235 落ちた
跳ねたイチゴから浮いたロズちゃん。
いくらイチゴがゆっくり走っているからとは言え、落ちれば怪我は確定だ。
けれど、必死に伸ばした私の手は、ロズちゃんがこちらに伸ばしたその手を捉えられなかった。
とてもゆっくりに見えるその光景に、凄いスピードで影が横切る。
私の目の前で驚いた顔を向け、こちらに手を伸ばしていたロズちゃんが、その通り過ぎた影に掬い取られるように消える。
そして動き出した景色に慌ててイチゴを止めて後ろを振り返ると、青銀に光る雹属性だろう脚竜の鐙を足で操作して、脚竜の速度を落としたロマノスさんが、その両腕にロズちゃんを抱えて苦笑するように笑っていた。
そしてそこには、ポカンとロマノスさんを見ているロズちゃんがいる。
お姫様抱っこで。
あ、これは違う意味で落ちたのでは。と思っていると、やはりロズちゃんの顔がみるみる赤く染まっていく。
うん。ロズちゃんこう言うの弱そうだもんなぁ…。
ロマノスさんにマントはないけれど、これはきっとロズちゃんの憧れる恋にありそうなシチュエーション。
姫の危機を救う騎士。そして恋に落ちる姫。
あるな。鉄板の物語と言ってもいい。
そんな事を頭の片隅で考えながらも、落下せず無事だったロズちゃんに安心を覚えると、安心した為か落とすと思った瞬間はとても焦ったけれど、そう言えばロズちゃん精霊国で図書館の最上階から飛び降りてた訳で…。
案外助けられなくても平気だったのでは…とは思うけれど、今回落としたのは私とイチゴ。そこは謝る事はあってもつっこむ所ではない。
そう私が1人で脳内反省している前では、苦笑するロマノスさんが腕の中のロズちゃんに確認をとっている。
「どこか痛む所等はありませんか?」
「いえっ、その、だっ…だいじょうぶれふ!」
噛んだ。ロズちゃんの安否を確認するロマノスさんに、真っ赤な顔のロズちゃんが頷きながら噛んだ。
仕方ない。脚竜から落ちると思ったら、恋に落ちたのだから。
あ、私上手い事言ったな。
「すいません。ゆっくり走ってるから平気だと油断してました」
「いえ、間に合って良かった」
私が謝ると爽やかに笑ったロマノスさん。
そんなロマノスさんを見ているロズちゃんの目の中にハートが見えるのは私だけだろうか。
「脚竜の鞍は2人で乗れるようには作られておりません。小柄なお2人とは言えやはり危ない。こちらのお方は、脚竜には?」
私にロズちゃんが一人で脚竜に乗れるのか、と首を傾げたロマノスさんの腕の中で、ロズちゃんが私に「分かってるだろうな」と言う熱い視線を送っている。
はい。分かっておりますとも…。
「あ、ロズちゃんは1人で脚竜には乗れません。できればロマノスさんにお願いしたいのですが…」
私がそう言うと、ロズちゃんがとてもいい笑顔で「分かってる!」と言わんばかりに密やかに親指を立てた。
「そうですか…では、御嫌でしょうが、向こうに着くまでは私が支えますので、こちらに乗って頂いても宜しいでしょうか?」
そう申し訳なさそうにロズちゃんに笑ったロマノスさんに、ロズちゃんが慌てて返事を返す。
「!! はひっ!!」
あ、また噛んだ。
今日のロズちゃんはよく噛むな。
私がもう一度謝ると、大丈夫です、と笑ったロマノスさんが、お姫様だっこのロズちゃんを自分の脚の上に乗せて、まさに腕の中に抱えている状態で、片手で手綱を握って脚竜さんの向きを変える。
そんな絵に描いたような騎士姿を見守っていると、ロズちゃんを気遣ってゆっくりと歩くような丁寧さで脚竜を走らせたロマノスさんの脚竜さんに、頭を垂れたままのイチゴが続くようにトボトボ歩き出した。
