桜、月、雪
初めての投稿になる作品なうえに、数年ぶりに書いた作品でもあります。なんだかグタグタなうえによくわからないことになっていますが、よろしかったら最後までお付き合いお願いします。
「ここは相変わらず咲くのが早いなぁ…」
一本の桜を見上げながら、そう呟く。吐き出す息はまだ白いが、桜の木には数は少ないものの確かに、濃いピンク色の花がいくつか咲いていた。
「まぁ、ここの桜は何故か咲くの早いからなぁ…」
手に持った貰い物の少し古いデジタル一眼レフを構えて一枚写真を撮る。すぐに確認して溜息を一つ。想像以上に上手く撮れていない。
「…こっちもまだまだ要勉強、かな?」
モードをプログラムに切り替えて、撮りなおす。そして、上面ディスプレイに出た数値を覚え、再びマニュアルに戻して数値を自分なりに弄って撮りなおす。そうやって、自分なりに
そうやって何枚か写真を撮ったところで、寒くなってきたので持ってきた水筒を取り出して紅茶を少し飲む。温かい飲み物を飲んだことで、吐く息は白さを増したがそれでも体は温かさを少しだけ取り戻した。
「この桜が満開のソメイヨシノで、雪が降ってたら、絵になるんだろうなぁ」
夜空に浮かぶ明るい月を眺めながらそんなことを呟く。目の前の桜は満開になってもソメイヨシノのような派手さはないが、ソメイヨシノよりも紅い花を咲かせる目の前の桜が彼は好きだった。それでも、カメラを持っている間は、絵になるものを優先的に考えてしまうのだが…。
「………」
満開のソメイヨシノでなくて良かったかもしれない、と彼は勝手なことを考える。彼にとって、桜にはいい思い出もたくさんあるが、あまり思い出したくない思い出も少なからずあり、特に数年前に経験した失恋の思い出は彼の中で一つの区切りはついているものの振り切るにはまだしばらく時間がかかりそうな思い出であり、それは密接に桜と関わりがあった。
「…こんばんはぁ〜」
少し物思いにとらわれていた彼の耳に、そんな声が聞こえたので、後ろを振り返る。そこには女性、いや少女が立っていた。身長は女性としては高いのだが、雰囲気がどうにも幼く感じる。それに、この桜の木がある場所は少々街から離れすぎている。
「こんばんは」
「何をされてたんですか?」
「写真を撮ってたんですよ。まぁ、あまり上手じゃないんですけど…」
首元からかけたカメラを少し持ち上げて、そんな会話を交わす。
「桜の花を撮ってたんですか?」
「えぇ。ドライブがてらに久しぶりに来てみたら、少しだけですけど咲いてたのでついでに撮影してたんですよ」
「そうなんですか。………」
少し黙り込んで、こちらの手元のカメラを見る。恐らく、自分が撮った写真に興味があるのだろう。だが、あえて視線に気が付かないふりをする。
「あの…、…へくしゅ」
彼女が何かを言い出そうとしたところで、くしゃみをする音が聞こえた。思わず振り返ってみると、口に手を当てて固まっている少女がいた。
「………」
「………」
お互いが黙ったために沈黙が訪れる。少し離れたところにある道路を走る車もなく、風の音もしない。本当の静寂。
「…紅茶でよかったら、温かい飲み物がありますけど、飲みますか?」
四月も下旬とはいえまだまだ夜は寒いから仕方ないな、と考えながら少女に提案する。もっとも少女のコップがこの場にはないので一度、車の所まで紙コップを取りに戻らなければならないが。
確か、トランクの中に以前使ったやつの残りが入れっぱなしだったはずだよなぁ、なんて取り留めのないことを考えていたら。
「…いただきます」
という、少しふてくされた少女の声が聞こえてきた。彼が苦笑すると、少女は恥ずかしいのか少しきつめの視線をこちらに送ってきたが、恥ずかしさのほうが勝っているらしく、少し顔が赤くなっているのが月明かりのおかげでわかる。もっとも、寒さのせいで赤くなっているのかもしれないが。
「じゃあ、一度駐車場の駐車場の車の所まで戻りましょう。紙コップでよかったら、車の中に入ってるはずなので」
少女にそう声をかけて先にたって歩き出す。少女がついてくる気配がしたので、少しほっとしたのもつかの間、あるものに気が付いて足を止めて、空を見上げる。
「ちょっと、急に止まって危ないじゃないですか」
こちらの背中に衝突しそうになったのか、少女が抗議の声を上げてくる。しかし、少女も気が付いたのか同じように空を見上げる。
「どうりで寒いはずだ。まさか降ってくるなんて思わなかったな」
天気予報じゃ何も言ってなかったのに、と白い雪が降り始めた空を見上げる。
「…北海道じゃ、四月の終わりになっても雪が降るんですね」
「場所にもよるけど、このあたりはだいたいゴールデンウィークあたりまでは降ることが多いかなぁ」
初めて出会った二人が並んで雪が降る空を眺めているのは不思議な気分だが、以外にも居心地は悪くなかった。ふと、桜の木の方を振り返り、思いつくままに設定を弄り、一枚写真を撮る。ファインダーから目を離し、ディスプレイに表示された映像を確認。
「思ったよりも上出来かな」
少なくとも今までで一番イメージ通りの写真が撮れたことに安堵の息を漏らす。少女も横から覗き込んで、綺麗な写真ですね、なんて言ってくれるのが妙にこそばゆかった。
「さて、行きますか。多分強くはならないだろうけど、このまま空を眺めていても君が冷えるだけだしね」
少女に声をかけて再び歩き出す。少女が慌てて追いかけてくる音がした直後に、再び盛大なくしゃみの音が聞こえてきたので、今度は何故だか声を上げて笑っていた。少女の抗議の声を聞きながら、カメラを弄って、先ほど撮った写真を表示する。
そこには、小さいながらもしっかりと花を咲かせつつある桜の木と、その背後に浮かぶ月、少し混じるように雪が綺麗に映っていた。もしかしたら、少女がこの写真を撮らせてくれたのかな、なんてありえない考えをしつつ歩く。彼の中で、あまり思い出したくない思い出のある桜が、少しだけいい思い出に変換されたようで嬉しかった。
最後まで読んでくださってありがとうございます。