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宿探しとモノリット

――――翌日。

太陽が空高く昇り、朝という時間を告げる。

簡易テントを手っ取り早く片付け、荷物もまとめた後、ライト達はロヴァーヌスの街へと向かった。

ユイナはというと、ライト達からの誘いもあり、とりあえずは街まで同行する事にした。


その道中はというと、ユイナにとっては不思議な事だらけだった。

自然に溢れた緑豊かな風景。澄んだ空気を鼻腔で感じ、深呼吸する。それだけではない。清涼な風が周りの草原を駆け巡り、微少の葉が空に舞う。たったそれだけの事なのに、ユイナにはとても幻想的に思えた。

見る物全てが新鮮で、都会では感じられない好奇心が疼いていた。とはいえ、こうして楽観的な気持ちでいられるのも、ライト達と一緒だからだろう。

彼等と出会わなければ、右も左も分からずに路頭をさまよっていたに違いない。赤の他人である自分に優しくしてくれたり、本当に助かったと心から思う。


「随分と楽しそうだな?」


しばらく歩いていると、ふわふわと浮遊しながら、バーツが声をかけてきた。


「すみません。つい、はしゃいじゃって」

「別にいいさ。にしても、そんなにはしゃぐもんか?」

「はい!こんな綺麗な所、今まで見たことがなかったものですから」


小さい頃、まだ多忙の身であった両親の都合もあり、誕生日などの特別な日でなければ何処にも行けない時もあった。尚、病弱であった事もあり、外へ出るという事すらまったくと言っていい程なかったのだ。

そんなユイナの楽しみというのが、“童話”や“絵本”の世界だった。

王子様がお姫様を助けたり、動物達が手と手を取り合ったり、命を宿した“物”が旅をしたりと、空想上の世界を見るのが唯一の楽しみだった。

テレビも子供向けの番組をよく観賞したりしていた為、今でも時々見る事があった。


―――自分もいつか、こんな素敵な世界へ行けたら。


という、夢物語も思い浮かべたりもした。今では恥ずかしいの一言で済まされる。

だが、今ユイナがいるこの世界は、正に夢にまで見た世界そのものだった。


「だから、すっごく嬉しいんです♪」

「へぇ、そうかい」


一片の曇りもない無邪気な笑みを浮かべるユイナ。そんな彼女を見て、バーツも思わず微笑む。

そんな光景を、少し後方からライトとミルフィは眺めていた。


「アマノモリさん、すごく元気そうで良かったよ」

「元気が良すぎるというか、まるで子供ね」


ライトもとりあえずは一安心し、ミルフィも呆れながらも、どこか微笑んでいる様にも見える。

しかし突然、その表情は無に変わる。


「で、話って何?」

「……うん、彼女についてなんだけど」


ライトはミルフィに話した。昨日、バーツにも言った事を一言一句伝えた。

平静を保ってはいるものの、どこか焦りの色を見せている。


「それって、本当なの?」

「まだ確証はないけど、可能性としては大きい。とにかく、街で“合流”してからにしよう。あっちもあっちで情報を集めてくれているかもしれない」


背負っているバッグを背負い直し、話を区切り終える。

因みにこのバッグ、大きさとしてはライトの背中に丁度収まるか収まらないかという微妙な大きさだ。この中に、寝泊まりしたテントが入っている。

室内は約8メートル、モンゴルのゲルそのものであるテントが、このバッグ一つに収納されているのだ。それだけでなく、プラスチック――に似た物質――製の食器類も入っている。ミルフィが肩からぶら下げているバッグの中にも、旅の必需品が入っている。食料等も考えると、一つや二つのバッグに収まり切れる量でないのは一目瞭然。

