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5/16(SAT)

=====

5/16(SAT) 11:32

=====


 週末、土曜日。

 俺は外出せず家でごろごろしつつ、そわそわと時を待っていた。

 ゲームをしたり、マンガを読んでもなかなか集中できず、結局、Mayさんのツイートを古いものからえんえん眺めるという、なんとも非生産的な作業をして時間を潰していると、待ちに待った報せが昼前にあった。

 知らない番号からの着信。

 迷わず取ると、気の抜けた若い男の声がして、


『〇〇運送ですけど、代金引き換えのお荷物のお届けがあります。これからお伺いしてもよろしいでしょうか』

「はい、お願いします」


 そう。

 通販で買った荷物が届くのである。

 一階に下りて居間に行くと、母親にその旨を伝える。ふうん、という気のない返事の後、何を買ったのかと聞かれ「マンガ」と答えた。

 嘘じゃない。

 正確でもないけど。


 数分後、荷物はきちんと届いた。


 待ってるとなかなか来なくて、トイレに行こうとした瞬間に来るのは勘弁してもらいたいけど、それはいい。

 ずっしり重い段ボールを抱えて部屋に運ぶ。

 すぐ昼食になる時間だったので開封は我慢。昼は焼きそばと野菜サラダというメニューだった。


「焼きそばとサラダって合わないだろ」

「健康のためにも野菜は食べないと」


 聞き飽きた両親の会話。

 俺と親父の分はかなり量が少なめなんだけど、実際、焼きそばと生野菜の組み合わせには抵抗がある。

 普段なら聞き流すか、親父の味方をするところ。

 ただ、今日に限っては違う聞こえ方をした。


「野菜ってそんなに健康にいいんだ?」

「そうよ。いつもそう言ってるでしょ? 肌にもいいし、病気もしにくくなるんだから」


 肌にいい。健康にいい。身体にいい。

 最近、よく聞くようになった気がする。

 野菜か。

 健康かあ。


「俺のサラダも次から増やしてよ」

「あ、やっと興味持ってくれたの?」

「裏切る気か」


 両親から正反対の視線を注がれたので、素知らぬ顔をした。


「健康に気を遣うなら、もうちょっと運動もしたら?」

「うえ、マジか」


 後から後からやること増やすのは勘弁してもらえないだろうか。






=====

5/16(SAT) 13:02

=====


 さて。

 昼食の後、部屋で段ボールを開封する。

 某大手通販サイトで買った、女装もののマンガとファッション誌、それに服。総額一万円ちょっと、高校生には高い買い物だった。

 しかも、今回はあくまでお試しだ。本格的に揃えようと思ったらいくらかかるか。


「……バイトするかな」


 脳内タスクに一件追加。

 本の類はひとまずどけて、服を取り出す。

 シンプルな白ブラウスと黒のスカート、それから黒のタイツ。童貞乙? 仕方ないだろ、こういうの好きなんだから。


「……おお」


 ベッドの上に並べると、妙な興奮があった。

 女物の服。

 いけないことをしてる気分だけど、これは新品で自分用で、きちんとお金を出して買ったもの。

 なんだかほっとした。女物の服を買うのって、もっとハードルが高いと思ってた。実際、店に行って買うなんて絶対無理だけど、通販なら店員さんから白い目で見られることもない。

 本当に女装、できるんだ。


「と、とりあえず、着てみるか」


 長時間出しっぱなしも危険だ。

 買ったのは安物。最悪この一回で駄目にしてもいいから、まずは軽い気持ちで身に着けてみよう……と、自己暗示をかけながら服を開封。

 服は全部Mサイズだ。

 俺の身長は163センチ。文化部だし身体を鍛えてもいないから、レディースのMで十分入るはず。


 服を脱ぎ、肌着とトランクスだけになってブラウスを手に取る。

 袖を通すとすべすべした肌触り。

 形も感触もワイシャツに近いけど、かっちり感が薄くてその分滑らかな感じ。あと、作りがちょっとタイトだろうか。これは体型のせいかもしれない。

 って、ボタンが留めにくい。

 そうか、男物と女物ってボタン逆なんだっけ。普段はボタンなんて無意識に留めてるから結構な違和感だ。


 次はスカート、と思ったけど、先にタイツを履かないと後がやりづらい。

 トランクスにタイツ。

 おかしな格好になるのは仕方ない。さすがに下着買う勇気はなかったし。

 思ったより薄くて伸縮性のあるそれを片方取って足に通そうとする。うまくいかない。靴下みたいに立ったまま履こうとするとバランスが崩れるので、ベッドに座って再挑戦。足を伸ばすようにして履くとうまくいった。

