予定
快気祝いに湧いた熱気も治まり、お城や軍部にもいつもの光景が戻って来た。
私も含め、王城の皆は魔王様の素手を見る度にまだニヤニヤしちゃう所はあるけれど、それでもいつも通りの、いつも以上に幸せな日常が戻って来ている。
朝は皆で朝食を食べて、それぞれがお仕事へ行くのを見送り、お父さんとお母さんも魔法教室が始まるからと、休日が少なくて恨めしそうなエスさんと、配達しに行くと言うよりは配達されているサン君を連れて精霊国へ戻って行った。
そして私と魔王様は本日お休み。
大きな魔法を使ったり使われたりしたのだから、しばらくはゆっくり休むといいと皆に言われ、とりあえず頷いたけれど、魔王様を治した私も、治された魔王様もとても元気。休みが欲しい程疲れてはいないけれど、気遣って頂いているのだからここはしっかり休んでおこう。
そんな休日、軍部が通常運行に戻った為か、しっかり通勤して来たイチゴも一緒に、私と魔王様は新芽の生えるお城の庭で、まったりお茶をしながら今後の事を話している。
「んー…実際治ってみると、改めて何をすればよいものか分からんものだな」
「確かに、触れるぞ~ってなっても、もう触ってますもんね」
「うむ。それに治るまでの日々もとても楽しく、もしも触れる事が叶えば、と願っていた事の殆どは既に叶っていたと言っても過言ではない。改めて治った後にどうするかと問われると、これと言った答えがないものだな…」
ラグを敷いた上にお茶セットを並べ、私と魔王様が並んで座っているその後ろには、ダラッと寝そべっているイチゴさん。クルッと私達を包むように丸まった尻尾の先はベチベチ魔王様を叩いているけれど、微笑ましいお馴染の光景だ。
そんなイチゴの尻尾を払いながら、今後やりたい事を書き出そうと止まる筆を彷徨わせ、ラグの上に置いた紙の隅によく分からない落書きをしている魔王様。
いやしかし、手持ち無沙汰とは言えこの落書きは何だろう。
ガサガサの箱?
魔王様の落書きを解読している私の横で、「何でも出来ると、何をしてよいもの分からなくなるものだな」と落書きのクオリティを上げようと頑張っている魔王様に頷いているけれど、この謎の箱は何なんだろうか…気になる。
「…そうですねぇ、私も魔王様治すぞって言うのが目標だったので、色々やりたい事はあった筈なのに、何からどうすればいいのか上手く浮かばないですね」
「色々?やりたい事とは?」
「街に、魔王様と行ってみたいとか?」
「ああ、うむ、それは行きたい。が、まだもう少し待って貰わねばならん…まだ魔力が上手く抑えられん」
そう落書きの手を止めて、申し訳なさそうな顔を向ける魔王様に首を振る。
魔王様は魔力を抑える事を頑張っているものの、やっぱりまだ驚いたり恥ずかしかったり、テンションが上がるとどうしても魔力の抑えが緩んでしまう。
今まではきっと、魔力を抑える事よりも触れない事に気を使っていたんだろうし、そっちに意識が向いていたその癖を、早々に直すのは難しいだろう。
それに私も、まだ魔王様の事を名前で呼ぶ事に慣れていない。ずっと魔王様って呼んでるし、フレン様、と自然に呼ぶにはどうしたらいいんだろう。
それこそ街に出てしまって、意識しながらでも何度か呼んでいれば、その内自然と呼べるようになるかも知れないけれど、今の所名前で呼ぶにも努力が必要だし、呼ばれる魔王様も頑張らなければならない。
そこの所も含め、お互いゆっくり頑張って行きましょう、と笑って魔王様に凭れると、うむ、と笑顔を返した魔王様がまた落書きを開始した。
うん、まだ描くんだ。
気になるな……何だこのガサガサの箱の群れは…。
量産されるガサガサの箱に気を取られながらも、考えるのは今後の事。
確かにやる事もやりたい事も色々ある筈なのに、いざ改めて今後!と考えると、何からどうすればいいのかぼんやりしている。
互いの立場として、やるべき事に入るだろう事はあるけれど、子作り、とか言ったら魔王様が爆発しちゃうだろうし、そこも慣れながらゆっくりでいいような気がする。
何せ千年は猶予があるのだ。
「うーん…いつもやってる事以外で、予定」
「ああ、予定と言うのならば予定はあるな」
「あるの?」
「うむ。今年のスタンピードで試験に合格した者の入隊式には、王と王妃が立ち会う事になっている。ここ200年は立ち会ってはいなかったのだが…」
