朱(あか)い荒野-街へ3
翌朝、特に持ち出すものもないと判断した2人は一先ず水を確保するべく動き始めていた
「街の中のはもうダメだろう、確か少し先に川があった筈だ
そこまで歩くぞ」
「そうですね、ところで容器は今までので足りるんですか?」
「少し怪しいな、だがお前は一度に水を持ち運べないだろう
川を探しながら・・・最悪川を辿って動くしかない」
そう言ってテリーが水を飲み始めたのだが
「その話はもう解決しました」
明らかに水筒として使うには大きすぎる容器を何処からともなく取り出した拓真を見て飲んでいた水を噴き出した
「昨日調べていた建物の中に書物が沢山置かれた納戸のようなものがありまして
そこは意思のようなものを持たされた特別な術が掛けられていたようで、その術を介して教えてもらいました
あと武器も持ち出していいというので貰って来ました」
「お前・・・そういうのはその日のうちに教えろ
因みに武器はどんなものだ」
空間魔法で収納していたショートソードを取り出して渡すと、じっくり観察し始めた
「手打ちの剣か、質は・・・そう悪くないな
そこらの街で売られてる安価な量産品に比べればの話だが、良いのを買うまでの繋ぎにはなるだろう」
軽く素振りしてまでの評価はこのような感じであった
どうも彼の剣は職人に頼み込んで自分が最も扱いやすいように作ってもらった物らしく、そういう専用品に比べれば大抵の剣は見劣りしてしまうのだという
「奴に剣を作ってもらうのが一番しっくり来る、自分で気が付いていない癖まで見抜いて打ってくれるからな
工房は確かもう息子に譲ってた筈だが、その息子ももう何年かすれば似たようなものは作れるようになるんじゃないか?」
予定通り川まで歩き、飲める水であることを確認してからまずは甕を水の中に沈めて軽く濯ぐ
それから一度引き上げ、汚れがある程度落ちたことを確認してから再び川に入れて水を注いだのだが
「おい、お前はいつからそんな重量物を持ち上げられるようになったんだ?
・・・もしかしなくても昨日のか」
観察眼を使って確認したのだろう、途中から何かを諦めたような口調になっていた
「ただその術式、多分速度を上げるのには向いてないな
どちらかというとパワーを上乗せすることに特化した術式で、速く動かそうとすると途端に効率ダダ下がりの魔力ドカ食いってヤツだ・・・どうやったらこんなのが出来上がるんだ?」
殆ど独り言のようになっているのを聞きながら水がめを収納するのとほぼ同時、テリーが抜剣した
しかしながらその視線はやや斜め上、具体的には空中に向いている
「今までのに比べると少々厄介なのが来たぞ、飛行種・・・反応自体が小さいが多分小炎鳥の仲間だろう
数は5だ、もう気付かれてる」
拓真も剣を取り出して構えて待っていると、火が飛んできた
もう少し適切な言い方をすれば『鳥の形をした火が』なのだが
「見て分かるだろうが、まず的としては小さい上に動き回るから攻撃がとにかく当てづらい
加えて範囲攻撃がしやすい火属性の攻撃はまず効かない、水源が近くにあったのだけが幸いだったな」
地球で言うカラスどころかコサギほどのサイズはあるのでテリーの言う『小さい』という表現は少々疑いたくなるが、まあそういうものなのだろう
火属性の攻撃が効かない上に空中に居るとなれば拓真の出る幕はない
そう思ってはいたが、突っ込んでこられたときの防御手段は確保しておきたかったのでギリギリ川に落ちないくらいまで下がっておいた
そこでテリーはどう動くのか、そう考えてさっきまで立っていた方を見てみるが既に姿はそこになく、慌てて空中を見てみると『跳んでいた』
そのまま振りかぶった剣を当てるのかと思っていたがそれより早く剣が水を纏い始め、振りかぶったことにより出来た水流が小炎鳥を豪快に地面に叩きつけた
その様子に危機感を覚えたのだろう、元々纏っていた炎を増すように他の小炎鳥はその全身から激しい炎を噴き出した
テリーによって叩きつけられた1匹もまだ生きていたらしく、同じように激しい炎で一回り以上大きくなっていた
「無意識に反応が小さいのでなめて掛かっていたか、こうなったら生半可な水ではダメージを与えるどころか攻撃を防ぐこともできないな」
大声でなくても話が出来るほど近付いていた2人に向かって小炎鳥の群れが一斉に炎を吐き出した
テリーは自前の瞬発力で範囲外に逃げ出し、拓真はそこまでの力もなければ防壁を作ることも出来ないので背中から川に飛び込んだ
