湖面血珊瑚
透明な湖の底に魂の腸が横たわっている。
それは美しく晒された内なる粒子の塊にも見える。
肩ほどまでの白髪を風に流しながら、花毬は赤い双眸をじっと湖に据えていた。
水の中の花毬もまた、花毬を見ている。
ぽちゃりとした小石となって水に沈んでいけたらどんな心地だろうか。
まだ春も浅い。
透明なる清水はさぞ冷たく身に沁むだろう。
冷たさに身を任せるもまた一興。
投げやりで向こう見ずな花毬の思惑が生じるには理由があった。
幼馴染の竹丸と喧嘩をした。
喧嘩のきっかけはもう憶えていない、些細なことだ。いつも、どんな時でも竹丸とは些細なことで喧嘩をする。
まだ若いと言うより幼いと言える二人の喧嘩は口論の果て、掴み合いとなり、花毬は竹丸の耳朶に噛みついた。
濃い珊瑚色の玉がぷくりと膨らみ、竹丸の耳をまるで飾るように浮かぶのを見て、花毬もはっと我に返った。そこまではいつも通りと言えるかもしれない。
問題はそのあとだ。
深紅の血珊瑚を花毬は咄嗟に舐め取ったのだ。
罪悪感と、竹丸に本気で嫌われたらどうしようという恐れからの行動だった。
それが今、思い返せばそれこそ耳まで赤くなる。
ぽかんとしていた竹丸の顔も忘れられない。
自分と同じ、白髪、赤い瞳。
花毬たちは特殊な語り部の一族だ。些末なことであっても詳細まで記憶する。己の行為もまた後々まで忘れられまいと思うと、花毬は悔やむ気持ちに苛まれ、唇をきりと噛むのだった。
ふくら、と唇に浮かぶ血珊瑚を感じる。
水で拭おうと湖面に顔を近づけると、自分の顔の後ろに竹丸が映った。
片耳に飾りのような傷痕がある。
「血が出てるぞ」
竹丸が怒ったような声で、自分の唇を指して告げた。
「竹丸も血を出したわ。ごめんなさい」
謝罪の言葉は思っていたよりすんなりと出た。いくばくか、心の軽くなった花毬とは逆に、竹丸の眉はひそめられ、うっすら赤面した。
「良い。別に」
花毬が血を拭おうと自分の口許に伸ばした手を竹丸が掴んだ。強い力で、怒ったような顔は相変わらずで――――。
花毬の唇をぺろりと舐めた。
赤い目が真ん丸になった花毬に、言い訳するように竹丸が口早に言う。
「お前が先に舐めたんだからな」
お前が先に――――したから。
それは竹丸の口癖だった。
いつも、癇性の彼は怒った口調でそれを言う。
だが今回は、疚しさこそ僅かに含まれるものの、落ち着いた語勢だった。
一旦は花毬に近づいた血の耳飾りが離れていく。
花毬はそれを眺めながら思った。
あれは所有の証であるのだ、と。
血珊瑚の芽吹きは碧い湖面とは対をなすように。
鮮やかに、幼い語り部たちの心を彩った。