歴史と魔法と偶然の出会いと
付与魔法の説明にて、光属性と闇属性がなければ魔聖具は扱えないと、修正しました。
太古の昔、“神と呼ばれた存在”と、人――人間と亜人族――が共に暮らしていた時代。
世界を産み出した二人の神は、自らが兼ね備える知恵と力を駆使して、人々に手を貸し、導いてきた。
人は、神から学んだ知識、与えられた力によって、文明を発達していった。
神は人を愛し、人もまた神を崇拝した。両者は互いに協力しあい、実に友好的な関係を維持し続けていた。
だが、その関係も長くは続かなかった。
光ある所に、必ず影があり、それがやがて“闇”となる。
神と人とが生きるその世界とは、似ても似つかない裏の世界。その世界にも、生物が存在していた。
その存在を、神と人は―――“悪魔”と名付けた。
神と人とが築き上げた絆。それは輝かしい光となった。だが、その分だけ、影は大きくなり、闇が拡大していった。
自分達以外の存在を一切認めない悪魔。共存という二文字は頭の片隅にもなく、自分達より劣る人を下等生物と卑下し、魔物を使役して殺戮、強奪、殲滅、悪行の限りを尽くしていった。
光の世界へと侵攻を開始した悪魔。その悪魔に蹂躙される人間と亜人族。人を愛する神が黙っている訳がない。
神は通常、人間とほぼ変わりない容姿をしている。しかし、それは仮の姿。
神は真の姿である“龍”の姿へと変貌し、女神は自らの魂に宿りし聖なる力を。
神と女神は共に手を取り合い、悪魔の軍勢へと立ち向かっていった。
人間達も、自分達に出来る事を精一杯やり遂げようと、武器を掲げて戦に身を投じた。
神々に比べ、非力な種族である人間。だが、彼等は決して諦めず、屈したりはしなかった。
そして、奇跡は起きた。
“魔法”という概念が誕生したのだ。
扱えるのは少数だが、それでも戦況が一変したのは確かだ。
人と神との絆が生み出した奇跡。
敵も侮り過ぎたと、苦汁を噛み締めながらも認めた。
“神と人間”対“悪魔と魔物”。
後に“神託戦争”と呼ばれる大戦は何十年も続き、後世へと語り継がれていった。
長きに渡る戦争により、最早世界の破滅が近づいていると言っても過言ではない。その思わせる様に、大地は割れ、水は枯れ、草木は朽ち果てていった。
更に追い討ちをかける様に、悪魔と魔物は戦を仕掛けてくる。
絶望に包まれる中、それでも希望を捨てずにいた者達がいた。
一匹の龍と、一人の女神だ。
龍は元々、意思を持ち、言語を話し、人間と交流していた神の一人だった。しかし、その姿は人間の姿とは異なる、正に異形の姿。言葉も交わせず、思考さえも失いつつある。
だが、龍の傍には女神がいた。その神の恋人である女神は、龍に寄り添う様に体を預けた。
そして、二人は“一つ”となった。
二人に続き、次々と融合していく神達。神々しい光を解き放ち、一心同体となった光は、正に太陽そのもの。その太陽は“七色”の光を放つ。やがてその光は、大陸全土を包み込んでいった。
恐れを抱いた悪魔は、我先にと逃走を図る。だが、それは無意味だ。その光からは逃れられず、闇を振り払い、悪魔の全てが一掃され、根絶した。
それだけではない。終焉に近づいていた世界が再生を果たしたのだ。
息を吹き返したかの様に、世界は光を取り戻した。
彼等は身を滅ぼしてでも世界を救おうとし、お互いに離れる事なく、永遠に添い遂げる様に散っていった。
そうした神々の愛が、世界を救ったのだ。
龍と女神が融合し、誕生した絶対なる存在。
―――【ドラグ・イン・ヴァルキリー】
その身に龍を宿りし女神の総称。
頭文字を取り、【DIVA】と名付けられた。
ラグナロクが終戦し、喜ぶのも束の間。文明の回復には気の遠くなる様な時間が要される。
そして、この大戦を経て、神々は決意した。
神々と人間は、近づき過ぎた――――距離を置くべきだと。
