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5/18(MON)

=====

5/18(MON) 16:56

=====


「お待たせっ。さ、今日は何のゲームしよっか?」


 放課後。

 職員会議を終えてやってきた先生は、とても上機嫌だった。

 抑えきれない笑顔のままで鞄を置き、声を弾ませながら向かいに座る。金曜日、有無を言わさず俺を寝かせた時とは大違いだ。


「先生。何かいいことでもありました?」


 尋ねると、札木先生はほんわかと頷いて、


「うん。羽丘くんの体調が良さそうなのが嬉しくて」

「っ」


 どきっとした。

 いやもう、不意打ちは止めて欲しい。

 ただの天然なのはわかってるけど、普通、そんなことでここまで喜ばないし本人にも言わない。ああもう、俺の顔、絶対赤くなってる。

 照れ隠しにそっぽを向いて答える。


「土日は七時間以上寝ましたからね」

「健康的。すごくいいと思う」


 いかにも。

 睡眠時間を増やしたのは寝不足解消と健康のためだ。

 先生達も言ってたし、色んなサイトを見ても書いてあった通り、十分睡眠を取るのは身体も肌にもいいらしい。

 実際女装してみて化粧の必要性はわかった。ならベースを整える努力はしておきたい。基礎ステータスって重要だし。


 併せて食生活も気をつけようと思う。

 昼はお弁当を持たせてもらってるので、手始めに他の食べ物や飲み物――具体的には菓子やジュースを控えてみる。

 おやつにはミックスナッツでもかじるとして、飲み物を買う時は水かお茶、牛乳をメインとしよう。

 少なくとも身体に悪いことはないし、効果が無ければ止めれば。


 睡眠に関しては翌日の気分がすっきりして、授業にも集中できてる。

 それでもついつい夜更かししたくなるので、「十一時までには寝る!」とか書いて壁に貼っておこうか。

 などと考えつつ、先生と一緒にゲームを選んだ。

 しばらく読み合い系のゲームが続いたので、今日は気分を変えてパズルゲームをチョイス。

 某落ちモノゲームを連想させる様々な形のタイルを、広さの決まっているフィールドへ交互に置いていくシンプルなやつだ。

 ちなみにこれは四人用なので一人二役になる。

 これはこれで、自然と2vs2の雰囲気になって楽しかったりする。


 ぱちぱちとタイルを置いていると合間に雑談が始まって、


「調べものはもう終わったの?」

「……まあ、はい。一段落はつきました」


 嘘だ。

 あれはライフワークのように進めるものであって、そう簡単に終わりとか来ない。

 ひとまず道筋がついたのは確かだけど。


「本当?」

「もちろん」

「ふうん……?」

「な、なんですか?」

「あやしい」


 じーっと見つめられる。

 だから、なんでこう鋭いんでしょうか。


「何を調べてるのもかも教えてくれないし」


 根に持ってたのか……!

