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ぬいぐるみマーシャと虹の島

作者: 桃川 ゆず

 私の名前はルル。

 トリネシア島に住む、もうすぐ10歳になる女の子よ。


 私のお友達はいつも一緒にいるマーシャ。

 彼女、マーシャもこの村で生まれた。

 私と同じ日に。

 私のお友達でもあり妹でもある。


 マーシャは私が生まれてすぐに、お父さんが体を作ってお母さんがそれ以外の全部を作ったぬいぐるみなの。

 私と同じ若草色の瞳で、サラサラのロングストロベリーブロンドで、身長は30センチくらいかな?

 なぜか足の裏には肉球があって、歩くたびにキュッキュと音がする。

 私を守ってくれる存在だから、肌身離さずいつでも一緒にいなくちゃいけないらしいんだけど、お話はできなくても私にとって大切な妹のようなものなの。

 離れるなんて考えられないわ。


 この村では女の子が生まれるとみんな両親から、マーシャのようなお友達をもらう。

 そのお友達は女の子が10歳になる前後に、何処かに行ってしまう。

 マーシャがいなくなるなんて、そんなのは寂しい。

 だから私は毎晩ベッドの中で願いを込めてマーシャに「いなくならないでね」ってお願いしている。

 ……でも、いつかはマーシャも他のお友達のように、私の前からいなくなってしまうのだろうか?

 いなくなってしまったみんなのお友達は、いったいどこへ行ってしまうの?

 もう戻って来ないのかと両親に聞いたことがあるのだけど、両親は少し困った顔をして私の頭を撫でてくれるだけだった。

 マーシャがどこかに行って二度と会えないのは嫌だから、まずはお友達がどこに行ってしまうのか、まずは調べることにした。

 どこに行ったのかわからないと会いに行けないものね。


 何度もお母さんにお友達はどこへ行くのかと聞いていたら、ある日、一冊の絵本をくれた。

 それを読めば、お友達は10歳くらいになると、虹の向こうに呼ばれて行ってしまうと書いてあった。

 虹ってあの空にかかる虹?

 前に見た時、虹はずっと遠くにあった。

 その向こうに行ってしまうってこと?


 私の足じゃ遠すぎて一人では行けそうにない。

 大きくなれば会いに行けるかな?


「マーシャ、虹の向こうになんて絶対に行ってはダメ! マーシャは私とずっと一緒よ? 離れちゃだめなんだからね! ずーっとずっと一緒にいるのよ」


 私はマーシャにそう話しかける。

 そんな言葉を聞いてもマーシャは緑の実で作った瞳に私を映すだけで

何も話さない。

 私が一生懸命話しかけているのに、何も答えてくれないマーシャは少し意地悪だ。


 私はマーシャと離れたくない一心で一生懸命考えた。


 虹の向こうへ行ってしまうのなら……。

 虹が出たらすぐにマーシャを連れて逃げればいい。

 そうすれば、マーシャは虹の向こうへ行けないんじゃないだろうか?

 でも虹はいつ出るかわからないし、出てもすごく遠くに見えるしすぐに消えてしまう。

 それなのにあんな遠い場所までマーシャは歩いて行けるのだろうか?

 マーシャの足では走ったとしても、虹が消えてしまうまでに間に合わないと思う。

 それとも魔法か何かでお友達は行ってしまうのだろうか?


 虹が出た時、私がマーシャを抱きしめて歩いて行ってしまわないようにする。

 そうすればマーシャはどこにも行かないかな?





 そんなある日、私はとうとう小さな虹がすぐ目の前に現れるところを見た。

 おかあさんが庭の花に水を上げていると、そこに小さな虹が現れたのだ。

 私はすぐ近くにいたマーシャをギュッと抱きしめる。


「マーシャダメよ! 行っちゃダメ! あんな小さな虹じゃマーシャは渡れないからね!」


 必死に抱きしめてマーシャを説得する。


 マーシャがいなくなってしまうんじゃないかと不安なのに、マーシャはいつものように笑っているだけだ。

 どうしてマーシャは笑っているの?

 私と離れたくないと思わないの?

 私はこんなにマーシャと離れたくないのに!

 悲しくて不安で泣き出す私に、お母さんは困ったように抱きしめてくれた。


「ルル、マーシャはあなたを守るために生まれてきたの。それまでは一緒にいてくれるから大丈夫よ」

「私がおばーちゃんになってもマーシャと一緒にいたい!」

「……そうね。もしかしたらいつか、そんな日がくるかもしれないわね……」


 生まれてからずっとマーシャと一緒にいた。

 私が怖い時、悲しい時、嬉しい時も、ずっと一緒にいたのだから離れるなんてできない。

 マーシャは大事なお友達で妹でもある。

 家族はずっと一緒にいるのが一番なのだ。





「あら、ルルちゃん、今日もマーシャと散歩?」


 近所のお姉さんが道を歩いている私を見て声をかける。

 このお姉さんは6年前にお友達がいなくなってしまった。

 いなくなった日は泣いていたけれど、その次の日には笑っていたのを覚えている。

 どうしてお友達がいなくなったのに笑えるのだろうか?

