158 会議
翌日、昼からロズちゃんアタックで中断されていた会議の続きである。
会議と言っても面子は精霊国側にレスさんと、レスさんに引っ張られてきた渋々のエスさん。魔国側が魔王様とロイ君、そしてとりあえず私。
因みにレイ君はお父さんとお母さんに鍛えて貰いに行くと、朝食を食べてすぐに離宮へ行っているのでここには居ない。
国と国のやり取りを決める会議だと言われると、魔国側は内政を一手に取り仕切る総務長のロイ君が居れば問題ないように思うけれど、精霊国側にももっと偉い人とかが沢山集まりそうなのに、参加するのは王族2人だけ。
確かに国のトップである王様同士が頷けば、ある意味それで決定と言う事にはなるんだろうけど、精霊国はそれで大丈夫なんだろうか。
異世界だと国の何かしらってこんなものなのか、それともやっぱり種族の問題か。何にせよ仕事量が減る訳ではないだろうから地味に気になってしまう。
それもエスさんは嫌々の参加だ。
そんな心配のような疑問のようなを考えながら、レスさんに先導されて会議室へ向かっているが、昨日よりも入り組んだ先を目指すそんな道中、自分に負担が来るのが嫌なのか、何で他の奴が居ないのかと愚痴ったエスさんに、レスさんが「面倒事は撒いて来た」とサラッと当たり前のように言っていた。
撒く、か。
レスさん、しっかりしてそうなのに地味にやらかす系なんだろうか…。
馴染みがなくてすぐに忘れてしまうけれど、レスさんは現在王様。なので普通に考えれば、護衛的な人や補佐的な人がそばに居ないのはおかしい立場の人になる。
なのにソロ。撒いたと言う事は居るって事だ。
魔国の王様もソロ活動する王様だし、エスさんも1人でフラフラする王族だから普通に忘れてしまうけれど、私とロイ君以外はソロ活動したらアウトな人達なんじゃなかろうか…。
いや、でも魔王様にもソロ活動していた理由があったんだし、レスさんがソロ活動するのにも何かしらの理由があるんだろう。
そんなレスさんに案内された会議室は、会議と聞くと重厚な室内の一室ってイメージが強いのだけど、奥宮の更に奥の庭にある、ファンシーなサンルームみたいな建物だった。
全てが白い柱とガラスで出来た広いサンルームの中央には、白いテーブルクロスの掛けられた大きめのテーブルと、木で編まれた椅子が並んでいる。
壁際に並ぶ観葉植物っぽい沢山の緑の中に、ガラスで出来た屋根をすり抜けた真っ白な光が射すその場所は、オシャレ空間に見えて、一応女子としては微妙にテンションが上がる。
会議って言うよりお洒落なお茶会みたいだな、と思ってしまったが、真面目な話をするのだし浮かれていてはいけない。
だが、そんなオシャレな見た目に流されて、アフタヌーンティーを用意してしまった。
エスさんが喜んだので良しとしよう。
そんなオシャレ空間で話し合うのは交易について。
今までも魔国と精霊国は交易を行って来たのだけど、今残っているやり取りは国が管理する物資のやりとりだけ。
国交自体は切れていなくても、現在の精霊国は完璧なる鎖国状態。魔国側はエルフが来るのを拒んではいないけれど、精霊国側は出ても来ないし他種族を入れる事もしない。
なので民間では行き来は疎か、商業のやり取りも全くない。
けれど、精霊国も魔国も互いの国の物資が必要なので、その物資は民間に卸す物を含め、全て一度国を通す事になる。
そんな交易のあれこれを先代の王様が無茶苦茶にしていたらしいので、精霊国としてはそれをしっかり精算して、尚且つ、もっと多くをやり取り出来るように改めたいらしい。
と言うのを、朝食の場でロイ君に軽く説明を貰っていた。
きっと精霊国は交易内容を増やしたいと要求して来るだろうけど、後で調整するのでその場で欲しい物があっても言わないように、と釘も刺された。
きっと私が交易品に追加して欲しい香辛料のメモを握りしめていたからだろう。