 怒っているというよりは「拗ねている」という感じの札木先生は正直可愛い。俺に後ろ暗いことがない時なら、からかって遊びたいくらいだ。

 ただ、今は状況が悪いので、しらばっくれるしかない。


「そ、それはアレですよ。アレ」

「アレって?」

「お、男には秘密の一つや二つあるんですよ?」


 ……何を言ってるんだ俺は。

 まあでも、あるよ。俺だってこの一週間くらいで、知らなかった女のこと幾つも知ったし。女が知らない男のことだってあるだろ。

 うまく誤魔化せたに違いないと――。


「……あっ。そ、そうだよねっ」

「……あれ?」

「羽丘くんも男の子だもんね。そういうのに熱心になっちゃっても、仕方ないよね……? あはは、うん、気にしないで」


 札木先生の顔が引きつってる。

 というか、真っ赤になってる。誤解された。エロい調べものをしていて寝不足とか、意味深にも程がある。

 いくら先生が大らかでも「元気だね(ジト目)」くらい言われても仕方ない。

 弁解したい。

 でも、このまま誤解された方が便利かも。

 心の中で葛藤した俺は、そのまま曖昧な笑みを浮かべて流すことにした。ゲームの方に集中するフリをすればそんなに不自然でもないし。


 ぱち、ぱち、ぱち……。


「……羽丘くんは、どういうのが好きなの?」

「勘弁してください」


 机に両手をつき、俺は深く頭を下げた。


「教えてくれないの?」

「札木先生にそんなこと教えるとか、恥ずかしすぎるじゃないですか!」

「私だって恥ずかしいよ! ……でも、顧問として、部員のことは把握しておかないといけないし……」

「いや、性癖まで把握しなくて大丈夫だと思いますけど」

「だ、だって、羽丘くんが変な事件起こしたら大変だし……!」


 真っ赤な顔のまま妙なことを言いだす先生。

 何言ってるのか自分でもわからなくなってるに違いない。でないと、俺が性癖的な意味でも素行的な意味でも信用されていないことになってしまう。

 それとも信用されてないんだろうか。いやいや、きっと大丈夫。

 遠い目で自分を納得させた後、俺は息を吐いて、


「……そんなの、普通ですよ。写真とかイラストとか、後はまあ、妄想とか」

「妄想って、例えば?」

「いや、その、だから、こういう子とこういうことしたい、とか、頭の中でイメージしたりとかするじゃないですか」


 俺は何を説明しているのか。

 でも、札木先生は真剣な顔で説明を聞いてくれた。聞いてくれた上で目を細めて、


「クラスの子とかで妄想するのは良くないと思う」

「な、なんで断定口調なんですかっ!?」


 してないとは言わないけど!


「しょうがないじゃないですか……。俺だって男なんですよ……?」

「で、でも、身近な子でそういうことするのは……」


 近すぎると興奮しないけど、遠すぎるとイメージが湧かないから、同じ学年とかクラスメートとかって便利なんですよ。

 別に妄想してるからって、それを実行に移すわけじゃないし。

 とまあ、そこまでは説明しなかったけど、先生は頬を膨らませつつも一定の理解を示してくれたようだった。


「……ちなみに、どういう子が好みなの?」


 一定の理解……?


「だ、だから人並みですって」

「胸が大きい子ってこと?」


 そうです。

 心の中で全肯定する。貧乳好きな男はいるが、巨乳が嫌いって男は殆どいない。つまりそういうことだ。

 俺の内心を察したのか、札木先生の視線が強くなる。

 しばらくの間じとっと俺を睨んだかと思えば、先生は自分の胸元に視線を落とした。意外と、っていうと失礼かもしれないけど、ゆったりした服が多いからわかりづらいだけで、先生も結構大きいんだよな……。

