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第2話 授業ができないと処刑されるんですが

 アメリア・モーニングスター少将が発した鶴の一声によって。

 数時間前までは刑の執行を待つばかりの囚人だった俺は、今や手枷も足枷も首枷も外され、傷の治療に加えて髪型やら服装やら身だしなみまで整えられ、ようやく人間らしい姿へ戻ることができた。


 ボサボサだった黒髪は騎士風に短く整えられ、薄汚い囚人服は、騎士団制式の黒いコートと磨き上げられたブーツに代わった。

 まあ、姿見で確認した印象では、教師というよりボディガードのような出で立ちだが。


「ふむ。なかなか男前だが、少し痩せすぎだね。まるで暗黒街の殺し屋だ、カズラ少尉」

「……恐れながら閣下。最厳重警備監獄(アサイラム)の食事を試したことがおありでしょうか?」


 俺が多少の皮肉をぶつけたところで、少将が動じるはずもない。


「改善命令を出しておこう。もっとも、アサイラム・ガード達は君が引き起こした脱獄騒ぎの後始末で手一杯だろうね」


 帝都ソル・オリエンスの中心、大宮殿(パレス)の東側に位置するモーニングスター公爵邸。

 世界中の美食が集う会食室の椅子に腰掛けて、アメリア少将は鷹揚に笑ってみせた。


 一方の俺は、長すぎるテーブルの反対側で、手を後ろに組んだまま直立不動。

 騎士時代に染み付いた習慣というのは、なかなか抜けないものだ。上官の許しがなければ休憩の一つも取れない。


「さて、カズラ少尉。貴官の新たな任務について、何か説明が必要かな?」


 もちろん。何もかも、一から十まで。


 ……そんな当てこすりをしたところで、アメリア少将の笑みを崩すことはできないだろう。

 そしてもちろん、崩したところでメリットがあるとも思えない。


 気になることはいくつもあるが、まず第一に。


「俺は、既に騎士ではありません。任務を遂行する義務もないし、お嬢様の教官となる資格もありません。閣下なら当然ご存知でしょうが」

「ふむ。意外と真面目な指摘だね。不名誉除隊だと言うから、もう少したわけた人間だと思っていたよ」


 アメリア少将は、意地の悪い笑みを浮かべる。


 一体、何がおかしいというのか。

 こんな状況で笑っていられる奴なんて、そもそも正気じゃないだろう。

 明日をもしれぬ死刑囚が身だしなみを整えるのは、処刑台に上がる前日だけだ。


「閣下。処刑を前にした男にささやかな夢を見せようというご配慮なら、ハッキリと仰ってください」

「君が気にしている諸問題については、私の権限において解決することが可能だ、と言っておこうか。カズラ少尉、君が教官として遺憾なく能力を発揮し、宵星部隊(ヴェスパーズ)時代と同様に結果を出してくれれば……ね」


 結果を出せば減刑。

 さもなくば死、という訳か。


 普通に考えたら、命と引換えに押し付けるのは、とても生きて帰れないような斥候任務や暗殺、破壊工作――まともな騎士にはできない無茶な任務だ。

 しかし。


(愛娘の専任教官――家庭教師、だと?)


 とても正気とは思えない決断。

 だが少将は、発狂しているようには見えない。


「……確か、ご息女のお名前はソフィア様でしたね。俺の記憶が確かなら、今年で十六歳になられるはず」


 つまりこの冬が終われば、帝国最高峰の学び舎にして帝国騎士団インペリアル・オーダーの将来を背負って立つ士官養成学校である聖クリス・テスラ女学院に入学する、ということだ。


「少将閣下のご息女となれば、入学以前から最高の教育を受けておられるのではないかと思いますが……何故、俺のような死刑囚をご指名で?」

「……ふむ。もっともな疑問だね」


 意外なことに。

 娘の話題になった途端、アメリア少将の余裕はあっさりと剥がれ落ちた。


 記憶を探り、言葉を選んでいる――帝国でも最高権力者の一人と呼ぶべき彼女が。

 表現に気を使っているのだ。


「あの子――ソフィアは、少し特別(・・)でね。帝国臣民、いや、帝国騎士の家門に生まれたものとしては、いささか価値観が独特(・・)なんだ」


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「ねえ先生っ、カズラ先生! これは? このポーズはどうですかっ、グッと来ませんかっ?」


