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369 スタンピード初日

 霧の滝。

 久々に見た晴れ渡る空の奥、それは前方の地平線を覆い尽くす壮大な滝。


 時刻は朝の7時前、地平の奥から昇ろうとしている太陽に、空は薄い青と白い黄色、そして地平を覆う霧の滝は眩いオレンジに輝いている。

 そんな輝く霧が空から流れ続ける光景は、霧の粒子が細かく、流れも緩やかな為か、風に吹かれない限りは止まってさえ見える。


 霧が流れ落ちたそこからは、滝の影に隠されて、まだ夜の青に染められた霧が湧き上がり、再び空へと上るけれど、それは雲にはならず空の中へ溶けて行く。


 あの霧は、多分また滝になって流れるんじゃないだろうか。


 朝日の昇るナイアガラの滝をずらっと並べたらこんな光景ができるかも知れないな、とか唖然と眺めてしまう霧の滝は、とりあえずスケールが壮大で圧巻。

 スタンピードでなければ、是非とも近くまで行って観光したい光景だ。


 そんな霧の滝が現れるのはこの期間でもほんの数日。

 魔物の領域の雪が止み、晴れた日が数日続くと現れる確率が高くなる。そしてその現象が結界砦から観測出来る場所に現れると言う事は、中域から奥では氷が溶けている証なのだ。


 浅域には届いてなくても、既に奥地では氷が溶けてスタンピードが始まっている。


 そう、本日はもうスタンピード初日なのである。


 霧の滝が観測されたと報告を受けたのは昨日。その翌日である今日の朝には、もうスタンピードに参戦する全員が各地の砦に布陣しているのだから、本当にスタンピードは魔国にとって慣れた年中行事なんだと実感する。

 何せ驚く程に行動が早い。


 王城からはレイ君や魔王様の転移で一瞬だけど、向かうのに時間が掛かると思っていた各軍の皆さん、そして遠征隊や待機隊の半数に一部の専門職員さん達は、一度各都市の転移門からゴルゾレスタへ移動して、ゴルゾレスタ軍で転移を使える人に送って貰い、その日の内に各地へ布陣しているのだから本当に行動が早くて驚いてしまう。

 そして行動が早すぎて、朝ご飯をちゃんと食べたのか心配になる。


 かくいう私は朝ご飯をしっかり食べ、魔王様達と一緒に魔王軍が布陣する中央の結界砦に転移して来ているけれど、現在は皆が各自の準備を進める中、私はただただ見学している。


 今回のスタンピードで、私のお仕事は見学。

 魔王軍が布陣しているこの中央砦で、スタンピードは何たるかを把握するのが私のお仕事となっており、私は魔王様と一緒に結界砦の防壁に立って、もうすぐ始まるスタンピード鎮圧戦の始まりをしっかり見学している。


 防壁の上からは見事に色々なものを見渡す事が出来るのだけど、やはり最初に視線が行くのは前方にある魔物の領域。


 霧の滝が流れる手前には、登り始めた朝日に照らされて輝く雪に、影を作る氷柱が地面を隠し、たまに吹く風に舞い上がる細かな冷気はしっかり冬を主張している。

 雪が続く空には中々見られなかった日の光は温かく有難いけれど、それでも気温が低い為か雪が溶ける気配はない。


 そんな魔物の領域と人の領域を分断するのが、今立っている立派な防壁。

 高さこそ城壁よりも低い20メートル程ではあるけれど、その長さは魔物の領域と人の領域を分断する長大な壁。


 そしてその内側からは結界が空へと続いており、一見すると何もないように見えるけど、よく見ると細かな光が空へと昇っていて、人は通しても魔物は通さない、魔国を守る大切な結界が存在している。

 そしてこの長大な防壁は、少しでもそんな結界を守る為に作られたんだろう。


 そんな防壁は各地の結界砦を繋いでいる。

 結界砦は子になる結界石を守る為の建物だと聞いていたので、勝手に堅牢な塔みたいなものを想像していたけれど、実際は大きな門が併設された石造りの見事な砦。

 大型の魔物を搬出する為かその門は物凄く大きくて、今はしっかり凍った鉄格子で閉ざされているけれど、寝そべった竜なら普通に通せるくらいには巨大な門が砦の真下に構えている。


 そして門の入り口付近には、防壁の大きな影が落ちる中、しっかりと除雪されたそこに魔王軍が布陣していて、沢山並ぶ天幕の隙間を軍の皆さんが忙しそうに荷物を運んだり荷ほどきをしたりしている。

 忙しそうながらにも着々と準備を整える姿を見ていると、手伝いたくなるけれど本日は見学。

 しっかり動きを覚えてお手伝い出来るようにならなければ。


 そして覚えておくと言えばもう一つ。

 魔王軍が布陣するここは、エイラム軍も合流するのでそれなりに人数が居る為、もはや村とも呼べそうな広さがあり、更に沢山テントが張られているけれど、その中の一つ、煙突の付いたテントはスタンピード中食事の配給場所になる。

