395 寝室
季節は春。
結婚式を終え、緑の眩しい現在は既に5月の頭。
結婚式に沸いていたお祝いムードも落ち着き始めた魔国では、街にも軍部にも、そしてお触り可能な魔王様を無駄に触りまくっていたお城の面々や、お祝いの品の返礼品に追われたり、5月から軍部へ入る新入隊員さんの入隊式に顔を出したりと、色々バタバタしていた私と魔王様にも、漸く日常が戻って来た。
朝は食堂でご飯を食べ、各自のお仕事に行き、たまにお茶をしたり談笑しながら、また夜ご飯を皆で食べておやすみの挨拶をする。
そんな暖かで笑顔の絶えない素敵な日常。
そんな日常にも変化はある。
魔王様が治っている事と、魂を結んだ件。
魂の結び。
最初こそ、余りにも魔王様の位置や魔力量が詳細に分かってしまうので、魔物の領域へ行っている魔王様の魔力の増減が気になったものだけれど、増減はあっても魔王様の魔力がヤバくなる事は全くなく、ちょっと減ったな、あ、もう回復したんだな、早いな、なんて気になっていたそこも、今ではガツンと減りでもしない限りは気にならないレベルになっている。
そして危ない所にも行く魔王様の安否確認がすぐさま出来るので、魂の結びはとても有難い代物だ。
後、毎日実感しているのは、帰宅した魔王様が私の所へ来るのが早くなった事くらい。
そして触れられるようになった魔王様も、最初は距離の取り方に戸惑っていたようだけれど、お城の皆が事ある毎にお触りしまくっていた成果か、毎朝私が手を繫いでニヤニヤしていた成果か、今では魔王様から手を繫げるようになっている。
ただ、手を繫ぐ以上の事は一旦封印されている模様。
座る場所が近かったり、顔が近かったりする場面では、赤面している魔王様から「触れてしまえるので!」と言う期間限定だろうパワーワードをちょいちょい聞く。
キスまでした仲ではあるけれど、きっとその先には、何かしら心の準備が必要なんだろう。
まぁ、魔王様だしな。
ゆっくり待とう。
なんて悠長に考えていたのだけれど、どうやらそうは問屋が卸さないらしい。
「魔王様、本日は城の改修を致しましょう」
朝食の席で、レイ君とリリーさんと言う朝にも顔を出す面子に加え、珍しくロイ君とジギーさんも朝に顔を出してるな、と思っていたら、お茶のカップをソーサーに戻したロイ君が、にこやかにそう告げた。
「? 改修とは?何か城の構造に問題でもあったのか?」
首を傾げる魔王様に、にこやかな笑顔のままでロイ君が頷くと、周りの面子が席を立ち、無言で魔王様の周りを囲みだした。
そんな皆の動きで、眉を顰めて若干警戒している魔王様に対し、ロイ君が無言のままでもう一度頷くと、魔王様の両脇に待機していたリリーさんとレイ君が魔王様の腕をガッチリホールドし、後ろからはジギーさんが魔王様の両肩を抑えて見事な包囲網を完成させた。
「式の挨拶や返礼に追われておりましたが、そちらも随分落ち着きましたので、魔王様、そろそろユリエ様と寝室を共にして頂きたく思います。」
「な…ッ!!?」
ロイ君の言葉で、フワッと髪を浮かせて一気に顔が赤くなる魔王様が立ち上がろうとしたけれど、そこは包囲網が見事に逃亡阻止。
なるほど。これは事前に話し合っていたんだな…。
「まっ…まだ結婚してひと月も経っておらんのに…!そっ…そっ…そのような破廉恥…」
「破廉恥、ではありません魔王様。ご結婚なさったのですから夫婦です魔王様。夫婦が寝室を共にするのは全く破廉恥ではありません。それに、こう言った事は勢いが大事なのです魔王様。今やっておかなければ、次は100年後になり兼ねませんので、ご理解いただければと思います」
ニコリ! といい笑顔のロイ君に断言され、ぐむっと顔を赤くして押し黙った魔王様から、私にチラリと視線を寄越すロイ君。
あ、はい。了解しました。
何かありましたら、魔王様の魔力は抑えさせて頂きます。
「魔王様、先に言わせて頂きますが、魔王様が渋られると、そのおつもりはなくとも、“ユリエ様と共に寝るのが嫌だ”、と言っているようにも聞こえてしまいますので、そこは自重して頂きますようお願い申し上げますね」
ニコリ!
