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89 肝っ玉

 しっかり空になったバスケットや諸々を片付けて、食後は温かいお茶を新たに淹れる。

 まだ午後も採掘作業が残っているので、『頑張れますように』と願ったお茶を皆に配ると、ガルさんとロロさんが何故かとても大人しい。


「姐さん……美味そうな匂いですっとんでましたけど、魔物の領域で優雅に昼飯食って更にお茶とか…オレ何か凄い複雑な思いです…」

「猫はもう戻れない…」


 複雑な思いは抱きながらも、しっかりお茶は受け取ってしんみりお茶を飲んでいる獣人さん2人。

 最後は頭の耳を握ったので、やはりそっとしておこう。


 そんな獣人さん2人を他所に、ご機嫌なのは魔王様。どうやらお弁当が楽しかったらしく、一通りお弁当のラインナップを食べて、美味しい美味しいと終始ご機嫌だった魔王様は、食後のお茶でもご機嫌笑顔が継続中だ。

 そんな魔王様に、ご飯を作った私も笑顔になる。


「ユリエの作る食事は全て美味いが、今日は特に美味しく感じた」

「やっぱり外だからじゃないですか?今度ファンタジー水採りに行く時も、お外でお昼しましょうね」

「う、うむ、で、デートだものな」


 頬を染めながら嬉しそうに話す魔王様と笑顔の私を、目の前にいるレイ君は嬉しそうに眺め、ジギーさんが「オレの苦労は…」と呟いてどこか遠い目をしている。

 大変そうだった男子会の余韻だろうか…。


 そんなジギーさんの遠い視線につられるように荒野へ視線をやると、そこには遠くに横たわる二頭の竜が並んでいる。


「魔王様もレイ君も凄かったですよね…竜って強いんでしょう? 大きいし」

「一頭くらい大した事はないぞ?羽を持つ竜は群れになると厄介だが、地を這う分には特に変わらん」

「魔王様空に居ますもんね」

「そんな事言えるのは魔王様だけですよ。空飛ぶ魔法なんてないんですから」

「そうなの?」


 呆れ顔のレイ君によると、魔王様が飛んだり浮かんだり出来るのは、風魔法や重力属性等、沢山の魔法を混ぜた魔法を使っているから出来る事なんだそうだ。


 普通はそんな沢山の属性を持っている事はないし、そして使いこなせる事もない。得意な魔法を極める他は補助程度にしか使わないし、まずもって属性を混ぜる事は出来ないらしい。


 その延長で、一つの魔法を使いながら他の魔法を使う事は、出来なくはないけれどとても難しい事なので、例えば火を出しながら水を出してお湯にするのは難しいと言う事になる。


 確かに、カレーを作ろうと思いながらケーキを作るのは難しいだろう。

 そう言う事だ。


 なので、当たり前かのように魔王様が空に浮かびながら攻撃魔法を使っているあの戦い方は、既に規格外と言う事になる。

 なるほど、そう言われるとよく分かる。


 ざっくりまとめると、流石魔法の王様、と言う事だろう。


 そんな説明をふむふむと真面目に聞きながら、やはりこの世界でも空は飛びたくなる物なのかと思っていると、「興味があるだけ」とジギーさんの返答があった。

 エスパーか。


 そんなジギーさん曰く、魔王様の空飛ぶ魔法を魔道具で再現しようとしたけれど、失敗に終わったらしい。

 魔道具が使用する魔力の圧力に耐えられないとか、魔力の消費が多すぎてすぐに魔石が駄目になるとか、魔法が反発したりして制御が難しいだとか、色々説明されたが難し過ぎて分からない事だけが分かった。

 とりあえず「浮かんで終わった。」って結果だけは理解した。


 浮かぶだけなら熱気球も浮かぶし、揚力さえ捉えればヘリのように飛ぶ事も可能だろうけど、そう考えていた私の周りで、魔王様以外が「空では竜に敵わない」と笑っていたので、浮かべるぞって考えは封印した。