とりあえず黙って聞いておこうと思っているそんな会議は、ロイ君が言っていた通りの展開になっている。
まず先王様の残した借りを返した上で、交易内容を増やしたい精霊国。それを増やすには魔国側に精霊国の品を求めて欲しいと言う事なのだけど、逆に青果に関しては今後少なくなる、とロイ君が伝えると、レスさんが眉を寄せて渋い顔をした。
「少なくなるのは困る」
「順を追って流通を増やすにせよ、市場が乱れる程には増やせません。青果を魔国で産出できる今、仕入れ過ぎれば余ります。必要以上は要りません」
「…ならば他に必要な物はないのか、工芸品や薬草、精製された薬の類なら多くある」
「では交易品の種類につきましては、纏めて頂けると助かります。こちらは精霊国側にどんな品があるのかを知らされておりません。一覧を頂ければこちらが求める品は増えるかも知れませんね」
「……それも行っていなかったのか…」
渋い顔から更に一段眉が深まったレスさんが、後日書類を纏めて送る、と言って溜息を吐いた。
「しかし薬草は必要ありません。魔国では薬草は余る程自生しております。逆に、精霊国に質の高い薬草を卸しておりますし、一応書類は拝見したいと思いますが、薬草や薬に関してはポーションで間に合っておりますので仕入れ率は低いかと」
「…理解している。しかし、少しでも何か欲して貰わねばこちらが仕入れる事が出来なくなる」
「それはそちらで頑張って頂かなくては。魔物の素材が欲しければ、魔物の領域へ獲りに来る事は拒んでおりませんし、魔王様のご両親が回復された今、こちらが狩って献上する必要はもうありませんので」
「…………」
そうチクッと、と言うか、ザクッと今までの事を刺したロイ君に、レスさんが物凄く渋い顔になる。
ロイ君、恐ろしい。
その後も何か取引できる内容を探すレスさんと、要らないと言うロイ君が話している間、黙ってお茶をしながら話を聞いてはいるけれど、野菜や果物の青果は魔国で作れても、穀物の類は依然精霊国頼み。
砂糖や香辛料の類もそうだし、こちらが必ず必要な物なのだから、あくどい言い方をすれば、そこを多少高値に設定すれば、精霊国が困る事はないだろうに、レスさん真面目だな…。
あ、でもあまり高値にして、青果みたいにじゃあこっちで何とかするねって言われてしまうと更に困るのか………。
うん…交易って難しいなぁ。
自分の行動が若干…若干ではあるが精霊国の逃げ道を潰していたのでは?と冷たい汗を感じながら、聞き専に徹してお茶飲んでいる私の隣では、魔王様も黙ってレスさんとロイ君のやり取りを聞いている。
そしてエスさんは、さっきからずっとお菓子を食べているだけだ。
私もだけど。
「しかし先王の残した魔国への借りは大きい。以前の交換物資の分量も公正ではなかった。これからは正しく改めるが、せめて借りのある分だけでも何かしらで求めて貰わねば、借り所か今後の対価も払えん。どうにか考慮して貰えないだろうか」
「青果以外に関しては分量を増やして頂きたいです。以外は特に、現在物資で新たに求める物はありません」
「そんなものではたかが知れている…品も量も必要ないと言われては、交易を絞ると言われている事と同じだ。魔国とは駆け引きが必要な取引はしたくはない。せめて今までの未払いを精算する分だけはどうにかならないか」
そうとても難しい顔で、頭を押さえて大きく溜息を吐いたレスさんに限界の色が見えると、レスさんに向いていた視線をチラリと魔王様に流したロイ君に魔王様が頷いて、魔王様はレスさんに真面目な面持ちを向ける。
「魔国は物資以外で対価を求める。それを払うのであれば、先王の残した借りを返す事は一切求めない。そして今後も、互いに支え合える交易を続ける事を約束しよう」
そう言った魔王様に、項垂れていたレスさんが訝し気な視線を上げたそれにロイ君がニコリと笑う。
「それに精霊国が魔物の素材に関して足りないと仰る分も解決すると思います」
