……やっぱり、賞金稼ぎとか傭兵帰りってのはヤバイんだな。こんなのバンバンと良くやれる」


 当たるか当らないかの話ではない。まずは撃てるか撃てないかの話だ。その時点でハヤミやゴトーとの差は決定的だと実感する。フジマは身を乗り出し、仁王門の奥に見える石畳に狙いを付け、撃った。

 火花が赤く弾けて、破片が煙のように散る。

 もう一度身を潜めた時、身体中から汗が吹き出るのが分かった。息も鼓動もいっそう早まり、酸欠で視界が狭くなるのを感じた。兎に角これで、正面からの襲撃だと野盗共は理解したことだろう。


 ――注意は引けた。


 手元の銃を見る。弾はあと3発。

 フジマは御守代わりと持ってきた写真を取り出し、愛娘の笑顔に救いを見出す。一つ口付けをすると、ポケットにしまってもう一度銃を構えた。今度は仁王門に人影を見つけた。


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