表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

邪教の姫シリーズ

邪教の姫と剛剣の男

「姫! あなたは私が、命に代えてもお守りいたします!」


「――そうか。では死ね」


 俺は男の首をはねた。




 地面に男の首が転がっていく。あたりは鮮血に染まる。


 男の身体を払いのけると、うずくまった少女の姿が現れた。男の背後にかくまわれていたであろう少女も、また血まみれになっていた。元は白だったと思われるそのローブも、いまや真っ赤に染まっていた。


「おいデルカ。こいつが”邪教の姫”ってことでいいのか?」


 背後で一部始終を見守っていた仲間――デルカに確認を取る。もちろんただ見守っていた訳ではなく、周囲への警戒をさせていた。


「そうね。人相風体は一致してると思うわ。その白いローブも手配書にある通りね」


 デルカは肩まである金髪をかき上げて、目を落としていた手配書を手渡してくる。


 俺は血を振り払った剣を鞘にしまい、手配書を受け取り目を走らせる――年の頃は12~14、黒いショートヘア、金色の瞳、身長は150センチ前後。そして白い邪教のローブ。


「――特徴はあってるな。さっきの男の言動といい、こいつで間違いなさそうだ」


 あらためて、うずくまっている少女の様子を見る。手配書にある通りの幼い少女なのだが、自分を守って殺された男を目の当たりにしても動揺が見られない――いや、感情が見られない。


 少女の目は、うつろに地面を映しているだけだった。逃亡生活の中で、心が壊れでもしたのだろう。


「……ま、いいさ。あとはこの娘を引き渡せば依頼は達成だ」


 デルカは「そうね」と答えるが、「でも急いだほうがいいわ」と続けた。


 あたりには血の臭いが充満している。先ほどの男を含め、3人ほど殺めた。血の臭いに魔物が誘われる危険性がある。


「立てるか嬢ちゃん。大人しく着いてくるんだ。――わかるか?」


 少女の手を取り、立ち上がらせる。少女は大人しく立ち上がり、返事をするように頷いた。


「しかし狂った連中ね。追い詰められていたとはいえ、こんなダンジョンの中に潜むだなんて命知らずもいいところよ。」


 デルカはあきれたように肩をすくめる。


 ここは中堅冒険者でもてこずるレベルのダンジョン――その中層付近だ。並の神経をしていたら、ここに立て籠ろうなどとは考えない。


「まあ、だからこそ盲点だったんだろう。俺たちがいち早く目撃情報にありつけたからよかったが、同業者がやってこないとも限らないしな。さっさと戻るとしよう」


 俺は少女の手を引いて歩き始めた。少女は大人しくついてきていた。デルカは周囲を警戒しつつ先行している。



 こつり、こつりと3人分の足音が反響していく。


 来た道をたどり、少し開けた場所に出た。この先に、上の階層に続く道がある。


「――ゲイング、きてるわよ。」


「ああ、わかってる。デルカはこの嬢ちゃんを頼む。」


 デルカに少女を引き渡し、剣を鞘から抜き放つ。


(――左右から挟まれてるな)


 広場から幾筋か延びる通路、その左右方向から気配がする。この階層に出る魔物はワー・ベア――大柄で力が強く、獰猛な熊の獣人だ。複数を相手どるには厄介な相手といえる。


(なら、片方ずつ潰すしかあるまい。デルカの腕なら、少しの間は凌げるだろう)


 俺は右側の気配に向かって走り出し、目の前に現れた獣人に向かって剣を突き入れる。素早く引き抜き、振り下ろされる右手の爪から飛び退く。


 その腕を下から切り上げるように薙ぐと、獣人の腕は半ばで切断され、剣先は胴体まで届き身体に一条の傷をつける。


 獣人が怒りの咆哮をあげると同時に、俺は一瞬背中を向け、そのまま剣を振り回すように獣人の首筋目掛けて横薙ぎにする。


 咆哮を上げていた獣人の首は、その形のまま跳ね飛ばされ、地面に転がっていった。


(まず1体――)


 獣人が力尽きるのを確認していると、背後から「ゲイング!」と呼ぶ声が届いた。目を向けると、獣人がデルカを壁際に追い込め、その爪で彼女の顔を抉らんとしているところだった。


(そうか、足手まといがいたから、逃げ損ねたか)


 今回の依頼は、手配書の”邪教の姫”を生きたまま連行すること。殺されては元も子もない。少女を守りながらでは、さすがのデルカでも獣人を凌ぎ切るのは厳しかったのだろう。


 急いで反転し駆け付け、獣人の背後からその首を横薙ぎにした――その一瞬前に、獣人の爪はデルカの腹を抉っていた。



******


 応急処置はしたが、デルカの出血はひどかった。かなり深く抉られたようだ。既に彼女の意識はない。


(助からない、か)