付け加えるように言葉を繋げたロイ君のその笑顔、その笑顔は危ないやつだ…。
これ大丈夫なのかな?と思ってしまうがレスさんがそんな言葉の続きを求めた。
「その物資以外の対価とは何だ」
「精霊国に面する結界の解除に伴う軍の配備。そしてスタンピードへの参加だ。魔国は精霊国に強さを求める」
「「……!」」
そう言い放った魔王様の言葉に、目を見開いて言葉に詰まったレスさんの横で、優雅にアフタヌーンティーのスコーンを食べていたエスさんが、こちらも唖然と目を見開いてスコーンをポロリと落とした。
「ちょ…ちょっと待ってよ!それは無理だ!今精霊国は親父の政策で内政も王軍もボロボロなんだ!結界がなくなるなんて耐えられない!」
慌てて机に手を突いて抗議したエスさんに、魔王様がエスさんに少し難しい顔を向ける。
「昨日、ラースに話を聞いて言い知れぬ恐ろしさを感じた。若いエルフが魔法を使えない。そして魔物も見た事がない。そんな事になっているとは思ってもみなかった…だがそれは、魔物の領域に結界があり、スタンピードを恐れる事がないからだ」
「……それは…そうかも知れないけど…」
「確かに結界を張ったのは私だ。それは精霊国に戦えない父と母を預けた為…精霊国の負担をできるだけ減らし、父と母を守って欲しいと願った為だ。だが、その行いがこのような状態を招くとは思っていなかった。いつ魔物が襲って来るやも分からん状態で、結界があるからと戦う事を怠るなどとは考えもしなかった…」
そう眉を寄せた魔王様が、溜息のような呼吸を改めて視線を上げる。
「この国には世界樹がある。浄化の効果で魔物の陰は薄いだろう。だがその浄化範囲の周りには魔物が居る。そして魔物のランクが上がれば、世界樹の浄化で防ぐ事は叶わん。このまま魔法が使えないエルフが育ち、ゆくゆくは魔法も使えず、碌に戦えないエルフだけの国になればどう国を守る」
そう真面目な問いを口にした魔王様に、難しい顔で言葉を詰まらせ、視線を逸らしたエスさんから、魔王様は再びレスさんへと視線を変える。
魔王様に答えを求められるように見られているレスさんは、息は吸ったものの答えは出せず、胃の辺りを押さえながら大きな溜息を吐いて、こちらを制止するように片手を出した。
「すまない…少し待って欲しい。色々重なり過ぎて頭と体が追い付かん……。エス、ラースとやらを呼んで来い」
レスさんにそう言われたエスさんが困惑しながらも席を立って、再び溜息を吐いたレスさんは顔を上げる。
「…フレンシス、お前がこの国を案じてくれている事は分かった。だが、魔法を使えない者が居るのは初耳だ。そして王が変わったからと言って、急に国が変われる訳ではない…立て直す時間が欲しい…」
「分かっている。今すぐにとは言わん。スタンピードへの参加も、最初は見学程度で構わない。魔法を使えない者に関しても、両親が今まで世話になった恩を返す為、精霊国に残って教えてもよいと言っている」
「それは……有難い…だが、しかし……今の精霊国では、それ叶える前に、問題が多過ぎる…」
そう尻つぼみに言葉を零しているレスさんが、苦し気に胃を押さえながら俯いている後ろでは、レスさんの座っている椅子からニョキニョキ蔦やら葉っぱが生えて蠢いている。
え…エルフの魔力が漏れると植物動くの?何か凄い。
「……分かっていた事だ…。結界に甘え、魔国側に借りを作り続ける事は出来ない…。そう、分かっていた事を後回しにしていた愚かさは認めよう。だが…時間が欲しい…分裂したいが、まだできない…」
葉っぱをザワつかせながらボソボソと呟くように言葉を漏らしているレスさんが分裂を求め出して、これはヤバいと疲れを癒すお茶を差し出すと、そんな私を見たレスさんは、疲れにどんよりしている顔で、とても悲しそうに言葉を漏らした。
「その上嫁も居ない……」
