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つぼみのままのライラック

作者: 萩悠

2014年に書いてそのままになっていた小説です。

当時のまま掲載しています。公募に送って落ちたような記憶が無きにしも非ず。

一人称視点、語り口です。

僕がずっと前から思っていた事を話そう。

今となってはもう思い出すことも少なくなった、僕の初恋の話を。

 

僕が初めて恋というものを認識したのは、彼女と疎遠になってからだった。

何故離れてから自覚したのかは僕にもわからないのだけれど、それでもやっぱり僕はあれが恋だったと確かに言い切れる。

今になって何故そんな話をって君は思うだろうけれども、僕の話を聞いて欲しい。

これが今も口下手な僕の精一杯なんだ。


季節が夏から秋に変わる頃、一人の女の子が転校してきた。あれは確か、僕が中学二年生の頃だったと思う。

その頃の僕は今よりもっと口下手で、友達も小学校から付き合いのある数人だけしかいなかった。

僕の通っていた中学校は僕の通っていた小学校から半分と、向こうの少し離れた小学校から半分が来ていたから、見知らぬ顔も多くて僕はあまり馴染めなかった。

そんな僕にも変わらず話しかけてくれていたのが、今も付き合いのある陸だ。君も知っているだろう?

この前も皆にお土産だと騒ぎながら、出張帰りに直で顔を出しに来ていたからね。

あぁ、話がそれた、話を戻そう。


友達も少なく、どちらかというと引っ込み思案だった僕と同じクラスに転校生がやって来たんだ。

正直な話、人見知りの嫌いもあった僕は、転校生のことをあまり快く思っていなかった。

転校生が来るということは、僕のクラスに確実に人が集まってくるだろうし、それになにより、転校生が座るであろう空席が僕の席の斜め前だったこともあって、自分の席に周りが騒がしくなることは、容易に想像できたから。


案の定、その日を境に僕の周りは騒がしくなった。

あまり関わりたくない僕は、休み時間ごとに席を立ち、比較的静かな場所を探し求めた。

そんな僕の心境を知っている陸だけは、いつも苦笑していたんだったかな。



それから何週間かが経って、ようやく人の波も落ち着いた頃、いつも通り教室から出た僕は、ふと机に本を置き忘れた事に気付き、久しぶりに休み時間中の教室へと足を踏み入れた。

人と話すことが苦手だったから、小学生の頃からよく本を読んでいてさ。

本の世界に浸ることが楽しくて仕方なかったんだ。

今でも本が好きなのは、多分その頃からの付き合いだったからだろう。


その日、気まぐれに教室に戻った僕は、本だけ持ってすぐにまた出て行くつもりだったけれど、突然視線の先にスカートが立ちふさがった。

驚いた僕が本を取り落として、半歩後ろに下がり狼狽えていると、目の前の女の子はくすくすと笑いながら本を丁寧に拾い上げてくれた。

挙動不審な僕にも笑顔を向けて、本を差し出す彼女にろくにお礼も言わず、僕はそのまま教室を後にした。手にはしっかりと本を抱えながら。


家に帰ってからよくよく思い出してみると、拾ってくれた女の子は見たことも無い子だった事に気付いた。


これが僕と彼女の始めての出会いだった。



翌日、流石にお礼も言わずに逃げたのは良くないと陸に怒られた僕は、意を決してお礼を言うために彼女の席へと足を踏み出した。

何とか口を開こうとした矢先、不意に彼女が振り返ったため、また僕は半歩下がり、机の上にあった教科書が落ちた。


図らずとも昨日と同じ状況になってしまった僕はひたすらに焦って、何故か謝りつつ一歩下がり、そんな僕の様子を見た彼女はまた花のように柔らかく笑い、教科書を拾い上げた。

