397 個人情報
たまに雨が降るようになった5月の末。
魔国はそこまで雨が降る方ではないのだけれど、今日は見事な雨模様。
朝一番に、洗濯物が干せるかどうかを確認する時期となった最近、そんな当日の天気を確認しているのは、最近魔王様と一緒になった新しい寝室から。
寝室が一緒になって早数週間。
ロイ君の策略通り、なのかは分からないけれど、とりあえずしっかり前進した。
最初はやっぱり魔王様も物凄く照れていたけれど、私も負けじとガッツリ照れていたせいか、そんな状況を互いに笑ってしまって、ぎこちないながらもいい初めてになったのではないかと思う。
そう、初めてなせいか魔族さんとの種族差、もしくは魔王様との体力差か、事が終わった後は立てなかった。
痛くはなかったけれど足は立たない。
そんな感じ。
ここについては千差万別、人それぞれかとは思うけれど、とりあえずここまで足腰ガクガクになるとは思ってなかったし、自分一人では動けないレベルになるとも思っていなかったので、初日の朝は一発目から見事にコケた。
そしてそんな私を心配した真っ赤な顔の魔王様に抱っこされ、医務室へ運ばれたのは今ではいい思い出となっている。
とりあえず、ロイ君の作戦は見事に成功し、気持ち的にも、お世継ぎ的にも、いい感じに前進したようには思うのだけど、新たな問題…と言う程問題ではないのだけれど、私的には問題が発生している。
今までは破廉恥な事に働いていた魔王様センサーが、どうやら違う形で働くようになったらしい。
「ユリエ、今日は少し足元が覚束ないように思う。プリシラに診て貰った方がよいのではないか?」
「あ。えーっと、大丈夫…ですよ?」
「しかし、大事があってはならん。ユリエの身体は魔族ほど強くはないのだ、何かあってからでは遅いのだから、せめてプリシラの診断だけでも受けて欲しい」
困った顔で心配そうに私を抱っこして、離さないぞ、な感じの魔王様。
最近は朝起きて、ベッドから立ち上がった時に少しでも私がフラつくと、心配する魔王様によってプリシラさんの所へ強制連行されるのが日課となってしまっている。
心配してくれるのは有難いし、大事にして貰っている事はとても嬉しい。
確かに致した事の影響で足腰にきている日もあるけれど、そうでなくともたまに寝ぼけて朝一番はふらつく事もある訳で…。
しかしながら、そういう場合で大丈夫だと言ったとしても、魔王様の心配は収まらず、今日みたいにプリシラさんが軍部の方に居る日であっても、私は着替えて朝食を食べた後は、魔王様によってプリシラさんの居る場所まで、今日なら軍部の医療部へ運ばれてしまう。
軍部の医療部は厨房の上に当たる2階と3階部分にあって、2階は治療室と創薬室があり、3階部分は長期で治療が必要な入院施設と倉庫になっているので、軍部の医療部は結構広い。
私が運ばれる2階の治療室は、診察室とベッドがワンセットで、カーテンの仕切りを隔てて何室か並んだ感じの広い部屋。そして広いだけあって、薬師さんや治療師さんが結構居るし、場合によっては治療を受けに来てる人も居たりする。
何が言いたいかと言うと、私を送り届けると魔王様はお仕事へ行って居なくなってしまう上、私はただただ元気な癖に、病院の治療場所を占領している迷惑な人になってしまっていて、すこぶる、すこぶる!居心地が!悪いんですよねー!
と言う事だ。
「……すいません…今日もお世話になります…。お忙しい所、毎度大変申し訳ない」
「ふふ、いいよ。こっちで作ってる薬から手が離せなかったから城へ戻らなかっただけで、忙しい訳じゃないから。 で、今日はどっち?」
「今日はただ寝ぼけただけデス……」
魔王にも困ったもんだね、と軽く笑いながら頷いて、ベッドに座らされている寝ぼけただけな私を優しく診察してくれるプリシラさん。
優しみ。
そして、その周りでは、しょんぼりな私を温かい笑顔で見守ってくれる医療部の方々が居る。
「私共は毎朝ユリエ様と魔王様とお会い出来るので、医療部の朝の番は今とても人気なんですよ」
「仲睦まじいお姿を拝見出来るのは喜ばしい事です」
「これからも続いて欲しいくらいです」
そう温かい言葉をくれる医療部の皆さんには、魔族の方も居るけれど羽人さんが多く、声が優しいのでお話してるだけでも、申し訳なさで荒んだ気持ちが癒される。
最近はプリシラさんが軍部に居る事が多いので、結構な頻度でお世話になってしまっている軍部の医療部。毎朝のように顔を合わせるし、来たらお茶出してくれたりするので、こちらからもお茶菓子を持ち寄ったりしてしばらくお話したりする為か、結構仲良しになったように思う。
特に羽人さんは種族的にお喋りが好きな人が多いらしく、お茶をすると内容はさておき色んな情報を教えてくれる。
基本的には、どこの部署の誰と誰が付き合ったとか、どんな理由で別れたとか、夫婦喧嘩をしているとかその理由って感じのコイバナ?系が多いのだけど、たまに有益な情報も混ざっていたりするので侮れない。
街で流行っている疾患や症状だったり、今年は子供の回路熱が多めだとか、癒しリンゴが活躍してるとか、癒しリンゴがどこの街で少し足りないとか、お話の中で情報共有がされてる感じで、噂話でも医療部って感じだ。
そんな羽人さん達の噂話に耳を傾けていると、私を診察していたプリシラさんが手を離してから、その手を私のお腹に充てて首を傾げた。
「……ユリエ、魔王とは何回くらいやってる?」
「へ? ヘァ!!??」
え!? 今、何と??!!