 そしてそこは、お昼になれば私の職場になる。

 ここだけは忘れないよう、今の内にしっかり位置を覚えておこう。


 因みに、私の休憩所はロイ君が居る司令部のテントになる。こちらは砦と繋がる城壁の上に設営されているので、迷子になったら砦を目指せば大丈夫。


 そして最後に目に入るのは、軍のテントが続くその先。

 人が住む領域になるそこは、魔物の領域と同じくまだまだ雪は多いけれど、氷柱のような危険な物は全くなく、雪の中に砦からの雪道が続く丘の上には、白く霞んだ町が見える。


「あの町には結界がないんですね…」


 魔国の町には結界が張られていると聞いていたけれど、あそこに見える町にはその気配が全くない。

 それが気になって何気なく呟いた私の言葉に、隣で同じく景色を見渡していた魔王様の視線が私に向いた。


「あの町は認可されていない町なのだ」

「勝手に作られたって事ですか?」

「うむ。あの町はこの140砦と同じく140番と呼ばれる町なのだが、魔物の領域へ向かうハンターや商人が勝手に町にしてしまったものなのだ。ああいった町はこの砦以外の砦にも多くあるが、結界を張るとなると数が多過ぎて手が回らん。砦の結界が破れた際には守るのに厳しい立地になるので住んで欲しい場所ではないのだが、自分達で守ると言うので好きなようにさせている」

「なるほど、ハンターさんの拠点みたいな町なんですね」

「うむ。140番砦の町はスタンピードの際に軍の本陣が布かれる為か、ハンターも多く、あそこは砦の町の中でも大きい方だな」

「凄く活気がありますもんね」


 そう、その町と砦を繋ぐ雪道には、ズラリと屋台や露店が並んでおり、賑やかな呼び込みの声にハンターさんらしい人達がチラホラお店を覗いていて、スタンピード前だと言うのにそこはまるでお祭りのようにすら見える。


「あのハンターさん達もスタンピードに参加するんでしょうか」

「んー、どうだろうか、幾人はそうやも知れんが、大半は仕入れ待ちなのではないだろうか」

「仕入れ?」

「スタンピードでは魔物の素材が山ほど集まる。その素材は後に街へも流すのだが、いち早く素材を手に入れようと思えば、スタンピードに参加したハンターが持ち帰る素材を買い付けるのが一番早い」


 なるほど、スタンピードに参加する人だけではなく、商魂逞しい方々も集まっている訳か。


「スタンピードに参加するハンターさん達って、軍の入隊試験に来るんですよね?遠征隊と一緒に戦うんですか?」

「いや、ハンター達は後続だ。遠征隊が中域に達した後、浅域で待機隊と同じくランクの低い魔物の処理を担当する」

「なるほど、それが試験なんですね」

「うむ。正しくは魔物の領域の中で長時間戦い続け、そこで対応しきる事が試験の内容になる。ゴルゾレスタの軍に入りたければ北へ、ガルディナなら西。エイラム軍へ入りたければエイラム軍の常駐する砦へ参戦する。ここ中央の試験は魔王軍への入隊試験になるが、中央は魔物が多い。毎年受ける者は多いが受かる者は数人だ。そしてそれを3度越さねば軍には入れんので、なかなかの猛者が集まるのだと聞いている」


