影の追憶
男には、共に刀を振るう朋友がいた。
時に彼らは光となり、影となって相まった。検非違使を志す二人は、いつか湖の当代の助けとなる日を夢見ていた。好敵手が近く親しい間柄であることは、二人にとって幸いだった。男は友を光のような存在だと認識していた。そして自らは影であると。もしも僥倖として二人、検非違使となったならば、先に刃の露となるのは自分であろうと。そう確信する程に、友人の剣技は抜きん出ていた。眩しい存在だと、男はそう思っていた。それは妬ましさすら超えた羨望だった。
ところがある日、その友が病に倒れた。床に伏しがちになり、見舞いに行っても弱々しい笑みを浮かべる。そんな莫迦な、と男は思った。先に逝くのは自分のほうではなかったか。刃の、露となり果てるのは。友人は何かを悟ったような表情で、お前ならきっと立派な検非違使になれる、と請け負った。男にはそれがまるで遺言のように聴こえた。
そしてそれは事実、そうなった。
友人は蒼穹を目指す細くて白い煙となった。
男は落涙した。
子供の時以来、泣いたのはこれが初めてだった。
その日から男は一層、稽古に励んだ。亡き友の分まで、背負う覚悟だった。
光が死に絶え、影が生き残る。
滑稽さを噛み締めながら、それでも友人の遺言が耳について離れなかった。
ついに検非違使の職に就いた日の晩、男は盃を一対、用意して、酒を注いだ。
己の酒を飲み干しながら、向かいに友人が座る心地で盃を見る。明るい満月の晩だった。
影でも光でもないよ。
いつだったか、そう言った友人の言葉は蘇る。
お前はお前で、俺は俺だ。
安い慰めと今までは思っていたが、今になると友人が、心からそう言っていたのだと信じられる。それでも自分は影で良いと思った。影には影の良さがある。例えば人を暑さから守る夏の緑陰のような。
俺はそんな風に生きるよ、と、男は向いに置いた盃に向けて告げた。