 長いのもあって、上まですっとは行かないので、少しずつ引っ張り上げるようにして履くみたいだ。

 両方履いてから足をぱたぱたしてみると、なんかエロい。

 男の足だから色白でもないし、ばっちり毛も生えてるわけだけど、その辺のもろもろがまとめて隠れるせいだ。

 すごいなタイツ。

 自分の足に履いてもエロいなら、女の子が履いたらもっとエロいに決まってる。


 さて、今度こそスカートだ。

 これはさすがにちょっと抵抗がある。ブラウスとタイツはまあ、物凄く大雑把に言えばワイシャツと靴下なわけだけど、こんなひらひらしたズボンがあるわけない。

 でも、ここまで来たら履くしか。

 どきどきしながら、ゴムになってるウエスト部分を軽く広げる。上から足を通すと、拍子抜けするほど簡単に入った。タイツの苦労はなんだったのか、というくらいにすとんと足が床につく。

 これで穿けたんだよな……?

 両足を通してウエストの位置まで引き上げたから、これでいいはずなんだけど、思った以上に安心感がないというか、解放感があるというか。ストレートに言うと、すごくひらひらしてる。ちょっと動くだけで揺れるし、空気が奥の絶対領域的な部分にまで入ってきてすーすーする。

 なんだこれ。

 半ズボンだってもうちょっと安心感あるぞ。


「……風吹いただけでパンツ見えるだろ、こんなの」


 いや、知ってたけど。

 偶然見えるのを期待したこともあるけど。恥ずかしくないのかと思ったこともあるけど。

 自分で穿いてみるとその恥ずかしさがよくわかる。


「うわあ。やばいな、これ」


 俺はしばらくの間、「あー」とか「うわー」とか言いながら、身体をひねったり軽くジャンプしてみたりした。

 そうして、若干気分が落ち着いてくるとようやく、全体を確認しようという気になった。

 ちゃんと立って、深呼吸をして、あらためて自分を見下ろす。


 白のブラウスに黒のスカート、黒のタイツ姿の俺。


 中は男物の下着だけど、外から見ただけではわからない。

 だから、案外、普通に女の子に見えた。


「……結構いけるんじゃね?」


 待て。決めつけるのはまだ早い。

 そうだ、鏡で確認しよう。

 ただし、俺の部屋に全身鏡なんて洒落たものない。あるのは小さなコンパクトミラーくらいだ。使えるとしたら洗面所の鏡だけど、この格好では降りていけない。

 夜中にこっそり? いやいや、待ってられるか。

 考えた末、俺は写真を撮ることにした。スマホで写真を撮れば似たような効果が得られる。


 ベッドに腰かけ、カメラを起動。

 インカメラにして胸の前に翳す。


「……あー」


 結論から言おう。

 興奮が一瞬で吹き飛んだ。何しろただ服を着ただけなので、当然、首から上はいつもの俺なわけで。俺が真顔でブラウス着てる姿を直視したら、興奮するどころじゃなかった。

 あと手がごつい。

 爪も短いし手入れもされてないから男の手って丸わかりだ。コスプレ舐めんなと、普段見る側にいる人間として思ってしまう。


「こういう時は服だけ写すもんだろ」


 化粧も何もしてないのに顔写したら笑えないに決まってる。

 あらためて何枚か、身体から下だけが移るように撮ってみる。胸とか、お腹から下半身にかけてとか、スカート中心の写真とか、タイツを履いた足とか。

 顔撮るんじゃなきゃアウトカメラの方が使いやすいと途中でモードを切り替えたり、鏡に映して撮ればもっと楽なんだろうなと思って「また鏡か!」となったりしながら、スマホ内の画像フォルダに結構な枚数の写真を溜めた。