どうやらイチゴ、ロズちゃんを落としてしまった事がショックだったらしい。
「イチゴ、跳んだのは駄目だったけど、誰かを乗せるのまだ慣れてないのに、2人で乗ってごめんね?」
『ムギャム……』
「今回はちゃんとロマノスさんが助けてくれたし、次から気を付けようね?」
『ギャム…』
うん。と頷きながらもやはり凹んでいるイチゴ。そんなイチゴに、ロマノスさんの脚竜さんが歩きながら首だけで振り返って『ギャム』と短く鳴くと、イチゴがバッと頭を上げて『ムギャム!!』と何かを言い返した。
きっと落とした事を指摘されたんだろう。
するとロマノスさんが苦笑を浮かべながら「やめなさーい」と笑っている。
そしてそんなロマノスさんに抱えられているロズちゃんが、キラキラの視線をロマノスさんに向けてから、恥ずかしそうに言葉を掛けた。
「あ、あの…ロマノス様は、竜の言葉がお解りになるのですか?」
おお…様付け。
「ああ、はい。私は鱗人ですので、竜種の言葉が分かるのは種族特性です」
「す、凄いですね」
「いえ、竜種の言葉が分かる他は、多少丈夫な事くらいしか取り柄のない種族ですので」
「あ、あの、他に種族の特徴などは…」
ああ、魔族みたいに強いのが好きとか、何かないのか知りたいんだな。
「そうですね…鱗人は魔法よりも体術の方が得意です。ですので、私のように脚竜に騎乗する事を得意とする者が多いですね」
「他には…」
「他…うーん…特にはないのですが、冬は少し苦手な事でしょうか…。寒さが厳しいと他の種族よりも動きが鈍くなるので」
「わっ私も寒いのは苦手です!魔国は寒いですよね!!」
「そうですね。しかし魔国の冬はこれからですので、外に居る間に凍らないよう気を付けなくては」
そう軽く笑ったロマノスさん。
え、凍る?
ロマノスさんに惚れているだろうロズちゃんが楽しんでいる会話に、割って入るのはどうかと思って黙っているが、正直凍る程寒いのかって所が気になってしょうがない。
ええ、凍る程寒いのかぁ…。
やだなぁ…庭の作物とか大丈夫かなぁ…。
それに洗濯…井戸の魔素水って凍ったりしないんだろうか…。凍ったら洗濯できないし、外での洗濯、大変だなぁ…。
勇者先輩が作ったらしいお城に引き入れてる水道管も凍ったりしないんだろうか…。前の世界でも、とても寒い地域では水道をチョロチョロ流さなければ凍ってしまったり、温めないと駄目とかあったもんなぁ…。
今でも結構寒いのに、まだまだ冬はこれからとか、外に居ると凍ってしまうとか、魔国の冬…マイナス何度とかの世界なんだろうか……あ、じゃあオーロラとか見えたりするのかな。
え、でもオーロラって寒いからって訳じゃなかったっけな…。
あ、いや、そんな事より、そんな寒い中イチゴは私を迎えに来るの?外で?ずっと待ってるの?…え、想像だけで泣きそうなんだけど…。
「イチゴ、寒いの平気?」
『ャム?』
「ずっとお外で待ってるの寒いでしょう?」
『ギャウ!』
私が既にひんやり冷たいイチゴの首の鱗を撫でながらそう尋ねると、「平気!」と言わんばかりに跳ねたイチゴに、再びロマノスさんの脚竜が振り返って『ギャム』と窘めるように鳴くと、やはりそんなひと鳴きに怒ったイチゴが『ムギャム!!』と言い返してロマノスさんが苦笑する。
「ブラーダ。イチゴを揶揄うのはやめなさい。イチゴはまだ乗せる事に慣れてないんですよ」
「あ、その子ブラーダって名前なんですね」
つい会話に入ってしまったけれど、ロマノスさんがその内容に嬉しそうに頷く。
「はい、鱗人の言葉で『勇敢』と言う意味です。鱗人の言葉はもう使われなくなって久しいのですが、この言葉だけは覚えておりましたので」
え、物凄いかっこいいネーミング…。