光が強すぎれば、また闇が生まれる。
この事態を危惧し、世界の均衡を保つ為に、神々はその姿を忽然と消した。
この世界に、自らの分身とも言える“守護龍”を残して――――。
これには、人間達も嘆き、悲しんだ。しかし、いつまでも悲観に暮れている訳にもいかない。自分達は神々に甘え、頼りすぎていたのだ。
これからは、自分達の手で、世界を守っていくのだ。
決意を固め、文明回復に尽力を注いでいく。
だが、更なる悲劇が世界を襲った。
魔物の再来、及び襲撃だ。
悪魔が滅び去った今、共に全滅したと思われた魔物。だが、我々の知らない所で、魔物達は異常な進化を遂げていき、この世界に留まる。
またも恐怖に陥れられる世界。
それだけでは終わらなかった。
魔法を得た影響か、人間同士の抗争が始まってしまった。自分達が支配者に相応しい。王者の座に就こうとする者達が出現した。
かつては神々と共に触れ合い、光の下で生きてきた人間達。しかし、闇の象徴とも言える悪魔との干渉。そして、使役した闇の力。それらに影響、または魅了される者達もいたのだ。
人間達が住む世界に、光と闇の両方が存在する事となった。
それから、人間達は幾度も戦を繰り返していき、時代は流れていった。
◇◆◇◆
「…………ふぅ」
バタン……と、静かに本を閉じるユイナ。
この世界の歴史について記された書物。それを一通り読み終えると、右に流し、左から新しい本を取り出して読む。
ユイナが今いるのは、宿泊所からそう遠くない図書館。中は静寂に満ちており、ページが進む音しか聞こえない。
ユイナは自分の世界に入り込む様に、本の中身を調べる。
◇◆◇◆
【魔法】
人間達が独自に生み出した奇跡の産物。
体内に魔力を宿す者のみが使える力。
その力を扱う者を、【マホウツカイ】という。
魔法は通常、【属性魔法】【亜種魔法】【付与魔法】が主流となっている。
【属性魔法】
“火”、“水”、“木”、“雷”、“土”、“氷”、“風”など、魔力を自然の力に変換して行使する魔法。
魔力弾として放ったり、熟練の者なら、魔力を練り込んで自由自在に操る事も可能。
代表的なのが、この属性魔法で、ほとんどのマホウツカイ達が自分に適した属性魔法を扱う。
属性の適性はというと、単純に魔力を持った人間の“イメージ”から分かる。
魔法というキーワードを元に、自分なりに想像する。その時に、頭の中に思い浮かんだ色――赤だったら火、青だったら水――が、自分が保有する属性魔法だ。
普通、人間一人につき、属性は一つというのが一般的。だが、中には複数の魔法――とはいえ、二つが限度だが――保有するマホウツカイもいる。
次に、【亜種魔法】
これは人間ではなく、亜人族が備え持っている固有能力。
亜人族とは、人間同様、この世界で独自の文明を開拓していったもう一つの種族。種類は多様で、獣人や半獣人に人魚、妖精などがいる。
彼等は、人間の様に魔力に長けているとはいえないが、それを感じさせない程の身体能力、または固有魔法を持っている。
固有魔法は種族によって違い、人間の扱う魔法を上回る程の力を発揮する。
文献にも詳細があまり残されておらず、確定な情報が得られない。
最後は、【付与魔法】
稀に属性魔法と同時に発現する魔法。
属性としては、“光”と“闇”が存在している。
属性魔法の様に、単体として扱う事が出来ず、主に補助魔法として存在している。
これを属性魔法に付与する事によって、強化を施し、相手のマホウツカイは勿論、魔物相手に絶大な効果をもたらす。
更には、武器に魔力を纏わせる事で、戦闘を有利に進める事も可能。この武器に強化を施すという魔法は、光属性と闇属性を持ち合わせていないと実現できない技術。
中でも、【魔聖具】と呼ばれる武器とは相性が良い。その昔、世界でただ一人しかなられなかった錬金術師、マスターアルケミストの手によって生み出された武器――――魔聖具。