 そんな疑問を感じ私はお姉さんに聞いてみることにした。


「ねえ、ネリアおねーちゃん、おねーちゃんのお友達のマリアがいなくなってもう6年よね? おねーちゃんはマリアを探しに行かないの?」

「……ルルちゃん」


 私の言葉にお姉ちゃんがすぐに悲しそうな顔になる。

 その顔を見て、私は聞いたことを後悔した。

 虹の向こうに行ったお友達は、もう戻ってこれない。

 だからきっと、ネリアお姉ちゃんは悲しくても我慢したんだ。

 誰だってずっと一緒にいたお友達と、離れたくはなかったはず。

 みんな私と同じようにお友達と離れたくはなかったはずなのに、私は思い出させるようなひどいことを聞いてしまったのだ。


「ネリアおねーちゃんごめんなさい。……私、マーシャと離れたくないの。どうしたらいいかおねーちゃんは知らない?」

「……ルルちゃんはマーシャが大好きなのね?」

「うん、離れたくない」

「その気持、わかるわ。……でもね、マーシャはルルちゃんのために生まれたのよ?」

「私を守るためって話の?……」

「ええ、そうよ。もしルルちゃんに怖いことが起きてもマーシャが必ず助けてくれるわ。私のマリアが私を助けてくれたようにね」


 私の頭をネリアお姉ちゃんが優しく撫でてくれる。


「マリアちゃんはネリアおねーちゃんを助けたの?」

「ええ、そして虹の向こうへ行ってしまった……。寂しいけれど私はマリアに感謝してるわ。今でもずっと忘れてない」

「ネリアおねーちゃん……」


 怖い時に助けてくれたのだもの、誰でも感謝すると思う。

 マーシャは私を助けてから虹の向こうへ行ってしまうの?

 ネリアお姉ちゃんの話を聞いて、さらにわからなくなってしまう。


 もう時間がない。

 早くマーシャと離れないでいい方法を見つけなければ。


 私たちのお友達はみんな1人に1人ずつだったけど、私がお友達を作ったら虹の向こうへ行くのは私の作ったお友達の方で、マーシャはそのまま残ってくれるのではないかと思いついた。

 でもお友達を作りたくっても材料がない。


 お友達の体の中は特殊な樹脂で出来ている。

 樹脂の作り方もわからないのでお母さんにお友達を作りたいと言うと、お母さんは真っ青な顔になって止めた。

 お友達は一人の女の子に一人と決まりがあるのだとか。

 その決まりを破ってはいけないと叱られてしまった。

 いい案だと思ったのに決まりを破るわけにはいかない。

 別の方法を考えなければ……。







 それから2ヶ月後の夜。

 恐ろしいことが起きた。


 その日は月のない夜だった。

 いつもより風が強くて、木々の揺れる音が少しうるさい日だった。

 私がいつものようにマーシャと寝ていると、私の部屋の窓がガタガタと音を立てて揺れだした。

 窓を揺らしている風の音が段々と大きくなり、その音のうるささに目を覚ました。

 すると窓の揺れる音がぴたりと止んだのだ。

 風が止まった?

 私は少し怖くなって、マーシャを抱きしめながら上半身を起こして窓を見る。

 すると、鍵を閉めたはずの窓が外側に向けてゆっくりと開いたのだ。

 いつも窓を開けて見えるニレカレの木は見えず、窓の向こうは真っ暗な闇が広がっていることに気づく。


 そして、突然大きな目が現れた。

 私の手のひらより大きな目だ。

 その目がギョロギョロと動き、その間もゆっくりと窓が開いていく。


 私はあまりの怖さにマーシャを抱きしめたまま、体が震え出すのを止められなかった。

 どこかに隠れたいのに、怖くて動けない。


 やがてその瞳が私を捕らえた。

 

 その時、両親の部屋から足音が聞こえ、ドアが開いた。


「ルル! マーシャを窓のところに投げなさいっ!」


 お父さんが部屋に入ってきて私に叫ぶ。

 その声の大きさに震えが止まり、私はマーシャをしっかりと抱きしめたままベッドを降りて両親の方へと走り出した。

 

