第1話 うん、女になったから仕事休めるな!
「朝起きたら女の子になってた……――な、なんだこりゃあああっ!?」
――え、えぇ? な、なにこれ……!? 身体がお、女になってる……え、えぇ……!?
内心でこの世の終わりのようなリアクションを取る俺こと姫川望愛。
もともとから可愛らしい名前だが、名前とは見合わないその体には屈強なドイツ人の血が流れており頑強な肉体を持っていたはずなんだけど……ベットの上にいたのはそんなことを一切匂わせないひ弱な金髪の女の子だった。
さっき出した声も鈴のように高くて透き通っていて綺麗だった。あの太くて低い男の声じゃない――自分の口から出たのも信じられないぐらいに可愛い声だった。
「……ごくり」
生唾を飲み込みながらおそるおそる視線を下ろすと、真っ白なシーツの上には自分の変わり果てた太ももから膝にかけての脚が映った。
ズボンはサイズが合わずにぶかぶかになっており、つま先まですっぽりと隠れてしまっている。大人の服を着た子供みたいなそんな印象を抱かせる。服を着ているというよりか服に着られているという感じ?
しかし、そんなサイズが合わなくなったぶかぶかの服の上からでも分かるほど体の変化は劇的なモノだった。脚の全体は完全に女の子っぽく丸くて綺麗なふっくらとした曲線を描いている。
男のあのゴツゴツとした筋肉質の脚の形は完全に消え去っていた。白くてむっちりとしたすべすべの脚――あれほど鬱陶しかったすね毛はのの一本も残さず消え去っていた。
上半身は言わずもがな服はぶかぶかになっているが、胸は女性らしくかすかな膨らみを持っておりパジャマの布越しに小さいながらもその膨らみを強調していた。
裾から出ている小さな手、はだけて襟首から露出している綺麗な鎖骨のライン。現実を受け止められずに口から漏れ出る「あわわ」と言語になっていない少女の声。
どれもこの現実が俺が女になったと訴えるには充分な証拠を持っていた。
でも、こんなことすぐに受け止めることなんてできるだろうか?
「ゆ、夢でも見てるのか……?」
そんな非現実的なことに対する定番なセリフを吐いて見せる。
だって、まったくの意味不明だもの。何を言っているのか分からないと思うが文字通りに眠りから覚めたら女になってた。こんなのいくら優秀な科学者でも分からない現象だろう。
いったい、どうなって……? うわっ、髪の毛も長くなってる……!
長い髪の毛がチラチラと視界に入るとやっとのことで気づく。綺麗な輝くような金髪の色がそこにはあった。光を反射して宝石のように光を放っている。
懐かしいな……子供の時はこんな感じの金色だっけか。成長して大人になっていくにつれて少しくすんだ金髪になってたけど若返ったようにも思える。
あぁ、金髪で肌も真っ白だぁ……もともとハーフで半分白人だから肌も白いし金髪だったけど前の時とはレベルが違う。
本当に雪のように肌が真っ白だし髪も宝石みたいに綺麗なんだ。これは女になってしまったせいなんだろうか? 二十代後半のハーフの女性にしては年齢に見合ってないようにも思える。
手を首筋にやると長い金髪の毛に触れる。試しに手に取ってみるが明らかに男の時の何倍もの長さがあり、とてもさらさらとしていて触り心地がいい。
次に頬っぺたを触るとすべすべで成人男性の触り心地ではなかった。まさに少女のきめ細やかな若々しい肌触り。その触っている手も細くて小さくて簡単に折れてしまいそうな見た目だ。
「あー! えー、え、えっと、おはよう?」
自分の声を試しに出してみる――うん、なんて可愛らしい声。まるで声優さんだ。鈴の鳴るような凛とした綺麗な声音。なんて可愛らしい声。
あの長年磨き上げたバリトン歌手としての響きも跡形も何もない。わははは、完全な女の子だー!
おかしなテンションになって腕を天井に伸ばして拳を突き上げる。ぶかぶかになった袖口から細くてきめ細やかな綺麗な腕が顔を出す。ムダ毛一切ない女性から嫉妬されそうな珠のような肌。
完全に俺は金髪美少女に仕上がってしまっていたのだ。
――はは、ははは……うむ、めっちゃ困る!! これでは困る! 今日はベルリンに戻る予定だったのに仕事ができない。非常に困った……! どうしようか……
腕を組んで「う~む」と低い声で唸り声を上げる。それすらも高くてあの時の低くて太い声はもう出せそうにない。ふむふむと可愛い声でしかめっ面を浮かべて腕を組んでいる少女――そんな姿を想像するとどうにかなってしまいそうだ。
それに残念ながらどうやらバリトン歌手生命は完全に絶たれたようだ。こんなんじゃあテノールすらできそうにない。てか、そんなレベルじゃない。
――もう女性歌手になるしかない。そもそも性別がもう違し。じゃあ、これから天才ソプラノ歌手を目指して再び世界へ――
「……んな訳ないだろ」
自虐的なノリツッコミを入れる。今からやるにしても大変だし、そもそもそんなことやっている場合じゃない。いったい、どうしたらいいものか……?
うむ、まあ、何はともあれとりあえずこのことは報告しないとな。
思い立ったのが吉。ベットから這い出てカーペットが敷いてある床に足を付ける。
――ズズズ……パサッ!
すると、自分のパジャマのズボンとパンツが脱げて「あっ……」と間の抜けた声を漏らす。
眼前には相棒が消えうせた股間やすべすべの太ももが露わとなり、頭の中には女の子がやってはいけない格好している自分が脳内スクリーンに映し出される。あまりにもの痴態。
――自分のとはいえ異性の下半身はそこそこ堪えるな……あんまり見ないようにしよう。ここでジッと見つめたままだとなんか変態っぽいし。いけなさそうだしな。
本来ならば童貞では生ではなかなか目にできない聖域を目撃した俺は視線を逸らして散らかった部屋の中を進む。
紙や楽譜が散乱している床を歩き机の上に置いてあった充電していたスマホに手を伸ばす。
大きくなったように感じるスマホを手に取り、SNSを使って俺の秘書的な存在のアシスタントに
『緊急事態、女になったから仕事無理かも!!(ごめんなさいをしてるスタンプ)』
……を送っておく。アイツならきっと分かってくれるだろう――……あ、そうだ。適当に証拠となる自撮りでも付随させておくか。
そう思い立った俺はカメラを起動させた――
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※2021年9月19日に大幅に書き直しを行いました!