 おお…軍の採用試験としては理に叶ってるけど、スタンピードを3回越さなければ合格を貰えないなら、単純に3年は掛かる。

 長命種にとっては3年なんて何て事ないのかも知れないけれど、3年も厳しい就職試験を受けないと入社出来ないって中々きつい。


「色々大変そうですね……」

「今年は結界が強化されているので、試験を受けるハンター達も幾分楽になるだろう」


 それは良かったと和やかに笑いながら魔王様とお話しているけれど、朝日は着々と昇り、そんな時間の経過で司令部のテントからレイ君が時間を知らせにやって来た。


 いつもの笑顔でこちらに手を振るレイ君ではあるけれど、明るく掛けられた言葉で私の体がキュッと強張る。


「魔王様~そろそろ出陣の時間ですよ~」


 そう、普通にお話しているけれど、魔王様はこの後奥地へ行かなければならない。


 魔王様が強い事は知ってるし、強い魔物もワンパンで倒せるのだから大丈夫なのも分かっている。

 信用してるし信頼もしてる。


 けれどやはり心配なものは心配だし、いざ出陣だと聞かされると、どうしてもソワソワが体の中から湧き上がる。


 そんなソワソワを蹴散らすように魔王様に向き合って両手をギュッと握ると、嬉しそうに笑う魔王様はいつも通りだけれど、私の眉は若干ハの字に下がってしまっている。


 何と言うか、いつも通りな魔王様は緊張で固まっている訳でもないし、手だってしっかり温かい。

 けれど逆にいつも通り過ぎて危機感が薄く見えてしまう為か、私が心配性過ぎるのか、どうしても握った手が離せない。


 けれど、離さないと迷惑を掛けてしまうのだから、なる早で離さなければならない。

 のだけど……。


「魔王様、ご飯の時間になれば帰って来るんですよね?」

「うむ、昼には一度こちらへ戻る」

「1秒でも過ぎたら強制召喚の魔道具で絶対すぐさま召喚しますからね?」

「ふふふ、召喚されるのも悪くない」

「魔王様。召喚案件になると多分私泣きますよ」

「それはいかん。ちゃんと戻る」

「そうだ、魔王様、時計は持った?」

「うむ。持った。強制召喚させずに済むよう、時間になれば必ず戻る」

「けど時計ばかり見て油断するのは駄目ですからね?」

「うむ。気を付ける」

「ハンカチは?」

「うむ。常にしっかり持っている」

「替えの装備も持ちました?」

「うむ。沢山持った」

「後、浄化結晶も沢山持ちましたか?一度投げて効果が薄かったら一回帰って来て下さいね、もっと強いやつ作りますから」

「うむ、分かった。だが今の物で十分だと思う」


 後は…、と、どうしても魔王様の両手を握って離せない私に、ふふ、と優しく笑った魔王様が私の手を優しく握り返した。


「ユリエ、大丈夫。今年の私にはユリエがいる。故にとても調子がいい。一撃も食らう事無く帰って来るので安心しても大丈夫だ」

「本当に?一撃も食らったら駄目ですよ?怪我もボロボロになるのも駄目ですよ?」

「ふふふふふ、任せて欲しい。無傷でスタンピードを終わらせてみせよう」


 そんな頼もしい言葉に「うん…」と頷きはしたけれど、やっぱり心配に眉が困ってしまう私を苦笑する魔王様がしっかりと抱きしめると、肩口から物凄く大きな溜息が聞こえて来た。


「私はユリエの方が心配だ。こちらではスタンピードは慣れた事とは言え、ユリエは魔物と対峙する事すら不慣れ。見学だと言っても危険が隣にある事には変わりない。何かあったらと考えただけでも心配で仕方ない」

「え!それは駄目!大丈夫です!私は大丈夫ですよ?!皆も居るしレイ君も守ってくれますし、魔物相手なら少しくらいは戦えるようになってますから、魔王様は戦う事に集中して?!」

「…うむ、分かっている。だがユリエも何かあれば必ず私を喚ぶのだぞ?」

「はい!ちゃんと喚びます!魔道具もちゃんと装備してます!だから魔王様はちゃんと集中してね!?」

「うむ」


 と、長々と互いの心配で離れ難い私と魔王様を黙って見ていたレイ君が、痺れを切らせたのか視界の端でほっぺをプクッと膨らませた。


「もう!毎回こんなんじゃいつまで経っても行かないじゃないですか!魔王様が行かないと始まらないんですから!ほらもう、早く行って下さい!」


 そうプリッとご立腹なレイ君が、魔王様を行かせる為にと両手を出して走って来る姿は以前にも見た光景だ。

 けれど、そんなレイ君を今度はしっかり受け止めた魔王様が、私と一緒にレイ君を抱きしめてから小さく呟いた言葉で、レイ君の体が小さく揺れた。



「レイ、ユリエを頼んだぞ」



 そう魔王様からお願いされたレイ君の頬はどんどん赤くなり、そして嬉しそうに笑ったレイ君が「はい!!」と、とてもいい返事を返して私の顔にも笑顔が浮かぶ。


 あ、何か大丈夫な気がしてきた。


 魔王様はずっと笑顔だし余裕だってある。私も心配ばかりしてないで、自分のやるべき事をしっかり頑張らねば!


 一連のやり取りで深い安心を貰ったおかげで、魔王様をしっかり抱きしめてから「気を付けていってらっしゃい」と笑顔を向けると、嬉しそうに笑った魔王様が空に浮かび上がり、手を振る私とレイ君に見送られて朝日の中へと転移で消える。


 魔王様が奥地へ向かえば本格的にスタンピードが始まる。


 魔王様も頑張るのだから、私もしっかり頑張らねば!そう沸々と湧いて来たやる気にレイ君と繋いだ手をギュッと握ると、私を見上げたレイ君がニッコリ笑った。


「レイ君、スタンピード中、見学頑張るのでよろしくお願いします!」

「はい!レイも護衛頑張ります!!」


 そうレイ君と元気いっぱい拳を掲げて、やるぞ~と上げた鬨の声は、しっかり昇り始めた朝日の中によく響き、防壁の下から「がんばれ~」と笑い混じりの返事が返って来たのでちょっと恥ずかしくなったけど、スタンピード初日、バリバリ見学頑張るぞ!!






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