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第5話 ご令嬢と死刑囚のドキドキディナー

「待ってください、ソフィア嬢。俺はただの教師で、あなたの付き人ではなく」

「では護衛ということでお願いします、カズラ先生っ。ご心配はいりませんっ、お母様にはわたしから伝えておきますのでっ!」


 重ね重ね、ソフィア嬢は母親とよく似ている――こうと決めたら最後、他人の都合などおかまいなしに物事を進めていくところなど、特にそっくりだ。

 それとも帝国臣民という連中は、皆こうなんだろうか?


 就任初日、俺は晴れて家庭教師から護衛へと昇格した――


(別に護衛の方が偉いってこともないか)


 ただ、どちらが過酷かといえば間違いなく護衛だろう。

 ……というのが、昇格初日の感想だった。


(この場合、過酷なのはご令嬢のスケジュールだな)


 俺との戦闘訓練が終わったと思ったら、すぐに礼法の講義、昼の会食、午後は楽器に舞踊、語学、数学、歴史、戦略――

 聖クリス・テスラ女学院に通い始めたら、むしろ余裕ができるのではないかというほどの、過密スケジュール。


 俺は、どういう訳か常にソフィア嬢の隣に立たされ、何かにつけて意見を求められた。


「ねえカズラ先生、今の儀礼ですけど、どういう成り立ちがあるかご存知ですか?」

「すみませんソフィア君、俺は歴史は不勉強なので」

「あっカズラ先生っ! これ! このお肉、好きなんですね? わたしのも食べますかっ? あーんしましょうかっ?」

「いえ結構です。それよりソフィア君、キノコを残すのはやめましょう。バランスの良い食事はすべての基本ですから」

「見てください先生っ! わたしのバイオリン、どうですかっ? この指使い、セクシーじゃないですかっ?」

「お見事です、ソフィア君。演奏中に喋らなければなお良いかと」


 何が面白いのか、満面の笑みで質問を投げてくるソフィア嬢。

 あらん限りの忍耐を振り絞って、平然と質問攻めを受け流す俺。

 そんな二人を見守っていたのは、他の側仕えや邸宅に勤める家政婦達だ。


 ご令嬢の世話係となれば、当然、女性が九割九分を占める。

 そこに一人だけ放り込まれた男が面白かったのだろう。

 彼女達は皆、一様に生暖かい目で俺を見ていた。


「ねえねえ! お嬢様が新しいおもちゃを見つけたって本当?」

「あんな異邦風のイケメン、公爵様はどこから連れてきたのかしらッ?」

「あれでしょう、新任の家庭教師! まさかオトコとは思わなかったけど――今度のはいつまで保つでしょうね?」

「アタシは一週間に銀貨三枚っ!」

「でもエラく気に入ってる様子だねぇ。もしかしたら愛人候補かもよ?」


 ……別に噂をするのは構わないが、少し声を落としてもらえると助かる。

 と、出向いて訴えると、彼女達は甲高い悲鳴を上げながら、


「あのッ! 侍従の休憩室はこっちですよッ! ご案内しましょうかッ、騎士様ッ」

「お嬢様のそばに四六時中いるのは疲れるでしょうッ、ささッ、お茶でもッ」

「よ、よ、よかったら、この後、歓迎会いきませんかッ」

「恋人ッ! 恋人はいるのかい、騎士のおニイさんッ!」


 ますます騒がしくなったので、俺はすぐに説得を諦めた。


「……俺はカズラ。今日からソフィア君の家庭教師兼護衛として勤めることになった。皆さんとは同僚として協力していきたいと思ってる。よろしく頼む」


 返答はまたしても悲鳴。


「謙虚! 謙虚だわ! 騎士でイケメンでしかも騎士なのに!」

「どういうこと!? この騎士、いい騎士なの!?」

「落ち着いてリンダ、本人の前でしょうッ」

「アタ、アタ、アタシらも、どどどどどど同僚ととととととしッ」

「噛みすぎだよジェニー! 血! 口から血が出てるじゃないかいッ!」


 ……思えば宵星部隊(ヴェスパーズ)にいた頃から、何故か女性との会話で主導権を握れたことがないのだ。

 当時の上官はもちろん、部下や後輩まで例外なく。


「えーと……ソフィア君に、夕食に招かれているので……失礼」


 一際大きくなった井戸端会議を背中で受け流しながら、俺は邸宅の一階にある食堂へと向かった。

 以前、アメリア少将から任務の説明を受けた部屋だ。


 呆れるほど広いホールには、一分の隙もなく整えられた調度品。

 磨き抜かれた銀の燭台、シワひとつ無い白のテーブルクロス、たっぷりとオイルが塗り込まれた樫のテーブル。

 トネリコを模した意匠が描かれた壁には、歴代当主の肖像画が掲げられている。

 もちろん、現当主――アメリア・モーニングスターのものも。


「就任初日おつかれさまでしたっ、カズラ先生っ。さあさあ、こちらへどうぞっ」


 麗しき戦女神の肖像の下、ソフィア嬢は薔薇色の頬をほころばせる。

 椅子から立ち上がると、淑女らしからぬぴょんぴょんとした動きで俺を招いた。


 給仕の女性――流石に真顔を保っている――に案内されるまま、俺はソフィア嬢の対面に腰掛けた。


「さあ先生、今夜はうちのコックさんが腕によりをかけてご馳走を用意してくれますからっ、楽しんでくださいっ」

「引き換えに、俺はまた質問攻めにされるわけですか?」

「えっ? わたし、そんなに攻めてますかっ?」