川の表面を炎が熱するが、剣を重りに水底まで沈んだ拓真には殆ど影響がなく、一度剣を仕舞った上で川を少しだけ下り、そこでで水面から少しだけ顔を出して様子を伺う
流石にあのサイズの炎を斬るのは諦めたのか、それとも機を窺っているだけなのかは分からないが、テリーは剣を右手だけで持ったまま左手から水の球をいくつも放っていた
水は高熱に当てられて届いていないようだが少なくとも挑発には成功しているらしい、魔獣の意識はこちらに向いてはいなかった
そこでふと思いついたことがあった
いくら炎を噴き出しているといっても鳥は鳥、炎以外かつ炎そのものを貫通することが出来るものならダメージを与えられるのでは、と
まずは炎を貫通するものの1つ目として、水をイメージ通りに扱えるか試してみる
魔獣に気付かれないように反対方向の岸に向かって水を細く飛ばしてみる
魔力を介して水を掴む感覚を得るのは難しかったが、小さな水鉄砲ほどの水流を起こすことには成功した
その水流の水量と勢いを増やしていき、ある程度の太さのまま水量だけを増やそうとするが思ったほどの勢いは得られないようだ
失敗したときの為にもう一つの手段の原理を頭の中で描きつつ、まずは魔獣に向かって滝の逆送りと錯覚しそうなほどの水を放ってみた
横からの不意打ちに近い構図になったため、一番近くにいた個体が撃ち落とされたが、他の個体は軌道から離れながら群れることで水流を回避した
高熱の源が密集されては今以上の圧力で水を送り出さなければ炎を貫通して本体に当てることさえ難しい
そこで2つ目の案が静電気・・・厳密には巨大な放電現象、雷である
さて、当然ではあるがただ電撃を放ったところで空を飛ぶ鳥に当たる事はまずないだろう
雷は雲と地面の間に掛かる極端に高い電圧によって絶縁体である空気の中を無理矢理通っているようなものなのでその間に鳥がいたところで関係なく貫通するだろうが、そもそも雷自体は『巨大な静電気』と言われる通り電位差が原因で発生するもの
ただ電気を流すだけであれば電子が帰還するための回路が必要になってしまう
その辺りの中途半端な知識抜きにしても自分がダメージを負うのは本末転倒なので雷を選んだわけである
・・・要は暴発しては困るから空中で放電を起こそうということなのだが
細かい発生原理は便利な魔法に任せて範囲だけを指定する
幸い、何かを察したようなテリーがまだ気を引き付け続けてくれているので魔法自体の範囲対象を指定するのには然程苦労しなかった
範囲を指定すると空間魔法や強化魔法の比にならない量の魔力をごっそり持っていかれた感覚がした直後、巨大な火花が強烈な破裂音を伴って空と大地の間に走り、4体のうち2体を貫通した
テリーはというと、文字通り過ぎる青天の霹靂に一瞬だけ驚いたようだが、魔獣も怯んでいる様子を見て瞬時に跳んだ
身体強化魔法で増強した脚力で跳び上がった勢いのまま残る魔獣も切り伏せ、綺麗に着地した
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「ところでさっきのアレは何だ、タイミングといい場所といい間違いなくお前だろ」
討伐した地点から発って少ししてからそんなことを訊かれた
「雷です、テリーさんが知らないとは思いませんでしたが」
「そういう意味じゃねぇ
アレが雷なのは分かる、お前がどうやってそれを魔法として出力したかの話だ
この辺りでは落雷はあってもそれを個人で魔法現象に出来るようなヤツはまず居ない
擬似的に出来るのは居るがまだ魔法術式として確立していないからだ」
「・・・もしかして落雷の原理を知らない人が再現しようとしています?」
「多分な、俺としては困ってない上に専門外だからどうでも良いが」
そんな話を歩きながら話していた所為か、ふと思いついた事を言ってみた
「因みに名前は『雷雲招来』なんてどうでしょう」
「訊いてない上にそこじゃねぇ、そもそも雲なかっただろ
それより最近口調と態度が少しずつ変わってきたな、随分馴染んだんじゃないか?」
「そうですか?あんまり変わってる気はしませんけれど」
「まあそういう変化に鈍い奴もいるしな・・・実は誰か別人と入れ替わってたりしないよな?」
能力で誤魔化しが効きにくいことは自覚しているだろうに、というような返しはしないでおいた
それに対する反応も何となく予想が付くからだ
『雷雲招来』は本当に思いつきで命名しましたが、元は雲の部分が帝でした
・・・元ネタはお察しください