だが、そんな大荷物がバッグにきっちりと納まっており、それを難なく軽々と持ち上げているライトとミルフィ。

それは、このバッグが少し“特殊”なのだ。このアイテムは、“ある人物”から貰い受けたのだが、その詳しい事はまた別の話にて語るとしよう。


二人並んで歩いていると、ユイナが止まってしまっているのに気づく。怪訝に思い、足を止める。


「アマノモリさん?」

「どうかしたの?」

「えっと、どうしたらいいのか……」


二人が聞くと、困惑した表情で前方を指差す。その方向に目を向けるライトとミルフィ。そして同時に、半眼になる。


「ちょっ、たっ、助けてくれぇ~~~~い!!」


見に覚えのありすぎる白い生き物が、複数の半透明な生物に囲まれて――否、襲われて――いた。

ジタバタともがくも、全方位を陣取られた上に両手足を完全に拘束され、身動きが取れずにいる。

バーツを取り囲む半透明の生物。俗に言う、【スライム】という種類のモンスターだ。RPGゲーム等でお馴染みの定番中の定番である雑魚キャラ。

真ん丸としたつぶらな瞳。丸みを帯びた形で、手足等は見当たらない。ぷるるんという擬音が似合う流体の持ち主だ。数はざっと見て七、八体はいるだろう。

バーツの両手足を、それぞれ四体がくわえる――或いは取り込む――事で自由を奪い、残りの数体が交代交代でバーツの胴体の上を跳ねていた。

ポヨン、ポヨンという音を出しながら、跳び跳ねているスライム。


そもそも何故この状況になったのか?


ライトとミルフィが会話している中、ユイナとバーツは偶然にも遭遇してしまったのだ。

向こうはというと、ただの散歩気分だったのか、草原の上を元気に跳び跳ねていた。

すると、その内の一匹がチラッとこちらを見てしまった。それにつられ、他のスライム達もピタリと止まってしまった。この行動に、バーツも思わず立ち止まる。

ジ~~~ッとこちらを見つめる。どこか居心地が悪そうにするバーツ。対してユイナはというと、


「…………可愛い」


と、一言だけ呟いた。

「はぁ!?」と、声を漏らしてしまうバーツ。しかも本心から言っているので更に驚きだ。

しかもあろうことか、「おいでおいで~♪」と手招きをする始末。これには手で顔を覆い、呆れを通り越してしまった。

すると、スライム達がそれに応える様に、こちらに近づいてきた。


「って、はっ?えっ、えええっ!?」


ポヨン、ポヨンと跳び跳ねながらこちらにやってくるスライム。まるで飼い主に呼ばれたペットの様に浮き足立っている。

それを見たバーツは慌ててユイナの前に立ちはだかる。


「ストップストップスト~~~ップ!!」

「ど、どうしたんですか?」

「どうしたもこうしたもあるかぁっ!?何モンスターを呼び寄せようとしてんだよ!」

「す、すみません、つい……」

「ついって……はあ……」


悪い事をしてしまったのかと気落ちするユイナ。そんな彼女の様子を見て、怒る気もすっかり失せて、呆れて顔を手で覆うバーツ。


「まあ、モンスターについての説明もまだだったし、仕方なかったのは確かだ。だが、中には人を襲う凶暴な奴だっている。好奇心旺盛なのはいいが、もう少し注意力を持った方がいいぞ」

「はい……。私も、少しはしゃぎすぎました」


少し羽目を外しすぎたと感じ、ユイナは反省の色を見せる。


「つう訳でだ。おい、お前ら!用はないからあっちに行け」


シッ!シッ!と手で追い払うバーツ。だが、スライム達は微動だにせず、ただこちらを凝視するだけだった。


「あ~もう!言葉くらい分かんだろ?呼び止めて悪かったから、ほら、行った行った」


フワフワと降下し、地面に着地する。そしてスライム達に手で指示を飛ばすバーツ。

因みに、バーツの身長はライトの膝下位までしかない。こうして見ると、スライム達とも身長が大差ない。

だが、それでもスライム達は動こうとしない。動かない所か、更に距離を詰めようとする。


「な、なんだよ……?」


物怖じしてしまうバーツ。

すると突然、スライム達が一斉に飛びかかった。


「んなっ!わ、わああああ!!?」


咄嗟に動く事が出来ず、スライム達の雨に成す術なく押し潰される。しかも、ただ落下するだけでは終わらない。今度は寄って集って、バーツに突撃する。元々が液体で出来ており、バーツの肌をヌメヌメとした感触が襲う。


