お礼の品 ロマノスside
魔王様が治ったあの日から、街は祭りのような状態が続いている。
どこからどう漏れたのか、それとも軍部が騒ぎ過ぎている為か、魔王様が治ったと言われるその噂は、もう知らない者は居ないのではないかと言う勢いで広まっている。
だが、確かにユリエ様が成し遂げられたあの魔法を見た者ならば、そう思っても仕方ないと思う程にあの魔法は凄かった。
私も竜舎から見ていたけれど、魔国の空を染めたユリエ様の魔法には、涙が出る程に感動したものだ。
そんなユリエ様の魔法は街からも見えただろうし、ユリエ様の魔法を、あの魔力を感じた者ならば、魔王様が治ったと思う者が出て来てもおかしい事ではないだろう。
そして近い内、それが噂か誠かはしっかりと王城から通達されるだろうから、きっとこの噂で騒ぐ事も遅いか早いかの差でしかない。
しかし、出来る事ならば、街への通達は早く出して欲しい……。
私の住む場所は軍部ではなく王都にある。
独り身の頃は寮に住んでいたが、結婚すれば国から街に家を買えるだけの祝い金が支給される。軍部の寮はほぼずっと満室なので、さっさと寮を出ろ、と言う意味もあるのだが、家族と過ごす時間は軍部の外でしかとれないので、大抵の者は結婚が決まれば祝い金を手に街で家を探す。
私が買った家は西通り2区の住宅街。軍部に勤めるには少しだけ遠い。いつか王城に近い東通りの方に住みたい気持ちはあるけれど、あそこは中々売家が出ない。そして高い。
しかし集合住宅でも借家でもなく、一戸建てを買えたので、今の家にも満足はしている。何より家族が待つ家だと言うだけで幸せを感じるものだ。
仕事が終わればそんな家族と住む家へ出来るだけ帰るようにしているが、あの日、魔王様が治った晩も、宴会を途中で抜けて家に帰った私に、しっかり起きて待っていた幼い娘は、目を輝かせながらユリエ様の魔法についてを尋ねて来た。
あの魔法は何か、あれを使ったのは誰か、お父さんなら会えるのか、会った事があるのか等。答えてはいけない事ばかりを質問されて、苦笑だけを返した私に娘は怒った。
何故教えてくれないのかと。
怒らないで欲しい。どうか機嫌を直して欲しい。お父さんを嫌いにならないで欲しい……。
せめて一部でも答えてあげたい。
だがまだ答えられない……。
公けにされていない軍の内部情報は、それが家族であれ外部へ漏らさないのが決まりだ。それはしっかりと制約書で守られている。破ればもう軍部で勤める事は叶わない。
怒って見せても私が答えなかった為、不貞寝してしまった娘は可愛い。まだ10歳になったばかりの娘は鱗に挟んでも痛くないと思う。
そんな娘の問いには、まだ街に通達が出ていないので答えられない…。
あれは魔王様を治した魔法で、王妃様であるユリエ様が使った魔法だよ。こちらから会う事をお願いするのは難しいけれど、とても優しく素晴らしい方だから、きっと会いたいとお願いすれば会って下さるよ。
そう答えてやれれば、3日を過ぎてもまだ機嫌を直してくれず、頬を膨らませる娘にプイッと顔を背けられる事もないのに………。
つらい………ッ。
そんな重い溜息を吐きながら、本日は遅出の番なので昼の鐘で軍部へ向かう。
道中街の様子はまだ興奮冷めやらぬと言った具合で、行き交う人々は歩くと言うより道の端で噂話に花を咲かせている。
それはとても楽しそうで、憶測だろうが噂だろうが、何でも言っていいのが少し羨ましくもある。
嘘かも知れないけれど、と言って話せば、私も娘に真相を伝えてやれるだろうか…と出来もしない事を考えながら歩いていると、目につくのはやはり子供の姿。
子供が笑顔で元気に過ごしている姿は、見ているだけで元気を貰える。
そんな目に付いた子供は3人。道の端でしゃがみ込み、頭を付き合わせながら話しているその内容は、「あれは姉ちゃんの魔力だったよな」「前に見た魔法と似てたよね」「魔王様治ったのかな」、そう話す子供達の中には、以前お披露目戦で共に鍋料理を作ったシャルと言う名の女の子が居る。
知った相手に挨拶すべきではあるものの、また娘のように真相を話せず、嫌な顔をされればちょっと今は立ち直れない。