 周囲の警戒は続けているが、再び獣人が襲い掛かってくる気配はない。だがそれもいつまでももつまい。


 デルカを諦め、一人で少女を地上に連れて行くのが最善だと、気づいてはいる。


 だが、長年連れ添ってきたコンビだ。せめて、その命の灯が消えるまで、そばで見守っていてやりたかった。


「すまないな、嬢ちゃん。こいつが死ぬのを見届けたら、上まで連れて行く。それまで、そこで待っていてくれ」


 デルカをみつめながら、少女に声をかけた。


 少女からの返事はない。


「……せめて、こいつの最後くらい看取ってやりたいんだ」


「――その人を助けたら、私も助けてくれますか」


 少女が初めて喋った。


 驚いて振り向くと、金色の瞳がまっすぐ俺を射抜いていた。


「馬鹿なことをいうな。こんな場所でここまでの傷を負って、助かるわけがないだろう」


「私なら助けられます」


 言っている意味が解らなかった。苛立ち気味に「なら助けて見せろ!」と怒鳴ってしまった。


 少女は俺の横を通り過ぎ、デルカのそばに座り込んだ。


 そして、その手を腹部の傷にあて、祈りを捧げ始めた。


「邪教の力、か。そんなもので人の命が助かるような世の中だったらいいんだがな」


 吐き捨てるように言う。


 既に血の気が引き始めたデルカから目線を外し、地面を見る。今まで、共に幾度もの修羅場をくぐり抜けてきた。まさか、こんなところでヘマをするとは、不覚もいいところだ。



 ふと、地面が光に照らされているのに気付いた。光のする方へ目をやると、そこには少女が居た。


 少女は、白く淡い光に包まれていた。


 その光はデルカにまで及び、その全身を包み込んでいる。


 何が起こっているのか理解できず、呆然と、ただ眺めていた。

 光が少女からデルカに集まり、僅かに強く輝いた後、光は収まった。


 腰を浮かせ、デルカの顔を見る――血色が戻っていた。


「デルカ!」


 その声に応えるように、デルカの目は薄く開いた。




******


「私にも、まだ何が起こったのかわからないわ」


 巻かれていた包帯を取り払うと、そこにあったはずの傷跡すら消えていた。デルカにダメージは残っていないようだった。



「……なぁ嬢ちゃん。何をしたんだ?」


「創世神さまに、その方の助命を祈っただけです」


 創世神――邪教の神だ。


「……デルカ、身体に変調は出ていないか?」


「……ないわね。すこぶる調子がいいわ」


 デルカは自分の身体を確認していく。が、特に異変はないようだった。


 ――致命傷だったはずだ。助かるわけがない。ましてや意識が戻るなど、ありえないほどの傷だった。それは手当てをした俺にだってわかった。


「約束です。その人を助けたのですから、私のことも助けてください」


 俺とデルカは少女の顔を見た。無表情で何を考えているかわからないが、たしかに少女は「デルカを助ける代わりに自分を助けろ」と言ってきたのだ。


「あー……」


 俺は右手で後頭部をかきむしる。筋は、通さなきゃならない。俺の信条だ。


「仕方ねぇ。約束は約束だ。お嬢ちゃん、あんたはどうしてほしいんだ」


「私を、北の大陸に連れて行ってください」




******


「自己紹介をしておこう。俺がゲイング、そいつがデルカだ」


「ウェンディです」


 上層へ向かいながら、少女――ウェンディと話をするようになった。


「嬢ちゃん、あんたのその力はなんだ?」


「創世神さまの奇跡です。祈ることで、創世神さまは私に力を貸してくださります」


「ゲイングが他人に興味を持つなんて、珍しいこともあるものね」


 すっかり体調がよくなったデルカが、顔も向けずに声をかけてきた。彼女は引き続き、先行して警戒にあたっている。



「嬢ちゃんの生まれはどこだ?」


 ウェンディは答えない。


「……北の大陸で、何をするんだ?」


 沈黙が返ってくる。


「……俺たちは、嬢ちゃんを北の大陸まで連れて行けば、それでいいんだな?」


「はい、それで構いません」


 こんな少女一人が、大陸を旅などできるわけがない。彼女一人を放り出すということは、見殺すに等しいだろう。


「……大陸に身寄りが居るのか?」


「身寄りはいません。父も、母も死にました」


「あなた、大陸を一人で旅する気? 正気の沙汰じゃないわよ」


「創世神さまのお導きがあります。何も怖くはありません」


 ――狂っている。そう思った。狂信者、というやつだ。


 だがウェンディは若い――いや幼い。ものの道理がわからなくても、それは仕方がないことだろう。周囲の大人に吹き込まれて育てば、それが彼女にとって唯一の真実になる。ただそれだけのことなのだろう。


