296 学んだ事 スカラside
遠征隊。
侮っていた訳ではない。
いや、侮ると言うか、その活動内容を甘く見ていたのだと思う。
だってこんな過酷な状況、エルフの誰が想像出来ただろうか…。
出来る訳がない。
精霊国で得た経験の全ては、まるで誰がどれだけ砂糖の上っ面を多く舐めたかを争うような、そんな馬鹿げた事を競う事だけを、上手く出来るよう、見下されないよう、光の氏族の、その息子として振舞う事ばかりを教えられて来た。
今思えば、本当に馬鹿げている
それでも、他の者より優れる者である為だけではあったものの、戦う訓練はそれなりにしていた。
だがそれも、この現実に比べれば虫のおままごとだ。比較にもならず、語るべき内容でもない。
エルフならば一時も生き残れないだろう魔物の領域で活動し続ける強者達、遠征隊。その活動内容は到って単純。
魔物を倒し、魔素泉を潰す。
魔素泉や魔物が湧き続ける魔物の領域で、それらを減らし続ける正に終わりのない地獄のような役職だ。
そんな遠征隊の元に預けられ、最初に教えられた事は逃げ方だった。
「逃げる時は出した魔力と逆の方向へ逃げろ」「躊躇わずに生き残れ」「必ず太陽の沈む方向へ逃げろ」。それは確かに生き残る事において有難い教えではあったが、もっと上手い戦い方や立ち回りを教えられると思っていたので少し戸惑った。
それと同時に、何とも言えない気持ちも心に溜まった。
最初に感じたのは単に“逃げきれる訳がない”と言う個人的な感想。次に感じたのは“逃げるのは恥ではないのか?”と言う外聞を気にした感想。
しかし、その教えを説く遠征隊はとても真面目で、最後に「もし逃げきれたら、砦に壊滅した知らせを出して欲しい」と隊員達は苦笑した。
そんな苦笑に、逃げる事は恥ではないのか、等と口にする事は出来なかった。
そう。逃げる時、置いて行くのは仲間と誇りだ。
それでも最初に逃げる方法を説かれる意味が、まだこの場所を甘く考えていた自分の胸に大きく刺さった。
魔物の領域。ここは過酷な土地だ。
いつ死が訪れても、どんな危険な状況に陥ってもおかしくはない。
そんな場所で戦う事を選んだ者達の、そこでの“逃げる”と言う選択は、きっと私の選択する“逃げる”ではないと言う事に息を呑んだ。
その覚悟は、どれほどの物なのだろう…その選択を迫られる時、どんな覚悟でそれを選択しなければならないんだろう…。
ここでの“逃げる”とは、きっと命を懸けて守りたかった物を、守れなかった果てに残された選択…。
こんな過酷な環境で、国を守れる事が誇らしいと笑う遠征隊が、私とは違い、そんな過酷な職を自ら選んだ遠征隊が、大切な仲間を置いて、国を守る事から逃げなければならない時、どんな覚悟を強いられるのか…。
それを考えて、自分の事や外聞的な事しか気に出来なかった自分が一気に恥ずかしくなった。
己との覚悟の違いに、口を強く結ぶ事しか出来なかった…。
私は、王の戦士に自ら志願した訳ではない。
その役職が何たるかを理解しながらも、全く違う意味でその場に立った。
けれど、ここで、魔物の領域でそんな愚かな自分から、少しは真面になれたと思っていた。
けれど、その重みを、守る者の背負う物を、私はきっと全く分かってはいなかった…。
何かを守る立場は同じ筈なのに、遠征隊に比べて私には覚悟や決意、責任やその立場の大切さ、その全てが欠けていて、震える程に自分を恥じた。
私は今、王を守る立場なのに、私は本当に王を守ろうと思った事はあっただろうか…。
守りたいと思った事はあったんだろうか…。
正直、なかった。
自分の立場は、“王の戦士”と言う役職でしかなかった…。ただ遂行する為のもの、守ると言う職務を果たせばいいだけの物。
そうでは、ないのに…。
私は、何を守るためにここに立っているのか…。
見渡す限り緑のない荒野。魔物が徘徊する恐ろしい場所。
この場所で、遠征隊から学びたい事がまた増えた。
私は…私も、守れる者になりたい…。
偽りではなく、正しく守る者に、王の戦士に、王を守るための戦士になりたい。
