奴隷の名付け親
わたしは奴隷を商売道具にしている。つまりは奴隷商人という職業に就いているのだ。
女の奴隷商人――この現場に女は珍しくない、と言うよりわたしのいる現場は女の商人しかいない。男どもは「人間狩り」の現場でへとへとになるまで働いていることだろう。
わたしのいる現場で困ることといえば――いつも退屈なことだ。仕事内容は単純、人間狩りに遭った者たちを品定めしていろいろな分野に仕分する、それが終われば狭い檻に閉じ込めて貨物車や鉄道や船や航空機に積む……その後は奴隷市場で売る。そんな猿でも出来る簡単なお仕事だが、勝手気ままにされたら困るので『奴隷鑑定士』とうい資格取得者でなければ働けない現場だ。
世の中は奴隷時代だ。安い奴隷を買い漁り、その買われた奴隷たちに仕事をさせて社会を回す。昔からそうだけど、覇権を取っていたある国が本格的な奴隷時代に突入すると世界中どの国にも人間扱いされない人間が増えていった。
人間が人間の奴隷を買い、その買われた人間は犬や猫よりも下の階級で扱われる。どこかの国では鯨が神扱いされているのくらいだから、人間の頭の中も来るところまで来てしまったようだ。
と話を戻して――わたしが今やっている作業は仕分けだ。4時間で十分な勤務時間を8時間もやらされていて、まるで奴隷のようにこき使われている。なので退屈すぎて死んでしまいそうということだ。
と、眠たい目を擦り、
「名前は?」わたしは目の前の奴隷に訊いた。
「ありません」
「今日からお前の名前はブブタ。男、総合得点44、奴隷評価D、梱包は家畜以下可能、輸送先は○○○○市場、輸送方法は貨物船。分かったら返事」
「はい! よろしくお願いします!」
元気な返事をしてくれるが、ブブタは生き残れないだろう。
経験上で奴隷の生存率が一番高かったのは貨物車輸送だ。理由は奴隷市場まで迅速に出荷できるから。それ以外の輸送は地獄だと思う、鉄道は空調が利いてないから夏はほとんどダメになる、航空貨物機は暖房なしの極寒、船はいつの時代の奴隷船なのかという缶詰状態。なんて可哀想な奴隷たちなのだろう――でも狩られたのなら仕方ない、劣悪な環境に耐えて良い飼い主に出会ってちゃんと育ててもらおうね。
これが人間のすることか? そう、間違いなく人間のすることだ。ある者は歴史に名を刻み、ある者は奴隷という言葉を生みだした。この奴隷貿易こそが人間の起こした資源意識だ。
「ネクスト」
とわたしが言うと、目の前に年端も行かぬ小僧と小娘が現れた。
ああ、少年と少女よ。その歳で人間狩りに遭ってしまうなんて、この先に幸福は許されないだろう。
「少年よ、名前は?」
「ない」
「じゃあ、おまえの名前はプー太郎。男…………総合得点81、奴隷評価A、梱包は貴重品、輸送先は未定。分かったら返事」
「はい」
少年の返事を聞いたわたしは、パソコンに情報を打ち込む、それが終わると書類に文字と数字を書き込む。最後に少年の写真を撮って、奴隷の証明カードの完成だ。
とそこで、わたしの隣で作業をしている友人は、
「あんたまたそうやって勝手に名前つけて……叱られても知らないわよ」
「構わないでしょ、名前が無いって言うんだから。それに飼い主が見つかったら今の名前なんて無くなるのよ」
「名前のない奴隷は3とか8とか1.1でいいじゃない」
「そんな名前付けてたらわたしの頭の中が奴隷になっちゃうでしょ」
と、特に面白いことを言ったつもりはないが、友人は腹を抱えて笑い出した。
わたしは友人につられて笑うこともなかったので、『素晴らしき新世界』のために仕事に集中する。
「少女よ、名前は?」
「ありません」
「じゃあ、あんたの名前はプー子。女…………総合得点88、奴隷評価A´、梱包は上貴重品、輸送先は未定」
「――はい」
「ん? 何が『はい』なの? 授業中は私語厳禁って教わらなかったの?」
「え……ごめんなさい」