その種類は様々で、所有者は魔聖具によって選ばれ、その効果を存分に発揮する事が出来る。
従来の武器とは一線を画する強度と性能を持ち、数十体もの魔物相手とも互角に渡り合える。
光属性―――神からの加護を受けた聖なる力。治癒、強化など、自分や仲間に良効果を与える。
更には、稀に未知の力を発揮し、属性同士を融合させる魔法、【合成魔法】を生み出すという例もある。
闇属性―――光と対を成す魔法。上記の様に、属性に付与するという事から、似通った部分が見られる。
だが、性質が全く異なる。
悪魔からの加護を受けた呪われし力と呼ばれ、毒や幻といった、相手に状態異常を与える魔法だ。
属性魔法と並行する事によって、効果は増していく。
だが、この二つは単体で扱う事が出来ず、属性魔法とのセットでしか意味がない。
つまり、属性魔法なしで扱う事は出来ないのだ。
◇◆◇◆
本を閉じ、ユイナは窓から外の風景を眺める。街は相変わらず賑やかで、澄み渡る青空を、白い雲がゆっくりと漂っている。
(――――やっぱり、この世界は……)
一時間前、宿屋でライト達から言われた事を思い出す。
話の内容は、ユイナも少なからず予想していたものだった。
見たことや聞いた事もない、地名や動物。更には魔法ときた。目を疑ったものの、この光景は紛れもない事実。
ユイナは悟った。
ここは、自分のいた世界ではないと……。
ライトからの話を聞き、現実を再認識された。そして、この世界でどう過ごしていくかだ。元の世界に帰るにも、その方法が分からない。ましてや、この世界に来た方法すらも分かってないのだ。
平常を保っていたものの、内心では答えようのない不安や焦燥に駆られていた。
未知の世界に迷い込み、脳裏を過るのは大好きな両親の顔と、過ごしてきた日常の数々。
気づけば、体は小刻みに震えていた。
その様子に気づいたライト達は、少しそっとしていおいた方がいいと判断。
ライトとミルフィは、ギルドの集会所へ赴き、バーツは少し気を落ち着かせた方がいいと、近くに図書館がある事に気づく。
ユイナに了承を得て、彼女と共に図書館へと向かった。バーツはユイナを送った後、街の中へと消えていった。
なんでも、“もう一人”の仲間を迎えに行く為だそうだ。
ライト、ミルフィ、バーツの他に、もう一人だけ仲間がいる。つまり、計四人で旅をしていたのだ。
何故、そのもう一人がいないのかというと、“前にいた街”で色々とあり、はぐれてしまったのだ。
その後、何とか連絡を取る事に成功。この連絡を取る方法も中々に面倒で、一度しかチャンスに恵まれなかった。
そして、今後の事について打ち合わせた後、このロヴァーヌスの街で合流する事に決定した。
そのもう一人と会う為、バーツは街を散策していった。
ユイナはまず、この世界の事について知る事にした。
異世界で生きていく為には、いつまでもライト達の足を引っ張ってはならない。見ず知らずの自分を助けてくれた彼らに対して、せめて何か出来れば。
その為にもまず、世界の理について調べる事にした。
一通り調べ終えると、ユイナは体をぐっと伸ばす。緩みきった体を伸ばしきると、何重にも置かれた本を持ち上げる。
本を元あった場所に置いていく。両手で支えていた本が少なくなっていき、最後の本を本棚に戻す。
本を戻した後、ユイナはピタリと動きを止めた。
(そういえば……ライトさんの魔法って)
少し疑問に思う所があった。
先程、魔法について調べた後だからこそ思う所があった。
光属性は付与魔法。あくまで属性魔法の補助や強化を促すものであり、光属性そのものの攻撃魔法はない。
にも関わらず、ライトはスライムを撃退する際、光属性の魔法を扱っていた。
属性魔法と一緒に使ったのか?
