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第五話

 訪れる者も稀なこの村にとって、衝撃的な訪問者があったのは、天啓祭まであと半月ほどというとある日だった。訪れた者は、二人。腰には長剣を帯び、輝くように白いチュニックの上に付けられた硬い革の胸当ては鉄で縁取られ、ヴォリオス教団の紋章が描かれていた。近隣国でも最強と謳われる、ヴォリオス聖騎士団の者たち。彼らはラキエの村人たちに問うた。


「この村に、若きヴォリオス教の聖徒が訪れなかったか?」


「この村におる聖徒様は、教会の司教様と神父様だけでして」


 リルの素性を知らぬ村人たちは、きっぱりと首を横に振った。騒ぎを聞いて駈けつけたレニーは、そのやり取りを見て背筋が凍った。彼らは、リルを探しているのだ。胸が早鐘を打つ。リルは、ちょうど川へ水を汲みに行かせたところ。戻る前に、気付かれずに帰ってくれれば。二人の騎士は、教会に行く、と、村人に案内を頼んで広場から去っていった。騒ぎは、あっという間に村中に広まった。慌てて鍛冶場に戻ると、リルとソフィがいた。二人の表情を見れば、村で起こった事を全て聞いたのだと知れた。


「法衣を、お返しください」


 リルは揺れる目でレニーを見て、きっぱりと言った。


「彼らの元へ行きます」


 敬虔なヴォリオス教徒にとって、ウソをつく事、己を欺く事は重大な禁忌。さらに、ヴォリオス騎士団の意に背く事は、国への反逆と断罪されてもおかしくはない。レニーには、リルを引き留める術が思いつかなかった。

 雪原で倒れていた時の衣装を身に着けたリルを伴い、レニーは村人たちの驚愕の視線の中、教会へ向かった。扉を開けると、天啓祭に向けて一層清められた教会の入り口近くに、不穏な訪問者たちが立っていた。


「貴様、盗んだ聖杯をどこへやった?」


 騎士のうちの一人、年若く気性の荒そうな男がリルに詰め寄ろうとするのを、別なもう一人が抑えた。司教と神父は沈んだ目でただ見守り、涙を必死にこらえるリルの細い肩は小刻みに震えていた。


「聖杯? 盗んだって」


「リル、だね? 皆が待っている。大聖堂に戻るんだ」


 レニーの問いを遮る、年嵩の騎士の言葉に、震えを大きくしながら、リルがこくりと頷くと、それまで無言であったラティマ司教が、穏やかに声を掛けた。


「まあまあ、ここは最北の村、日暮れも早い。今から出立しても、次の村に着くころには日も落ちましょう。この時期、急に天候が変われば一寸先も見通せない吹雪になる。今夜一晩、旅の疲れを癒されて、明朝出立しては如何か」


「そうですね、せっかくいらしていただいたのに、なんのお構いもせずにお帰しするのも申し訳ない。鄙びた教会ではありますが、聖酒と温かいシチュー、やわらかな寝床くらいはふるまわせていただきたい」

 

 オリバー神父がそう続けると、騎士の二人は顔を見合わせ、申し出を受けいれた。


 レニーは、夜半を過ぎた頃、リルのいる部屋を訪れた。教会の奥、扉にかんぬきが掛けられた小部屋。リルは法衣のまま、窓際の椅子に座り、入ってきたレニーを見た。


「リル、どうか、話してはくれないか」


 レニーの申し出に、視線を彷徨わせて逸らすリルの正面から両肩を掴み、真っ直ぐに顔を見た。


「もう、時間はあまりない。この村を出たら、二人で話す事は叶わないだろう。このまま何も知らず、お前を手放したら、俺は心に小さなとげを抱えて一生を過ごす事になる。どうか」


 必死の訴えに、リルは葛藤しているようだった。しばらく苦しげな表情を浮かべ、


「この一年間、本当にお世話になりました。レニーに気がかりを残していくのは、礼儀知らずで申し訳ない事だと思います。話せる限りでお話しますから、もう僕の事は忘れてください」


 と、いった。リルの話は、こうだった。

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