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6/2(TUE)‐6/7(SUN)

=====

6/2(TUE) 16:55

=====


 バイトはひとまず火、木、日の週三日ということになった。

 俺の部活と店の都合を考えた結果だ。

 最初の出勤日は火曜日。

 放課後、若干緊張しながら顔を出すと、店長さんとバイトの人(先輩と呼ぶことにする)が揃って迎えてくれた。


「お、おはようございます」

「やっほー」

「あらためてようこそ、ファニードリームへ」


 事務所で一応自己紹介をした後、制服代わりのエプロンをもらい、更衣室の位置とかを教えてもらって、後は実地で研修という流れに。


「今更言うまでもないけど、このお店はコスプレ専門店。フロア的にも広くはない、まあ小さなお店」


 具体的に何を売っているのかというと、この『ファニードリーム』ではコスプレ衣装とコスプレグッズ、後は手入れ道具なんかを扱っている。

 コスプレ衣装っていうのはそのまま、メイド服やナース服、キャラクターものの服。

 コスプレグッズはウィッグ(かつら)とかカラーコンタクトとか、アクセサリーとか。

 手入れ道具もそのまま、ウィッグのメンテナンスに使う品とか、あと単純に裁縫道具とか。

 前回来た時は慌ただしくてちゃんと見られなかったけど、そういった品が各コーナーに分かれて整然と並んでる。


 特徴的なのは色だ。

 女物の服の売り場を通りかかった時なんかも色に驚くけど、この店はそれ以上だ。アニメキャラとかゲームキャラの服って、現実ではありえない配色してたりするからなあ……。

 でも、なんかわくわくする。

 コスプレ衣装がたくさん並んでるところなんて初めて見た。というか着用中じゃない衣装自体、ほとんど見た覚えがなかった。

 しかも、ウィッグとかの周辺用品まで売ってるってことは、ここに来ればコスプレができる、ってことだ。

 楽しくなるだろ、そんなの。


「ふふっ」

「へー?」


 説明がてら店内を見せてもらっていたら、店長と先輩がニヤニヤと俺の顔を覗き込んできた。


「な、なんですか」

「ううん。君の顔、お店に来る女の子によく似てるなーって」

「俺、そんな顔してます……?」

「してるしてる」


 うわ、マジか。

 仕事初日にそんな顔見せるとか、後々までからかわれるやつじゃないか……?

 とか言ってたら、衣装を物色していた女性二人組が寄ってきて、


「店長さん。その子、新人さん?」

「そう。初心者だから優しくしてあげてね」

「えー? じゃあコス興味ある子なの? ただのお手伝いじゃなくて?」

「凄い、どこから見つけて来たの?」

「求人出したらこの子の方から来たんですよ」


 すごーい、珍しいー、と、じろじろ見られた。

 完全に珍獣扱いだ。

 まあ、女だらけのところに男が入ってきたらこうなるか……。仕方ない、と諦めておく。女子校に一人で転入した男って考えればお得かもしれない。





=====

6/2(TUE) 17:47

=====


「……あの、これはなんですか?」


 レジの使い方を教わって、何度か会計をさせてもらったり、商品の整理を見て覚えようとしている時、コスプレ衣装コーナーの一角に、妙に値段の安い衣装があるのを見つけた。

 他の衣装の半額とか、それ以下とか。

 値札には『USED』という表示があるってことは……もしかして、


「中古?」

「そうだよー。うちは要らなくなったコスプレ衣装の買い取りもやってるの」


 と、近くにいた先輩が教えてくれる。


「クリーニング済みだから匂い嗅いでも無駄だよ?」

「しませんよ、そんなこと……」

「そう? 憧れのMayさんの衣装をくんくんしたいのかと思った」

「もう広まってる……って、あるんですか!?」


 Mayさんの衣装、実際に着たやつが、ここに?