そう考えたが、あれはどうみても火や雷と言ったものとは、本質的に違うものだった。素人であるユイナから見ても、あれは“光属性”だとしか言いようがなかった――――だが、
(光属性の魔法は、単体では扱えないんじゃ…………)
う~ん、と唸るが、素人である自分では分からない事が多すぎる。もしかしたら、自分の勘違いかもしれない。そう結論付け、思考から現実に戻る。
そしてまた、不意に思い出す。
魔法についてだ。
この世界の魔法というものは、頭でイメージした色を元に発現する。
とはいえ、体内に魔力を持つ者でないと意味はない。にも関わらず、ユイナは目を閉じ、その場でイメージをする。
ファンタジーとは無縁の世界からやって来た自分に魔力があるとは到底思えない。だが、それでも夢にまで見た魔法の世界。好奇心が疼き、ついつい試したくなってしまう。
そして早速、実践する。
(えっと、魔法、魔法……魔法…………)
頭の中にあるのは、幼い頃、絵本で描かれていた魔法の数々。物を動かしたり、動物と話をしたり、ありきたりな物しか出てこない。
それでも、子供の頃を懐かしんで、思わず笑顔が溢れる。
こんな時があったな~、と。
そしてまさか、こんな状況になるなんて思いもしなかったな~、と。
――――それは突然だった。
頭の中の風景が変わったのだ。映し出された映像が切り替わる様に、不意に訪れた変化。
自分の意思とは関係なしに、頭の中を“色”が一面に染まっていく。
目を閉じている筈なのに、辺り一面――前後左右上下どこを見ても――がその色に染められた部屋にいるみたいだ。
その異様な光景に戸惑い、硬直していると、今度はあるものが目に写った。
まず目にしたのは、地面にしっかりと踏みしめ、動物の肌を容易く引き裂くであろう、鋭い爪。それが備えられた二つの腕。
ゆっくりと見上げる。その全貌は、目に見えない何か――例えるなら、風で出来た障壁――に遮られている。その隙間から、体の一部一部が露になる。
背中の上で、上品に折り畳められた翼。
金属特有の光沢を放ち、見る者を魅了する鱗。
こちらを見据えるその存在、それは――――
――――そこで、視界は元に戻った。
瞼を開くと、本棚が目に写り込む。さっきまで異なる世界にいた様な感覚を覚える。
(今のって……)
未だ頭の中に鮮明に残る、あの光景。
今まで感じた事のない違和感。そのまま硬直していると、
「――――おい」
「ひゃうっ!?」
突如、後ろから声をかけられ、思わず上ずった声を出してしまう。周りの客は何事かと目を丸くする。
「……す、すみません」
口を両手で覆い、縮こまりながら謝罪する。恥ずかしさで顔全体が赤く染まっていく。他の客が自分の時間に戻っていく中、ユイナはおそるおそる、声の主の方へと振り返る。
すぐ後ろにいた少年は、何も動じる事なく、目を細めてこちらを見ていた。
黒みがかった紫紺の短髪、目付きはややつり上がっているが、澄んだ碧眼。顔自体も、男にしては珍しい綺麗な白い肌と合わさって実に中性的な面持ちをしている。
道行く男女の視線を引き寄せる様な容姿をしているが、今の表情は不機嫌そのものであり、魅力が半減している。
苛立った視線を浴びながら、ユイナは居心地悪そうにしている。
業を煮やしたのか、少年が口を開いた。
「後ろ」
「へ……?」
「本、取りたいんだけど」
「あっ!」
ユイナはようやく気が付いた。少年の目的は、自分の後ろに置いてある本。
「す、すみません!」
「…………」
慌ててそこから飛び退くユイナ。謝罪するも、その言葉も聞かずに少年は本を手に取る。
そのまま踵を返し、窓際――部屋の片隅――の机に座って読書を行う。
取り残されたユイナは、気まずそうにしながら、その場を後にした。
◇◆◇◆
本を一通り読み終え、図書館を後にするユイナ。その出口付近で一人待っていると、人ごみの中からバーツが出てきた。
「あっ、バーツさん!」
「おお、ユイナ。もういいのか?」
「はい。そちらはどうですか?お仲間の人とは……」
「いんや。今に思えば、待ち合わせ場所を決めとくんだったな~」
「えっ、相談してなかったんですか?」
「あの時は、急いでたからな……」
悔やむ様にしてため息をつく。これ以上探し回るのでは埒が空かない。
疲労感を見せるバーツの背中を擦りながら、一先ずは宿屋に戻る事にした。
◇◆◇◆
