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短編

心にともしびを

作者:

 今日はむかしばなしをしようか。

 

 むかし、むかし。

 まだ全ての人が精霊を見ることができていたころのおはなし。


 ある街に、一人の小さな、かがり火の精が住んでいました。

 今日も人々のともすあかりに、それを見た人の心が安らぎますように、と願いを込めてそっと自分の息を吹きかけています。

 彼の名前は、ジョン。

 ジョンはとても弱い精霊で、初めは名前もありませんでしたが、街の人が親しみを込めて付けてくれました。その時の王様の名前をちょっとだけ借りたのです。ジョンは貰った名前をたいそう気に入りました。

 

 さて、ジョンの夜は大忙し。

 あちらこちらであかりがともるので、一人で何往復もしなくてはいけません。

 それでも、寒い冬の日などはとくに、人があかりを見てほっと笑ってくれるので、ちっとも苦ではありませんでした。

 みんな、ジョンありがとう、と言ってくれました。

 ジョンはそれを聞くと、自分の心のあかりがぽっと温かくなるのがとても好きでした。


 ある日のこと。

 いつものようにあかりに息をふきかけていると、ふと、いつまでたってもまっくらな家があることに気が付きました。

 その日は王様の誕生日をお祝いする日で、普段は仕事で遅くまで家を空けている人も、みんないっせいに家に帰って晩餐(ばんさん)を開くので、ジョンはいつにもまして大忙しでした。

 ジョンが不思議に思ってそのまっくらな家に行くと、一人の小さな女の子が部屋のすみっこで泣いていました。

 他にはだあれもいません。

 

 ジョンは人の泣く姿は苦手です。

 涙は水だから、というのもありますが、悲しそうにしているのを見ると、自分も悲しくなってしまうのです。


 ジョンはあかりをつけてくれるようにお願いしようと、女の子の傍へ行ってみることにしました。

 ジョンができたら良いのですが、あいにくジョンはとても弱くて、自分で火をつけることはできません。

 ただ、あかりをつけてくれれば安らぎをあげられるので、それを見て元気を出して欲しいと思ったのです。

 けれど女の子はジョンには気が付かないで、ずっと下を向いて泣くばかり。

 

 どうしよう。

 

 やさしいジョンは、女の子を放っておくことはできません。

 泣いてばかりの女の子の髪をひっぱり服をひっぱり。小さな手をつっついてみたり。

 そうして格闘していると、やっと、女の子がジョンに気が付きました。


 大きな瞳を涙で潤ませて、ぱちくりとジョンを見る女の子。

 ジョンも女の子も、会ったのは初めてでした。

 ジョンはどうしてだか、心のあかりがゆらゆらと揺らめくのを感じました。


 ジョンは不思議なくらいどきどきする胸をおさえながら、女の子にどうして泣いていたのか聞いてみました。

 女の子は悲しそうな顏をすると、お父さんがもう空のお星さまになっていること、お母さんが女の子を置いてどこかへ出かけて帰って来ないこと、窓から見える他の家が楽しそうで、ひとりぼっちでとても寂しかったことを話しました。

 

 でも、今はジョンが傍にいるから寂しくありません。

 そう言って笑ってくれる女の子をもっと元気にしてあげたくて、ジョンはあかりをつけてくれるようにお願いしました。

 女の子は小さな背中をうんと伸ばしてタンスの引き出しに閉まってあるろうそくを取ると、テーブルの上の燭台につけて火をともしました。

 ジョンは女の子が元気になりますように、と願いを込めて息を吹きかけます。

 女の子はゆらめく温かな光に、ほわ~っと幸せそうに頬をゆるませました。

 その顏を見たジョンも、とても幸せそうに頬を染めて、ほわっと笑ったのでした。


 と、その時です。

 

 突然、女の子の家の玄関が開き、女の人が慌てたように駆け込んできました。

 ジョンは驚いて、思わずタンスのすき間に隠れます。

 

 部屋に入ってきたのは、女の子のお母さんでした。

 お母さんは女の子を一人にしてごめんね、と謝りながら抱きしめます。

 

 お母さんは一人で女の子を育てていたので、忙しくて晩餐の用意をする時間がありませんでした。

 それでも女の子に美味しいものを食べさせてあげたくて、やっとできた時間で足らない材料を買いにでかけたのでした。

 けれど今日はどのお店もいつもより早く閉まっていて、なかなか目当ての材料がそろいません。

 まだ開いていたお店の人に助けて貰いながらやっと材料をそろえた時には、ずいぶん時間がたってしまっていました。

 

 お母さんは女の子をたくさんひとりぼっちにしてしまったことが悲しくて、泣いてしまいそうでした。

 けれど、ふと、部屋を穏やかに照らすあかりに気が付くと、心がだんだん慰められていきます。

 不思議そうにするお母さんに、女の子は得意げにジョンが来てくれたことを話しました。


 お母さんはびっくりしながらも、女の子がひとりきりでなかったことが嬉しくて、ジョンありがとう、と呟きました。

 もう大丈夫だと思ったジョンはそっと部屋を出て、まだ行っていないあかりのもとへ飛んで行きました。

 そして女の子とお母さんの楽しそうな晩餐を窓から少しだけ見守ったのでした。

 

 その街で暮らす人々の心には、いつも温かなともしびがあり、生涯とても幸せに暮らしました。

 むかし、むかしのおはなし。


 ……ん? ああ、君の弟は眠ってしまったね。

 え? 女の子とジョンはまた会えたのかって? それはね……。


「まあジョンったら! また長話して困ったお父さんね。さあ私の可愛い娘さん。あなたもそろそろお休みの時間よ」


 読んで下さりありがとうございます。

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