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謝罪会見

作者: ようじ

ここはとあるのホテルの一室。

これからある謝罪会見に臨む社長と専務のための控室だ。

その部屋の真ん中に置いてあるテーブルに向かいあって座っている二人。

謝罪会見を控えた社長と専務の二人が、沈痛な面持ちで話し合っている。


専務 「社長、そろそろお時間です。」

社長 「うん・・・。」

専務 「社長、開始時間ですよ。記者の方が会見場で待っておられますので。」

社長 「あぁ・・・。」

専務 「社長!」

社長 「分かってる! 今、行くから!!」

専務 「気が進まれないようですね。」

社長 「当たり前だ! 謝罪会見だぞ! 気が進むわけないだろ!」

専務 「しかし、社長、インターネットの普及もあり、

    お客様からの一つのクレームを蔑ろにしたせいで、

    悪い噂が一気に広がって、会社が倒産する昨今でございます。

    我が社もそうならないように、お客様からのクレームの対応は

    キチンとしませんと。」

社長 「分かってるって! だからこうして、ホテルの会場まで借りて、

    わざわざ謝罪会見を開くんじゃないか!」

専務 「我が社の命運はもちろんですが、我が社の社員全員と

    その家族の生活もかかっておりますので、

    なにとぞ、お願いいたします。」

社長 「それは俺も会社は守りたいし、社員の生活もそれ以上に守りたいよ。

    でもな・・・。うちに関わらず、最近、何でもかんでも

    謝罪会見をやり過ぎじゃないか? 

    ちょっと簡単に謝り過ぎだと思うんだが・・・。」

専務 「いや、社長、こういうのは早めに謝罪会見を開いて、

    先手を取って謝っておいた方が傷口が広がらずにいいんですよ。」

社長 「ただ、うちで販売している“から揚げ弁当”が、

    思っていたよりも量が少ないっていうクレームが

    何件かあったっていうだけで、こうしてホテルまで借りて、

    ここまで大袈裟に謝罪会見をしなくてもいいと思うんだが・・・。」

専務 「しかし、社長、インターネット上で

    “大森のから揚げ弁当っていう名前のくせに少なすぎる”という書き込みが

    殺到しておりまして・・・。このまま放っておけば、

    いわゆる炎上してしまうことに・・・。」

社長 「それはそうだけど、大森は俺の苗字だぞ。

    だから、“大森のから揚げ弁当”っていう名前で販売してるのに、

    それが量が少ないって、どんなクレームなんだ?」

専務 「インターネットの世界では面白おかしく騒ぐ人がいるんですよ。」

社長 「あっ、そうだ! いいことを思いついたぞ! 

    営業部の社員で小森って奴がいただろ? 俺は会長職になるから、

    いっそのこと、次の人事異動であいつを社長にしたらどうだ? 

    それで、“小森のから揚げ弁当”って名前なら、

    量が少なくても文句は出ないだろ?」

専務 「社長、そんな付け焼刃の対応ではかえってことが大きくなるかと。

    今の時代は顧客第一で考えませんと、我が社の存亡が・・・」。

社長 「分かった、分かった。お前がそこまで言うなら、ちゃんと謝罪するよ。

    じゃあ、会見場に行ってくるよ。」

専務 「社長、お願いします。」


記者が並ぶ会見場に入る社長。

テーブルの前に立つと一斉にシャッター音がして、フラッシュが光る。


カシャカシャ(カメラの音)