 なんとなく凝視してしまう。残念ながら修行が足りず、見ただけでサイズはわからない。でも本当、どうして彼氏いないんだろうこの人。

 癪な気がするから「札木先生って可愛いよな」とか誰にも言わないけど。


 と。

 先生とばっちり目が合って、


「駄目だよ?」


 先生、それは「私で妄想しちゃ駄目だよ(してね)?」っていう意味に聞こえるんですが……。


「誓ってしませんから安心してください」

「……そう。良かった」


 息を吐いた先生は、あんまり安心できないっていう顔をしていた。





=====

5/18(MON) 17:38

=====


 変な話題のせいでしばらく気まずかったけど、ゲームをしているうちにいつもの空気に戻った。


「……そうだ。ちょっと相談したいことがあるんだけど、いい?」

「俺にわかることならなんでも言ってください」

「ありがとう。大したことじゃないんだけど……」


 先生が俺に相談とは珍しい。

 彼女は少し困った顔を作って、言ってくる。


「友達の話なんだけど」

「途端に胡散臭くなったんですが」

「友達の話なのっ。……もう。その、友達がね、急にイメチェンしたいって言いだしたの。それで、そういうのってどうなのかなって」


 どうって言われても、先生が言って止まらないなら俺にはどうしようもない気がする。

 ただ、「知りません」で話を終わらせるのもアレなので、


「彼氏でもできたんじゃないですか?」

「ううん、違うらしいの」

「じゃあどうして?」

「……芸能人に憧れて、会いに行きたいからって」

「やばいやつじゃないですか」


 友達っていうことは同年代だろう。

 大人の女性が芸能人に被れて急にファッションに目覚め、会いたいと活動しだす――悪い大人か、もしくはその芸能人本人に「食われる」イメージが見える。

 頭のネジが外れ気味なんじゃないだろうか。


 俺の答えに、先生も不安そうな顔になる。


「やっぱり、そう思う?」

「はい。先生の友達なら、変な人じゃないんでしょうけど……定期的に連絡を取っておいた方がいいんじゃないかと」


 好きな芸能人に会うには自分も芸能界に入るのが一番、とか言いだして、変なスカウトに引っかかったりしないように。


「うん、頑張ってみる」


 こくんと、真剣な表情で頷く先生。

 きっと大事な友達なんだろう。それだけ想われてるっていうのは幸せなことだ。

 俺には何もできないけど、うまくいくことを陰ながら祈っておこう。

 札木先生は微笑んで、


「ありがとう、羽丘くん」

「別に大したことじゃないです」

「ううん。そんなことないよ。こういうのは、誰かに相談するだけで全然違ったりするんだから。……羽丘くんも何かあったらちゃんと相談してね」

「はい、もちろん」


 俺の場合は生徒だから相談しやすい。というか学校関係の悩み事なら、相談するべきは担任か、顧問の札木先生だ。

 まあ、今のところ相談ごとは特に無い――あ、あった。


「そうだ。それなら一つ聞きたいことがあるんですけど」

「え、なあに?」


 首を傾げる札木先生。

 心なしかわくわくしている彼女に、俺は質問をぶつけた。


「バイトしようかと思ってるんですけど、申請とかっているんですか?」






=====

5/18(MON) 18:12

=====


 勉強机の上に一枚の紙を置く。

 アルバイトの申請用紙。

 バイトがしたいという俺に、札木先生は早速この用紙をくれた。やっぱり学校側への申請がいるらしく、これに動機や想定している時間・期間などを記入して提出、許可をもらってから面接に行くように、とのことだ。

 面接に受かる前だと動機とか書きにいだろうと思ったけど、バイト先の方も学校から許可が出てないと雇えないんだとか。


『だから、履歴書に書く志望動機と違って、ふわっとした感じで大丈夫だよ。社会経験を積んでおきたいとか、大学に行く資金の一部を稼いでおきたいとか』


 もっともらしい理由でバイトをするんだってアピールしろということ。

 間違っても「遊ぶ金欲しさ」とか書いちゃいけないけど、学校側も動機が建前だっていうのはわかってるので、細かく出費をチェックしたりはしない。

 要は変なことはしませんっていう誓約書みたいなものだ。


「なら、ちゃちゃっと書いて出すか」


 大して項目もないので、書き終わるのに三十分もかからなかった。

 よほどのことがない限り却下はされないらしいので、まあ、許可の方は大丈夫だろう。今のうちに、何かいいバイトがないか探しておくことにする。

 「何かいいバイト知りませんか?」とか聞いてみたりもしたのだが、先生はしばらく必死に悩んだ末に「ごめんなさい」と言った。


『アルバイトだったら、こういうところで探すといいんじゃないかな』


 と、代わりに教えてくれたのが求人サイト。

 せっかくなので、まずはそこを見てみる。俺でも名前くらい聞いたことある大手のサイト。地域とか希望職種とか細かく指定できるようになっていて、漠然とバイトをしたいだけの俺には無駄なくらい便利だ。

 地域はとりあえず家と学校の近くを設定した。

 職種は……言っても軽作業とかレジ打ちとかだろ? と思ったら結構項目がある。言われてみるとそういうのもあるか、というのがたくさんだ。


 特に目が留まったのは、服飾・アパレルという項目。

 服屋でバイトなんて考えたこともなかったが、悪くないんじゃないか。服のことに詳しくなるのはコスプレの役に立つだろうし、従業員割引とかあるかもしれない。

 他のと一緒にチェックを入れて検索。


「結構あるなあ……」


 上からぼーっと見ていく。

 どれが良いのかよくわからない。アットホームないい職場です! みたいなのが地雷だっていうのは聞いたことあるけど。

 まあ、すぐ決めるつもりもないし、全部流し見で……。


「……お?」


 最後の方で手が止まった。

 ぽつんと、毛色の違う求人情報が一つ。レジとか、軽作業とか、あと一応アニメ関係とかも入れて検索したんだけど、それはアニメ関係と服飾関係、両方で引っかかったらしい。

 短い説明文を読んでみると、


『個人経営のコスプレ専門店です。接客・販売スタッフ募集。コスプレが好きな方、裁縫ができる方大歓迎です』


 コスプレ専門店って……そういうのもあるのか。

 もちろん聞いたことはあったけど、この辺にも存在したとは。考えてみると、コスプレするつもりならこういうところも「関係ない場所」じゃなくなる。

 場所は、学校からなら歩いて行けて、家からでも自転車なら十分通える距離だ。

 応募してみようか。


「……受からないとは思うけど」


 なんとなく、胸が高鳴るのを感じながら、俺はその求人情報を「お気に入り登録」した。

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