 けれど、お父さんはすぐに私からマーシャを奪った。


「おとーさんっ、マーシャを返して!」


 怯えながらもマーシャに向かって手を伸ばすけれど、お母さんが私の体を抱きしめ、お父さんはそのままマーシャを窓に向かって投げつけたのだ。

 投げつけられたマーシャは私のベッドに落ちた。

 なんとマーシャは自分で起き上がって、両手を前に突き出し、キュッキュッと足音をさせてこちらに歩いてこようとしていたので、私はマーシャを呼んだ。


「マーシャ!!」

「ルルっ、ダメよ!!」


 両親のただならぬ様子が怖かった。

 お母さんに強く抱きしめられてマーシャの所へ行けない。


「おかーさん離して! マーシャが!!」

「ルルッ!」


 バーン!っと窓がすごい音を立てて開き、黒くて大きな腕がマーシャを捕まえた。

 マーシャが私を見る。


「マーシャっ!」


 そして一瞬でマーシャを掴んでいた手が消えた。


 真っ暗で何も見えない窓の向こうから、ガリガリと何か削れる音がし、マーシャのキュキュッという音が聞こえる。


「マーシャっ! マーシャぁー!!」


 怖かったが、それよりもマーシャを失う恐怖が勝った。

 何度も必死にマーシャを呼ぶけれど、両親が私を抱きしめて放してくれない。


 そしてしばらくして音がしなくなった。

 歯がカチカチと鳴っていて涙が流れる。


 マーシャは私の代わりに窓の向こうにいた何かに食べられたのだ。

 何かが来るからそれからお友達に助けてもらう。

 つまりマーシャはこの日のために生まれて、私の身代わりになったのだろう。

 代わりに食べられたと言うわけにはいかないから虹の向こうへ行ったと表現されたのだとその時の私は理解した。


「マーシャがぁー、マーシャがぁあああ」


 私はお母さんにしがみついて泣き叫んだ。

 その後、私は熱を出し、数日寝込んだ。


 後から聞いたのだが、この村には10歳前後の女の子を食べる魔物が住みついてしまったらしい。

 村を捨ててどこへ逃げても魔物は追ってきた。

 どんどん女の子が犠牲になり、とうとう村はお金を出し合って魔術師に解決方法を聞いた。

 魔術師は女の子が生まれた時、父親が体を作り、それ以外を母親が作って名をつけた女の子のぬいぐるみを生まれた娘のそばに置いて魔物が来たら身代わりにするようにと言われたのだとか。

 つまりマーシャがいなければ私があの魔物に食べられていたのだろう。


 私はその話を聞いて泣いた。

 あんなに離れたくなかったのにマーシャも虹の向こうへ行ってしまった。

 私を助けて……。


 あの後、両親と窓の外に落ちていたマーシャの欠片を集めて庭に埋めた。


 そしてマーシャの髪の欠片で編んだミサンガを腕につけ、大きくなった私は冒険ギルドに入って上級冒険者となった。

 それから勇者を探し出して、彼と一緒にあの魔物を倒したのだ。





「……私と一緒にいてくれてありがとう。私を助けてくれてありがとう。……これからはもうお友達はそっちに行かないよ。だから安心して……大好きだよマーシャ」


 私はマーシャの欠片を埋めた所にあの魔物の歯を1つ置く。

 あの魔物を倒した証として……。


「マーシャ……私ね。勇者と一緒に魔物を倒したら、勇者と結婚するって約束したの。もし私に娘が生まれたのなら今度は身代わりなんかじゃなく、一生の親友で姉妹のお友達を娘に作ってあげたい。どうかな?」


 マーシャに向かって笑って見せると、虹を背景に勇者で今度私の夫になる彼が私の名を呼ぶ。

 私は彼に向かって走り出した。


 もうあの魔物はいない。

 これからはお友達と、おばーちゃんになってもずっと一緒だ……。








 ここまで読んでくださってありがとうございます。

 思いつきで初めて恋愛メイン以外のお話を書いてみました。

 仕事と体調不良に悩まされ続けて執筆がなかなか進まなかった中、突然思いついて書いてしまいました。

 さらっと楽しんでもらえればと思います。

 良かった、今後に期待、ここが……などがありましたら気軽に感想などお送りください。

 感想がなくても、ブックマやちょっとポイントを入れてくださっても励みになりますので、読んで良かったと思ったら足跡残していただけると幸いです。

※いただいた誤字脱字報告は色々と確認しながらゆっくりと修正させていただいております。

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― 新着の感想 ―
[良い点] なにか宗教的な儀式でいなくなると予想していましたが、身代わりの生贄でしたか。 勇者とともにカタキを討つことができてよかったです。
[一言] 興味深く読ませていただきました。 ラストの展開にびっくりです。 第二のマーシャが生まれないようになって良かった^_^
2022/12/17 20:24 退会済み
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