132 精霊と謎
魔王様が茹で上がる前に話を逸らさなくてはと、子供に対する常套手段「お菓子食べる?」に代わり、「リンゴ食べる?」を発動させた所、ピカリちゃんはとても喜んで、現在は私の膝の上で、癒しリンゴを小さな口を使って頑張って齧っている。
しかし、何とピカリちゃんが欲しがったのは調整した癒しリンゴではなく、調整前の、禁断のリンゴの方だった…。
それも剥かないでそのままで。
笑い終わったエスさんによると、精霊さんは魔素が整った物がとても好きらしく、味や調理に関係なく、整った魔素を多く含む物を好んで食べるらしい。
なので、食べる物は精霊国の魔素水で育った水分の多い果物を好んで食べているらしいので、私の作ったリンゴはそれを上回る感じで、お土産には最適との事。
ちょっと変な罪悪感と言うか、禁断のリンゴなのでとても心配になるのだけれど、ピカリちゃんが上手く齧れないリンゴをハムハムしている姿はとても幸せそうだし、可愛いのでとりあえず良しとしよう。
普通に話していると、どうしても子作りの話になってしまうピカリちゃんの話題を逸らす為に、ピカリちゃんの事を色々聞いていると、生命のヤドリギと言うのは、世界樹で光っている丸い球体の事らしく、「あれがピカリだよ!」と小さな指で教えてくれたそれは、正直遠くてよく分からなかった。
しかし、それがピカリちゃんの本体らしく、人の姿を取れるようになるまでは、世界樹の中で、ヤドリギとして育つ必要があるらしい。
そしてピカリちゃんは風の精霊さんらしいのだけど、「ピカリ」と言う名前も、精霊さん全てを指すのだそうで、何の精霊さんだろうが名前は皆“ピカリちゃん”。
そしてその名前の由来も、ヤドリギがピカピカ光る事から、自分たちで付けたのだそうだ。
そんな精霊さんは大人になる事がない。
皆子供の姿のままで、長い年月を掛けて自然から生まれ自然に帰るらしいのだけど、たまに自然に帰らない場合がある。
それが子供を切望する理由だと聞いて分かった。
精霊さんは、極稀に妊娠される。
誰かに子供が出来た時、本当に稀に精霊さんが混ざる事があるらしい。それがどうやら精霊のハーフと呼ばれる存在で、レイ君やロイ君がそれに当たる。
ハーフとして生まれた子供はとても長い間子供の姿で過ごし、大人になるには300年程かかるらしいけれど、その代わりとても強い子供が産まれるのだそうで、ハーフで生まれる事はどの種族でも喜ばれる存在らしい。
そしてそれは精霊さんが子供として生まれた事と同じらしく、精霊さんからすると憧れの存在なのだそうだ。
どうりで子供を作れと言う訳だ。
なので、結婚や子供を勧めたり急かしたりと、姿は見えなくてもそう言う感じにその場を整えたりしてくるので、精霊国では「精霊のお告げ」が告白の代名詞になっているくらいなんだそうだ。
何だか恋のキューピッドみたいである。
「長命種には有難い存在なんだよ?精霊に子供が出来るって言われたら絶対できるから」
「え、そうなの?」
そうお茶を飲みながら補足説明をしてくれるエスさんの言葉に、膝の上でリンゴをようやく齧れたピカリちゃんが胸を張って私を見る。
「そうだよ!ピカリ達には分かるんだよ!」
「そっかー、それは嬉しいな、教えてくれてありがとう」
「えへ~、ピカリもユリエの子供になりたいなぁ」
照れたように笑ってこちらを見上げてくるピカリちゃんは超かわいい。
私の子になりたいとか何それかわいい。産んだ事はないけれど母性が爆発しそうである。
いいなぁ、子供、かわいいなぁ。
私はニコニコしながらピカリちゃんを膝に乗せているけれど、魔王様は隣で真っ赤になったまま。
顔を覆う手は解いたけれど、会話に参加する事は出来ていない。魔王様には刺激が強いらしいが、いつかは欲しいな。子供。
けれど、今それを言っても仕方がないし、ご両親の事を聞かなくて平気かな?と思って隣を見るけれど、魔王様は正面を向いたまま真っ赤な顔で姿勢よく座っている。そしてやや震えている。
「魔王様、大丈夫?」
「ッはい!!!!」
私が掛けた声で、若干浮くレベルで肩を震わせて元気に返事を返した魔王様に、目の前でお茶を飲んでいたエスさんが思いっきり噴いて、また盛大に咽せながら爆笑しているので、後でしっかり掃除しよう。
「ご両親の事聞かなくて平気ですか?」
「あ、う、うむ。そうだ、その……」
そう尋ねた私の言葉で、まだ赤さは残したままではあるけれど、魔王様はしっかりとピカリちゃんに視線を向けた。
「シルビアとアルの事?」
「うむ。そう、私の両親なのだが…」
「元気だよ?でもシルビアはまだ寝てるし、アルは今居ない」
「居ない?」
何故?と魔王様が首を傾げると、ピカリちゃんが元気に頷いた。
「魔物とりに行ってる!」
「「「え!?」」」
あまりに驚く衝撃の内容に、3人の声が揃ってしまう。
え?だってお父さんって、魔力回路、壊してるんじゃないの!?
