5/18(MON)‐5/29(FRI)
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5/18(MON) 21:09
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『寒ブリ 最近ログイン率減ってね?』
夜。
部屋で女装もののマンガ(通販で買ったやつだ)を読みふけっていると、寒ブリのやつからメッセージが届いた。
なんだよ、今、いいところなのに。
主人公の女装が想い人(レズ)にバレるっていうタイミングだったので、テンションが下がるのを感じつつスマホを手に取る。
それから、画面に表示された文面を見て納得した。
一緒にやってるスマホゲームの件だ。
確かにこのところログインの頻度は減ってる。毎日入ってはいるけど、忙しい日はログインボーナスの受け取って溜まったスタミナの消費だけしたら翌日まで放置していた。
『ミウ イメチェンの準備で忙しくて』
そういや新しいイベント始まってるんじゃなかったっけ……?
好きなキャラがメインだから期待して待ってたのに、すっかり忘れてた。走るか? いやでも、本気でランキング狙うなら課金必須だしなあ。
資金が足りなくてバイト考えてる時に万単位で金使うのは気が引ける。
『寒ブリ あの与太話は本気だったのかw』
『ミウ ひどい。もちろん本気』
『寒ブリ うp』
『ミウ おっさん乙』
『ミウ でも、暇を見つけて入るようにする』
止めるのも勿体ないし、ゲームだって俺の趣味の一つだ。
『寒ブリ 別にいいけど、止めるなら言えよ。俺も止めるから』
『ミウ 止めどき探してませんか』
『寒ブリ そんなことはない』
『ミウ ↑(目逸らし)』
『寒ブリ 捏造乙』
ひとしきり馬鹿な話をしたかと思ったら、寒ブリからのメッセージはぱったり止まった。満足したんだろう。
俺はマンガの続きに戻ろうとして、思い直し、件のゲームを起動した。
とりあえずイベントに参加してスタミナだけ消費しておこうと思ったんだけど、やってみると熱中してしまい、溜めるだけになってたアイテムを吐きだして結構遊んでしまった。
これも全部寒ブリってやつのせいだ。
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5/22(FRI) 16:56
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バイト申請が承認されるのに、それほど日数はかからなかった。
「はい、これ」
「ありがとうございます」
申請用紙に校長の名前とハンコが追加されて戻ってくる。
この紙がそのまま許可証代わりになるらしい。
「でも、どういうバイトするつもりなの?」
「それはまだ迷ってます」
札木先生にはとりあえずそう答えておいた。
希望したところで雇ってもらえるかわからないし、なんか気恥ずかしい気がしたからだ。
ともあれ、これで応募できる。
とりあえずスマホから例のコスプレショップに応募。あとは帰りに履歴書を買っていこう。確かコンビニに置いてた気がする。
っと、そういえば他にも欲しいものがあったっけ。それも買うとなると――。
結局、俺は家の近くのドラッグストアに寄り道した。
履歴書があるか心配だったけど、ちゃんと置いてあった。
それと目的のもの――あった、ボディシェーバー。あと、洗顔用の石鹸と化粧水と乳液、ああ、一応ハンドクリームも買っておこう。あ、リップクリームなんてのもあるのか。じゃあこれも……。
どれがいいのか下調べしてくれば良かったと思いつつ、あれこれカゴに放り込んだ結果、またしても結構な出費になってしまった。
っていうか、買った内容が「女子か!」って言いたくなるようなものなんですが。
しょうがない。
本格的な女装をするには肌のケアが不可欠。そうなったら洗顔と基礎化粧品は絶対必要。爽やか系男子は割とこういうのも使ってるらしいから、別に普通だ。たぶん。
「母さん。洗面所にこれ置いといていい?」
「ん? いいけど、洗顔用の石鹸なら私の使えばいいのに」
あるのか。
いや、そりゃあるか。
「あー、まあでも、これメンズ用だし」
「ああ、そうね。……でも、ふーん?」
「なんだよ」
「いや、そういうの気にするようになったんだなって。好きな子でもできた?」
好きな人ならとっくにいるよ。
生きたMayさんを見たのは一回だけだから、殆ど二次元嫁と変わらないけど。
化粧水とか乳液とかは部屋に置いておくことにする。
さすがにそこまでやると勘繰られるかもだし、風呂上がりにも使うから部屋にある方がいい。
着替えた後は日課を済ませた。
『May@レイヤー:
今度のイベントのコスは紫式部に決めました♪ ちょっと思うところがあってジャンヌは断念です……』
来た!
ジャンヌじゃないのは意外だ。でも、紫式部だと!? あのゲームでもかなり「でかい」部類に入るキャラじゃないか……!
ついでに言うと、結構、胸を強調した衣装にもなる。
Mayさんは巨乳が売りだけど、露骨に性的な感じのコスはあまりやらない。メイドとか、むしろ露出の低い衣装でさりげなくアピールすることが多い。そこに来ての直球。
思うところって、一体何があったんだろう?