「ちょっ、たっ、助けてくれぇ~~~~い!!」


ジタバタともがきながら助けを求める。その様子を遠くから傍観している三人。


「なるほど、それでか」

「すみません、私のせいで……」

「まあ、気にしなくていいわよ。本人も満更ではなさそうだし」

「どこがじゃあ!?」


スライムに遊ばれ?ながらも、ミルフィの言葉を否定するバーツ。


「とにかく、これ以上時間をかける訳にはいかない」


二人より少し前に出るライト。片手を上げ、スライム達に向けて(かざ)す。


彼の掌に、一粒、また一粒と、光の粒子が集束していく。やがてそれは、野球で使う軟式ボール程の大きさに留まり、淡い白色の球体と化した。


「―――“光よ”」


その言葉の直後、球体は手から離れ、スライム目掛けて解き放たれた。しかもその途中、スライムの数の分だけ分かれていき、見事命中した。

少量の煙を出す中、バーツにはその余波が当たる事もなかった。


ライトが放つ光属性の魔法を食らったスライム達は、成す術なく破裂していった。


真顔で眺めているミルフィの横で、またもや見たことのない魔法を見て開口するユイナ。


「大丈夫、バーツ?」

「ああ。った~く、体がヌメヌメして気持ち悪ぃな」


ライトはバッグからタオルを取りだし、濡れてしまったバーツの体を丁寧に拭いていく。


「これでよし」

「あ~、ひどい目にあった」

「これで何回目だっけ?」

「さっきので二桁行ったよ」

「顔が真ん丸でバカそうだから、仲間だと思われたんじゃない?」

「軟体動物に好かれても嬉しくねぇ!てかバカは余計だ!バカは!」


またも言い争いを始める二人に、それを苦笑いしながら止めに入るライト。


昨日も感じたが、本当に仲睦まじい光景だ。ユイナも笑みを浮かべながら、それを眺めていた。





それから、特にモンスターと遭遇する事なく、野道を歩いていく一行。


森を抜けた直後、丘の上から見下ろすと、建造物の数々が目に写る。


「おっ!見えてきたな」

「やっと着いた~」

「あれが、ロヴァーヌス。現段階での、目的地だよ」

「へぇ~……」


灰色の高い塀に囲まれた建造物の数々。目的地を目前にし、歩を更に進めていく。


そびえ立つ城門をくぐると、活気に道溢れた街が広がっていた。出店がずらりと並び、何かのお祭りでもあるのかと思う程に賑やかだ。いくつかの店で、行列が出来上がっており、それが重なりあって余計に混み合っている。

行き交う人々の間を潜り抜けながら、ライト達は街道を進んでいく。


「わっ、す、すみませ……通して……」


出遅れたユイナはというと、揉みくちゃにされながらも後を追おうとする。だが、こんなに渋滞した街道等に足を踏み入れた事が一度もない。都会育ちではあるが、習い事などの関係で、外出するのはごく稀だ。

