第2話 「スターファイヤーバレット」
「今日はいい日だ」
リアムの口癖である。彼はあの日の、あの人を片時も忘れない。
絶望の地獄に、薄汚れた土埃のベールを破って現れた男たち、その一人が僕たちを笑って解き放ち、言い切った。幼いリアムはその男の表情を見上げ、その瞳の色とその時の空の色を覚えた。
そんな青い空の日は、彼にとっての特別な日なのだ。
彼は、弾を全弾自作する。彼のコレクションは、ソフトポイント、ホローポイント、フルメタルジャケットなどジャンルを超えた、曳光弾をベースにした繊細なギミック弾が多い。
硝酸ストロンチウムは赤、硝酸バリウムは535nmの帯スペクトルで緑、青は過塩素酸カリウム、これらを閃光火薬に混合することで、光三原色の色彩豊かな弾影をつくりだす。
弾の呼びは決まって、周波数スペクトルの頂点を使い535nmであれば、「青い玉」とは言わず、「535」と言った。青みがかった軌跡を遺す弾であっても、「505」「527」、、、「535」まで、彼の芸術作品である一つ一つの弾、すべてに名前が刻印されていた。
これを、「 スターファイヤーバレット 」と呼んで、無邪気に喜んだ。
発光する⽕薬は飛翔距離と共に減少するので、着弾の威力調整にはうってつけだった。
着弾の威力、つまり、被弾の外傷度合いを計算する。
スコープからみえる人相から性格を読み切り、相手のもつ逆鱗をさがす。どんな外傷を嫌がるのかを見極める。通常弾丸の外傷範囲は弾頭径の20倍、「スターファイヤーバレット」は自在な銃創を創造する、肉をそぐか、骨を砕くか、それにより弾を決める。
喜んでやっているサディストではない。
もの心ついた時、すでに彼は児童歩兵だった。
今は顔も思い出せない幼なじみと、どんな幼少期を過ごしたことか。
徹底的な戦場保身が毛穴の奥まで染みついている。
そして、戦場では決まって、出会い頭にこう言って挨拶した。
「戦争遂行に不必要な苦痛って何?」
敵は、炸裂弾を使い、顔面を吹き飛ばし、息をする化け物をつくる。
戦争とは非道を極め、どれほど巨大な恐怖をつくりだし、相手に与えられるかを競う場なのだ。
それでも、彼は、ダムダムはダメ、あれはいけないよねと言って、命中時に弾頭が変形し、激しい苦痛をともなう銃創をつくる弾を嫌って、けっして作ろうとはしなかった。
それは、彼が自分は兵士であり、狂人ではないという自覚を保つために、“ハーグ陸戦条約 第23条”を尊重してのこともあるが、なによりも、謎めいた戦闘信条をもつ部隊を尊敬していたからである。
その部隊は、跳弾射撃の技能を持ち合わせ、敵の生死を選択できていた。
{ギミック: おもちゃなどの仕掛け、色や音による特殊効果}
{ダムダム弾:激しい裂傷による⽌⾎困難な銃創を意図した対⼈拡張弾}
{ハーグ陸戦条約 第23条:「”不必要な苦痛”を与える兵器の使⽤を禁ずる」/1907年締結}