レスさんがそう言うと、間髪入れずに魔王様が「やらん」と眉を寄せたが、いつもならそんな魔王様の言葉を躱す様に言葉を返しているレスさんは、魔王様の言葉に返す元気もないのか、お茶を飲んで何度目か分からない溜息を吐いた。
「……いつ頃、結界を解くつもりだ」
「こちらが結界がなくともやっていけると分かるまでは解くつもりはない。だが動くのは早い方がいいだろう。結界とて壊れる事はあるのだ」
「…結界が、壊れる…か」
更に深く項垂れたレスさんに、魔王様が真面目に頷く。
「結界は親になる結界石を主として、魔物の領域に一定間隔で子になる結界石を配置している。定期的に見回ってはいるが、子である石が砕ければ、その部分の結界は消え、穴が開く。最悪親である結界石が砕ければ全ての結界が一斉に消えるのだ。そして、親の結界石に魔力を注ぎ、維持する者が倒れればやはり消える。結界は絶対などと言う物ではない。この国でも、一定の強さは必要だ」
その魔王様の言葉に、レスさんが項垂れたままで深い深い溜息を吐いた。
何だかもうレスさんは生気を出し切って、魂まで溜息と一緒に吐き出してそうで見てるとこちらまで胃が痛い気分になる…。
「今までは、エルフもそれなりに戦えると思っていたので気に掛けなかったが…もし結界に穴が開いた場合、新たな結界石を施せるのは私かジギーだけだ。それまでの間、結界石を砕く程の負荷を掛けた魔素泉から湧き出る魔物の討ち漏らしがないかと言われれば難しい。その場合は精霊国に魔物が流れる」
魔王様の言葉に、震えるような溜息を吐いたレスさんは、もはやテーブルに突いた腕で頭を支えて俯いたまま。
もし今精霊国側の結界が壊れて魔物が侵入した場合、戦わなくてはいけないのは精霊国。
けど、精霊国は今魔物と戦えるだけの戦力がないって事なんだろうか…。
魔国では戦う事が当たり前で、一般の人でも戦える人が多いから問題に上がって来ない事だけど、よくよく考えたら、魔物と戦える人がその国にどれだけ居るかって、この世界では凄く重要な事だよね…。
そこが衰退して行ってる精霊国の現状って、そう考えれば凄く危うい。
昨日、魔王様とロイ君がお父さんと真剣に話してたのはこの事だったんだな…。
魔国が手を出してでもどうにかしないと、世界樹を守る精霊国がなくなれば魔国だけじゃなくて世界が困る。
その内容を国の体裁を持たせたままで解決する方法としては、確かに精霊国は魔国が提示した内容に頷いた方が、と言うか頷かせる為にロイ君は交易を渋ったのか…。
なるほど。ロイ君だな。
私は納得したけれど、まだ項垂れているレスさんに、ロイ君が「ですが」と言葉を繋げて詳しい内容を提示する。
「もし結界が破れた場合、精霊国側がこちらの認める強さに達するまでは魔国が責任を持って対処致します。その代わり、求める強さに達して頂くまでは、魔国の軍に参加して頂きます」
「……それをして魔国に何の利がある」
「精霊国に強者が増え、精霊国側の結界を解除すれば魔王様の負担が減ります。魔王様に余力が出来るだけでもこちらとしては十分に利益です。そしてそこに常駐させて居た軍の配備を減らす事が出来れば、更にその分でも十二分に採算が取れます」
「………気の長い話だ」
「長命種ですから。それにエルフがこちらの軍に参加している間、そのエルフの倒した魔物は精霊国側の物として頂いて構いません。沢山頑張ればそちらが足りない物資を多少補えます。これ以上ない良い条件ではないでしょうか」
「良い条件だ。我が国が、応える事が出来れば…」
もはや溜息しか出ないレスさんの元に、エスさんに連れられた顔面蒼白のラース君がやって来た。
そして集まっている面々を見て魂が抜けたようにフラフラしながらも、それでもしっかりとエルフの礼をとったラース君は、やはり魔力回路が強いんじゃないだろうか。
幼いのにしっかりしてる。
聞いてるだけでも疲れて来るこの会議、ラース君もレスさんも頑張って欲しい。と思ってとりあえず私はお茶を淹れた。