慣れない混雑した道に翻弄される。こうしている間にも、先に行かれてしまう。


「ま、待って……私、も……!」


置いていかれるのは嫌だ。

不安になり、閉じられた瞳から雫が滲み出ている。

だが、それはすぐに引いた。

右手を包む、温かいぬくもりによって。


「アマノモリさん、大丈夫?」

「ライト、さん……」

「僕に掴まって。ここから抜けよう」


ユイナを見た途端、ホッと胸を撫で下ろす。優しく手を握り、雑踏の中を流れる様にして通り抜けていく。

ライトの手から伝わってくる体温。先程まで不安に駆られていた心が、一瞬にして晴れていく。一人で安堵している内に、人混みを抜ける事に成功した。


「ふう、漸く抜けられた」

「すみません、足を引っ張ってしまって」

「気にしなくていいよ。僕も配慮が足りなかった。ごめんね」

「い、いえ、そんな事は!」


両手を左右に振り、主張するユイナ。


「でも、アマノモリさん――――」

「あの……」


ライトの言葉を遮るユイナ。すると、モジモジと両手で手遊びをしながら、照れくさそうにする。


「ゆ、ユイナって、呼んで下さい。いつまでも名字というのも、その……」

「………………」

「あっ、すみません!別に嫌なら……」

「ああ、うん。そんな事はないよ。ありがとね、“ユイナ”」


微笑みながら、彼女の名前を呼ぶ。


「それなら、僕の事も呼び捨てでいいよ」

「えっ!そ、それは……」

「別に、無理にとは言わないよ。ユイナの好きな様にしたら」

「じゃ、じゃあ……ライト、君」

「うん」


顔を赤くしながら、ライトの名を呼ぶ。さんから君づけに変わった。その動作を見て、こちらも思わず笑顔になる。


混雑から解放された二人の元に、バーツとミルフィが心配になって戻ってきた。


「おう、二人共いるな?」

「よかった~。見失った時は焦ったわよ」

「ご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした」

「迷惑だなんて。とにかく、無事で良かったよ」


頭を下げるユイナにそう答えるライト。

横からバーツが入る。


「で、お二人さん。いつまで仲良く手を繋いでるんだ?」

「「あっ……」」


それに気づき、二人はすぐに手を話す。


「ご、ごめん!嫌だったよね」

「い、いえ!そんな事は……」


慌てふためく二人。動揺しているのが丸分かりだ。

その光景をニヤニヤと傍観しているバーツ。そして若干、複雑な表情を浮かべているミルフィ。


「とりあえず、宿泊先でも取っときましょうよ」

「うん、まずはそれが先決だね」


ミルフィに促され、一行は滞在する場所を探索する。




◇◆◇◆




四人は今、路頭を彷徨っていた。


「う~ん、ここも駄目か」

「おいおい、街まで来て野宿とかねぇよな?」

「まあ、冒険者とかが泊まりにくるから、満員になるのは当然っちゃ当然よね~」


頭をかきながら、歩を進めるライト。バーツとミルフィは共にため息をつき、ユイナはどう答えればいいか分からずにいる。


宿泊先を探しているものの、ミルフィの言った通り、見て回った宿屋がどれも満員状態となっているのだ。

世界各地を旅している冒険者達はごまんといる。彼らが街に滞在する際に利用するのは当然だが、何分、数が多い。

よりにもよって本日は留まる者達が大勢いる模様。どこもかしこも部屋をとる事が出来なかった。

とぼとぼと歩いていると、最後の候補である建物に到着した。 看板には【憩いの酒場】と書かれていた。


「えっと、ここか」

「ふむ。看板からして、酒場も経営している様だな」


扉を開き、中に入っていく。

店内では、鎧に身を包んだ強面の男たちが昼間から酒を飲んで談笑したり、街の住人らしき人々が食事を楽しんでいた。

店の状況から、中々繁盛している様に見える。

厨房からも料理の匂いが漂ってきて、四人の鼻孔を擽っていく。そのまま立ち尽くしていると、従業員らしき少女が近づいてきた。にこやかな笑顔で、接客を行う。


「いらっしゃいませ~!何名様でしょうか?」

「四名です。あの、こちらの宿にしばらく泊まりたいのですが」

「宿泊の方ですか。えっと……少々お待ち下さい」


少女は確認の為、店の奥へと戻っていった。


「あ~あ、ここも駄目ってパターンか」

「バ、バーツさん、まだそうだと決まった訳じゃあ……」

「そうよ。それにその発言止めてくれる?現実になりそうで怖いんだけど」

「俺ぁ予言者になったつもりはねぇぞ?」

「そこまで大層な事は言ってないでしょ」


談話していると、さっきの少女が一人の女性を連れて戻ってきた。クリーム色の長髪が特徴的な、穏和な雰囲気を持つ美女だ。


「ようこそおいで下さいました。私、ここの女将を勤めさせて頂いております、【ミレーナ】と申します」