受け取る時に、僕が辛うじて絞り出したお礼の言葉を聞くと、彼女はまた少し笑って「どういたしまして」と僕に告げた。

しかし、それ以上は会話が続かず、僕は逃げるように教室を出た。


走り去る僕が見た空には、一羽の鳩が優雅に飛んでいた。



その後は大した変化も無く、僕は三年生へと進級した。

僕の性格が変わることも無く、休み時間は静かな場所を求めて歩き、文字の世界へと飛び込んだ。


そんなある日、彼女とは別のクラスになっていたし、特に接点もなかったのだけれど、僕が教室へ戻ろうと立ち上がると、目の前に彼女が立っていた。

あまりにも突然の出来事で、本当に驚いた僕は本を取り落とした事にも気付かず、逃げるようにその場を離れた。

その日は一日中落ち着かず、どうする事も出来ないまま放課後をむかえた。


特に部活にも入っていなかった僕は、家に帰ろうと荷物を片付けている際に、ふと本が無いことに気付いた。

恐らく落としたのは彼女と会った時だろうと思い出し、その場へと戻ってみたものの、本は無い。

途方に暮れた僕は、意味も無くもう一度辺りを見回したあと、教室へと戻った。

とりあえず、その場には何も無いことがわかったからね。


さて、教室へと戻った僕はまた驚かされる事になる。

何故なら、僕の席には彼女が腰をかけていたんだから。

多分彼女が熱心に目を向けているのは僕の本だろう。

そう思った僕は、彼女が気付く前にそっと扉を閉めて出て行こうとしたのだけれど、一足早く彼女が僕に気付いた。


こうして逃げることも隠れることも出来なくなった僕は、仕方なく彼女の元へと足を進める事になった。



その後も彼女との奇妙な遭遇は続く事になり、徐々に僕も臆さずに話せるようになっていった。

卒業も間近に迫ったある日、僕と彼女はまた偶然出会った。

彼女は話し上手で聞き上手だったから、いつも話題を僕に振り、返事に時間のかかる僕に根気良く付き合ってくれていた。

でも、その日はいつもと違って、彼女は静かだった。

元々、彼女もおしゃべりな方では無かったのだけれども、僕からすれば十分よく話す元気な子だった。

そんな彼女が無言でいるもんだから、僕は少し居心地が悪かった。

おかしな話だと思わないかい?あれほど人と話すことが嫌いだった僕が沈黙を嫌がるだなんて。


結局数分後に、彼女は疲れていただけだと僕に告げ、また僕に笑いかけて去っていった。

その数分間に、彼女が何を考えていたのかなんて僕にはわからなかったけれど、唯一僕にもわかったことは、彼女の笑顔がいつもとは少し違っていたなぁというぼんやりした事だけだった。



そのまま僕と彼女は卒業し、別々の高校へと進学した。

例にもよって、僕は周りの環境に馴染めないまま三年間を過ごし、色のない高校生活を送った。

その時でもふと思い出すのは、突然目の前に現れる、少し丈の短いスカートの少女の事だけだった。


高校から大学へと順当に進学した僕は、久しぶりに陸と再会した。

あぁ、一応連絡は取っていたけど、高校は別だったし、大学もお互いに知らなかったから。

こうして何とか大学での孤独な生活を回避した僕は、それなりに楽しい一年を過ごした。

二年目に差し掛かった頃、ふとした拍子に中学の頃の話が出た。

その時に、彼女の話が出て、僕は高校の時の色の無さにようやく気付いた。

元々話す方では無かった僕は、その話の途中で閉口してしまった。

何故閉口してしまったのかはその時には気付けなかったのだけれど、多分、その時になってようやく僕は自覚したのだと思う。

色の無さ、妙に味気の無い日常が示す意味を。



成人式の日に、綺麗になった君を見て、少しの安心と寂しさを感じたよ。

花のように柔らかく笑う君は昔のままで。光に反射する指先は月日を感じさせて。

あの頃も今も口下手で、こうして遠回りをしなければ何一つ伝えられないような僕だけど、今も昔も気持ちは変わらない。

今日僕は君に恋をするのをやめるよ。今だからこそ言えるんだ。



“結婚おめでとう”



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