少し気にはなりながらもその子達の隣を通り過ぎ、再び溜息を吐いて軍部へ足を進める。
しかし、いいなぁ。
もしユリエ様があの子のように、直接娘にも会って下さったなら、娘の怒りも治まってくれるんじゃないだろうか……。
街の子供、特に女の子達は王妃様に憧れを抱く事が多い。きっとユリエ様に会う事が叶えば、娘は喜ぶだろうし、機嫌だって直してくれる。
まぁ、そんな図々しい事をお願いするのは無理なんだが。と、また大きな溜息を吐きながら、城壁の門番に身分証を提示して挨拶を交わし、竜舎へ向かう前に食堂へ向かった。
今ならまだ昼食に間に合う時間だ。この凹んだ気分を上げる為には、やはり美味い飯を食べるのが一番効く。
そう足を向けた先の食堂は、遠くからでも分かる程に混んでいる。
宴会は昨日の晩で終わっている筈。昨夜、少し顔の赤い、そして物凄く目の座ったロイさんが、食料を食い尽す前に宴会騒ぎを止めろと一喝したので、宴会は終わりを迎えている。なので今朝からは通常で動くはずの食堂なら、いつもはこの時間にここまで混む事はない。
しかし今の状況は、軍本部のほぼ全員が集まっているのではないだろうかと思わせる程に食堂は人で溢れている。
そんな食堂へ近付くと、中から「あーーーー!!」と叫ぶ声が聞こえて来て足が止まった。
え、怖いな。 何が起こっているんだ……。
食堂に並ぶ最後尾に立つ羽人に何が起こっているのか尋ねてみると、「張り紙は見たか?」と問われて「いや」と首を横へ振る。
どうやら朝食の時間、食堂に知らせが張ってあったらしい。
何の知らせだろうかと思っている間に列は進み、私も足を進めた少し先、羽人が「あれ」と指さした先には、最近始まった日替わり定食を知らせる看板の上に何やら紙が貼ってある。
よくよく見ると、それは総務からの知らせだ。
『本日昼より、生命の雫に対して魔王様とユリエ様よりお礼の品を1人1度で配布中。1度目だと偽って2度受け取った者には厳罰を下します。 総務 ロイ』
お礼…。いや、お礼をしたいのはこちらの方なのだが…。
魔王様はいつも守って下さっている事に、そしてそんな魔王様を救って下さったユリエ様には、こちらがお礼をしたいくらいなのに、まさか逆にお礼の品を頂けるなんて…。
確かに軍部に勤める者は全員が生命の雫に魔力を注いだ。私も例に漏れず生命の雫には魔力を注いだが、鱗人である私の魔力はそう多くない。獣人に比べればそれなりに勝るが、軍部に勤める魔族と比べればとても少ない。
限界ギリギリまでは注いだけれど、きっと他の種族に比べればそんな助けにはならなかっただろう…。
だと言うのに、お礼を頂いてしまってもいいんだろうか、と悩む間にも列は進み、食堂の中へ進んで現れたその光景…いや、惨状に、笑顔だった自分の顔は見事に歪んだ。
そこは、何と表現していいのか分からない。だが明らかに異様な光景が広がっている……。
獣人は筒状の物を丸く切ったような、恐らくは甘味である菓子を恍惚の表情を浮かべながらずっと嗅いでいて、外でも聞こえていた声を上げているのは羽人。
どうやらその菓子を少し食べては叫んでいるようで、頭の羽根を色付かせながら大きく広げている姿には戸惑いを覚える。
羽人は興奮すると頭の羽根が広がる事はあるけれど、羽根を色付かせるのは求愛だ。
菓子に求愛する羽人。 引く。
そんな様子を、前を歩く羽人が物凄く引いた目で見ているし、私も同じく、鱗人が鱗を染めて菓子を食べる姿なんて見たくなかった。興奮し過ぎだ、普通に引く。
角人は自分の配られた菓子の大きさをやたらと比べているし、奥手な魔族に至っては、菓子を前に物凄く悩んでいる。
食べてしまえばなくなるそれを、どう扱っていいのか分からなくなってしまっているんだろう。
そして全員の皿から丁寧にずらして置かれている1枚のクッキー。
クッキーは知っている。以前ユリエ様がお茶の席で振舞って下さった事がある。
恐ろしく美味いお茶と恐ろしく美味いそのクッキーだと説明されたそれを、初めて食べた時は私も確かに少し鱗が染まってしまった。
あ。 なら、そう言う事なのか?
この惨状を生み出しているのは、魔王様とユリエ様のお礼の品、と言う事になるのか……?