深く御辞儀をするその様は、接客の仕方を隅々まで心得ている事を表していた。


「お部屋についてなのですが、一部屋だけが空いておりまして、それでよろしければ」


何とか一部屋確保できるそうだ。できる事ならば、二部屋が理想なのだが、仕方ないと考える。

他の三人と相談した後、


「はい。構いません」


ライトはすぐに答えた。他の三人も、同意見の様で首を縦に振った。


「分かりました。それじゃあ、【ルーネ】。お客様をご案内してあげて」

「は~い、お母さん。では、こちらへどうぞ」


どうやら二人は親子の様だ。

ミレーナは娘であるルーネに鍵を渡す。ルーネは母親譲りのクリーム色のポニーテールを揺らしながら、二階へと案内する。

木造の階段を上がっていき、ずらりと並んでいる部屋の内、部屋の前に案内される。


「お部屋はこちらになります」


鍵を渡され、部屋の中へと入っていく。

広さはおよそ六畳半。真っ白なシーツが敷かれたベッドが二つ設置されている。

掃除が隅々まで行き渡っているのか、清潔性を感じる。

ルーネは「では、ごゆっくり」と一言だけ述べると、一礼の後に一階へと降りていった。



最後の最後でようやく当たりが出たようだ。


「ふぃ~!ひっさびさの宿屋だぜ」


白色のフカフカベッドにダイブし、そのままごろ寝するバーツ。ユイナも一息つき、ベッドに腰を下ろす。


「そういえば、ライト君とミルちゃんは……」

「二人なら、早速この街のギルド集会所に向かってんだろ。仕事は早めに取っとかないとな」


ここだけに限らず、国や都市には必ずと言っていいほど“ギルド”という物が存在する。


支部をいくつも配置しており、大規模な商業団体によって形成された集会所。

世界各地を渡り歩く冒険者や、営業や売買等を生業とする商人等、様々な職業を持つ者達が集う。


そこでは腕のある冒険者同士で友情を育み、時には競い合う。商人達も、商売繁盛を狙い、言葉巧みに交渉を行う。


その集会所の壁に掲示されている【ジョブ掲示板】。その街の人々からの依頼が書かれた依頼書が張り出されている。依頼を引き受け、それに応じた報酬を受け取る。

依頼の種類は様々であり、モンスターの討伐は勿論、店のアルバイトや目的の素材等を入手する捜索、そしてお尋ね者の確保。


ライト達は今まで、この様に依頼をこなして資金を稼ぎ、旅をしてきた。


宿泊しているこの宿屋は、二階が宿屋であり、一階が酒場兼食堂となっている。

朝、昼、晩の三食付き。風呂については、向かいの銭湯を利用するしかない。

冒険者や商人達も利用しており、亭主と女将、そして看板娘であるルーネの快い接客の賜物か、他の宿屋に比べると、中々に繁盛している。


窓から街の風景を静かに眺めるユイナ。街行く人々で溢れており、活気盛んである事が伺える。


そんな時、“ある物”が目に写った。


それは人でも、または動物でもない。

麦わら帽子を被ったぬいぐるみ、或いはかかしそのもの。軍手をはめ、紺色のオーバーオールに身を包んだ“モノ”は、同じく麦わら帽子を被った男性の傍らに寄り、荷車を引きながら街を歩いていく。


周りの人々は驚く事なく、日常茶飯事の様に過ごしている。


「あの、バーツさん。あれって」

「んあ?」


ユイナに呼ばれ、窓際まで寄るバーツ。すぐに、彼女の言いたい事が分かったのか、納得した様に答える。


「あ~、あれは【モノリット】だな」

「モノリット?」


人間達の側に常日頃からある、家具や道具。仕事をする際にも用いる道具。いわゆる“モノ”に魂が込められ、そのモノを核として体を形成し、生物の様に動き出す存在。


それがモノリット。遥か東方の国では“付喪神(ツクモガミ)”という別称で知られている。


その存在は、大昔に神と人間が別々に暮らし始めてから、何の前触れもなく、溶け込む様にして現れた。


とはいえ、モノリットの数はそれほど多いとは言えない。


一つの“モノ”に対して、製作者か所持者からの強い想いを糧に生まれる。我が子の様にして作り上げたモノ程、モノリットは生まれやすい。だが、実態や誕生の仕組みが未だに解明されていない点もあり、謎の多い存在でもある。


しかも、中には人間から生まれ変わってモノリットになるという、極めて希少なケースがある。とはいえ、それ自体も本当かどうかは定かではない。


「じゃあ、バーツさんも」

「おう。ご覧の通り、モノリットだ。モンスターだと思ったか?」

「い、いえ、そういう訳では。どこかの妖精さんかな、と」

「妖精さんって……」


思いもしない解答に、苦笑するバーツ。

話を聞いて、思わずじっと見つめてしまうユイナ。姿はともかく、ライトやミルフィと話している時も、今こうして自分と向き合っている時も、自分達――生き物――とほぼ変わりない様に見える。