社長は眩しそうに目を細める。

そして、長いお辞儀の後、社長は顔を上げる。


社長 「この度は、私ども大森弁当が、多大なるご迷惑をお掛けいたしました。

    ここに陳謝いたしますとともに、今後、再発防止に向け、

    社内に対策委員を設け、二度とこのようなことが起きないように

    努力していきます。それでは、早速ですが、

    質疑応答に移らせていただきます。

    ご質問がある方は、挙手してください。」

記者 「はい!」

社長 「そこの方、どうぞ。」

記者 「社長、“大森のから揚げ弁当”という商品名なのに、

    量が思ったよりも少なかったということで、

    多数のクレームがあったということですが、

    看板に偽りありではありませんか?」

社長 「いえ、私どもは大森という苗字ということで、

    先代からこの屋号で“大森のから揚げ弁当”を

    販売させていただいております。けっして、“大盛”だと偽って、

    商品を販売していたわけではございませんので・・・。」

記者 「しかし社長、消費者はかなり混乱されたと思うんですよ。」

社長 「でも、うちの“森”は木が三つの“森”ですし、

    そんな勘違いをされたお客様はバカ・・・、

    いや、お客様にも多少責任があるのではないかと思うのですが・・・。」

記者 「社長、初めから間違って買うことを想定されてたんじゃないんですか?」

社長 「先ほども申しましが、そもそも大森は私の苗字ですので、

    そのような意図はございません。」

記者 「でも実際に間違って御社のお弁当を買われた方も

    たくさんいらっしゃるんですよ。

    その方々への責任の取り方は考えておられるんですか?」

社長 「まぁ、考えてないことはないですが、

    そもそも弊社の弁当自体を見た感じで、

    それほど大盛ではないということは分かったと思うんですよ。

    手に取って、レジまで持っていって、買われているわけですし・・・。」

記者 「ふざけんな! 被害者がいるんだぞ!!」

社長 「被害者と言われましても、私の苗字の“大森”を

    勝手に“大盛”だと勘違いしていて、

    食べてみたら思っていたよりも量が少なかっただけですし・・・。」

記者 「被害者の中にはお腹が空いていた苦学生もいると思うんですよ。

    そういった若い世代の夢を奪ってしまった、

    将来の芽を摘んでしまったという認識はあるんですか?」

社長 「いや、そんな認識は全くないです。」

記者 「では反省もされていないということですか?」

社長 「・・・まぁ・・・そうですね・・・。」

記者 「夢を持って田舎から都会に出てきて、一所懸命、

    肉体労働をして働いている若者もたくさんいると思うんですよ。

    社長は、そんなお腹を空かせて“大森のから揚げ弁当”を購入した

若者たちが飢え死にしてしまってもいいと、

    こうおっしゃるわけですね?」

社長 「いや、その、大盛ではなかっただけで、

    普通の大きさのお弁当は食べているわけですから、

    けっして飢え死にはしないと思うのですが・・・。」

記者 「そんな言い草があるか! 学生はみんな、腹が減ってるんだよ!」

社長 「ですからその・・・、商品を見ていただいて、

    ご購入していただいているわけですから、

    食べる前に量は大体分かると思うんですよ。

    足らないなと思ったら、他のお惣菜も買うとか、

    いくらでも対策はできると思うんですよ・・・。」

記者 「でも、パッケージに、“大森のから揚げ弁当”って

    書いてあるんだから、誰でも量が多いと思うじゃないですか!?」

社長 「ですから、大森は私の苗字で、

    字も“大きく盛る”の大盛とは違いますし・・・。」

記者 「大森社長、今後の対応策はどうされるおつもりですか?」

社長 「そうですね。社内で会議をしまして、今後パッケージには

    “大森のから揚げ弁当 量は普通”と表記する方向で動いております。、

    現在、社内はもちろん、パッケージの印刷を発注している印刷会社など、

    関係各所に調整中です。」

記者 「その程度の対応で、この問題は収束するとお考えですか?」

社長 「ええ、まぁ。」

記者 「足らなかった分のから揚げを、被害者全員に郵送で届けるとか、

    そういった誠意のある対応はお考えではないのですか?」

社長 「足らない分のから揚げと言われましても、弊社の調査では、

    誰がどのくらい、から揚げが足らなかったのか、

    把握できておりませんし。」

記者 「謝罪会見を開く前に、そのくらいの調査もしていないんですか?

    企業としての危機管理が全くできてないと思われても仕方ないですよ!」

社長 「いや、その、足らない唐揚げの量の調査なんで、

    やりようがないと思うんですが・・・。

    だいたい、いきなり家にから揚げが郵送で送られてきた方が

    クレームになると思うんですが・・・。」

記者 「では、今後はパッケージに、

    “大森のから揚げ弁当 量は普通”と表記して、

    それでこの問題は終わるとお考えなんですね?」

社長 「そうですね。それでクレームを出してきたバカ共が、

    いや、お客様全員がご納得いただけると考えております。」

記者 「全員が納得できるわけないでしょう? 

    後遺症が残っている方への補償はどうするんですか?」

社長 「後遺症ですか? そんな方はいないかと・・・。」

記者 「いますよ!

    “買ったお弁当の量が思っていたよりも少なかったらどうしよう”という

    恐怖感からPTSDになって、その後、

    フラッシュバックに苦しめられて、

    お弁当が買えなくなった方もいるんですよ!」

社長 「そんなバカ・・・いや、そんな方がいらっしゃるんですか?」

記者 「いますよ。社長は、インターネット上にあった、

    そういった内容の書き込みを把握されてないんですか?」

社長 「はい。そんなバカ、いや、

    そんな方の存在は把握しておりませんでした。」

記者 「大森弁当の危機管理はどうなっているんですか? 

    とにかく、今後の対応策を教えてください。」

社長 「ですから、弁当のパッケージには、

    “大森のから揚げ弁当 量は普通”という表記をすることを

    徹底する所存です。」

記者 「分かりました。社長。

    これ以上、被害者が出ないようにお願いしますよ。」

社長 「はい。本日は会見にご足労いただき、ありがとうございました。」


会見が終わり、控室に戻ってきた社長と専務。

社長はさすがに疲労の色が隠せない。


専務 「社長、お疲れ様でした。

社長 「ふぅ~、疲れた。なんなんだ、あの記者は? 