 竜。生半可な科学で勝てる相手ではないだろう。


 しかし、そんな竜を一撃で倒したりサンドバックにしてしまう魔王様やレイ君は、やはり物凄く強いと言う事になる。

 強い強いとは聞いていたけれど、そんな次元の違いを見せられると、この2人が危険になるって言う状況は、もはや国の危機だってレベル。

 魔王様に至っては、魔王様の危機は世界の危機だって気さえする。


 さすがに年がら年中世界の危機が訪れる事もないだろうし、皆がお仕事へ行く時くらいは安心していてもいいのかも知れない。


 今度はガルさんやロロさんが心配にはなるけれど、きっとこの心配はこの世界では尽きる事はないんだろうし、腹を括らなければならない部分なんだろうな……。


 そんな中、大丈夫だと安心させてくれる魔王様はやっぱり凄い。

 物凄く強いし、魔法は上手いし、混ざらない属性は混ぜちゃうし、難しいらしい魔法を同時に使っちゃうし……。

 何をどう考えながら魔法を使ってるんだろうか。


 カレー作りながらケーキを作る。

 慣れれば出来なくはないだろうけど、味の方は落ちそうな物なのに……。


「魔王様、どうやって魔法混ぜてるんですか?」

「ん? 私には【魔法生成】があるので、考えた魔法を一つの魔法にし、後は固有魔法にしてしまえば使うのは容易い。だが、ユリエの方が謎だ。ユリエは魔法を混ぜているだろう?それも扱いの難しいユニークスキルを」

「ん?そう、です、ね?勝手に混ざるので…気にしてませんでしたけど…言われてみるとそうですね……」


「え、勝手に混ざってたの?」


 話半分に聞いていたジギーさんが驚いたようにこちらを見たので、変な事だっただろうかと首を傾げると、後ろに突いた両腕に上半身を預けるように脱力し、呆れた顔で溜息を吐かれた。


「ユリエさん、魔力回路図太過ぎ」

「ジギー、女性にそのような言い方はいけない」


 紳士魔王様はしっかりフォローしてくれたけれど、魔力回路か、確かにプリシラさんにもそんな事言われたな。


 魔力回路の感覚は分かるけど、もう体全体に馴染んでいるので太い細いは分からない。

 全身を使う感じじゃないの?と思ったそれを口にすると、全員に、え?って顔を向けられた。


 え? 違うの??


「いやいやないない。魔力回路って線状になってるから。それの太い細いだから」

「全身とは…流石に私もそこまではないな…」

「え?そうなんですか?でも確かに、ロイ君に魔法使った時も、太い血管辿るみたいな感じでしたね…。毛細血管はない的な」

「なるほど…ユリエの魔法が自然に制御されているのは、魔力回路の存在が大きいのだな」

「流石ユリエ様です!」

「肝っ玉姐さんだ」

「姐御の肝っ玉は世界一」


 復活して耳を向けて来る獣人さん2人、ロロさんは前もそんな事言ってたな…。

 何となく表現方法が嫌なのだけど、とりあえず魔力回路が立派なのは良い事。それは分かった。


 ロロさんの耳と耳の間を撫でながら、また一つ勉強になったと思っているお茶の時間が終わる頃、この後の採掘作業についてを聞いてみる。


「そう言えば、採掘ってどうやってやるんですか?やっぱり掘る?」

「そうだね。魔道具で鉱石の場所を特定した後、掘って見付ける感じ。土属性の魔法使うからそんな大変じゃないけど」

「あ、レイは参加できません!魔物の素材運ぶので!」


 何か魔法でホイホイ採れるのかと思っていたけれど、やっぱり地道に掘るんだな。

 魔法があってもそこは同じかと頷いていると、お茶を飲み終わったレイ君が立ち上がる。


「今なら竜をそのまま運べる気がするので!レイは素材を運びに行ってきます!!」

「気を付けてね」

「はい!また帰りに迎えに来ますね!!」


 そう手を上げた元気なレイ君が消えたので、竜のある方角を見ると、横たわっていた白竜が一瞬後に消える。


「うわぁ…どれだけ魔力使えばあんな事できるんだろう…」

「猫、干からびる」


 そんな光景をガルさんとロロさんが眉を顰めて眺めている隣で、私も「凄いなー」と同じくその光景を眺めていると、魔王様がそっと私に寄って来て、小さな声で耳打ちして来た。

 …近いのは凄いけど、耳を、攻撃するのは止めて欲しい……。


「ユリエ…その、獣人の耳を…触ったりなどは……」

「してませんよ?」

「そ、そうか。それならば良かった」

「やっぱり嫌ですか?」

「嫌だ」


 ちょっと食い気味に、真面目な顔できっぱりとそう告げた魔王様をしっかりと見詰め返しながら、「分かりました」と真面目に頷くと、魔王様は安心したように頷き返す。


 これ、触ってたらどうなってたんだろう…と、さっきの貫かれた竜が頭をよぎる。


 うん。モフ耳は駄目。そう再び理解した。






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