すると、バーツは目を閉じ、寝台に腰かける。どこか遠い目をしていた。


「生憎、こうして動けたり、話せたり出来るが、“モノ”である事には変わりねぇ。嬢ちゃん達の様な……人間達の様に大層な物じゃねぇんだよ」

「で、でも、お二人とお友達なんですよね?私から見ても、本当に仲良しでしたし。それに、さっき窓から見えた人だって」


ガシャン!と何かが崩れ落ちる音が聞こえた。二階にまで響き、ユイナは思わず窓から外を覗く。

先程の話題に出ていた案山子(かかし)らしきモノリットが、前のめりに倒れていた。その際に、荷車に積まれていた農作物などが乱雑に地面の上に放り出されていた。

騒ぎを聞き付け、人だかりが出来始める。その様子を心配そうに見つめるユイナ。すると、案山子の側にいた男性が慌てた様子で近づいていく。心配になって駆けつけたのか。

ユイナはそう判断していた――――が、


「この役立たずが!!」


男性は怒りを露にし、倒れたモノリットを足蹴にする。それだけに留まらず、罵声を浴びせながら、何度も何度も踏みつける。

予想外の事に、ユイナは目を丸くし、動けずにいた。


「す、すみません……すみません……」

「早く片付けろ!このノロマが!」

「は、はい……」


男性に怒鳴られ、ひどく怯えた様子で農作物を拾う。だが、呼吸も絶え絶えで、どう見ても衰弱している事が分かる。

しかも男性は手伝いもせず、苛立ちながらモノリットが荷物を拾い終えるのを待っている。


その様子を見ていた街の人々の中には、ヒソヒソと陰口を出す者もいた。


「あ~あ、またやってるよ」

「もう壊れてるんじゃねぇの?あれ」

「や~ねぇ、何の役にも立ってないじゃない」

「ただの木偶の坊だな」

「あれって、見るからに弱ってんじゃん?」

「でも、死なないんだろ?確か」

「別に良くね?俺達には関係ないし」


――――何より、人間じゃなくて“モノ”だし。


荷車に乗せ終え、男性に言われるがままモノリットはすぐに働き出す。

荷車を引いている最中も、男性は偉そうに横を歩いている。

集まっていた野次も、何事もなかったかの様に散らばっていった。


「…………」

「どうだ?」

「えっ?」


突然の事で茫然としていたユイナ。横から声をかけられ、肩が少し揺れる。


「俺達はあくまで“モノ”として扱われる。中には良い環境に恵まれた“幸運”な奴もいるが、それはほんの一握り。大半……ほとんどのモノリット達はそこらにある“モノ”同然の扱いをされる」


例え、人間達の様に喋れても、動けても、生物としては認識されない。酷い時は、地面に転がっている石ころと同じ。

モノリット達は、基本飲食は必要としない。だが、感覚は人間と同じ。それ相応の苦しみは味わうという意味だ。


あくまで製作者や所有者の想いを糧に産み出された存在。寿命としては99年。

寿命が尽きるか。或いは修復不可能なまでに破壊されるか、燃えやすい物なら炭になるまで焼き尽くされるか。

モノリットの死はこのどちらかだ。


「今となっては、俺達はただの物でもなければ、人間でもない。いつ消えてもおかしくない、半端な存在なんだよ」

「…………」

「さっきの奴だって、この街だけに起こった事じゃない。見えない所で、多くの同胞達が非道な目に合わされている。こうしてライト達と巡り会えたのは、自分でも幸運だとは思ってる。だが、な……」


腕を組んだまま、深いため息をつくバーツ。自分がこうしていられるのも、ただ運に恵まれていたからなのだろう。

さっきの光景は、幾度も見てきた。その中で、時折バーツはどこか後ろめたさを感じる。


向き合っているユイナはというと、先程から閉口したままバーツの話を聞いていた。

まだそれほど経ってはいないが、いつも明るい様子でミルフィと言い争っているバーツ。そんな彼とは思えない、とても重い言葉。

それがユイナの体にずっしりとのし掛かり、彼女自身もどう言葉を掛けたらいいか分からずにいた。


その場の空気はとても重くなり、ライトとミルフィが帰ってくるまで、二人はそれ以上語り合う事はなかった。


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