彼氏? いや、普通の男なら露出を控えさせると思う。悪い男に捕まったとは思いたくない。正式に事務所所属が決まったから知名度を上げるため、とかだったらいいんだけど。
「やっぱり、仲良くなって確かめるしかない……か」
俺は、あらためてMayさんに近づく決意を固めた。
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5/22(FRI) 19:46
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手始めってわけじゃないけど、風呂上がりに早速もろもろの準備を始めていくことにする。
まずはムダ毛の処理だ。
俺には全くもって無縁の単語。でも調べてみると、男の毛が嫌いな女は意外に多いらしい。男だってムダ毛の生えてる女は嫌なんだから、当然といえば当然。
剃るのは風呂上がりがいいらしい。
適度な状態がいいので、風呂の途中は逆に駄目なんだとか。本当かどうかは知らないけど。
専用のクリームみたいなのも売ってたので、今回はそれを使って剃っていく。ちなみにシェーバー自体は一番安かったやつだ。
剃りたい部分にクリームを乗せて、力を入れすぎないように剃っていく。
とりあえず足から、
「なんか妙な気分だな……」
ぶっちゃけ、こんなことするのは初めてだ。
剃った部分からクリームを取り除くと、つるつるになった肌が現れる。親の顔より見た自分の足が、まるで誰かほかの人の足みたいだった。
こうして見ると綺麗だと思う。
男らしくはないかもしれないけど、見ている分には男の足と女の足、どっちがいいかなんて考えるまでもない。
悪くないんじゃないだろうか。
「どうせだからまとめてやっちゃうか」
両足と腕、それから脇までを一気に剃ってしまう。
「おお。いいな、これ」
手の甲とかも、毛がなくなっただけでだいぶ印象が変わった。
これならブラウス着ても前ほど違和感ない気がする。下はタイツだから変わらないだろうけど。いや、待てよ。生足という手もあるのか?
せっかくなので一式身に着けてみると、肌触りが違った。
毛が邪魔をしてたのか、より直接的に肌に触れてる感じがする。ブラウスもタイツも、なんていうか気持ちいい。
普通の寝間着に着替え直しても、肌への感触はやっぱり新鮮だった。
決めた。
女装を断念したとしても、定期的に毛を剃るのは続けよう。
「……まあ、剃れる場所はまだあるんだけど」
そこはやめておこう。
刃を当てるのは怖いっていうのもあるし、男として、そこに手を付けるのはもうちょっと、ちゃんとした決断が必要だ。
化粧水と乳液を馴染ませて(先にやれば良かった)、リップクリームやハンドクリームを塗って、寝る前にマンガの続きを読もうと思ったら、早くもバイト応募の返信メッセージが届いていた。
面接日の調整。
俺は少し考えた末、幾つか提示された候補の中から金曜日の放課後を選んで返信した。
初めてのバイト面接。
決戦の地は、学校から歩いて十分ほどのところにあるコスプレ専門店だ。
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5/29(FRI) 16:34
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俺は学校まで自転車で通っている。
なので、学校からそのまま自転車で行けば例の店まで十分もかからない。
金曜の放課後を指定したのは、休日だとお店が忙しいと思ったのと、制服の方が真面目そうに見えると思ったから。
ホームルームは大きな遅延もなく終わった。
面接時間には余裕があるので、このまま直行してしまうと早すぎるくらいだ。図書室にでも寄っていこうか考えつつ廊下を歩いていると、向こうから札木先生が歩いてくる。
「羽丘くん。これからバイトの面接だよね? 頑張って」
「はい。精一杯やってきます」
申し訳ないけど部活はお休みにさせてもらった。
一昨日、その旨を伝えると、先生は少し寂しそうにしつつも微笑んで了承してくれた。その時のことを思いだすとちくりと胸が痛んだ。
「すみません。わざわざ部活の日に」
「ううん。私も仕事がたてこんでるから、ちょうど良かった」
「……ありがとうございます」
本当にいい人だ。
これ以上は逆に悲しませてしまうと思い、俺は大袈裟でない程度に頭を下げて謝意を示した。
やっぱり、部活をすっぽかすのは良くないな。
先生とMayさん、どっちが大事かって言われたらそりゃMayさんなんだけど、恩師と好きな人は同じ天秤に乗せるものじゃない。
バイトをするにしても、シフトはできるだけ調整しようと心に誓った。
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5/29(FRI) 16:54
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目的の店は最寄り駅から歩いて二、三分のところにあった。
うちの学校からだと駅を挟んだ向こう側。
