311 策略と策士
エスさんと魔王様の手合わせ。
まさか2人があんなにちゃんと戦うとは思ってなかったのでちょっとハラハラさせられたけど、その後は「もう1回」とお願いしている魔王様に「もうやりたくない」ときっぱり断って、頑張ったからとお茶やらお菓子を強請って来るエスさんはいつも通りで安心する。
そんなお茶を出すついでに遠征隊も水分補給。
今日は私との訓練より魔王様と訓練していた為、動きまくっていた遠征隊にはスポーツドリンクを作った。水・レモン・蜂蜜・塩。混ぜるだけで作れるので意外と簡単。
遠征隊が飲んだ後のグラスは演習場の通路部分に置いておいて下さいとお願いしながら、休憩を終えたら再び私の訓練。
訓練内容は引き続き防御の訓練。
魔法は結晶化して、武器は[貯金]へ、小石は全力で結晶化と言う名の粉砕。やはり続けていると作業になって来るそれは、慣れるって大事だな、と思わせる。
咄嗟の判断と言うのは、やはり経験や慣れ親しんだ行動原理に則していると思う。
汚れたテーブルは拭きたくなる。箒を持ったら掃きたくなる。喉が渇けば水分が欲しくなるし、お腹がすけば食べたくなる。そんな体に染み込む当たり前なレベルで魔法を使うには、やはり反復練習が必須事項。
身体強化で速度を追えない私にとって、魔法をどう使うか、どれだけ反射で使えるかがとても大事。
物に宿る魔力の在り方、武器やら小石、身体強化で動く人の魔力の動き、魔法を使う人の魔力の動き、その違いだって沢山知っておくに超した事はない。
人の魔力は循環している。物の魔力は全体に留まっている。魔物の魔力は一部に留まった魔力、多分魔石の部分に魔力がギュッと凝縮されているので結構な違いがある。
この違いをより理解出来て、尚且つ魔法を使って実戦させて頂けるのは大変有難い。
これだけ違いが分かって来ると、どれだけ速く動いていても、魔物と人に間違って魔法を使う事はないだろうし、それはとても大事な事だ。
しかし物や金属に関しては、速く動いてるってだけで何でもかんでも粉砕したり、[貯金]へ入れてしまわないよう注意しなければならない。
人の装備とか脚竜の鞍とか、速く動いたってだけで盗んでしまいそうで危ない。
そんな事まで考える程に慣れた遠征隊との訓練は今日で終わり。
明日からここはお披露目戦の予選会場になるし、魔法闘技場はお披露目戦の準備が始まるので、訓練に使う事が出来なくなる。
昨日と同様、早めの夕日が沈んで魔導ランプが照らす演習場で、夜の鐘で整列した遠征隊に「2日間付き合って頂いてありがとうございました!」とお礼を言って終わった2日間の訓練。
お披露目戦に向けてと言うだけではなく、魔王様を治す為に一歩進めた有難い訓練だった。
とても満足のいくそんな訓練が終わったそこで、食堂へ向かう遠征隊から「また稽古つけて下さい」とか「今度は避けてみせます!」とか色々な声を貰いながら、エスさんともう一戦やろうと言って、逃げるエスさんを追いかけている魔王様を演習場に残し、とりあえず私はグラスの回収。
演習場の脇にある出入り口から、階段を数段下った暗い廊下。演習場を煌々と照らす魔導ランプの光が届かないそこは、少し薄暗い中を暖色の魔導ランプが、石造りでくり抜かれた武骨で広いロビーみたいな廊下を照らしている。
その壁際に纏めて並べられている遠征隊が使ったグラスをほちほち回収していると、階段の角からこちらを覗いたリルさんとラーラさんが「お手伝いします」と言ってグラスの回収を手伝ってくれた。
「ありがとう、助かります」
「いえ、訓練では全くお役に立てませんでしたので、これくらいはやらせて下さい」
「ユリエさん、これどうします?洗います?」
「あ、魔法で洗うので集めて貰えるだけで大丈夫です」