「ないない」


 店長さんが歩いてきてぱたぱたと手を振る。


「あの子は基本、自分用のコスは売らないから」

「そうですか……」

「気を落とさない。君みたいな子にはどっちにしろ売ってあげないし」

「変なことはしませんってば」


 店長と先輩は顔を見合わせてくすくす笑った。


「査定は私かこの子がやるから、もし二人共いない時に買い取り希望が来たら、連絡先とか希望金額とかを書いてもらって、後日連絡する形にして。専用の用紙があるから」

「わかりました。……でも、思ったより色んなことやってるんですね」


 コスプレ専門店っていうから衣装だけ売ってるのかと思ったら、あの手この手でお店を充実させている。

 目立たない場所にお店を構えてるから商売っ気がないのかと思えば、きっちりできることはやってる感じ。


「店長、こう見えてコスプレ大好きだからね。この手のことには手を抜かないの。ほら、これとかも」


 と、先輩が示したのは『オーダーメイド承ります』の札。


「え、作ってもらうこともできるんですか?」

「うん。人手が足りないから、完成までに結構お時間もらっちゃうけどねー。店長、元はがんがんコスしてた人だから」

「それはそんな気がしましたけど……」

「新品のコスの中にもお店オリジナルのがあるよ。あと、中古と同じ感じで買い取りもしてる」


 買い取ったコスは他のコスに混じって販売される。買い取り金額と販売金額はコスの出来とキャラの人気次第だそうだ。

 製作元がどこかはわかるようになってるから安心。希望があれば製作者の名前も表示できるし、逆に匿名にしたいなら「有志製作」と表示される。


「ああ、Mayさんお手製の新品なら買い取ったことあったよ」

「ど、どれですか!?」

「あー、残念。もう売れちゃってる」


 先輩、絶対わざとやりましたよね……?





=====

6/2(TUE) 19:27

=====


 初日のバイトはあっという間だった。

 高校生の俺はもともと、平日はあまり長く入れない。だいたい二時間半くらい、特に役には立っていないまま、上がりの時間になった。


「お疲れ様ー」

「お疲れ様です。お先に失礼します」

「うん。また一緒になることがあったらお話しようねー」


 後から来た俺が先輩より先に上がるという事実。

 いやまあ、時給制だからズルをしてるわけじゃないんだけど。スキルに応じて昇給するらしいから、ど素人の俺と先輩じゃ大分時給が違うだろうし。

 それにしても、すごくフレンドリーな良い先輩だ。


「あの、聞きたかったんですけど」

「うん。なに?」

「俺が入ることになってよかったんですか? その、男ですし」


 それが不思議だった。

 店員に聞いてから、って店長に言われた時は「駄目だ」って思ったんだけど。

 先輩は「なんだ、そんなこと?」と笑った。


「だって、好きな人がいてコスプレに興味があって、女装もしたいんだよね? 特に危なくなくない?」

「いや、危ないかもしれないですよ。男ですし」

「危ないことしようとする人は『俺、危ないです』なんて言わないってば」

「……なるほど」


 納得してしまった。

 先輩はけらけら笑って、


「もし、それでも心配ならこうしようよ。……私でも店長でもお客さんでも、変なことしようとしたらMayさんに言いつける」

「本気で勘弁してください」

「ほら、無害だ」


 女子ってなんでこんなに強いんだろう、と、俺は心の底から疑問に思った。





=====

6/7(SUN) 11:40

=====


 店長と先輩が良い人だったお陰で、俺はなんとか初めてのバイトに馴染むことができた。

 お店に来るお客さん(九割以上が女性)も良い人ばかりで、男だからっておもちゃにされる以上の問題も起きなかった。

 考えてみると、コスプレする人って社交的な人が多いわけで、つまり人当たりも良かったりするのだ。

 ぶっちゃけ、楽しい。

 これでバイト代までもらえるとか天国なんじゃないか、とさえ思えた。


 問題は、もらったバイト代の大半があの店に消えかねないこと。あとは、そんなに力仕事はないとはいえ、慣れないせいで疲れるってことか。

 バイトのない日は札木先生と部活ができるので、その時間が最高の癒しである。


 そんな風にして、三回目のバイトの日を俺は迎えた。

 初めての長時間勤務。午前十時前に出勤した俺に、なんかニヤニヤしてる店長を怪しむほどの余裕はない。

 「どうしたんですか」と聞いたら「なんでもない」と返ってきたので、そっかー、と、深く考えずにスルーした。

 案の定、休日はお客さんが多い。

 意外と社会人のレイヤーさんもいるってことだろう。店内が満員になるほどじゃないけど、もたもたしてるとレジ待ちができるくらいにはお客さんが来た。


 多くのお客さんは衣装やグッズを買いに来てるだけだけど、中には買い取り希望だったり、サイズ違いの衣装がないか聞いてくる人なんかもいる。

 そうなってくると、店内を把握しきれていない俺だとてんやわんや。先輩はこの日は午後からなので店長を呼ぶしかないんだけど、そういう時に限って店長も対応中だったりする。すると「すみません、少々お待ちください」を連発するしかない。