「謝るくらいなら初めから喋らないで――分かった?」
「はい、ごめんなさい」
そうやって少女に謝られ、わたしはため息をつくのだ。
素晴らしい階級社会、素晴らしい奴隷社会。悪いけどわたしにできることはない。
「あんたんとこAクラスの子がふたりも? 今日の儲けだけで来月の分も行けそうじゃない」と友人。
「つまり、狩りに行く男どもが稼ぎたいってことでしょ。危ない橋を渡ってでもアルコールやら麻薬やら女やらなんやらを買う金が男どもには必要なのよ」
「こっちの男どもは欲が無くてね、Cクラスばっかり。何かの間違いでSクラスの人間を狩ってこないかなー」
「SやAクラスって貨物車で行けるような市場じゃ高すぎて売れないのよ。他の国の金持ちじゃなきゃ買ってくれないの。SやAを売りに行くだけで高い経費を出さなくちゃいけないし、死なないように扱わないといけないし、傷とかも価値を下げるし、とっても大変なのよ」
「ああ……それはあるけど、太っ腹のヘンタイは気前いいよ」
「そういうヘンタイは買って使ったら捨てることしかしないのよ。最後まで面倒を見ないし、飽きたら奴隷の殺処分施設にポイするし、奴隷の使い方が雑で何も分かっていない。わたしがせっかくA評価を付けてやっているのに、金を持っているだけのそういう馬鹿でヘンタイな奴は自分の教育も奴隷の教育も下手くそだから良い奴隷がどんどんダメになっていくのよ」
「さすが、国家奴隷鑑定士。奴隷についてよく知っている」
「別に、鑑定士のレベルなんて誰でも一緒よ。わたしは一番難しい試験に偶然合格した程度のものだからね」
と、友人に言ったわたしは、休憩をとろうと椅子から立ち上がる。そして友人に一言、
「でも、一番難しい試験に合格しているからこそ、ちょっとサボっても一級のあなたより給料を多く貰えるの」
友人は憂鬱な表情をして、「わたしも国家奴隷鑑定士試験受けよっかな」と言う。
「想像以上にお金かかるから落ちないようにね、とは言っても落ちる時は落ちるし、わたしみたいに山が当たって合格する時もあるから。自分のペースで頑張りな」
わたしは言い、友人に小さく手を振って休憩室に向かった。
休憩室に入れば狩りをし終えた男どもがたむろしている。いつもの光景、季節的に冷房ガンガンの休憩室。
「あんたらくっさいたばこをよく吸えるわね」とわたし。
「このたばこの良さは理解し難いですぜ、姐さん」と男A。
「理解したくないわ」
と、わたしはたばこを咥えたのだ。
つまらない日常、つまらない仕事、つまらない人生。わたしでさえそう思っているのに、奴隷たちはどう思っているのやら。
素晴らしい世界が出来上がったようで――奴隷商人のわたしは中指を立てて脱帽しているのだ。
この世界で『ファック』は褒め言葉や尊敬の言葉で間違いない……そうでなければ、みんなが喜々として使っている意味が無いのだ。
言葉に宿る力を知らないとなれば、言葉を使う意味なんてないのだけど。
ほんと、良い世の中になったものだ。
…………そしてわたしは仕事に戻った。
こうしてわたしは、今日も奴隷市場で奴隷を三十人売り、奴隷評価Eの奴隷を一人だけ買う。
「今日からあなたの名前は『ポチ』」
わたしは買った奴隷に名前を付けた。
「ポチ、わたしが飼い主で良かったわね。これから先は幸福が待っているわよ」
と、わたしはポチの頭に銃を構え――引き金を引いた。
ああ、人間とはどこまで残酷になれるのだろうか。人間とは奴隷なのだろうか。人間は残らず裁かれるべきなのに、裁いてくれる神はどこに行ってしまったのだろうか。
どうでもいいことなのは分かっている、その他にわたしが分かることは――わたしは醜い世界に生まれてしまったということだ。
(北部が戦争に勝っていれば、こんなことにはならなかったのに……いいや、どちらが勝っても変わらないだろう)
そう思いながら、今日もわたしは名前の無い奴隷に名前を付けている。