と、今日はニコリ率の高いロイ君が、「うぐっ…」と詰まる魔王様の破廉恥を封印し、まだ髪をフワフワさせながらも大人しく席に腰を下ろした魔王様の前に、2階と3階の図面を差し出した。
「ご心配なさらずとも、現在魔王様とユリエ様がお過ごしになられている部屋はそのままに、ユリエ様のお部屋を3階エントランス横へ移動し、魔王様とのお部屋の間に、新たにお二人の寝室を構える予定となっております」
「2人の…寝室………」
「寝室は既に、ユリエ様のお部屋の隣を整えておりますので、ユリエ様のお部屋と、その隣の部屋を所定の位置へ移動、元の部屋と交換して頂ければ問題ありません。部屋を移動して頂ければ、細かな部分はこちらで整えさせて頂きますので、魔王様は迷宮防壁を調整しながら、部屋の移動をお願い致します」
「…ぅ…うぅ………ッ」
話が進む度、頑張ってはいるけれど、火属性の魔力をじわじわ漏らしながら、耳までしっかり赤く染まる魔王様。
に、改修内容を淡々と説明するロイ君。
容赦がない。
「そして更に、現在魔王様のお部屋の前に位置する、アルグリード様とシルビア様がお使いになっておりますお部屋は2階へ移動。魔王様のお部屋の前には、子供部屋を設ける予定となっております」
「こ…ッ!!?」
「ああ、アルグリード様とシルビア様には既に了承を得ておりますので、その辺りの問題も御座いません。むしろ喜んでおられましたのでご安心下さい」
「……うっ………ッ、うぐっ…ぐ……」
うん。流石ロイ君、用意周到。
子供部屋の話が出た瞬間には、魔力だけではなく転移魔法も発動されてしまったくらい、魔王様は崖っぷちに追いやられているけれど、今日は魔王様が逃げると多分私も怒られる。
だって今日のロイ君が連発しているニコリ!。これ、多分笑顔で怒る一段上のニコリ!なのだ。
この状態のまま怒られたら多分きっと凄く怖い。
なので魔王様にはどうにか頑張って頂きたい…!
そうは思うけれど、既に魔王様は真っ赤な顔で「うぅぅ…」と呻くだけの魔王様になってしまっている。
頑張れ!頑張れ魔王様!
などと、ロイ君とジギーさんから容赦なく改修説明が続けられている魔王様を眺めながら、魔王様の魔法を無効化しつつ、私は寝室か…と、一口お茶を飲む。
まぁ、何と言いますか、魔王様は王様で、私は王妃様になったのだから、そこはまぁ、お世継ぎ、求められますわな。
ピカリちゃんが子供は出来るよって教えてくれてるから、出来ない事を心配せずに済むのは有難いし、いつかは子供を授かる事は出来るんだろうし、素直に子供は欲しいと思う。
ただ、具体的に、今皆から求められているのは共寝。いわゆる同衾と言うやつだ。
そこが何と言うか、妙に生々しいと言うか、結婚=子供!みたいなテンションではなく、結婚=同衾=子供!って具体的に言われているのが恥ずかしくなってしまうのは若干分かる。
だって私も、皆がニヤニヤしているせいで、ジワジワ恥ずかしくなって来ている。
まずはその顔を止めて頂きたい。
と、赤くなりそうな顔を振って誤魔化していると、どうやら改修説明は終わり、現在は皆が魔王様を宥めるターンに入っている。
「魔王様、ユリエ様と部屋が近くなれば、一緒に居られる時間も増えますよ」
「何かあった時、ユリエさんが近い方がすぐに守れて安心でしょ?」
「結婚したんですから、ここは夫として度量の見せ所ですよ魔王様!」
「そうよ!パッと部屋を移動させるだけなんだから、ね、ほら、頑張って旦那様でしょ!」
「……ぅぅぅ……ッ」
ギュッと目を瞑り、ジリジリと多属性の魔力が溢れてしまっている真っ赤な顔の魔王様が、皆の声援なのか煽りなのか分からない言葉に耐えてはいるけれど、どうやら皆の言葉では芳しい効果がないのか、魔王様を取り囲むお城の面々が困った顔をこちらへ向けている。
え、私に説得してって事ですか!?
いや、うーん……んーーー……まぁ、確かに、お世継ぎ関連に私が後ろ向きであってはいけない訳だし、これも王妃のお勤めの一種だと思えば……まぁ。
うん…。はい…。
「……えーっと…魔王様、あのですね…。私の居た世界では、結婚すると一緒のお家に住むんです。で、確かにお城もお家だとは感じているんですが、その…し、新婚生活っていうのもありまして……結婚後、一緒の部屋で、2人で生活したり、過ごしたり…するん…です…が……」
「…し……新婚…生活…」
待って魔王様。
復唱しないで頂きたい。
ポカンとしながらも赤い顔で、ずっとこっちを見てる魔王様。
新婚生活とは何ぞやとは知らない魔王様に対して、自分だけが新婚さんに浮かれているようで、何かどんどん恥ずかしさが増して来る…。
うぅ……ヤバい。顔が熱い…。
「な…なので…出来たら…その……一緒の部屋が、いいなぁ…って…思ったり…するん、ですが………」
「………」
「そ……そう言うのは…お嫌…で、しょうか………」
と、恥ずかしさに語尾はしおしおと弱くなってしまい、言い終わった後には視線も逃がしてしまった私に向かって、魔王様が包囲網をくっつけたまま勢いよく立ち上がった。
「いいい嫌ではない!!!!!その!大丈夫だ!!しっ新婚…生活とやらは!!私も!!そのっ!興味が、ある、ので!!だいっ…大丈夫だ!!へ、部屋!!部屋も移動させるので問題ない!!!!!」
そう二人して真っ赤になっている私と魔王様に、お城組がやはりニヤニヤとした顔を向けて来る。
顔!! その顔ですよ!!!