そう落書きの手を止めて苦笑した魔王様に視線を向けると、視線が合った魔王様が嬉しそうに笑ってから頬擦りして来る。
うん。急だな。普通に照れる。
何度か頬擦りした魔王様が満足したように再び落書きに視線を戻すが、私は照れたままだ。
…これは隙あらば、私からも頬擦りしてみよう。結構照れるぞ、と示さねばならない。
地味に照れている私の肩で、やはり照れない魔王様が再びガサガサの箱を量産しながら、サラッと今後の予定を説明している。
「他にも、王と王妃が立ち会う行事はそこそこある。私が治った事で再開される行事ならば、まずは定例行事だろうな」
「定例行事?前にレイ君が言ってたやつですか?」
「そうだ。1年に一度の入隊式もそうだが、10年に一度は遠征隊の隊長戦が行われ、50年に一度は都市代表戦が行われる」
「あ、都市代表戦はプリシラさんから言葉だけは聞いた事がありますね」
そんな定例行事、基本的に私と魔王様のお役目は立ち会う事なのだけど、遠征隊の隊長戦は、遠征隊全員参加でトーナメントが行われ、勝ち抜いた1位の人が一番隊の隊長、2位が二番隊で3位が三番隊の隊長となる。
そしてその対戦での戦闘力で、配属先の部隊も変わるらしいので、遠征隊にとっては一大イベントだ。
因みに、戦力を下げない為に50年くらい前までは遠征隊の隊長戦は行われていたらしく、現在イチローさんが3連覇中。ガルさんとロロさんは次回が初防衛になるらしい。
そして三都市の代表を決める都市代表戦は、もう200年以上は行われていないけれど、それでも今の代表は既に6連覇中なので、大抵は引退しない限り都市の代表が変わる事はないらしい。
やはり魔国、基本的に戦力が物を言う。
「定例行事は今年から再開するんですかね」
「いや、流石に今年は急過ぎる。隊長戦は早くて来年、都市代表戦はもう少し先になるやも知れんな」
なるほど、と私が頷いていると、何かを思い出したように筆を止めた魔王様が、チラリとこちらを見てから頬を染め、うん、と頷く。
「そ、それに、まだこちらの予定も終わってはいないのだし、やはり間を置かずに行事を行うのは、その、皆も色々大変だろうし…落ち着いてからでなければ、街の者達も忙しないと思うので……」
主語もなく照れながら予定を語る魔王様に、何の予定の事だろうかと一瞬考えてから思い出した。
結婚だ。
結婚の儀式は魂を結ぶ事なんだと思うけど、結婚式って魂を結ぶだけなのかな。魔国の結婚式ってどんな感じになるんだろう…やっぱり王様の結婚なんだし、盛大な感じなのかな…。
「魔王様、結婚式ってどんな感じ?」
「ふぁっ…!? え!? ど、ど、どんな………とは?」
やっぱり焦ると魔力が出ちゃう魔王様の魔力を結晶化しながら、真っ赤な顔であたふたしてしまっている魔王様に何故そこで焦るのか、と首を傾げてから理解した。
これ、もしかして、魂を結ぶ時はどんな感じのキスをするんですか?って聞いちゃってる感じになってる系?
「…えーっと、結婚式は、人が沢山、集まったりしますか?」
「ぇ……あ、ああ…そちらか」
大丈夫、そちらです。
まだ少し髪をフワフワさせながらも、一つ息を吐いて魔力を治めた魔王様が、少し悩みながらもまたガサガサの箱を書き出した。
いや、量産し過ぎじゃない? 気になるな……。
「んー…私も結婚の儀式は書面でしか見た事がないのだが、王と王妃の継承は行われるので、戴冠式は行われる筈だ。が、た、魂の結びに関しては、人を集める必要はないのではないだろうか。儀式に立会人は必要らしいが、それならば、戴冠式を行う両親が立会人になればよいのだし」
「じゃあ結婚式は親族だけで行うものなんですね」
「う、うむ。魂を結ぶ儀式は…その、あれだ……き、き、キスが、必要なのだし……」
そう言って、やっぱり髪を揺らす魔王様が赤くなりながら教えてくれるが、なるほど。魔王様、そこはひっそりやりたい感じ。
でも、身内と言うのなら、親しい人くらいは式に呼んでもいいのかな……。お城の皆は家族みたいなものだし、リリーさんもプリシラさんも結婚式は凄く楽しみにしてくれている。
結婚しましたよって事後報告だけって言うのは何だか寂しい……。
「身内も…呼ばない?」
「ん? ユリエは人を呼びたい?」