    頭がおかしいんじゃないのか?

専務 「社長、あの記者、実は私の知り合いなんですよ。」

社長 「え!? 専務の知り合い? 

    じゃあ、どうしてあんな理不尽なことばかり聞くんだ? 

    初めから他の記者は笑ってたのに、あいつだけすごい勢いで

    うちの責任を追及してきて・・・。」

専務 「いや、社長、あれが狙いなんですよ。」

社長 「あれが狙い? どういうことだ?」

専務 「そうです。大森弁当は、こんな訳のわからないクレームにも

    誠実に対応して、社長が謝罪会見を開くいい会社だって、

    きっと評判になりますよ。」

社長 「そうかな?」

専務 「あの記者と社長とのやり取りも客観的に見て面白かったですし、

    絶対に評判になりますよ!」


謝罪会見から数週間後、大森弁当の社長室に、

専務が書類を持って入ってきた。


専務 「社長、社長、これを見てください。」

社長 「ん? 専務どうした? また新たなクレームか?」

専務 「違いますよ。あの謝罪会見の翌月の売り上げですよ。」

社長 「あのバカみたいな謝罪会見の影響で、

    うちの弁当の売り上げが下がっているのか?」

専務 「社長、全くの逆ですよ。」

社長 「逆? え!?」 


社長は専務から渡された書類に目を通した


社長 「なんだこの売り上げ? これ、一ヶ月分の売り上げか!?

    いつもの三倍くらいあるじゃないか!」

専務 「そうなんですよ。」

社長 「え!? どうしてだ?」

専務 「あんな訳の分からないクレームに、

    真摯に謝罪会見を開いた大森社長が

    “神対応”だとインターネット上でも大評判ですよ!!」

社長 「え!? あんな会見が? あんなの茶番じゃないか?」

専務 「世間ではそう取らなかったんですよ。

    社長の“大森のから揚げ弁当 量は普通”という

    渾身のギャグも若者を中心に大ウケですし。」

社長 「いや、別にあれはギャグでも何でもなかったんだが・・・。」

専務 「世間では、“大森のから揚げ弁当は思っていたより

    量が少なかったと言われていたけど、

    食べてみたら、思っていたよりも

    量は少なくなかった”と評判ですよ。」

社長 「早口言葉か!」

専務 「とにかく、大森弁当は社長の対応も誠実だし、

    みんなで大森弁当を食べて、応援しようと

    インターネット上で盛り上がってますよ。」

社長 「そうか。あんなことで世間は目を向けてくれるんだな。」

専務 「そうですね。社長、このままいくと、

    今期の売り上げは創業以来、

    最高になるんじゃないですか?」

社長 「そうだな。

    これも専務が会見のお膳立てをしてくれたおかげだよ。

    あっ、いいことを思いついた!」

専務 「社長、どうしました?」

社長 「せっかくだから、もう一度、仕掛けよう!」

専務 「仕掛ける? どうするんです?」

社長 「今回の騒動は、元々、大森という社名なのに

    量が思ったより少なかったっていうクレームから

    始まっているから、それを逆手にとって、

    から揚げの量をめちゃくちゃ多くしたら、

    もっと評判になるんじゃないか?」

専務 「それは面白いですね!」

社長 「よし、明日の出荷分から、から揚げの量を三倍にしよう!

    これでまた、うちの弁当のことが話題になるだろ。」

専務 「そうですね。大森は太っ腹だと、また世間から目を向けられますよ。」

社長 「ひょっとしたら売り上げが五倍になるかもな。」


さらに一週間後。専務が社長室に駆け込んできた。

しかし、専務は悲壮な顔をしている。


専務 「社長、大変です!」

社長 「どうした? から揚げ弁当が売れ過ぎて、製造が間に合わないのか?」

専務 「いえ、大森のから揚げ弁当の

    から揚げの量が多すぎると大騒ぎになっています。」

社長 「大騒ぎに? 狙い通りじゃないか! 

    これでまた、うちの弁当が世間から目を向けられるな。」

専務 「それが、食べきれないから揚げを捨てている画像がインターネット上に

    たくさん投稿されていまして、

    “もったいない”と多くの方が本気で怒っています。

社長 「そうなのか!?」

専務 「世間では、“大森のから揚げ弁当”の不買運動も起こってますし、

    売り上げも通常の三分の一くらいになっています。」

社長 「なんてことだ! 世間から目を向けてもらおうと思ったら、

    目を向けるのではなく、目を剥いて怒られた・・・。」

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