ならば私も、そんな者になれるよう、守れる者になれるよう、ここで遠征隊から戦い方だけではなくその心も学び、頑張ろうと思った。
思いは、したのだ。
上手く出来るかは別として。
正直憧れるしカッコイイと思う遠征隊。
そんな素晴らしい者達が集まる遠征隊の、頂点に立つ一番隊に預けられた私。
最初は浮かれていたんだろう。嬉しかった。
何かを認められた気がしたからだ。
だが、そんな喜びが絶望へ変わるのは早かった。
この部隊。一番隊は物凄く戦い続ける。
それも、AランクやSランクが湧き続ける魔素泉を目指して進む。奥に行けば行くほど魔物は強くなると教えられたそんな中域をどんどん進む。
その道中に湧いている魔素泉も潰すし、何なら竜が出たら竜を目指して進む。
そんな道中、頑張りたい私と、帰りたいと泣きそうになる私が心の中で戦い続け、計らずとも心もそれなりに鍛えられた気がする。
葛藤を抱きながらも何度か竜と遭遇し、それでも頑張って生き伸びた。
だが、黒竜のブレスを防ぐのに参加させられた時は本気で泣いてしまった。この時ばかりは帰りたい私が勝ってしまった。
恥ずかしいが仕方ない。黒竜なんてエルフの天敵だ。
過去に精霊国に現れてトラウマを残した黒竜。それを目の前にして逃げなかっただけでも褒めて欲しい。
エルフは闇属性に弱い。威圧を食らっただけでも立てなくなる。
なのに私聖壁張れた。偉い。
そして本当によく生き残ったと思う。凄い。
隊長であるイチロー殿はエルフであるにも関わらず、黒竜の威圧にも屈しない。そして赤竜であれば一撃で倒す。
そんな姿に憧れはするものの、私に出来るとは思えない。何か次元が違う。
むしろイチロー殿はエルフであるのかが疑わしい。あの長い耳は、付け耳なんじゃないだろうかと今でも思う。
イチロー殿は別枠。エルフとして数えない。
そして私に与えられた役割は浄化班に学ぶ事だ。戦闘班とは動き方が違う。イチロー殿と自分を比べてはいけない。そうしないと普通に辛い。
そんな私が学ぶべき浄化班。
一番隊の浄化班は強いと言われていたので、浄化の魔法が上手いのかと思ってたら少し違った。
浄化も上手いが普通に戦う。浄化しながら戦う。
魔物の領域で、と言うよりは、魔国の荒れた魔素から生まれる魔素泉はとても大きく強い魔物を生む。
そんな魔素泉を浄化するには時間が掛かる。
そして浄化の作用が弱かったり、余りにも時間が経つと、浄化途中の魔素泉からでも魔物が湧いてしまうのだ。それも、浄化の効かない結構強めの魔物が湧いてしまう。
その魔物を、魔素泉を浄化しながら倒すのが一番隊の浄化班。
物理と魔法、どちらも頑張れるのが一番隊の浄化班だった。
それが普通ではないと言うのは、後でトールから聞いて知った事だが、この時はまだそれが当たり前なのだと思っていた。
騙された!全然違うじゃん!みんな守って貰いながら浄化するんじゃん!!
と思った事も今や懐かしい。
そんな浄化班に参加した私。最初は上手く出来なかった。出来ないと言うより魔物が倒せない。
私の得意属性は光と聖。風も少し使うが得意属性よりは精度が劣る。
そんな浄化を得意とする属性で、碌な攻撃魔法にもならないそれで、ランクAやSの魔物と戦う事は無理だった。
それに魔王様も言ってた。
私達エルフのランクより、魔物の方が1ランク強いって。
私のランクはAではあるけれど、魔物のAランクは私にとってSランク、と言う事になる。相手がSランクならばSS相当だ。
浄化が効くのはDランクがせいぜい。AやSには全く効かない。私、本当に無力。
強すぎる。無理。吐きそう。
何度も思ったし数回吐いた。
それでも頑張って死なずに魔素泉を浄化し続けた。
私、自分の事偉いと思うんだ。
そんな事を繰り返す内、最初に覚えたのは“聖壁で魔物の攻撃を防ぎながら浄化する事”だった。
浄化中も竜が普通にブレスを吐いて来るし、大きな魔物は飛び掛かって来るし、普通に怖いし防がないと死んじゃうしで必死になってたら覚えた。
けれど、同時に2つの魔法を使い続けるのは本当にキツい。制御の問題もあるけれど、魔力がそこまで続かない。
生命の雫は幾つか持っていたけれど、残りが1つになって使うのをやめた。