そう話しながら3人で集める廊下に並ぶ200人分のグラス。多少纏められているとは言え、集めるだけでも中々大変。そんなグラスを端から集めて手伝ってくれる2人に有難い、と思いながらグラスを金属の箱に入れていた私の手元に人型の影が2つ落ち、リルさんとラーラさんかと視線を上げたそこには知らない女性が2人並んでこちらを覗いていた。
第一印象は「あ、双子だ」と言う感想。
灰色の長い髪とV字型に切り揃えられた前髪。その下に少し眠そうなその瞳は片目がグレーとカラーが入ったオッドアイ。得意魔法に火と風が入ってるのか1人が赤で1人が緑。
制服を思わせるカッチリした、しかし魔王様にギリギリ破廉恥な!を貰うか貰わないかの短めのスカート姿で、2人して私を覗き込むようにこちらを見下ろしている姿は若干近い。
そんな2人を多分ポカンとした顔で見上げていた私に、パッと笑顔になった2人が更にグイッと距離を詰めた。
「わ~王妃様ですよね~!」
「偶然~!お会いできて光栄です~!」
そうニコニコ笑っているこのお2人、見た目はどちらかと言えば落ち着いていそうなイメージなのに、異様にテンションが高い。
そして余りに近いし更には誰だか分からないので、「えっと…」と言葉を詰まらせた私と2人の間に、ラーラさんがズイッと入って近かった2人が少し下がった。
「ユリエ様がお困りだ。少し控えられては如何だろうか」
そう謎の2人に対して私を守る形で入ってくれたラーラさん。凄い。近衛っぽい。
そんな感想を抱きながらラーラさんの後ろで立ち上がった私に、「すみませ~ん」「つい嬉しくて~」と笑っている双子さん。笑顔の隙間でチラリと向けられた視線で私の頭の先からつま先までをしっかり見分された気がしたけれど、その一瞬後にはニコニコ笑顔に戻った双子さんは、しっかり魔国の敬礼をとって軽く頭を下げた。
「断帝カウロスの娘、スイラと申します」
「同じくレイナと申します」
語尾にハートが付きそうな明るさで名乗った2人の名前、聞いた事ある…。そうだ、ゴルゾレスタのお子さんか。
そう納得の声を上げてから、「初めまして」と挨拶を口にした私の言葉に被さる勢いで、笑顔の2人はラーラさん越しにテンション高く私を覗き込んで来る。
「お披露目戦の予選会場見に来たんですけど~」
「お妃様に会えるなんて偶然~!」
「私達運がいいね~!」
「ほんと~色々お話した~い!」
「あ…は、はい……」
一応言葉はギリギリ返したけれど、ノリやらテンションが、何と言うか、若い。凄く若くて気圧される…。
物凄くキャピキャピ、と言ってしまうと更にジェネレーション的なギャップを感じるけれど、とりあえず人懐こいと言うか、距離感が近い2人は若干引き気味の私を他所にグイグイ話を進めている。
「今日は演習場で遠征隊の訓練があるって聞いてましたけど~」
「王妃様も何か訓練なされてたんですか~?」
「あ、はい、遠征隊の皆さんには協力して頂いた感じで…」
「「え~凄~い!!遠征隊って凄く強いですよね~!そんな人達に協力して貰うって凄く凄そ~!!」」
互いの手を取ってキャッキャッと跳ねるレイナさんとスイラさん。若さ弾けるテンションの高さがとても眩しく、上手く返せなくて愛想笑いのようになってしまう私が「あはは…」と言葉を繋げずに笑って濁していると、一瞬冷静な目に見えた視線で私を見ていた2人がその視線をラーラさんに変えた。
「あ、王の戦士さんでしたっけ~?」
「もしかして~今日の訓練参加されたんですか~?」
「ん? ああ、はい。参加させて頂きました」
私の盾になってくれているラーラさんが急に2人から振られた会話に頷くと、ラーラさんに対しても「凄~い」とはしゃいだ2人はラーラさんを覗き込むように首を傾げた。