 デルカも同じようなことを考えたのだろうか。それ以上、ウェンディに語り掛けるようなことはなかった。




******


「……やっと地上だな」


 大地を踏みしめる。久しぶりの外気が心地よい。


「――ゲイング!」


 叫ばれると同時に殺気を感じ、剣を抜く。ウェンディを背後に隠し、周囲の気配を探る。


 囲まれている。気配は――5つか。


「……気づかれちまったか。なぁ旦那。その嬢ちゃんをこちらに引き渡す気はないか?」


 森の陰から声が響く。


「獲物を横からかっさらおうってか? 雑魚の考えそうなことだ」


「賢いと言って欲しいなぁ。わざわざ危険なダンジョンに潜ることなく、ターゲットを確保できるんだ」


「欲しければ、力ずくで奪ってみるんだな――もっとも、ダンジョンにも潜れない雑魚には、無理だろうが」


 殺気が強まっていく。


「……やれ!」


 声と共に、木の陰から4人の男が現れる。声の主は隠れたまま出てこないようだ。

 各々が剣を抜き、ウェンディを狙っている。ターゲットさえ攫ってしまえばそれでよい、ということだろう。ならば、身を隠している最後の一人も近くで隙を狙っていると見るべきだ。


「デルカ! 嬢ちゃんを!」


 弾かれるように、こちらへ走ってくるデルカと入れ違いに、俺は男たちに向かって駆けていく。


 一人、二人と首をはね、襲い掛かってきた三人目を切り捨てる。


 なるほど、この腕じゃ、このダンジョンには潜れまい。


 恐怖に慄き、足が止まった四人目に向かっていき――防ごうとした剣ごとその首をはねた。



 あたりに血の匂いが満ちる。「逃げられたみたい」というデルカの言葉に「ああ、そうだな」と返した。気配はもうない。


「こんな雑魚が、”剛剣のゲイング”に喧嘩を売るとか……馬鹿じゃないかしら」


 誰が呼んだかは知らないが、俺の二つ名はそういうことになっている。冒険者の中でも俺とデルカは上位の部類だ。


「馬鹿だから俺の顔も知らなかったんだろう。そもそも自分たちじゃ潜れないダンジョンを攻略する相手に、あの程度の人数で勝てると思える、幸福な頭の持ち主だ」


 ともかく身なりを整えるため、近くの村を目指した。三人とも血まみれでは、道中目立つことだろう。




******


 三人全員が、村で購入したマントで顔まで隠しつつ、北上し港町を目指した。


 俺とデルカは顔を、ウェンディはその目立つローブを隠さねばならない。「脱げ」と言ったが、信仰の証だからと拒絶された。


 ギルドの依頼に背き、ウェンディを連れて大陸に行こうというのだ。俺たちの顔も、見られるわけにはいかなかった。


 道中は街道を避け、山中を進んだ。


 港町に入り、ギルドの手配書を確認すると、ウェンディと共に俺たちの名前が記されていた。


「やはり、逃がしたのはまずかったな」


「あたしたちまで追われる身になっちゃったわね」


 さてどうするか――いや、考えるのは船の上でもできるだろう。取り急ぎ船の切符を購入し、乗船する。




 個室に入り、マントを脱ぐ。四人部屋は、俺たちには少し広いと思えた。


「デルカ、おまえはこれからどうする」


 座りながら問いかける。


「あたしは、ゲイングについていくだけよ」


 デルカとウェンディも座り、ようやく一息つく。


 ――昔からの腐れ縁だ。一蓮托生といったところか。


 ウェンディを見ると、海を見るのは初めてなのか、珍しく興味深そうに水面を見ていた。



 こんな年端もいかぬ少女を、一人大陸に放り出すのは気が引けるし、俺たちも行くあてはない。


 なによりウェンディは、デルカの命の恩人なのだ。寝覚めが悪い真似はしたくなかった。


「なぁ嬢ちゃん。大陸にいっても、俺たちがついていっていいか」


 ウェンディはこちらを振り向き、微笑んだ。


 ウェンディの笑顔を見るのは初めてだった。


「創世神さまのお導きがありました。よろしくおねがいします」


 なんだか見透かされていたようで、力が抜けた。


「こちらこそな。愛想が尽きるまでは、付き合ってやるよ」


「あら、ゲイングが愛想をつかすような子には、とても見えないけどね」


 デルカが笑った。




 船は大陸に向かって出発した。


 一か月ほどで北の大陸につくだろう。その後は、きっとこの少女に振り回されることになるのだろう、そんな予感がした。


おっさんが書きたいな、と思い立ってノープロット2時間で書いた短編です。

続きはないです。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