「お城の皆は家族みたいに感じているので…その、呼ばないのは寂しいなって…」
「ああ、それは大丈夫。戴冠式には皆も参列する筈だ。それにエスも呼ぶ約束をしているので、それなりに人は集まる」
そう笑顔で私の肩を抱き寄せる魔王様の腕の中で、ならよかった、とホッとした自分に少し笑ってしまう。
結婚式は参列するもの。
そう思っていた自分が、結婚式に親しい人達を呼べる事に安堵している。
もう50歳のおばさんでいた感覚は思い出すのが難しい。記憶としてはあるけれど、身体も心もすっかりと忘れてしまっている。
異世界に来て、身体も常識も沢山変わって、私も沢山変わったんだな、と思うと同時に浮かんだ言葉は、「この世界に来て、魔王様に会えてよかった」と言う想い。
そんな想いに目を閉じて、私の肩にくっつきながらガサガサの箱を量産している魔王様の頬に擦り寄るようにくっつくと、頬から伝わる温かさはそのまま幸せの温かさのように感じられる。
ああ、うん。これいいな。魔王様がちょいちょいやってくる気持ちがよく分かる。
温かくて、触れてるそこから幸せを感じられて、そしてそれが許される事にとても大きな幸せを感じる。
そして魔王様の匂いがしてとても安心…。
私はそんな安心に浸っているけれど、浸られている魔王様はちょっと震えている。
そしてくっついている魔王様の頬がとても熱い。
ふふふ、ほらね。これ、されると結構照れるでしょう?
そう魔王様の肩で笑ってしまった私に、震える魔王様が苦笑しながらも、自分からも頬をくっつけて笑い合っていると、そんな私と魔王様の間に首を起こしたイチゴがグイッと挟まって、自分も、と言ったように『キャム!』と鳴いているイチゴは魔王様の頬に触れている。
ちょっと魔王様の頬をグイグイ押して押し退けている感はあるけれど、そんな光景にもやはり幸せを感じてしまう。
触れても平気なのだと言うだけで、幸せな事は沢山増えるものだ
ビシビシ魔王様を叩くイチゴの尻尾を掴みながら、イチゴと言い合っている魔王様にひとしきり笑って、幸せだなぁとマッタリしている私の前にチラリと見える魔王様の落書き。
ガサガサの箱が量産され、沢山積み重なった謎の落書き。
こちら、そろそろ答えが欲しくなって来た。
「……あの、魔王様、これは…何を描いているの?」
「ん? アップルパイ」
そう照れたように笑った魔王様。
うん。アップルパイ。分かった。沢山作ろうアップルパイ。
今日の予定はアップルパイの製作に決まったけれど、これからの予定はいまいち決まっていない。
予定的にはとりあえず結婚式を済ませる事なのだけど、結婚式、どんな感じになるんだろう。
尻尾を掴まれたイチゴがギャムギャム魔王様に文句を言いながらイチゴハウスへ戻って、私と魔王様もアップルパイでも作ろうかと向かった食堂には、プリシラさんとリリーさんが午後のお茶を楽しんでいる。
どうやら2人が話しているのは、タイムリーにも結婚式の話題。
私達を見るなりニヤニヤ笑い、結婚式の衣装はどうしようか、とウキウキしているリリーさんとプリシラさんに、魔王様がやや難しい顔で言葉を返した。
「ならば結婚式と戴冠式で衣装を分けて欲しい。戴冠式にはエスやレスも呼ぶ事になるのだから、ユリエのドレス姿を見せたくない」
そうきっぱり言い放った魔王様に、ウキウキ笑顔から真顔に戻った2人、そして難しい顔に変わったと思ったら、無言で手招きをして私と魔王様を席へと着かせた。
「……えーっと、どう言う事かしら?」
「戴冠式と結婚式を分けるって事?」
魔王様の構想に首を傾げるリリーさんとプリシラさんに、頷いた魔王様が頬を赤く染めながら結婚式の予定を説明すると、ポカンとした表情から一転して、お怒りに赤く染まった頬でプンスカ怒ったリリーさんとプリシラさんが猛反対を繰り出した。
「駄目よ!絶対駄目!私達だって結婚の儀式を見る権利はあるじゃない!!戴冠式だけなんて絶対イヤ!!ドレス姿を見せないなんて絶対に納得しないわ!!」
「魔王の中で私達の存在はその程度のものだったんだね……何て酷い子に育ったんだろう……」
「え!?いや、違う!!式には精霊国の者も呼ぶのだから、その、た、魂を結ぶ儀式まで見せる訳には……」
「キスするだけじゃない!!」