「え~どんな訓練だったんですか~?」
「やっぱり王妃様ってお強かったですか~?」
「「王妃様って凄そうですもんね~!」」
そうレイナさんとスイラさんが間接的に私をよいしょしているそれに、ラーラさんはとてもいい笑顔になって少し頬が赤くなる。
何故だか嬉しいらしい。
「そうなのです!やはり魔族にはお分かりになるのですね!ユリエ様はとてもお強くて素晴らしいお方なのです!」
「やっぱりそうなんですね~」
「いいな~私達も知りたいな~」
そう私の事に関して2人がはしゃぐ程にどんどんご機嫌が上がるラーラさんを見ながら、笑っている2人の笑顔はどこかで見た事がある。と思って思い出した。
人の笑顔で思い出すのも思い出されるのも失礼かも知れないけれど、この笑顔は何かを企んでる時のエスさんを思い出させるな…。等と思っていると、ご機嫌なラーラさんが「ユリエ様の魔法は何でも無こ…」と言おうとしたその言葉の続きはゴボボボ、と水に包まれて言葉ではなく空気が漏れる音に変わった。
急に水球で頭を包まれたラーラさんが振り向いた先にはリルさん。集めたグラスを持ちながら、水球を出しただろうリルさんがラーラさんに向かって大きな溜息を吐いていた。
「……ラーラ、ちょっと黙ってよっか?」
「ゴボ!ゴボボボゴボボゴボ!!」
黙ると言うより強制的に言葉を奪われているラーラさんの隣へ歩いて来たリルさんが、ゴルゾレスタの双子さんに、こちらも企んでる時のエスさんみたいな笑顔で言葉を返した。
「初めまして~、偵察ですか~?」
そうとてもいい笑顔で「偵察」と切り出したリルさんの言葉に、少しだけ笑顔が動いたゴルゾレスタの双子さんが、やはりこちらもいい笑顔で首を傾げた。
「え~偶然会っただけなのに偵察なんて言い方酷~い」
「傷付く~」
「あ、すいませ~ん、そうなんですね。ここで訓練やってるの知ってるって仰ってたんで、偵察かと思っちゃいました~」
うふふ、と困った笑顔を返したリルさんに、ほんの少しではあるけれど魔力を感じたゴルゾレスタの双子さんがニッコリ笑う。
「ちょっと早く着いちゃったんで~」
「予選会場見に来ただけで~す」
「へぇ~、ならお2人ってお披露目戦に出場なさるんですよね~?じゃあこれ対戦相手を偵察してるのと同じじゃないですか~?魔族的にそんな卑怯な感じの事しちゃって大丈夫なんですか~?」
「え~まだ予選終わってないんで~」
「出られるかも分からないんで~」
「あ~、ですよね~勝てないかも知れないですもんね~」
そう煽るように笑うリルさんに、また少し魔力を感じるゴルゾレスタの双子さんといい笑顔のまま笑い合ってるリルさんの返答で分かった。
魔族さんに対して「勝てない」は完全なる煽り。
ならばこれは、笑顔の下で行われる言葉のバトルってやつが開催されているのではないだろうか…。
そう理解してから、苦手だ…。と頭の中だけで言葉を挟んでゴクリと喉を鳴らした私の前では、バチバチと火花でも散らしそうな双方が睨みあっている。
「弱~いエルフさんには分からないかも知れないけど~魔法って相性もあるんで~」
「さすがに勝てないとか言われるのは心外って言うか~?」
「あ~すいませ~ん、弱いエルフからしたら強い人の方が勝つって安直な事しか分からなくて~」
「「弱いって何にも分からなくて大変だね~」」
そう皮肉のようなストレートな言葉の殴り合いのような応酬を黙って見守っているけれど、そろそろラーラさんの水球を解いてあげた方がいいんじゃないだろうか…と思ってチラリと視線を向けたラーラさんは、水球の中で全然平気そうにキリッと厳しい視線をゴルゾレスタの双子さんに向けている。
え、息大丈夫なの?何で平気なの?