 なんとか午前中のラッシュが落ち着く頃には俺はどっと疲れていた。


「お疲れ様。頑張ったじゃない」

「あ、ありがとうございます」


 ぐったりする俺の肩を、店長はぽんぽんと叩いて褒めてくれた。


「それじゃあ、私はちょっと裏で作業してるから」

「わかりました」


 店長はあれで忙しい。

 買い取り査定もあるし、オーダーメイドの衣装や商品になる衣装の製作もしなくちゃいけない。仕入れの連絡とか収支計算だってあるだろう。

 接客だけなら二人でも回せる店に俺が雇われたのは、店長が裏に入れる時間を少しでも増やすためなのだ。


 なら、少しでも貢献しないと。


 あらためて気合いを入れ直した直後、店のドアがからんからんと音を立てて――。


「いらっしゃいませ」


 不自然にならないように笑顔を浮かべながら振り返った俺は、硬直した。


「え」

「え」


 そこに、女神が立っていた。





=====

6/7(SUN) 11:43

=====


 店の入り口に立って、目を丸くしている女性。

 さらさらのロングヘアに細いチョーカー。春物のニットにフレアスカートを合わせた、清楚な印象のその人は、コスプレをしてはいないものの、間違いなく俺の想い人、レイヤーのMayさんその人だった。

 ああ、私服も可愛い。

 私服コーデも時々載せてくれるけど、頭からつま先までっていうのは滅多にない。もちろん、画像じゃなくて生で見るのは初めて。

 コスプレイヤーっていうと、よく画像加工がどうのって言われるけど、生で見ても綺麗だ。

 いや、生で見た方がずっと綺麗だ。


 店長と知り合いだとは聞いてたけど、まさか、こんなに早く会えるなんて。


 でも、どうしたんだろう。

 Mayさんまで俺みたいに硬直している。顔に何かついて……あ、男の店員がいるなんて知らなかったから驚いてるのか。

 初めまして、って挨拶した方がいいだろうか。

 でも、男が苦手なんだとしたらこっちから声をかけない方がいいかも。


「……あ」


 そんな風に考えているうちに、Mayさんが我に返った。

 ぎこちない微笑みを浮かべて寄ってきてくれる。


「新しいバイトの方ですか?」

「はい。羽丘です。よろしくお願いします」

「こ、こちらこそ」


 良かった、挨拶ができた。

 お互いに一礼した後、Mayさんは俺のことを上から下まで眺めた後、おずおずと言ってくる。


「あの、店長さんをお願いできますか?」

「あ、はい! すぐ呼んできます!」


 そりゃ、知らない男より知り合いの女性の方がいいだろう。

 俺は裏の事務所に首を突っ込んで店長を呼んだ。

 幸い店長はすぐに出て来てくれた。


「どうしたの? ……ああ、来たんだ。って、どうしたのいきなり腕を掴んで」

「いいから! ちょっと、こっちに来て!」


 必死、という感じで店長さんを引っ張っていったMayさんは、何やら頬を膨らませながらひそひそと話を始めた。

 できるだけ聞かないようにはしたものの「どうして」とか「聞いてない」とかそんなフレーズが耳に入ってくる。やっぱり、いきなり男がいたのがショックだったっぽい。


 ……あー、店長がニヤニヤしてたのはこれか。


 俺へのサプライズであると同時に、Mayさんへのサプライズでもあったわけだ。

 俺をからかうのはいいけど、Mayさんをからかうのはいただけない。俺の中で店長の好感度が下がった。

 Mayさんに会わせてくれた感謝分があるので差し引きプラスだけど。


「というわけで、あらためて紹介しよっか。こちら、新しいバイトの羽丘君。こっちは私の友人で、現役コスプレイヤーのMay」

()()()()()、Mayです」

「初めまして、羽丘です」


 挨拶のやり直し。

 これで手打ちってことだろう、と頷いていると、


「羽丘君は近くの高校に通ってるんだって。Mayも知ってるでしょ、あそこ。って痛い痛い!」


 ニヤニヤしながら言った店長さんがMayさんに腕をつねられた。

 また何かやらかしたんだろうか。

 というか、Mayさんって意外とアグレッシブなのかな。意外でもないか。コスプレイヤーなんだから普通だ。

 意外と積極的なMayさん……うん、良い。


「あ、確か札木先生とお知り合いなんですよね?」

「っ!?」


 Mayさんがびくっとした。


「あ、ええ、はい。札木、先生のことは良く知ってます」

「あれー、May。あの子のこと、いつもはそんな呼び方しないじゃない?」

「え?」

「あ、ああ。うん。萌花ね。うん、萌花」


 その日、Mayさんはそんな感じで、なんだか終始ぎこちなかった。

 あと、よくわからないけど店長がすごく楽しそうだった。

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