朱(あか)い荒野-1
「もうここも畳んで越すべきか・・・」
大きいとは言い切れないが、さりとて小さい訳でもない木造の平屋、その一室に男の声が響く
部屋の中を片付けているのであろう、荷物を持ち、歩き回るその男は姿勢良く立って歩いているものの、髪や髭は白みがかり、声も枯れているなど老いが回っていることが分かる
『怪鳥狩りのテリー』と呼ばれていた男、テリー・"サード"・サンダース、それが彼の名であった
老いの回りが少しでも遅らせられるようにであろう、鍛え上げられたその体は巨大な戦鎚さえ易々と振り回し、低ランクの魔物程度であれば一振りで片付けることを可能とする彼ではあったが、嘗てのような覇気はそこにはない
それもそのはず、物憂げな目で彼が見ている窓の外には荒涼な土地が広がり、そこに町が賑わっていた頃の面影はない
辛うじて残っている他の建物に人はおらず、最早無人の荒野になるのも時間の問題であった
どれだけの時間そうしていただろう、手にしていた荷物を置くために屈んだその時、他に誰もいない家の中で何かが落ちたような鈍い音がした
はて、崩れるような置き方でもしたかと思い、物音がした部屋に入ったテリーが目にしたのは、うつ伏せの姿勢のまま伸びている若い男の姿だった
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「いたたたた・・・あの魔王とか言うやつ、今度会ったら絶対一発入れてやる」
突如魔王などという者に呼び出され、力がないと分かれば帰す訳でもなく再び見慣れぬ場所に飛ばされた若い男―――拓真は毒を吐いた
しかし伸びていては始まらない、そう思い顔を上げた拓真が見たものは僅かに困惑した表情のまま固まった老人の姿であった
「誰だお前・・・ここに盗むようなものは何もないぞ」
硬直から回復した老人の困惑したままの第一声がそれである
確かに部屋の中に物がたくさんあるとは言えず、寧ろ殆どないようにも見える
さらに困惑している理由が『見慣れぬ男が突然部屋の中に現れた』ことだけではない、というのは老人の視線が動いた先を見ればよく分かった
一つしかない窓は傷もなく、開閉機構のようなものは見当たらない
また、壁にも天井にも穴はなく、衣服の汚れのなさから床に穴を開けてわざわざ忍び込んだ訳ではないのも理解できなくはなかった
「・・・すいません、ここはどこですか」
自身も混乱している拓真の第一声がそれであった
「すまんな、ここでは水くらいしか出せるものがない」
互いに名乗りあい、『突然この世界に飛ばされてきた』ことで少なくとも盗人ではないことが確認できた拓真の前に水が注がれたカップを出しながらテリーと名乗った老人が詫びた
「いえ、自分の意思ではないとはいえ怪しまれても仕方のない状態だったのは事実ですから・・・ところでここはどこなのでしょうか」
「・・・番外地域、今はそう呼ばれている」
「番外地域?」
「主に災害で人間が住めなくなった土地のことだな。
原因は天候変化であったり自然災害、魔獣の大量発生や生息域の急激な変化、あとは人間や魔族の闘争や力の暴走など様々だが」
「魔族・・・魔獣?なんですか、それは」
「知らんのか、まあいい
魔獣ってのは見た目はオオカミとかイノシシみたいな野生動物に良く似ているが魔力を持っていて、尚且つ魔法を使える
魔力だけならその辺の動植物は皆持っているが、魔力で変質したり魔法を使えなければ魔獣でも何でもないただの動物だ
ちなみに魔族は俺たち人間よりも遥かに多い魔力を持っていて、制御能力でも上回るヒト型の生物の総称だな、魔法能力や知能の高さによってある程度ランクが分かれているから覚えるといい」
「魔力・・・人間も持っているんですか?」
「ある程度差はあるし、魔法が使える奴もいれば全く使えない奴もいるが大体の人間は持ってるぞ
お前も持っているだろう」
「僕が持ってる・・・でも僕この世界の人間じゃありませんよ?」
「それはさっき聞いた
元の世界にあったかどうかは知らんが、僅かに感じるぞ
ちなみに量はかなり少ないが、質は悪くない・・・鍛えればそれなりに使えるようになるんじゃないか?」
そう言われた拓真は少し考え
「でも、鍛えてくれる人がいるんですか?」
「心配するな、俺は今でこそこんなだが、昔は魔獣狩りとしてそれなりにやってたんだ
幸いにも場所と標的は腐るほどあるしな」
「成る程・・・ではお願いします」
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「本当ならここですぐにでも特訓を始めたいんだが、まずは確認しなきゃならないことがある・・・お前、自分の特殊能力は知ってるか?」
「スキル?」
「その様子だと自分のどころか特殊能力自体を知らなさそうだな」
魔法の特訓をするなら外で、と立ち上がりかけたテリーと拓真だったが念のために訊いた特殊能力で早くも躓くことになった
『いいか、この世界で『人間である』事を一番手っ取り早く証明できるのが特殊能力だ』とはテリーの言である
まずはランク、特殊能力ごとに発現の早さや実用性の差が大きいため、『レアリティランク』こそ存在するものの、それ以外に区別するものは『魔法補助系』か『特異系』のみであること
レアリティランクは低い(コモン)側から1・2・3・4と上がっていき、数が大きいほど発現人口が少ないこと
ランクが高いのと実用性の有無は違うこと
大規模で効果の大きい魔法が大量の魔力を必要とするように、効果の大きい特殊能力はそれなりの代償があること
拓真が説明を受けた内容を纏めると以上の通りである
「ちなみにお前さんは『条件不死』のようだな、特定の条件が揃っていないと不死鳥のようにその場で復活する・・・レアリティランクは4ってところか
何で分かるんだ、って顔をしてるから教えてやるか
俺の特殊能力は『観察眼』、名前の通り事象を正確に見ることができる・・・さて、分かったところで特訓・・・の前の準備だな」