 絶世の美少女――ソフィア・モーニングスターは興奮に頬を染めながら、グイグイと迫ってくる。


 四つん這いの状態で顔だけを横に向け、尻を高々と上げた姿勢――ご令嬢曰く、帝都の絵画モデルの間で流行っている“女豹のポーズ”とかいうテクニックで、女性の身体に特有の曲線美を強調しているのだとかなんだとか。


 彼女がやると、なんかこう、顔面からすっ転んだ子供が這いつくばって遊んでいる、みたいな風情になるわけだけども。


(……なるほど、独特(・・)な価値観、ね)


 俺はアメリア少将の言葉を思い起こしながら、密かに溜息をついた。


 こうして対面してみて分かったことだが、特別(・・)独特(・・)というのは極めて穏当かつ控えめな表現だった。


(一体、何をどう間違えたら騎士の名家でこんな人間が育つんだ?)


 向上心は高く、理解力も記憶力も抜群。

 身のこなしからして、身体能力も低くない。


 ただし闘争心はゼロ。

 いや、マイナス?


「先生、どうしてそんな険しい顔をなさっているんですか? もしかして自制心と戦っていますか? わたしの魅了(チャーム)スキルが効いているんですかっ!?」

「……ええ、まあ、そうですね」


 俺は、この場から逃げ出して追っ手に捕まり殺されるか、アメリア少将の説得を試みて殺されるか――どちらかを実行してしまいたい、という欲望と戦っていた。


(この娘が、聖クリス・テスラ女学院で最も優秀な勇者候補生――“黎明の御子(ルシファー)”になれるなんて妄想、どこから生まれてきた?)


 聖クリス・テスラ女学院は帝国における騎士養成の最高峰――つまり帝国最高の教育機関であり、妖魔(ダスク)どもを滅ぼしうる最強の騎士を育成する場である。

 最強の騎士に必要な資質を挙げていけば、キリがない。むしろどんなスキルがあればいいという条件が明確になっているのであれば、とっくに妖魔(ダスク)など滅ぼし尽くしているだろう。


 とまれ、一つだけハッキリしているのは。

 闘争心に欠けた騎士など、絶対にありえないということだ。


「……ソフィア君。まずは教官として確かめたいことがあります。いいですか?」

「はい? なんでしょう」


 なんとか自分のペースを取り戻すべく、俺は大きめに咳払いした。


「君は十四歳のとき、適正兵種(クラス)診断を受けていますね。その結果は憶えていますか?」

「その時は……剣士(フェンサー)格闘士(グラップラー)だったかと」


 適正兵種(クラス)診断。

 その結果によって、個人としての生き方が決まる重要な検査。


 兵種(クラス)とは、何か。

 つまるところ個人が持つマナの性質(・・)である。


 では、マナとは何か。

 帝国騎士教本によれば、すべての人間が持つ生命エネルギー、とされている。

 生命活動に不可欠なこのエネルギーは、適切な技法(スキル)を以て余剰分を扱えば、強力な武器や医療手段ともなりうる。


 マナが持つ性質は、個々人によって異なる。例えば指紋や髪の色と同様に。

 個人が持つマナの性質を判別し、親和性の高い操作方法(スキル)の方向性を示し、適性が高い兵種(クラス)を示す。


 つまり個人が持つ資質や才能を明確化し、就くべき仕事や将来の可能性を決定づける運命の審判。

 それが適正兵種(クラス)診断なのだ。


剣士(フェンサー)格闘士(セスタス)。どちらのクラスも接近戦向きで、魅了スキルのような精神系スキルへの適性はかなり低い。分かっていますよね、ソフィア君?」

「はい。でもわたしは、前線で戦う方がもっと向いてないと思うんです」


 力強い否定。

 一体どこからそんな自信が……いや待て、これは自信と呼んで良いのか? 逆にすごく謙虚なのでは?


「……自分が戦いに向いてない。そう思う根拠は?」

「だって、わたし、嫌いなんですっ! 騎士団とか勇者とか、本当にウンザリしてるんです」


 皮肉なことに。

 言葉を重ねるソフィア嬢の眼差しは、母親とそっくりだった。


 強い意志――優秀な騎士には欠かせないはずの素質。


「お母様の、あの押し付けがましくて傲慢なところもっ」

女豹のポーズって、相当体が柔らかくないとできないらしいですね。


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