最後の1つを使ったら、何かが終わる気がしたし、エルフで居られるお守りみたいに思えていたので使えなかった。
しかし魔力がなくなると不味い魔力ポーションを飲まされる。ユリエ様のポーションが恋しいけれど文句は言えない。
体を張った者、死にそうな者にしかユリエ様のポーションは使われない。
そんなユリエ様のポーションは、遠征隊にとって正に生命線だ。
どれだけ強く場慣れした遠征隊でも、急に魔素泉が足場に湧いたり、多くの魔物に囲まれれば負傷者は出る。
そんな、あれは死んだ、と思うような一撃を貰った者も、ユリエ様のポーションで一命を取り留める。
何度か凄そうなポーションを見たが、きっとあれは見間違いだ。
だってなくなった腕は生えたりしないもの。
エリクサーじゃあるまいし。ははは。
そんな幻は何度か見たが、驚いたりもしないし特別な事にも感じなくなった。
戦う事において、そしてその対策や魔法の使い方までも、魔国の常識と精霊国の常識は大きく違うのだと知ったからだ。
そう、精霊国が駄目で弱すぎる。
魔物に対する対策も、戦う事に対する練度も、お話にならない程精霊国は弱い。
きっとポーションの製法でさえ遅れているんだろう…。
植物である薬草を用いる薬が得意な種族が、戦う事に特化した種族に負ける。
そして、世界樹を守るのであれば、守るだけなら、魔族が守る方が守れるのではないのか…、私達エルフでなくともいいのではないだろうか…。
そんな事すら考えてしまう程には疲れていたんだろうが、それでもその苦しさは頑張る為の支えになった。
世界樹を守れない。
世界樹を守る王を守れない。
それがとても悔しいのだと、そう感じる自分をしっかり理解出来たからだ。
もっと強くなりたい。もっと学びたい。
その思いのまま、次に魔物の領域で出来るようになったのは戦闘だ。
そう、戦闘。
何と、戦ったのだ。このへなちょこな私が、魔物と、それも私と同ランクに値するBランクの魔物と!
ケルベロス!頭が三つもある狂暴な犬!物凄く怖かった!が、倒せた!倒した!!
戦い方は教えて貰った。
魔国では、聖壁を戦闘魔法として使う概念があるらしい。エルフには到底思い付けない使い方で驚いたが、流石戦う事に秀でた魔族が考えただけあってそれはとても有用だった。
強度を上げた聖壁で魔石を貫く。ただそれだけだがその効果はとても高く、相手の属性を無視するので弾かれる事も少ない。
そんな魔法で私がイメージし易かったのはジャベリン。投擲に適した槍だ。
魔物に近付くのが怖いから、投げる方を頑張った。
最初は弾かれる事が多かった私の魔法だが、風魔法を重ねて使うと威力が上がる。
そうやって何度も何度もこちらへ投げられる魔物を貫いている内に、いつしか聖壁のジャベリンで魔物の魔石を貫けるようになった。
魔石は素材になるから、次は食えない心臓を狙えと教えて貰った。
戦い方を学び、魔物の生態を学び、少しずつ、少しずつではあるものの成長している自分には喜びを覚える。
これも、一番隊の、そして共に戦う浄化班のおかげだ。
だが、だがしかし。
ユリエ様とよく話していた浄化班のジェイド。何度も笑いながら私にAランクの魔物を投げたお前だけは許さない。
ベヒモスに頭からガブッてされるのは普通に痛いし普通に何度か死に掛けた。
そんな地獄のような日々が続いた魔物の領域も、日を追うごとに入れる場所が少なくなる。
雪だ。
精霊国の冬はここまで寒くなる事はない、植物がないとここまで寒くなるのかと眉が寄った。
そしてその顔が固まりそうな程にクソ寒い。寒さでも死ねると思った。
途中からコートと、女神…あ、ユリエ様が発案され製作された、とても温かい服が与えられて死なずに済んだ。
これは本当に凄い物で、あれだけ寒さで動かなかった身体が思うように動く。
確かにまだ少しの寒さは感じるが、それでも起きたら凍ってるんじゃないかなって日々とはおさらば出来た。
女神様、有難う…。
そして、とうとうそんな魔物の領域から帰還する日がやって来た。