なんてラーラさんに気を取られている蚊帳の外な私の前で、少し俯いて隠れた顔の、口元だけが一瞬ニヤリと笑ったリルさんが顔を上げたそれは、笑顔ではなくキレたような面持ちで、ゴルゾレスタの双子さんに見事なチンピラ顔で睨みを効かせた。
「はっ?いくらエルフでも強い人が勝つ事くらい分かりますよ?まさかユリエ様に勝てるとか思ってるんです?さすがにそれは考えがおめでたくないですか?」
「え~やだ~急にキレるとかこわ~い」
「弱いエルフがキレてるの相手にするの、手加減難しそうでこわ~い」
などと、クスクス笑っているゴルゾレスタの双子さんに、やはりキレ顔のリルさんが顎を上げたままで見下すように鼻で笑う。
「そうですね?私相手なら手加減お願いしたい所ですけど、戦う相手はユリエ様なんで。そこまで言っておいて当日ユリエ様の魔法食らって一撃で沈む、なんて事にならないようにお祈りしてますねー」
そう皮肉に笑うリルさんのキレた勢いのまま発せられた言葉に、「お祈りじゃなくて呪いがかかりそう~」と皮肉を笑顔で返した2人が少し目を細めて、私に視線を移してニッコリ笑う。
「すいませ~ん、何かエルフが煩いんで今日は帰りますね~」
「また改めてご挨拶させて下さ~い」
「え?あ、はい。ではまた今度…」
そうフワッとしか返事を返せなかった私に手を振るゴルゾレスタの双子さんがこの場を後にして、静かになった廊下でバシャッと水球を解かれたラーラさんが、水球なんてなかったかのようにリルさんに首を傾げた。
「リル、あの魔族はユリエ様の偵察に来ていたのか?」
「多分ね、だってあからさまに媚び売って情報聞き出そうとしてたし。自分もあんな感じだったんだと思うと吐きそうだわ」
「確かに、男に媚びる時のリルはアレを更に酷くした感じだったな」
そのラーラさんの一言にローキックを入れているリルさんは、さっきまでキレていたとは思えない落ち着いた様子で、居なくなったゴルゾレスタの2人の方を見ていた私に少し申し訳なさそうな顔で集めていたグラスを私の前に置いた。
「あの、すいません。私出張りました?」
「あ、いえ、偵察とかよく分かってなくて、きっと普通に色々話しちゃってたと思うんで、応対して頂いて、ありがとうございました」
そうお礼を言って再びグラスを集め始めた私に、同じく作業を再開したリルさんが息を吐いた。
「あの2人、多分何かやらかす系ですよ」
「そうなんですかね」
「お披露目戦に出るロロさんもユリエさんの魔法の事は知ってる訳で、偵察如き、とは思うんですけど、お披露目戦って勝ったら結構なお願い聞いて貰えるんですよね?正攻法じゃなくても、何が何でも勝つって相手だって居ると思うんですよ」
「なるほど、確かに」
「それにあの2人、何か私と同族って言うか、あれは目的があれば他の事は二の次なタイプだと思うんで、お披露目戦でこっちが予想しない何か仕込んで来てもおかしくなさそうだなって…ちょっと注意しておいた方がいいかもです」
「なるほど…分かりました」
説得力のあるリルさんの言葉に私が頷いていると、「そんな注意などなくともユリエ様は強いのだから大丈夫だ!」とグラス集めに再び参加したラーラさんに、「強いからって慣れない対戦で苦労しないって事じゃないでしょ」と溜息を吐いたリルさんが、それでも少しニヤリと笑って集めたグラスを私に渡した。
「けどもし上手く誘導されてくれてたら、相手は私がキレた勢いで失言したと思ってる“ユリエ様の魔法食らって一撃で沈む”って所で納得して帰ったんで、多分その辺りに対処して来るんじゃないかなって思うんです」
「…あ、あー…確かに」
「まぁ他の人にも聞き込みとかして偵察してる可能性もありますし、もしかしたらユリエさんの使う“無効化”見られてた可能性もある訳で、一概にそうとは言えないんですけど」
そう話しながらグラスを集めるリルさん。策士なの?と黙って見ている私の前に再び集めたグラスを置いてからニコリと笑った。
「でもどの道、ユリエさんの魔法に対する対処法なんて、あってないようなもんなんで、勝敗に関してはあんまり気負わなくて大丈夫だと思いますし、むしろ、あの人達が偵察に来たのって、“何かしますよ”って教えてくれた感じなんで有難いですね」
そうとてもいい笑顔で笑ったリルさん。
何かロイ君と気が合いそうだな、と思った。