 腕を伸ばしたり身体を捻ったり足を伸ばしてると段々疲れてきたので切り上げて、一枚ずつ眺める作業に移る。


 すると案の定。


「……案外いけるじゃん」


 顔と手を極力写さないようにしてみたら、画がぐっと良くなった。

 特に下半身。上半身の方は胸がないのと寸胴体型が隠しきれてないので女装の域を出ないけど、下半身はふわっとしたスカートに隠れてしまうせいもあって殆ど見分けがつかない。


「これいいな。これはボツ。こっちもなかなか……」


 なんか、普通にレイヤーさんの自撮り写真をコレクションしてるみたいでだんだん楽しくなってきつつ、出来のいい写真を残し、いまいちな写真を削除。

 全部残しとくと容量が気になるから仕方ない。

 選別を潜り抜けた写真は専用のフォルダを作り、パスワードをかけて保存した。記念に残しておこうと思う。


 でもこれ、客観的に見ても可愛いんだろうか。


 若干我に返った俺は、更に、誰かの目で評価してもらう方法を模索する。

 家族に見せる、却下。寒ブリに見てもらう、恥ずかしいので却下。学校の友人に送る、絶対無い。

 となると、やはりネット。

 こういう時は顔の見えない不特定多数に見せるに限る。その方が多くの意見がもらえるし、利害が入らない客観的な意見になるだろう。

 つぶやきアプリだとアレだし、このためだけにブログ作るのも大変だから――あそこか。


 大手ネット掲示板サイト。


 ハッキングから今晩のおかずまでをカバーするという例のところには、当然、女装関係の掲示板もある。

 その中から自撮りを晒すスレを見つけ、そこに書き込んでみることにした。

 といっても、書き込むのは初めてだからやり方を調べて……うわ、面倒くさ。一応目を通したけど、理解できてる自信はない。まあいいや、最低限「さげ」てあって、画像のファイルサイズが適切なら文句は言われないだろう。


 文章はどうしよう。

 別にコテハン(固定ハンドル。書き込みの常連のこと)になるつもりもないし、画像だけ見てもらえばいいんだから、気取る必要もないか。

 簡潔な内容を打ち込んで、


「送ったら、俺の女装写真が色んな人に見られるのか……」


 といっても、顔が映ってるわけじゃない。

 その他、変なものが映り込んでないかは徹底的にチェックした。身バレとか炎上とかの心配はない。

 後は、俺がどうしたいか。

 深呼吸をして、書きこんだ内容をしばらくじーっと見つめて、


「ええいっ!」


 迷いを振り払うように、送信。


『533 名前:女装が好きな名無しさん

 初女装の自撮りです。良かったら見てください。

 <画像><画像><画像>』


 更新された画面には、俺の投稿がしっかりと掲載されていた。

 三十秒くらい呆然と見つめた後、更新ボタンを押してみる。もちろん、そんなすぐにレスはついたりはしてなかったけど、目の前にあるのが現実だというのは理解できた。

 投稿してしまった。

 このスレを開けば、誰でも写真を見られる。反応があるかもしれないし、ないかもしれない。喜ばれるかもしれないし、罵倒されるかもしれない。

 どうなっても、もう取り返しはつかない。


「うああああああ」


 よくわからない悲鳴を上げて、俺はベッドに突っ伏した。

 情緒不安定にも程があるが、仕方ない。今になって羞恥心が襲ってきたのだ。

 そうしてしばらくごろごろとのたうち回って、ようやく落ち着いた後、俺はせっかく買った服に皺がついてしまってしまっていることに気づいた。


 ……正直に言おう。


 この時、既に俺はハマり始めていた。

 女装に。コスプレに。つまり、可愛く着飾って自分を魅せるという行為に。

 Mayさんとは関係のない別の部分で、深い沼に落ちていたのだ。



  ◇   ◇   ◇



『534 名前:女装が好きな名無しさん

 可愛い

 ぱんつの中も女の子なのかな?』


『535 名前:女装が好きな名無しさん

 細くて肌白くて裏山』


『536 名前:女装が好きな名無しさん

 まだまだだな

 下着を女物にしてウィッグ被って再投稿よろ

 顔はマスクしても可』

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