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004 おいしかった?

シノの声はリゼロのリューズさんみたいなかんじです

 それからは、人外の少女シノとの螺旋の様な生活が始まった。


 シトは、そのほとんどの時間をシノの腕か触手に抱かれて過ごす。不思議なことに、シノはシトの前では食事や排泄をする姿を見せることは無く、肉の空間から出ることもほとんどない。まれに、シトを置いて何処かへと行ってしまうこともあるが、長くとも1時間ほどで帰ってくる。その間、シトは底の見えない海中の様な不安に苛まれる。そんなシトを思ってか、外出する際はシトの小さな手に触手を握らせて、脈動を伝えることで不安がらせないようにしていた。


 余りある2人きりの膨大な時間の多くを、母親が子に物語を語り聞かせる様に、シノはこの世界の多くのことを語り聞かせた。それは生息する多種多様な生命の生き様だったり、言葉からは想像も付かないような絶景や秘境だったり、無数に点在する複雑怪奇な文明だったり、そして、何よりも多く何度も語られたのは、身の毛もよだつ触れていはいけない危険や禁忌であった。

 そのシノの語り聞かせは、出会って間もない頃は喋り慣れていない様子だったが、何度も何度も言葉を紡ぐに連れ、まるで物語や冒険譚を読むようにしてシトの心を惹きつけていた。


 そんな生活の中でシトはすくすくと成長していった。

 体は成長し、出来ることはどんどん増えていき、元々言語を習得していたこともあって普通の幼児に比べて饒舌に話せるようになるスピードはとても早かった。

 シノと会話できるようになると、生前からあった持ち前の好奇心を発揮し、次から次へと疑問をぶつけた。その勢いは凄まじく、最初は喜んで答えていたシノもマシンガンのように飛来する疑問の数々に疲労を隠せないほどだ。

 曰く、


「シノは人じゃないの?」

「元は人じゃったな。今は人でなしじゃ」


「ここは何処?」

大泥鰐(デイダワ)の腹の中じゃな。共生ってやつじゃ。此奴とは長い付き合いじゃの」


「僕の腰に何かついてる」

「ひぇっ……? しょ、触手の胚じゃな……」


エトセトラ。



 ――そして数年が経ち、シトの身長もシノへと追いつこうとしていたある日。


 シノの過保護故かまだ一度も大泥鰐の体内から出たことのないシトはいつものようにシトから食事を貰っていたその時、シノは脈絡なく口を離す。そして、2人の周囲を触手が幾重にも巻き付き取り囲んだ。

 見たこともない動作に疑問を抱きながらシノの目を見る。


「シトや、ワシにしっかり掴まっておれ。口も開くな、舌を噛むぞ」


 触手に包まれて内部は真っ暗である。だが、長年シノの体液のみを摂取してきたシトの体は、人とは呼べない程に変質しており、その双眼は暗黒の中でも初めて見せる真剣な表情のシノの姿を捉えていた。

 シトは事態の非常性を直観し何も言わずにシノに従う。


「ザアアアアアアアアアアアァァァッッッッッッ!!」


 大泥鰐の分厚い肉質を挟んでいる筈なのに心臓を震わせるような猛獣の大絶叫が響く。

 今の咆哮で今から何が起きるのか嫌でも理解させられた。


「シトっ、耳を塞げっ」


 焦った声で急かすシノに従い耳を塞ぐ。


「ボオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」


 今度は大泥鰐の大地を震わす重低音の咆哮が響き渡る。

 その体内にいるシトは、まるでトランペットの最も低い音を耳元で鳴らされた様な衝撃を受ける。――咆哮が終わった後も耳鳴りが鳴り続けるが、状況はそんなことを考える暇さえ与えてくれない。

 今度は車が勢いよく発進した時のように強烈な負荷が体全体に掛かる。その力は上下左右に不規則に変化し、踏ん張りようがない。まるで目隠し絶叫マシンである。

 さらに、食事直後ということが災いして、胃の内容物を吐き出さないように耐え続けるのに必死であった。


 ――戦闘は数分間続いてようやく収まった。

 2人を取り囲んでいた触手がゆっくりと解けていく。

 シトは結局我慢できず嘔吐してしまっていて、悲惨な状態になっていた。


「ごふっ……げほっ……」


 顔に嘔吐物とは別の温かい液体を浴びる。


「え……?」


 視界の半分が紅に染まった。


「……シトや、けがは無いか……?」

「シノっ!!」


 第二の生を受けて初めて腹の底から絶叫した。

 眼前のシノが咳き込み、吐血している。

 薄いひし形の立体、赤と金色のグラデーションで光を反射する金属質なそれが、二人を囲っていた触手、それにシノの背にいくつも突き刺さっていた。

 肉の壁や天井には無数の出血している傷があり、それが外界から貫通して来たものだと示している。

 シトは慌てふためき何かしようとするが効果的な案は浮かばず、わたわたするばかりだ。


「……よしよし、元気そうじゃな。げほっ、彼奴(あやつ)如きに苦戦するとはワシも歳かの」

「死んじゃダメっ!」

「安心しなされ、此れしきで死ぬほど衰えてはおらぬ」


 目を潤ませ、震える声でシノを案じるシトを安心させるようにシノは微笑む。

 周囲の触手達がキチキチと奇怪な音を立て始める。プレートが突き刺さっていた傷口から白い歯がずらりと生え揃い、突き刺さっているそれをバリバリと咀嚼し始めた。嚙み砕いた破片が歯茎を切って出血しているが気にした様子はない。

 ――咀嚼をし終えた傷()から水っぽい不快な音を発しながら再生し始め、傷口が閉じていく。


「……シノ?」


 再生している途中、シトはシノの様子が変わったことに瞬時に気が付いた。

 シノは変わらずシトのことを見つめている。だが、その目線は何かが違うと感じた。

 その眼、瞳孔は(タコ)の様で……、


「ぐっ」


 シトを襲ったのは痛みだ。首元に熱い痛みが走る。

 一瞬何が起こったのかわからず思考が空白に染まった。

 ――視界に見慣れた薄灰色の髪の毛と拘束されている状態から状況を理解する。


 ジュルジュル……

「……っ!」


 それはシノの本能的な行動だった。

 体は傷つき大量に出血している。再生はしているが、エネルギーと物資の不足は深刻であり、今すぐにでも食事が必要な状態だ。

 そんな状態の中、眼前にシトがいた。若く、健康で、同族であり、食事をシノに頼ってきた故に体を構成する物質の99%はシノと同質である。

 正に絶好の食事が眼前に添えられている。それなのに、いつまで経っても食事を開始しない理性を無視して、生物としての本能が表層に現れた。


 ――その数十秒続いた食事はシノが理性を取り戻すことでやっと終わりを迎える。

 その間、シトは拒絶せず、痛みに耐えながらむしろ頭を抱きしめていた。


 理性を取り戻し、自身の行動を理解しているシノは慌てて口を離す。


「あぁ、ワシ……、なんで……」


 一転して今度はシノが声を震わせ、眼を潤ませている。

 シトは貧血で視界がぼやけていく中、弱々しく手を握るシノの温もりを確かに感じる。


「おい、し……、かった……?」

「待つのじゃっ、シトぉ」


 シノの感情を察してできるだけ明るく振る舞うシト。

 だが視界はアナログテレビの砂嵐の様に霞む。しかし、握られる手の温もりだけは消えぬまま意識は途絶えた。

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