「あ、はいはい、聞き方が恥ずかしかったね。大丈夫、落ち着いて、医療的なお話だから」
「い、医療的な……」
「うん。 魔力の溜まりが早すぎるのが気になった」
うん? それは、どう言う?
とプリシラさんと共に首を傾げた私の周りに、プリシラさんの発言を聞いた医療部の皆さんが集まって来た。
待って、ちょっと恥ずかしくなりそうな話題だから、集まらないで頂きたい。
そう慌てる私をスルーして、カルテを書きながらプリシラさんが説明をくれている。
「ユリエ、長命種に子供が出来難いのは知ってるね?」
「はい」
「出来難い理由はね、魔力がなかなか溜まらないから」
「ほむ……魔力が。えーっと…?」
「まず、長命種の妊娠が難しいのは、妊娠する側が相手の魔力をお腹に貯めないといけない。そして、子供に必要な分の魔力が貯まらないと子供が出来ないからって理由がある」
ほう、と居住まいを正して話を聞きだした私の周りでは、同じくプリシラさんの話に頷いている医療部の皆さん。
お仕事行って下さい?
「ユリエの居た世界ではかなり人体についての解明が進んでたみたいだから、子供が出来る過程では、まず精子と卵子が受精する必要があるって情報を勇者から聞いたけど、多分そこはこの世界でも同じなんだと思う。魔力が貯まっててもなかなか妊娠しない場合があるからね」
「はい」
「で、この世界では、受精の前段階がある。相手の魔力がお腹に貯まらない限りは、まず妊娠出来る準備が整わない。子供を授かる状態にはならない。だから、魔力が貯まるまでは妊娠しない」
準備。なるほど。体が妊娠する為の準備には、まず相手の魔力が要る、と。
ほほう。興味深い。
そこまでは理解しました。
「直接貰った魔力をお腹に留めておく、って事ではなく?」
「うん。普通の魔力では駄目だね。生命力の宿った相手の魔力じゃないと意味がない。生命力の宿った魔力をお腹に貯めて、自分の魔力と混ぜながら、子供の為の環境を作る事から子作りは始まる」
「はい」
「そうやって魔力を貯めて準備するから、子供は両親の魔力量やスキルを継ぐ事が出来る」
「おお!なるほど、凄い!」
「そう、凄い。 で、例え魂を結んでいたとしても他人の魔力だから、そう簡単に体内に留める事は出来ない。回数を重ねて、少しずつ溜まっていくものだから、貯めるまでにはどうしても時間が掛かる。だから、子供に必要な魔力の多い長命種は、妊娠準備に時間が掛かって、子供が出来るのにも時間が掛かる」
「あー、なるほど!」
うん。と、私の理解に頷いて、カルテから顔を上げたプリシラさんが、再び私のお腹へ視線を落とした。
「だから、普通は、こんな速度で相手の魔力は貯まらない」
「ん。」
なるほど、はい。それで回数の話になる訳ですね。
「回数が多くて一時的に溜まってる魔力が多いのか、それともユリエだから溜まってる魔力が多いのか、その内容によっては、こっちも妊娠出産に対応する準備を早める必要がある。だからこれは医療的な、そして必要な質問。分かるね?」
「……はい…」
と頷きながらも赤面してしまう私に、ちょいちょいっと手招きして、耳打ちでいいから教えて欲しい、とジェスチャーしているプリシラさんにそそっと寄って、耳打ちでコソッと回数をお知らせ。
周り、特に羽人さんには聞かせられない。
「……それは、一夜の話、だよね?」
「……へぃ…」
「頻度は?」
「……」
そしてまた日数やら間隔を伝えた所、真っ赤になっている私に頷いたプリシラさんが、足を組んで「う~ん」と難しい顔で目を閉じた。
「ちょっと多めだけど、普通。」
「耳打ちの意味!!」
「ふふ、王と王妃の健康状態なんかは、医療部では共有するから、諦めて」
え……マジで?
そう勢いよく周りに振り返ると、ほほう、といい笑顔になっている医療部の羽人さん。
これ、絶対噂話として回る気がする……。
ここは何としてでも個人情報を死守しなくては…!!
「…他言されたら、私、恥ずかしくて、もう差し入れ持って来られないかも……」
「「「「 !! 言いません!絶対!!」」」」
一瞬目が泳いだけれど、キリッとした顔になってキュッと口を結んだ羽人さん達。
うん、とりあえず、口止めは成功したんじゃなかろうか。