私、イチゴに苺が好きだからなんて理由でイチゴって…何かイチゴに申し訳ない…。
「…イチゴ…イチゴももっといい感じの名前にしてあげれば良かったね…」
『ギャウ?ムギャウ』
「ははは、『気に入ってるよ?』と言っております。よい名だと思いますよ」
脚竜の話を楽しそうに笑っているロマノスさんの腕の中で、眉根を上げて「おい。分かってるのか?」とこちらに視線で訴えてるロズちゃんがいる。
怖い。分かっております。
「あ、えっと、そう言えば…今日脚竜の畑、ロズちゃんが育ててくれるんですよ」
「ん?育てる、ですか?」
ロマノスさんがそう首を傾げてロズちゃんを見ると、私に向けていた表情から一変して、キラキラ顔になったロズちゃんが「はい!」と頷いて手を組んだ。
「わ、私、ユニークスキルで【植物育成】を持っているので、育てるのは得意なのです!」
昨日初使用だったけどね。
「…それは…!あ、その、申し訳御座いません!知らずとは言え、精霊国の王族の方をこんな運び方…」
そうロマノスさんが困ったように慌てると、そんなロマノスさんの手をロズちゃんが握った。
おおお、積極的!!
「だ、大丈夫です!そ、その、普通に接して頂けると嬉しいです!!」
「そう言って頂けると有難いです…。エスには慣れているのですが、流石に他の王族の方は初めてで…」
「エス兄様をご存知なのですか?」
「ああ、はい。よく軍部の城壁門をすり抜けるので、追いかけて捕えるのに必死でした…毎回捕えられないのですが……」
「…ぁ……。うちの兄が…申し訳ありません…」
そうロマノスさんから視線と手を離したロズちゃん。
そうだね。エスさん、昔は【魅了】使いまくってうろうろしてたみたいだし、後半はそれで魔王城に侵入してたんだもんね…お城を守ってる軍部の人からしたらたまったもんじゃなかった筈だ…。
「今となっては良い思い出です。皆エスの【魅了】に掛からない程度には魔力を鍛える事も出来ましたし」
そう笑っているロマノスさんの腕の中で、空笑いで笑顔を作っているロズちゃん。
しかしその背景には「兄、許すまじ」と言う強い意思が見える気がする。
そんな様子を苦笑しながら見守っていると、ゆっくり進んでいた脚竜の脚でも、そろそろ竜舎が見えて来た。
そして見えて来た竜舎の前に魔王様を見付けた、と思った瞬間、私の視界が魔王様の胸元に変わった。
まぁ、すぐって言ったのに遅かったもんね。
しっかりと抱きしめられた腕はやっぱり少し強めだったので、私もその背に腕を回してヨシヨシ撫でる。
「遅くなってすいません」
「…少し心配した」
「ふふ、ロズちゃんが落ちた以外は平和でしたよ」
「ん?ロマノスが運んでいると思ったら、エルフの姫は落ちたのか」
落ちましたね。恋に。
そう腕を緩めて私を見ている魔王様に苦笑を返すと、物凄い勢いで走って来たイチゴがすぐ側でガガっと地面を削って止まり、やはり魔王様に向かってギャウギャウ文句を言っている。
「ユリエは私のユリエなのだ!道中譲ってやったのだから文句を言うな!」
『ムギャム!!ギャウ!!』
「ふふん!分からん!!イチゴが何を言っているのか分からんから知らん!!」
『ギャム!!!』
そんな仲の良い両者に笑っていると、やはり「やめなさーい」と苦笑しているロマノスさんが赤い顔をしているロズちゃんを抱えて到着した。
…ロマノスさん、魔王様にも「やめなさい」を言えるようになったんだな…もしくは魔王様が脚竜レベルになっているか…。
そして赤い顔のロズちゃんを見た魔王様が、首を傾げて「熱か?」と言ったので、魔王様は他人の恋愛には疎い系なんだな、と思った。




