2 私、死ぬのかな ◆
「マジか…」
映っているのが本当に自分かどうかを確かめるように、両手で頬を挟んでぐにぐにと伸ばしたり縮めたりしてみるけれど、どうやらこれは私のようだ。
しかし弾力が凄い。肌ってそう言えばこんな弾力があったんだった…。まさかの餅肌スベスベ…ミラクル……。
私に頬をモチモチされながらそこに映っているのは、若かった頃の自分と言うよりは、髪も目もより黒く、私であった面影を残して出来るだけ綺麗に整えました。と言った感じの誰?って姿をしている。
ただ整えられても表情の使い方は元のままなので、そこはかとない残念感でそこそこになって申し訳ないが……。
「まさか、ここにきて自分がファンタジーになろうとは…」
はぁー、と感心を交えた息を吐きながら、何はともあれ、今はこの若く動ける体は本当に有難い。
何とか彷徨うくらいは出来るだろう。
そんな有難さに泉に向かってファンタジー水をしっかり拝む。
これでどうにか移動ができそうです。
ありがとうファンタジー水。
そう泉を拝んでいると、何やら上の方から視線を感じる。
視線の先を見る前に、そっと目を開けて水面を見ると、水面には黒い影が映っていた。
黒…脳裏で黒から変換された等身大Gがこちらを見ている。手を挙げて挨拶された。己の脳内が怖い。
そんな想像に震える視線をそろそろと上げ、黒い影の元を追ったその先。そこには夜空の中に人が浮かんでいた。
「ここで何をしている」
訝しさを含んだ、しかし落ち着いたとてもよく通る声を降らせ、月夜の中に浮かんでいるその人は、浮かんではいるけれどちゃんと人の容姿をしていて、そして理解できる言葉を喋った。
人で良かった。
言葉が通じた。
人が居たし、ちゃんとした服も着てる。と言う事は文明もある。何で浮かんでるのかは謎だけど、浮かんでてもいいと思う。
だってここは異世界だ。
その浮かんでいる人は二十歳くらいの、何かの物語に出て来そうなとても綺麗な男の人。
真っ黒なロングジャケットに黒いボトムス、黒いマントに黒いブーツと黒い手袋。もう黒くない部分を見付ける方が難しい全身真っ黒装備に、白い肌と銀色に光る絹糸のような長い髪がとても映える。
揺れる髪の隙間から、こちらを見定めるように細められた瞳はきっと深い海の色。氷のように冷ややかな視線ではあるけれど、不思議とそんなに怖くはない。
そしてお約束のような超絶イケメン。
ありがとうファンタジー。もしこれが最後になっても眼福でした。
と感想を抱いている場合ではない。
質問されたのだから、ちゃんと返さないときっとこれが生命線。
「も…森の中から、光が見えたので、ここに来ました」
「結界をどう抜けた」
私の返答で更に警戒したように、間髪入れずに質問を返してくるイケメンさんではあるのだけれど、困った事に結界を存じ上げない。
「ええっと…気付いたら森の中だったので、結界は…すいません、分かりません」
「……」
何か言おうと少し口を開いた後、すぐさま口を噤み、黙ったイケメンさんは組んでいた片手を口元に添え、とても難しい事を考えるようにこちらを見ている。
真面目に話したいけれど、イケメンさんはいちいち動作が様になる。
これが異世界の力だろうか…。現実感が全くない。
そんな事を思っていたら、綺麗に整った口が再び開かれた。
「この泉に触れたな」
「は…はい」
「この泉が、どの様な物か分かっていて触れたのか? 一体何をした」
え、あ。これ、やばいかも知れない。
細められた厳しい視線で、こちらの出方を窺うイケメンさんに隙はない。
だって若返ってしまうような凄い水なのだから、神聖視されていたり、触れたら穢れる的な貴重ななんちゃらな可能性があったのだ。
それは、私、早々にやらかしたんじゃなかろうか……。
そう自覚すると、身体の末端からそそっと血の気が引いていく。
ゆっくりと、崩れた足を正座に改め、膝の前で指先を合わせ、そのまましっかり頭を垂れる。
伝われ、土下座。
「わ…私は綾取友里恵と申します…。森で迷っておりました所、水源を見付けたと思い、貴重な水だとは知らずに飲んでしまいました! 誠に申し訳ありません!!」
「なっ…飲んだだと!?」
「申し訳ありませんでした!!」
心底驚いたような、引いたように慌てる声に間髪入れず謝る。
けれど、返って来たのは再びの質問。
「本当に…飲めたのか?」
飲んだ、ではなく、飲めた、とは何か。
今度はどこか戸惑うような、疑うような声色に何かドン引きされてる気がするな、と恐る恐る顔を上げると、険しい顔で困惑したイケメンさんがいる。
「飲め…ましたが、飲んでも、良かったんでしょうか…?」
そう尋ねるがイケメンさんは何も言わず、こちらを観察しながらゆっくり浮遊し、私から10メートル程離れた地面に足を降ろした。
警戒するのは分かるけど。それはちょっと遠くない?
声が届くか不安な距離だ。
「良いも悪いも、飲んだ奴は初めて見た。お前はこの泉が何かを、本当に知らんのか?」
疑心に満ちた表情だが、さっきまでの刺すような圧はなく、少し首を傾げながらもイケメンさんは話を聞く姿勢のようだ。
「は…はい……。綺麗な泉で、飲むと若返った、としか……」
「若返った?!」
「えっ!?はっはい!すいません若返りました!」
イケメンさんの驚く勢いに再び頭を伏せるが、続く言葉は一向に降って来ない。
まだかな、と視線を上げると、イケメンさんは難しい顔で考え込んでいる。
飲んだ事は罪にならないのか、飲めたら何なんだろうか。何かの罪に問われて、何かの罰を受けるのか……死罪だったらどうしよう…とか考えながらイケメンさんの出方を待ってみるけれど、そろそろ足が痺れてきた頃になってもイケメンさんは悩むように考えたままだ。
「あの…」
「……何だ」
「何かの罪に問われたりは…」
「罪? あぁ…」
そうだな、と思考を一旦止めるように伏し目に視線を流した後、イケメンさんは改めてこちらを見る。
「お前はこの泉を知らなかった。この泉を使って善からぬ事をしようと言うのであれば消していたが。そのような思いはないのだろう?」
あ、サラッと怖いこと言った。
「の…飲みたいな、と思っただけです」
「飲みたいなどと思った者はきっとお前だけだ。何せ、この泉は【死の泉】と呼ばれている」
「え?」
死の…泉? 何その物騒な名前。
「この泉は余りにも魔素が濃すぎる。故にどんな生き物も、生まれる筈の魔物でさえも分解してしまう死の泉。そんな物を飲んで、何故平気そうにしている?」
そう言い放ったイケメンさんは、余りの内容にポカンと口を開けたままの私をまじまじと見ている。いや、観察している。
あれ?これ、私、死ぬのかな?