その思いに魔王様を見ると、流石に赤みの引いた顔で魔王様も呆気に取られ、思考がまとまらないのか次の言葉が紡げないでいる。
「…え?えっと…、その、前に見た時は、元気じゃなかったように思うんだけど…?」
唖然としている魔王様に代わって、エスさんがそう尋ねると、ピカリちゃんが思い出すように頭を傾げて、えーっと、と言葉を続けた。
「ちょっと前にシルビアがちょっと元気になって、アルが魔力送らなくてよくなったの」
「え、アルグリード様ってずっとシルビア様に魔力送ってたの?」
「うん。だからアルは元気なかったんだよ?」
「そ、そうなの?魔力回路は?治ってるの??」
ピカリちゃんはその質問には首を横に振った。
「アルは片腕の魔力回路が壊れてて、シルビアが壊れてるのは少しだけだけど、そのせいで起きられないんだよ?」
「い…以前の父は、全体的に魔力回路を壊していた筈だが……片腕とは?」
唖然としたまま、けれど何とか考えを巡らせて魔王様が尋ねたその言葉に、ピカリちゃんは当たり前かのように答えを返す。
「最初は沢山壊れてたけど、アルは頑張って腕だけにしたって言ってた」
「う、腕だけ…?」
「ピカリ達が一つになる時みたいに、ぎゅーってしたって言ってた!」
ピカリちゃんは楽しそうに話しているけれど、話している内容の原理は全然分からない。
ただ、どうやらお父さんは動けるくらいには元気になってるって事? なの?
そう呆気に取られている皆の前で、ピカリちゃんが魔王様をじっと見て、悩むように首を傾げた。
「アルに会いたいの?」
「う、うむ。父と母を治しに来たのだ…」
「ほんと!?分かった!ピカリ達が呼んでくる!」
「いいのか?」
「うん!シルビアとアルにもまた子供作って欲しい!早く治して欲しい!」
ピカリちゃんのその言葉で魔王様が何とも言えない顔になったが、嬉しそうに笑うピカリちゃんが私の膝から浮き上がったと思ったら、空中で転移のように一瞬で消えた。
元気な子供の声がなくなって、とても静かになった部屋の中で、3人してピカリちゃんが消えた所を見ていると自然と視線が合う。
ちょっと色々分からな過ぎて分からない。
全員の顔はそんな顔が並んでしまっている。
「少し、頭が追い付かんのだが…」
「私もちょっとよく分かりません」
「ん~…精霊が一つになる、は分かるけど、アルグリード様がそれが出来るって事は全然分からないわ」
「…エス、その精霊が一つになると言うのは?」
理解しようと眉を寄せている魔王様が、とりあえず情報を得ようとエスさんに尋ねると、ソファーに背を預けたエスさんが、言葉を纏めるように考えてから、真面目な顔でその問いに答える。
「何て言うか、実体化した精霊は、体の全てが魔力で出来てるんだよね。さっきの子なら風の魔力その物って言うの?魔法でもあるって言うか、まぁそんな実態のあるようなないようなものなんだけど、本体は世界樹にあるヤドリギだから、姿はあっても、実体化してる精霊に魔力回路は殆ど存在しないんだよ。でも、そんな精霊が集まって一つの個体になると、しっかりと魔力回路が組み上がって強大な魔法を使って来る事がある。それが精霊の言う「一つになる」なんだけど……魔族って、魔力回路を組み替える事ができるの?」
逆に質問された魔王様はその答えに眉を寄せる。
「いや…そのようなデタラメな話は聞いた事がない…」
「だよねぇ…」
「しかし父上は魔王だった…それくらいの事をしてもおかしくはない…のか?」
難しい顔をして悩んでいる魔王様に、エスさんは思いっきり顔を歪めて、魔族怖い…と呟いた。
結局どうなんだと悩んでいるそこへ、再び現れたピカリちゃんが、お父さんは明日の朝には帰って来ると伝えに来て、謎は残したままだけど、ご両親を治しに行くのは明日になった。