久々、と言う程久々ではない筈が、もう何年も会っていなかった同胞に再会したように、他の隊に預けられていた王の戦士に会えた事は、生きていたそれだけでも喜びを覚えた。
トールは逞しさを増し、あの気に食わないリルやラーラでさえも、同じ死線を潜ったのだと思うとしっかり仲間だと思えた。
戦友だ。大事にしたい。
そこからは天国だった。
食べたら倒れてしまう、馬鹿みたいに魔素の多い肉に替わり、洗練され上品かつ極上に美味しい女神様の料理に変わった。
走るのは大変ではあったけれど、寒い場所からも遠ざかるし、女神様のご飯は美味しいし、緑はあるし魔物も少ない。
天国へ向かって走っているのは全く苦にはならなかった。
帰還の後半などは、走っているだけなのが余りに平和で、本当に死んでるんじゃないかなって思って怖くなったが、飯が再び倒れるような肉に変わったので、生きている事は確認出来た。
そして初めて見た魔国の街。王都ウォレムス。
高い防壁に囲まれた立派な街だ。
精霊国の集落とは違い、しっかりと魔物に備えられた大きな街。
そんな街は、遠征隊の帰還を心から祝福した。
連れられて歩いたそのパレードでは、煌めく鱗と共に温かい言葉が降り注いだ。
よく頑張った、よく生きて帰った、よく守ってくれた。そう感謝が心から込められて降り注ぐその言葉は、私ではなく遠征隊へ向けられている事は分かっていても涙が出た。
報われるのだ。
遠征隊が、あの地獄のような場所で守り続けたそれは、こうやって守った物の温もりを示してくれる…。
魔国は良い国だ。本当に。良い国だ…。
そう泣いた私の肩を抱いて、笑いながら歩いてくれるジェイド。
ずっと魔物の領域で班を組み続け、私なんぞと共闘してくれた偉大な友だ。
だが、お前が投げた魔物の数は忘れない。訓練になったらその数だけ聖壁投げる。
覚えておけ。
そして着いたのは魔国の軍部。
精霊国の軍部は階級や権威を示す事に重きがあるのに比べ、魔国の軍部にはそれが一切ない。
無駄はなく、ただ役割を果たす事に重きを置いた洗練された場所。その在り方にも敬意を覚える。
精霊国も大いに見習うべきだ。
そんな軍部では、女神様の意向でまず風呂に案内され、大浴場で湯浴みをしたが、久々の風呂だ、ゆっくりしたいと思ったがそれは叶わなかった。
皆湯にも浸からず、物凄い速さで湯浴みを済ませようとするので焦る。
獣人達が「毛が面倒くせぇー!」と叫んでいる中で、ジェイドに急かされ風呂を出ると、どうやらこの後飯の時間らしい。
それは有難い。何故だか物凄く腹が減る。
女神様の極上の料理の後、ぶっ倒れ肉を食っていたからだろうか…。
そう案内された食堂では、女神様の料理に比べてしまうと少し劣るが、それでも出して頂いた飯はとても美味い。
物凄い量を注がれたが完食出来てしまった。
正直、飯に関しても精霊国ではもう満足出来なさそうで怖い。
しかし、料理が余りに美味いので、遠征隊が食べる量を見ていると自分ももっと食べられるのではないかと錯覚するが、それに乗せられてはいけない。残すとあの怖そうな厨房の方々が怒るらしい。それは怖い。
だがまだしばらくは魔国に居られるのだ、焦る事はない。また食べられる。大丈夫。
そう言い聞かせる食事が終わり、与えられた部屋は遠征隊が使う軍部の寮。
城壁の中に並ぶその部屋は、遠征隊用に用意されているらしい立派な部屋だ。
広めの一室には城壁にも並んでいた窓が2つ。清潔な寝具や一通りの家具。人の生活に戻った気がしてそれが妙に不安になる。
魔物も見えないこんないい部屋で、休ませて貰っていいのだろうか…。
そう思ってしまう自分が自分でも何か崩壊している、と思う私に、明日の朝は鐘で起きろよ、と言い残して、廊下を歩くジェイドの後姿に聖壁を投げたら笑いながら弾かれた。
…くそ。 やはりまだ当てる事は出来ないか…。
その後の記憶はサッパリない。
久々の柔らかい寝床。魔物の鳴き声も、魔素泉が湧いたと叩き起こされる事も、何の心配もない安全な寝床。
泥のように眠った朝、ジェイドに起こされた。
Sランクの黒獅子の皮を投げて来て、驚いて起きた私を笑っている。
許さない。お前だけは絶対に許さない!!