ちょっとこじんまりした一帯に立つ地味なビルの二階がその店だ。看板らしきものはビルの前に一つあるだけで、大きく宣伝してる感じじゃない。
灯台もと暗し。
駅には雨の日しか来ないのもあるけど全然知らなかった。こっちには生徒もあんまり来ないのか、放課後になって間もないのにひっそりとしている。
穴場、って感じだ。
コスプレに興味ある奴なんてそういないだろうし、これなら同じ生徒にでくわすこともほぼないだろう。
「……うん」
悪くないと思いながら、意を決して階段を上がる。
二階には何の変哲もないドアがあり、プレートに店名が書かれていた。
『コスプレ専門店 ファニードリーム』
ここで間違いない。
手をかけ、開く。からんからんと音がした。
「いらっしゃいませ」
店内に入ると同時に穏やかな声がした。
入り口付近にカウンターがあって、そこにエプロンを着けた女性が立っている。ショートヘアでスレンダーな体型の、さっぱりした女性。
歳は二十代中盤くらいだろうか。
彼女は俺を見て「お?」という顔をした後、すぐに「ああ」という顔になった。
「もしかしてバイトの応募してくれた子?」
「あ、はい。そうです」
「そっかそっか。じゃあ、こっちに来て」
彼女はそう言って、カウンターの中に手招きする。
言われるままについていくと、奥が事務所兼休憩室になってるみたいだった。
「ごめーん。面接入るから店番お願いしていい?」
「あ、はい。わかりましたー」
大学生くらいの女性が答えて立ち上がる。
俺に微笑んで出て行く彼女を見送ると、店長さん(仮)は店員さん(仮)が座っていたソファに腰をかけた。
俺は向かいのソファを勧められ、「失礼します」と言って座った。
「あ、これ履歴書です」
「ありがとう。ええと……羽丘 由貴君ね。へえ、珍しい。ゆきって読んじゃいそう」
「はい。男でも女でも平気な漢字を探したらしいです」
小中学校の頃とかはよく名前でからかわれたから、男の名前としてありふれてるかというとノーだけど。
店長さん(仮)はなるほどと頷いて名刺をくれた。肩書きは店長。合ってた。
「さっそくだけど、応募した理由を聞いてもいい?」
「あ、はい。実は、コスプレにちょっと興味があって、こういうところで働けたら詳しくなれるかと思ったんです」
「へえ。本当に?」
ちょっと身を乗り出してくる店長さん。
あれ? 俺、何か面白いこと言ったか?
「あ、ごめんね。高校生の男の子でコスプレって珍しいから」
「そうなんですか?」
「そりゃあね。男のレイヤー自体が少ないし。……あ、それとも、コスプレする女の子と仲良くなりたい的な?」
「それもありますけど、する方も興味があります」
「へえ。例えば何の作品のどういうキャラやりたいとかあるの?」
ごめんねと言ったばかりなのに、更にぐいぐいくる。
こんなお店やってるくらいだし、コスプレの話をするのが好きなんだろう。俄然、目がきらきら輝いてる。
でも、何のキャラ、か。
ちゃんと考えたことはなかった。今、言われてぱっと思い浮かぶキャラっていうと……。
あ、女の子しか思いつかない。
言いづらい。誤魔化すか? でも上手い誤魔化し方が思いつかない。
動揺していると、店長さんの目つきが鋭くなる。
「どうしたの? 思いつかない?」
はい、と言ってしまうのは簡単だけど、それじゃ駄目な気がした。
いいや。
どうせ駄目もとだったんだし、言ってしまおう。
「……虞美人、とか」
「虞美人? 英霊大戦のだと女の子だし、男体化した作品とかあったっけ? ……ん、あ、え、もしかして?」
「はい。……女装、興味あって」
ぽつりと答えると、店長さんが乗り出した姿勢のまま硬直する。
「マジで?」
「はい」
「………」
沈黙が下りる。
痛い。辛い。帰りたい。
内心で気持ち悪いとか思われてるんだとしたら、あまつさえ面と向かって言われたりとかしたらしばらく立ち直れない気が――。
「手」
「へ?」
「手、見せてくれない?」
言われるままに左手を差し出すと、店長さんは両手で俺の手を取った。
女の人に触られるとか久しぶりだ……って、そんな場合じゃないんだけど。
何をされるかと思えば、何をするでもなく、俺の手をじっと見ているみたいだった。手の甲も、裏も。
「へえ、結構綺麗。毛、もしかして剃ってるの?」
「はい。その方が綺麗かと思って。あと、ハンドクリームも使い始めました」
「マジじゃない」
「……はい。まだ興味があるだけですけど」
「どうして女装? 君なら男のコスで十分いけると思うけど」
男かあ。
そっちをやるのが普通なのはわかるんだけど、いまいちそそられない。俺が見てて楽しいのが女の子のコスだから、やって楽しいのもそっちな気がするというか。
何より、
「……仲良くなりたいレイヤーさんがいて、女の子のコスの方が気兼ねなく話せるかなって」
「ふむ……。なんていう人か聞いていい?」
後で検索でもするんだろうか。
いや、この人ならそもそも知ってるかもしれない。
「Mayさん、っていう人なんですけど」
「は?」
「へ?」
店長さんの上げた間の抜けた声に、俺は思わずぽかんとしてしまった。