 攻めに攻め込まれている。

 身長体重、趣味嗜好、好きな食べ物、好きな花、好きな色、好きな本、音楽の趣味、礼法や上流社会にまつわる知識、職業、休日の過ごし方――

 もう答えてない質問が思いつかないぐらいだ。


 いっそ、こちらから訊ねた方がいいか。

 特にこれと言った質問も思い浮かばないけれど。


「……それより、母君――少将閣下は、ご同席されないんですか?」

「お母様は、いませんっ! 今日も明日も明後日も、どうせずーっと会食ですからっ! ……わたしだけでごめんなさい、先生」


 開き直ったかと思ったら、すぐにしょんぼりと頭を垂れる。

 別に責めたつもりもないのだけど。


「いえ、俺は構いません。元とはいえ、上官がいると落ち着いて食事ができないので」

「そ、それはっ、そのっ、わたしと二人っきりでよかったってことですか……? わーい、嬉しいっ! 魅了(チャーム)の成果ですねっ」


 そこまでは言ってない。

 が、水を差すのも野暮というものか。


 供されたスープ――澄み切った琥珀色の液体から、湯気とともに芳醇な香りが立ち昇ってくる――に手を付けながら、ソフィア嬢が口を開く。


「あっ母といえば! カズラ先生のご家族の話、まだ聞いてませんでしたねっ」


 無邪気な質問。

 けれど、俺にとっては嬉しくない質問だった。


「家族は……いません」


 そう。あらゆる意味で、俺に家族はいない。

 生みの親も兄弟も、故郷ですら妖魔(ダスク)どもに焼き払われ。孤児になった俺を拾ってくれた宵星部隊(ヴェスパーズ)の仲間も、もういない。


「またまたそんなぁ、いくら先生がお固いからって、鍛冶屋さんが鉄を鍛えて造ったわけじゃないでしょう?」


 俺は、何故それが分かった……と言わんばかりに絶句しながら、ソフィア嬢を見つめ返した。


 そのまま黙り続けてみると。

 最初はニコニコ笑っていた彼女も、俺が黙り続けているので不安になり、ついには眉根を潜めながら、


「……あの……まさか――本当に、鍛冶屋さんが先生を……?」

「そんな訳ないでしょう」


 バッサリと切って捨てる。


「もーっ! 先生っ! 意地が悪いですっ」

「少しでも本気にしたソフィア君に、俺は驚いてますよ」


 俺は粛々とスープを味わい続ける。

 流石は少将閣下お抱えのシェフだ。俺が監獄帰りの貧乏舌だということを差し引いても、極上の味わい。ここが公爵邸の食堂でなければ、二秒で飲み干す自信がある。


「……レッスンその二。知らなくてもいいことは知らないままにしておくこと」


 戦場では、敵を知りすぎても害になることがある。

 余計なことを知ってしまえば、最後の一瞬に剣を握る手が緩むかもしれない。


 そうなったら、殺されるのは自分自身だ。


「でもでも、気になるんですもんっ! じゃあ先生、恋人はいますかっ?」

「五、六人ほど」

「えーっ!? 帝国騎士たるもの、生涯ただ一人の相手と添い遂げるものなのではっ!?」

「嘘です」

「また!? また平然と嘘つきましたね!? 実は嘘つきマシーンなんですね先生っ!?」


 なんだ嘘つきマシーンって。

 というかそんなことを知って、どんなメリットがあるんだ。


「言ったじゃないですか、わたし、カズラ先生のことをもっと知りたいんですっ」


 答えになってない。

 そもそも、俺自身のことなどどうでもいい。


 肝心なのは、ソフィア嬢が自身の才能を十分に発揮し、“黎明の御子(ルシファー)”――聖クリス・テスラ女学院の最優秀勇者候補生になること。

 それだけだ。


「食事中に大声を出さないでください、ソフィア君。その立ち振舞で“器”になれるんですか? 血筋を絶やさないためには、多くの男性に求められる社交界の華でなければならないんでしょう」

「……はっ。そ、そうでした。えーと、えーと、こういうときに役立つスキルと言えば……」


 夕食のメニューは着々と進み、俺とソフィア嬢の前にはメインの肉料理が並んでいた。

 ナイフを入れると、鮮やかな血が滴るほどの極上のレア。ついさっきまで庭園で草を食んでいた牛の肉です、と説明されても俺は驚かないだろう。


 ……流石に牛はいなかったと思うが。


 ソフィア嬢は完璧な手付きで牛肉のポワレを切り分けると、一切れを刺したフォークをこちらに突き出して、


「はいっ、あーん、ですっ」


 ……俺は無視して自分の肉に刃を入れる。


「あれっ? 先生? こっち見てくださーい、ほーら、あーんですよっ」


 添えられた香辛料の粒――これだけで金貨何枚になるのか、背筋が寒くなる――を載せて、肉を口に含んだ。

 もちろん自分の皿の肉を。


「あれー? おかしいですね、世の男性はこういう感じの、赤ちゃんプレイ? に弱いって聞いてたんですけど――」

「……君は、一体どこからそんな偏った情報を――」


 瞬間。

 本能的な警告が脳裏を走った。


 反射的に、口の中のものを吐き出す。


「こらっ、お行儀が悪いですよ先生っ」

「毒ですッ、ソフィア君! この料理に、手をつけては、いけません――ッ」

美味しい牛肉が食べたいです……


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