ギルドの集会所。中は人が数十人いても窮屈にならない程に広く、大勢の人間がいる。
頑丈な鎧や、武器類を装着している冒険者達が楽しく談笑している。受付係もテキパキと仕事に取り組んでいる。
賑やかな建物内で、壁に設置されたジョブ掲示板を眺めるライトとミルフィ。
様々な種類の依頼リストが掲示されており、どれがいいかと迷っていた。
「う~ん……どれがいいかな」
「これなんかどう?」
ミルフィは依頼書の一つに指を差す。
「微妙だな~……」
「そう言ったって、何か一つや二つ手に入れとかないと、どんどん取られちゃうよ?」
「やっぱり一足遅かったか。ランクCかDの依頼ばかりだ」
E・D・C・B・A・S・SS・SSSといった様に、クエストにもランクといったものがある。SSSは余程の事でないと発生しない、正に高難易度のランク。
だが、掲示板に張り出されているのは、どれもこれも最下級の依頼書ばかり。
どの街にも、冒険者達が山ほどいる。迅速に行動し、的確に見定め、利益を得る。だが、もたもたしていると、時間と収益を持っていかれてしまう。
つまりは早い者勝ちだ。
「まあ、とりあえずはコレと……後コレにしよう」
やりやすそうな依頼書を見つけ、ライトは依頼書に手を伸ばす。
だが、横から伸びた手が、ライトが手にした依頼書を奪い取った。
「あっ……」
「ちょっと!それ、こっちが先に取ってたんだけど!」
「はあ?知るかそんなこと」
ミルフィは奪い取った相手に詰め寄る。
冒険者らしき男は悪びれる事なく、素っ気ない態度を取る。
「あの、すみません。それ、僕が先に取ったので、返し―――」
「っせぇなぁ!」
「っ!」
「ライト!」
苛立った男は、不意にライトの腹に蹴りを入れる。
尻餅をついてしまい、ゲホゲホと咳き込む。ミルフィはライトに駆け寄り、上半身を起き上がらせる。心配そうに顔を覗き込み、背中を擦る。
「はっ、これだけで倒れるとか、弱すぎだろ」
「こんなんじゃ、どうせこの依頼も無理無理」
「分かっただろ、雑魚?」
男に続いて、男の仲間らしき二人組も混ざり、ライトを見下す。その様子を見ていた野次馬の中にも、侮蔑の視線や嘲笑の声が聞こえてくる。
「このっ……!」
「ミルフィ、駄目だ」
歯を噛み締め、男達を睨み付けるミルフィ。懐からクリエイタクトを取りだそうとするが、それをライトが手首を掴んで止めた。
「でも!」
「魔法を使ったら、面倒な事になる。それに、他の依頼を探せばいいだけだからさ」
微笑みながら、小声でミルフィを説得するライト。まだ納得がいってないが、渋々引き下がるミルフィ。
「くははは!おいおい、とんだ腰抜けだなぁ」
「女に守られてやんの。情けねぇな、おい!」
「そう言ってやるなって。弱い者は強い者に従う。当然の事だろ?」
それでも尚、見下す姿勢を止めない男達。それを傍観していた野次馬達の中にも、段々と笑いが込み上げてくる。
嘲笑の声に囲まれながら、ライトは無表情、ミルフィは俯きながら怒りで拳を震わせていた。
「――――Cランクか。まあまあだな」
その場に居合わせた一人の少年。
突如として現れた少年に対し、ライトとミルフィ以外の全員が驚きを隠せない。
まるで瞬間移動したかの様に、まったく気配を感じさせなかった。
それだけではない。少年の手には、一枚の依頼書があった。それを見て、男はハッと手元を見る。
いつの間にか取られていた事に気づくと、少年に突っかかる。
「てめぇ!なに横取りしてやがる!」
「討伐依頼。まあ、場所はこの近くだし、比較的簡単か」
「おい、聞いてんのか!!」
「ごちゃごちゃと騒ぐなよ。この程度の依頼で強者を名乗ってる小物の癖に」
「こ、のっ……!」
少年の言葉に完全に頭に来ていた。男は、ふるふると震えながら、腰にかざしている剣に手をかける。その動作に、周りがざわめく。
抜きかけた瞬間、少年が一声。
「抜くのは構わないが、後ろにも気を付けろよ」
その言葉を聞いて、思わず振り向く。
街道を、数人の衛兵が見回りの為に歩いていた。
やばい、と察し、剣をおさめてその場を後にする。
「おい、行くぞ」
「あ、ああ」
「…………覚えとけよ」
去り際にこちらを睥睨する男。
男達が立ち去ると、周りは何事もなかったかの様にまたいつも通りになる。
少年は紙を手にしたまま、ライトに手を伸ばす。
「ほら、立てるか」
「うん。ありがとう、ザクロ」