え、怖いな……。私もあんな感じになってしまうんだろうか…。既に自分にドン引きだ…。
が、受け取らないと言う選択肢は全くない。
むしろ欲しい。物凄く欲しい。
食堂の料理を変えたのはユリエ様。物凄く美味しくなった食堂の料理。あの菓子がお礼の品だとしたら、あの手の込んでそうな白い方がユリエ様の作られた物で、恐らくクッキーは魔王様が作ったのかも知れない。
そう思うと食べてみたいのがユリエ様の作った物だ。そしてせめてクッキーだけは記念に残しておきたい。
物凄く高いが、時間停止の収納袋を買えない訳じゃない。これは…街から時間停止の収納袋がなくなる前に買いに行くべきか……。
そう考えながら注文カウンターまで進んだそこで「唐揚げ大盛でお願いします」と頼んでから、パンはしっかり3枚取って、ジャムの小瓶はやはり苺ジャムを選択した。
他の種類も増えたけれど、やはり最初の衝撃が忘れられない。
そしてシチューは少し迷うが今日はポトフにしよう。味が濃厚だと、お礼の品の味をしっかり楽しめないかも知れないからな。
そしてそのまま横に移動すると、トレーの上にプリンが置かれ、それと同時に私が1度目かを確認しただろうプリンさんが頷いて、説明と共にトレーの上にもう一皿追加される。
「これはユリエ様と魔王様からのお礼だ。この白いロールケーキがユリエ様から、この丸いクッキーは魔王様からだ。両方残さず食え。持って帰るのは禁じられてる」
「え…記念に、持って帰るのも駄目だと言う事でしょうか…」
「駄目だ。お前も時間停止の収納袋買おうと思っただろう。ロイさんから止めるように言われてる。昼の間で両方食え」
ああ、確かに、市場を荒らす事を総務が許す訳がなかったか…。
だがしばらくなら通常の収納袋でも……
「魔王様に感想聞かれるかも知れないぞってロイさんが言ってたぞ」
「あ、はい。食べます。昼に、必ず」
食べよう。しっかりと心に刻んで食べよう。
そう頷いてから空いている席へ座ると、まずはいつも通り唐揚げを最初に食べる。
美味しい……。
もし許されるのなら、嫁と娘にも食べさせてやりたい…。しかし軍部の物を外へ流出させる事は出来ない。
お披露目戦でユリエ様から料理を教えて頂き、家族に何度も教えて頂いた料理を振舞うようになってから、料理をする事はなかなかに楽しんでいる。
いつか唐揚げの味も覚えて作れるようにならないだろうかと、唐揚げの味を覚えようと努力しながら食を進め、最後に残るのはやはり魔王様とユリエ様のお礼の品。
どちらから行くべきか…。
どの道両方食べる事になるならば、味の想像ができる魔王様のクッキーから行くべきか…それともやはり、ユリエ様の未知なる味から行くべきか…。
迷う…。恋人と手を繋ぐタイミングを計る魔族並みに迷っている気がする…。
が、それはどうかと思い、意を決して魔王様のクッキーに手を伸ばした。
やはり未知なる味で衝撃を受ける前に、想像出来る魔王様クッキーの味を堪能すべきだろう。
そんな魔王様のクッキーを惜しむように一口齧ると、電流が走ったようにクッキーの甘さと香ばしさが迸る。
あ、うま…うまい………が、あれ、いや、あ、え?何だこれちょっと痺れる……え?待ってくれ、結構痺れるっ!?
そう噛む度に痺れて焦る私を、目の前に座る魔族が笑っている。その制服は新設された万能部署のものだ。
「それ、微かに魔王様の魔力が入ってるんですよ。ちょっと痺れる刺激的なやつ」
「な、なぜ、しびれると、わかるの、ですか、あなたはまだ、たべて、いないのに」
上手く口が動かない事を喋って初めて分かった。
え、魔王様の魔力ってこんなに痺れるのか!?
「私は鑑定のスキルがあるので、視ればおおまかには内容が分かるんですよ。これは雷属性が乗ってるんですよね。多分意図して乗せた訳ではなく、結構自然に入っているので、噛めば噛むほど痺れるクッキーって感じになってますね」
それは…先に教えて欲しかった……。このままではユリエ様のロールケーキの味が上手く分からないんじゃないだろうか…。
そう困った顔になった私に再び前の席の魔族が笑う。
「しかしユリエ様のロールケーキを食べれば治りますよ。こちらはユリエ様の魔力が入っているので、整う事に関しては魔王様を越えて来ますから」
なるほど。流石ユリエ様だ。
しかし、もうしばらくこの痺れは享受しよう。何せ魔王様の作ったクッキーだ。多少痺れるくらいなら全然我慢できる。
と思っていたが、顔の感覚がなくなり始めてユリエ様のロールケーキに助けを求めた。
そして見事に鱗が染まった………。