「魔族が魂を結ぶ時は、親しい者を集め、見守られる中で行われる筈。私達が参加出来ないなら、親しくないと言う事になる。魔王は酷い子。私は悲しい」
そんな2人の言い分に、グッと詰まった魔王様ではあるけれど、視線をフイッと逸らして拗ねたような顔で、「しかし見せたくない……特にレスには」と呟いた。
そんな魔王様の様子に2人は呆れた顔を見せたけれど、どうやら魔王様的な問題は人が集まる事ではなく、魂の結びを行う結婚式で、集まった人にキスしている所を見られるのがアウト、と言うか、魔王様の破廉恥センサーに引っ掛かってしまっている。
しかしながら、プイッとしている魔王様を説得している2人の話を聞いていると、魔国の結婚式と言うものは、親しい人を集め、皆が持ち寄ったご飯を一緒に食べながら、皆に見守られて魂を結ぶのが通例。
王だからと言って、その結婚式の形式から外れる事はないらしい。
そんな魔国の結婚式で、一般的な結婚式と王族の結婚式で違う事と言えば、結納のあるなし。
一般的な結婚式では、お婿さんは、私は魔物を狩れますよ、家族を守りますよ、と言う意味を込めて、魔物の素材を何らかの形で調達する事が求められ、お嫁さんは、私はあなたの子供を産む気がありますよ、家族を守りますよ、と言う意味を込めて、寝具と赤ちゃんの衣類を調達する事が求められる。
けれど、王様ともなれば魔物は倒せて当たり前だし、王妃様もどちらかと言えば魔物を倒せる、強い事が求められるので、寝具や何かの調達は求められない。
が、作っておこうかな…子供の衣類と何らかの寝具。
渡すタイミングはとても選ぶ事になるだろうけども……。
ともあれ、そんな通例に沿った結婚式であるにも関わらず、魔王様は魂を結ぶ瞬間にはご両親しか同席させないと言っているので、プリシラさんとリリーさんは怒っている。
私としては、洋風の結婚式なら誓いのキスを披露すると言うイメージがあるし、むしろその結婚式の方がイメージが強いと言っても過言ではないので、皆の面前でキスをする事は全く抵抗がない訳ではないけれど、拒む程のものではない。
のだけれど、そこが破廉恥センサーにガッツリ引っ掛かる魔王様には、きっと神前式的な、日本風の結婚式の方が合っていたりするんだろう。
けれども、今回は魔王様側ではなく、私もプリシラさんとリリーさんに賛同させて頂きたい。
「……魔王様、その、皆が同席するのは駄目ですか?魂を結んで結婚するんだから、見られていても邪魔される訳ではないでしょう?」
「えっ……………その、だが……しかし……」
「私は、お城の皆も親族だと思っているので、結婚式も一緒がいい」
「……うっ…………しかし、き、キスを……するのに……?」
私まで反対意見に参加した事で、魔王様が慌てながらも揺らいでいるけれど、それでもやはり破廉恥センサーが魔王様を頷かせてはくれない。
そんな状況に困った…と思っていると、一度大きな溜息を吐いたプリシラさんが、魔王様に静かな一言をビシッと放った。
「魔王、ユリエが結婚式だって認識出来なかったら、魂が上手く結べないかもしれないよ」
そんな言葉に大きく目を見開いた魔王様。
確かに、私が結婚だよ、と認識しなければ、魂の結びですら【生活魔法様】で整理されてしまう恐れはある。が、普通に結婚式だとは認識出来るので、きっと普通に魂は結べるけれど、ここは黙って頷いておこう。
そんなプリシラさんの一言で、う~ん、と腕を組みながら物凄く悩んだ魔王様が、それでも渋々、本当に渋々なんだろう難しい顔で、「ユリエが…望むのならば……」と言ってどうにか折れてくれた。
が、まだまだ全然魔王様が渋っている感じはあるので、もう少し説得は必要かもしれないにせよ、私的には皆と幸せを分かち合える結婚式に出来る事は楽しみだったりする。
でもきっと、これからのどんな予定も楽しみだったりするんだろうな。
そう感じて笑顔で魔王様の手を繋ぐと、渋い顔から嬉しそうに笑った魔王様が握り返してくれた手は、手袋を必要としない温かな手。
それだけで、もう何でも楽しみになってしまうのだから、きっと明日もいい日になる。
~治ってからの数日間~はここまでとなります。
次章からは本編最終話以降のお話を、また書き溜まり次第載せて行こうと思います。
再開までしばらくお待ち頂く事となりますが、また読みに来て貰えると嬉しいです!