ライトは少年――――ザクロの手を取り、礼を述べる。
「お前さ、さっきの“避けれた”よな?」
「いや~、またややこしくなるかなって……」
「ったく。まあ、何はともあれ、合流出来たから良しとするか」
「良しとするかって、こっちはこっちで大変だったんだけど?」
「そうか。それでライト」
「って、それだけかい!」
短い返答にツッコミを入れるミルフィ。ザクロは構わずに話を続ける。
「えっ?それじゃあ……」
「こっちもこっちで、色々と情報を集める事が出来た。詳しくは、宿に帰ってからに」
「うん、そうだね。所で、宿ってどこに泊まってるの?」
「ああ、店の名は――――」
◇◆◇◆
宿屋【憩いの酒場】の二階にある宿舎。その部屋にて、バーツはゴロゴロとローラーの様にベットの上を転がっていた。
「あ~~~~…………暇だな」
「ライトさんとミルフィさん、遅いですね」
「仕事取るのに手間取ってんのかね~。いや、まさか二人で“あんな事”や“こんな事”を真っ昼間、しかも人気のない路地裏で楽しくやり合ってるのか!?」
「もしかしたら、もう一人のお仲間さんを探しているのかもしれませんね」
「あっ、そ、そうね……うん」
純粋だ。純粋過ぎる。
バーツが発したはしたない言葉の数々をあっさりとスルー。しかも本人はまったく気づいた様子がない。
自分がいかに薄汚れているかを改めて思わされるバーツであった。
「そういえば、もう一人の方ってどんな人なんですか?」
「ん?ああ、そうだな」
ユイナはふと、興味本位でバーツに聞いてみた。
「ハッキリ言うと……生意気なクソガキだな」
「はい?」
「無愛想だし、短気だし、目付き悪いし、口が悪いし、すぐに手が出るし、めんどくさがりだし、怒らせたら厄介な事この上ないぜ」
「は、はあ……?」
愚痴を聞かされても何が何だかさっぱりだ。
「あ、あの、特徴みたいなものってあるんですか?髪型とか、顔とか」
「そうだな。髪は紺色っぽい感じで、目は碧。黒のブーツにズボン、更にはシャツと上着も黒ときた。どんだけ黒が好きなんだっつの。後は、そうだな。“俺に近づいてくんじゃねぇぞゴラァ!!”みたいなオーラを出してる」
最後は意味不明だ。
しかし、ユイナの頭の中には、それらの特徴が当てはまる人物が浮かんだ。
そう、図書館で会った、あの少年。
「もしかして……」
そう呟いた直後、コンコンと扉がノックされた。「入るよ」という声と共に、扉は開かれた。
「あっ、ライト君。ミルちゃん」
「おっかえり~」
「うん、ただいま」
そのまま部屋へと入るライト。後から続いてミルフィと、もう一人が入る。
「あっ……」
「あなたは、あの時の……」
もう一人の少年と目が合い、体が固まる。向こうも同じで、目を見開いていた。
図書館で会った、気難しそうな少年。その少年が今、自分の目の前にいた。
「あれ、どうしたのザクロ?」
「ユイナも、ザクロとどっかで会った?」
「あ、はい。図書館でお会いして……」
「まさか、こんな所で出くわすとはな」
予想が見事に的中。
ザクロは目を細め、ユイナは気まずそうに恐縮している。
「なんだ、お前らもう会ってたのか」
「うん、集会所の所でね」
「しかも、隣の部屋に泊まってるらしいし」
ザクロ自身も、この宿屋――しかも自分達の隣部屋――に宿泊していたのだ。
そして、ザクロ本人の許可も得て、ライトとバーツはザクロの部屋に泊めてもらう事にした。
流石に同じ屋根の下で異性と泊まるのは宜しくない、との事。ミルフィとユイナは特に気にしてなかったらしいが、ライトは居心地悪そうにしていた。
「そんじゃま、部屋に行かせて――――」
「おいバーツ」
「あっ?」
隣の部屋に行こうとする際、そうはさせまいとザクロがバーツの小さな体を鷲掴む。
「誰が“生意気なクソガキ”だって……?」
「………………………………ナ、ナンノコトヤラ」
「………………へぇ」
「ぎゃあああだだだだだだ!!」
メリメリと指が食い込んでいき、握力がいかに強いことが分かる。片手だけでなく、今度は両手に持ち替える。
結果、悲鳴が倍増した。
「もしかして、バーツ余計な事言ったのかな?」
「アイツが耳良いの知ってる癖に、全然懲りないわね」
「え、えと……」
もう見慣れているのか、二人は平然としており、ユイナはまたまた戸惑う。
しばらくの間、その部屋には悲鳴が鳴り響く事となった。