第4話 死刑囚は道徳を語らない
……沈黙。
ソフィア嬢はその場ですっ転び、嘘泣き――どこからどう見ても完全無欠の嘘泣きを披露していた。
顔を掌で覆い隠し――だというのに何故かスカートの裾だけは広げて――下手くそな泣き声をあげながら、ちらりとこちらを伺っている。
「……それは、何の真似ですか?」
「名付けて【守ってあげたくなっちゃう系女子】スキルですっ! 世の男性は皆、か弱くて繊細で暴力など見たこともないような女性が好きだと聞きましたのでっ」
どこ情報だそれ。えらく偏ってないか。
(……まったく、面白いお嬢様だな)
やっている事自体は――まあ控えめに言ってアホだが。
評価すべきは、俺が斬り込むより早く木剣を捨てた反射神経だ。
それに木剣を捨ててしまえば、万が一俺の制動が間に合わなかった場合に攻撃を受け止める術は無くなる。
その可能性を見越してなお、この茶番を演じてみせた胆力。
(どう考えても騎士向きだろう)
モーニングスターの血がなせる技なのか、ソフィア嬢自身が持つ資質なのか。
とにかく俺は、中途半端に振りかぶった木剣を放り捨てた。
「あら、先生も試合放棄ですかっ? では手合わせは終わりということで――」
「いえ。まだ砂時計は落ちきっていませんよ、ソフィア君」
そして構えを変える。
拳を上げて左足を前に滑らせ――【徒手空拳】スキルの構え。
「確かソフィア君は、格闘士の適性もありましたね?」
「えっ――先生? ちょっと、あの、見てください、わたし泣いてるんですけど、えーんえーんって――」
有無を言わさず、俺は仕掛けた。
軽い踏み込みから牽制の左、そして本命の右――【連撃】スキルによって、拳はマナの燐光をまとっている。
マナによる攻撃はマナでしか防げない。
俺がどれだけ手を抜いても、生身に当たれば骨が砕ける――
「――ようやく構えてくれましたね。ソフィア君」
「ひっ、ひっ、ひどいですっ、先生っ! こんなの、こんなの当たったら死んじゃいますよっ」
俺が放った三連撃を、ソフィア嬢は見事に防いでみせた。
マナによる防御――【受け流し】の発動。
やはり見事な反応速度だ。スキルの精度も申し分ない。
(適正兵種診断の結果は、間違ってない)
間違いなく、彼女には近接戦闘クラスの適性がある。
それも非常に高いレベルで。
「……ソフィア君。“泣き女”という妖魔をご存知ですか?」
「え、いえ、知りませんけど……っていうか! 無防備な女性に対して、この暴挙は一体なんですかっ! こんなの騎士道精神に背く振る舞いで――」
ソフィア嬢の抗議を手振りで遮って、俺は続ける。
「“泣き女”は子供や女性のような泣き声をあげることで避難民に擬態し、騎士の油断を誘う狡猾な怪物です。お優しい騎士道精神の持ち主が、何人も犠牲になってきました」
俺はこれ見よがしに、人差し指を立ててみせた。
「レッスンその一。例え相手が誰だろうと、油断するな」
どれだけ哀れに見えても、自ら喉笛を晒すような真似をするな。
自分の命が惜しければ。
「それではもう一度、改めて手合わせと行きましょう。いいですか、ソフィア君?」
砂時計のもとに戻ると、俺は再び時計を掴み上げた。
振り向くと、ソフィア嬢は未だ呆然とした表情で俺を見ていた。
「……カズラ先生。あなたって、なんていうか――独特な価値観をお持ちの騎士なんですね」
母親がソフィア嬢を評したのと、同じ表現。
俺は思わず笑いそうになった――本当は、似たもの親子なんじゃないか。
「元騎士です。誤解なきよう」
「今は? 何のお仕事をなさっているんです?」
「……あなた専任の教師ですよ、ソフィア君」
本当は。
もともと真っ当な騎士でなければ帝国臣民でもなく、今現在に至っては死刑囚なんだ。
と教えたら、ソフィア嬢はどんな顔をするだろう。
やはり彼女も、俺のことを「無知で粗暴な野蛮人」だと見なすだろうか。
他の連中と同じように。
「さあ、木剣を拾って。次は手を止めませんからね」
ソフィア嬢は少し迷ってから、木剣を掴み取った。
やはり見事な構え。切っ先には一部のゆらぎもない。
紅玉のごとく鮮やかな瞳が、まっすぐに俺を見ている。
「先生。この試合が終わったら、お茶に付き合ってくださいませんか?」
「……この後は、礼法の時間では?」
彼女は軽く頷いて、
「では、それもお付き合いいただけますか?」
は?
と俺が疑問符を掲げるよりも早く、ソフィア嬢は微笑む。
「わたし、俄然興味が湧いてきたんです――先生ご自身にっ」
おい待て、何の話だ。
などと問い返す隙は、やはり無く。
――ソフィア嬢が繰り出した先制の一撃は、鋭く俺の木剣を叩いた。
守ってあげたくなっちゃう系女子、素敵ですよね。そうでもない女子も素敵ですよね。
ご覧になられたら、評価&ブックマークよろしくおねがいします!
とても励みになります!