愛の時計は未来に繋がっていく
時計は止まる。血溜まりの中で。
時計の金色は広がる赤の中にポツンと輝いていた。
12→11→10→9→8→7→6→5→4→3→2→1→12→11→10→9→8→7→6→5→4→3→2→1→12→11→10→9→8→7→6→5→4→3→2→1→12→11→10→9→8→7→6→5→4→3→2→1→12→11→10→9→8→7→6→5→4→3→2→1→……………………………………
止まっていた金の時計は左に回り始める。
地に落ちた首は持ち上がり、広がった赤は収縮し、滴る血と首が胴体に吸い込まれて、処刑台から後ろ向きに歩き………………
『クリステラ=アマリリス、私に君の人生を預けてくれ。そして、代わりに僕の人生を預けることを受け入れて欲しい!』
美術館に飾られている装飾品の様な端正な顔。しかしながら今となっては中身を知るクリステラからしたら邪神が取り憑いた像にしか見えない。
(クソ旦那!どの面下げてプロポーズの時のセリフを処刑に追い込んだ人間に対して言いやがってますの⁉……………あれ?これはどういうことですの?)
クリステラは混乱していた。
目の前にいる邪神は見飽きる程に見た顔で、間違い無くベリオン=アマリリスだ。
しかし、それは先刻見たクソ旦那ではない。
(若返って…いやがりますの?)
そう、彼女が結婚する前…外道で非道で頭も精神も腐り切ったクソ男だと知る前の、美形で高貴で品行方正な普く全ての人間が好意を抱いてしまう完璧青年の旧姓ベリオン=ワルムスがそこに居た。
(走馬灯?…いや違いますの。)
自分の手足の感覚を確かめ、辺りを見回し、自分の頬をつねってこれが幻覚ではなく現実だと確信した。
(さっきまで私は目の前のクソ旦那に陥れられて処刑されるところでしたの……違いますの、処刑された筈ですの。)
処刑人が振り下ろした斧、体の感覚が消えて視界が転がり落ちる様子、悍ましい視線。
それらは間違いなくクリステラ=アマリリスの心に刻まれている。
では、これはいったい何なのか?
(首にくっついた痕…ありませんの、というか、これ私も若返ってませんの?)
今更気付く。
そう、クソ旦那だけでなく、彼女自身の肉体も少女だった頃、外道に目を付けられて食い物にされる前のあの頃に戻っていたのである。
(これって所謂タイムリープ、巻き戻しや時間魔法と呼ばれるモノじゃないですの?
でも、そんな無茶苦茶を出来る様な知り合いはいませんし、そんな魔法覚えた記憶はありませんの。
窮地に追い込まれて才能が目覚めた……まず無いですの。
時間を戻す、魔法、これって……あ!)
目の前の外道を他所に視線を巡らせ思考を巡らせ、『巻き戻し』・『窮地』・『魔法』これらが頭の中で繋がり、1つの思い出を記憶の底から浮上させた。
そうして、答えが自分の首に下がっている事に気が付いた。
視線の先には、左に回り、再度時間を刻むために右に回り始めた時計があった。
『クリステラ、お前に、これを、やろう。』
腰まで伸びた雪の様な長髪を一纏めにした老人がお気に入りの椅子に座っていた。
彼を知る人間は今の彼を見て驚くだろう。
先王時代、『竜を殺す王の懐刀』・『最強の騎士』・『王国の切り札』と呼ばれた傑物、ウーズ=アマリリス。老獪にして厳格な男。
その男が膝に座らせた孫娘に対しては、傑物や老獪さ、厳格さは見付けられず、優しさと慈愛に溢れていた。
首にかけられていた金の時計を孫娘に託す姿は孫娘を甘やかす祖父にしか見えなかった。
『ありがとうございますの、おじーさま。
クリス、この時計を一生大事にしますの。』
彼女は祖父から貰った時計の価値を知らない。しかし、『おじーさまからのプレゼント』という魅力的な宝物は、どんな装飾品や衣装よりも彼女の中で輝いていた。
『おー、肌身離さず、持っておれよ。
その時計はな、特別、なんじゃ。』
何も無くとも特別な時計。
そこに『特別』の太鼓判が押された事で首に輝く時計を見る目がより一層輝いた。
『とくべつー!?おじーさま、どんなとくべつなの!?』
輝く目を向けられて喜びに溢れたおじーさまは笑顔のまま、人差し指を口に当てた。
『ひ、み、つ、じゃよ。
クリステラが、困った時に、助けてくれる、魔法の時計、じゃよ。』
ウインクしたおじーさまはそう言って笑うだけだった。
(そう、時計。おじーさまは困った時に助けてくれる魔法の時計と仰っていましたの。
そして、おじーさまはこの国でもトップクラスの魔法の研究者でもありましたの。)
ウーズ=アマリリスの研究テーマは『時間の魔法』。
自分が現役だった頃は護身用として。
引退してからは可愛い孫娘を守るためのとっておきとして、持ち主の危機に際して時間を巻き戻し、持ち主を時間旅行寸前迄の記憶を保持したまま、過去に送り届ける魔法を仕掛けた最高傑作の金時計を渡していたのである。
(おじーさま有難う御座いますの!おじーさまのお陰で命が助かりましたのぉぉおお!)
彼女の危機に際して、ただ一人、たった一人の過去の切れ者だけが、シンプルな愛という理由で守ったのであった。
イイハナシダナー…ここで終われば。
謝罪しますの。ここから作風がひっくり返りますの!
元ネタになったなろうラジオ大賞応募作の短編をご存じの方、ご存じてない方、どちらの方もお待ちください!
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